片翼の召喚士 ep.77 お久しぶりな仲間たち
ワイワイと賑やかになった部屋に、リトヴァをはじめとする数名のメイドたちが、豪華な料理の乗ったテーブルワゴンを、複数台押して入ってきた。
「飯だ飯だ!」
匂いに反応してヴァルトは元気よくベッドから飛び降りると、ワゴンに飛びついて空の皿を手にとった。
「さあ! 俺様の皿にお菓子を盛るがいい!」
「毒でも食べてろ、うるさい奴…」
ペルラがため息混じりに言うと、ヴァルトが心底嬉しそうに目を輝かせた。
「お昼ですからね、ありがたくいただきましょうか」
カーティスがそう言うと、みんなワゴンの周りに群がった。
「はい、キューリさんのぶん」
「ありがとシビル」
大きな白い皿にはたくさんの料理が盛られていたが、キュッリッキはそれを久しぶりに美味しそうだと思った。いつもなら食べる前に匂いでうんざりするところだ。
皆皿を手に、思い思いの場所に座って食べ始めた。もごもごと口を動かしながらも、なにやら賑やかに会話が飛び交う。
メイドたちも給仕に大忙しで、新しい料理や菓子の皿が、次々と追加された。見舞いということで、酒は出されなかった。
「ああ、ルーファス、そろそろあちらと繋いでくださいな」
ふと思い出したようにカーティスが言うと、すっかり忘れてた、とルーファスが舌を出す。
それをキュッリッキが不思議そうに見ていると、
「イソラにいるザカリー、マーゴット、マリオンの3人と、念話をつないでもらうんですよ」
メルヴィンの説明に、キュッリッキの表情にサッと緊張のようなものが過ぎった。
「おっし、つながった。みんなー、声出して喋っても大丈夫だから」
ルーファスの合図と同時に、
(おい大丈夫なのかキューリは!! 無事か!? 生きてるのか!?)
けたたましいザカリーの声が、その場にいた全員の頭に喧しく轟いた。
「うるせーぞザカリー! ちったー静かに喋れ」
ギャリーが即つっこむ。
(おめーなんか後回しだよ、それよりキューリ喋れるのか、まだ寝てるのか?)
念話の声はイライラしていて、みんな「ヤレヤレ」と首を振った。
「アタシなら大丈夫だよ、ザカリー」
キュッリッキは穏やかに答えた。
(ああ…よかった、ちゃんと喋れるんだな、大丈夫なんだな、よかった……)
心底安堵したザカリーの声が、波が引いていくように小さくなる。
(キューリちゃんよかったぁ~、元気になったんだねぇ)
明るく間延びしたマリオンの声が割って入る。
(ザカリーは安心しちゃってぇ、ナメクジみたいに溶けてるよぉ~)
多人数中継のため、双方の映像までは念話で送受信出来ていなかったが、その様子が容易に想像できて、みんな大笑いだった。
キュッリッキは苦笑をおさめると、真顔になって口を開いた。
「ザカリーは怪我、大丈夫なの?」
(オレ? オレは全然大丈夫だよ。もう包帯もとっぱらってるし、ピンピンしてるぜ!)
(うんうん。キューリちゃんを毎日思って、真ん中の脚もビンビンしてるもんねぇ~)
マリオンがいちいち混ぜ返す。
(ばっ! うるさいよおまえは!!)
「ザカリー最低…」
(ちょっまて、別にビンビンは……たまにしてるが……いやいや、してないしてない)
「欲求不満男」
(うっせー格闘バカ!)
「娼婦のねーちゃんと遊んどけよ。帰ってきてキューリ見て襲いかからないように」
(だからそこまで飢えてねーよ! オレの心象最悪にするなおまえら!!)
(アタシで遊んであげよっか~?)
(死んでろブス!!)
(ブスって言われたあああ)
「そのくらいにしておかないと、キューリちゃんがこわ~い顔してるぞ」
ルーファスの一言に、ザカリーとマリオンの悪態がピタリと止む。
ふうっ、とため息をつくと、キュッリッキは膝の上の皿を見つめた。
「ザカリーの怪我、アルカネットさんの仕業なんでしょ」
キュッリッキの言葉に、皆がハッとなる。
「そりゃ、あの怪物の…」
ギャリーの言葉が言い淀む。
キュッリッキはギャリーを見て、ゆるゆると首を横に振る。
「もう大丈夫だから」
怪物との一件で、トラウマになっているかもしれない。怪物のことには触れないようにしようと、アジトを出る前にみんなで決めてきた。しかしそれは、無用な心配のようだった。
「ザカリーは遠隔射撃のスペシャリストでしょ、あんなデカイ怪物相手に至近距離で攻撃することはないし、離れていれば逃げられる。それに追いつかれる前に、みんなが足止めするはずだもん。だからザカリーが怪我したってことは、アルカネットさんしかいないよ」
ギャリーが嘘をついていると気づいたのは、イソラの町にいたときだ。
アルカネットの殺意は本物であり、キュッリッキが必死に言っても、殺意を引っ込めようとはしなかった。
薬を飲まされたためそのあとのことは何も知らないが、ザカリーは怪我をしていると言ったギャリーの表情が、どこかやるせなさを滲ませていた。それを見たとき、ザカリーの怪我はアルカネットのしたことだと確信したのだ。
「アタシが心配しないように、みんなで気を遣ってくれたんだよね」
気遣いは本当に嬉しかったが、そのことがより、キュッリッキの気持ちを重くさせた。
もともとそういうことには勘が働きやすく、またよく当たる。
アルカネットがしたことは良くないことだが、責めることは出来なかった。自分を思ってしたことだ。そしてザカリーに対しては、とても申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ごめんね、ザカリー」
(おまえが謝ることじゃないだろ!!)
ザカリーは思わずムキになって怒鳴る。
「アタシがいけないの。本当のこと話せないから。まだ、話せないから…」
ザカリーとの間に溝を作った、種族とコンプレックスのことを。
「気持ちの整理がついたら、ちゃんと話すから。みんなにもちゃんと話すから。だからもうちょっと、時間をちょうだい……」
泣きそうになるのを懸命に堪えた。こんなときベルトルドやアルカネットがいれば、思い切り泣けただろう。でも、いまは堪えなくてはならなかった。
室内が静かになる。みんな黙って、キュッリッキの様子を見守った。
「……話の腰を折るようだけどよ、ちょっと質問いいか、キューリ」
「うん、なに?」
遠慮がちに口を開いたギャリーに、キュッリッキが顔を向ける。
「おまえあの神殿をずいぶん怖がってただろ。あの怪物が現れたり神殿の構造が変わっちまうって、知ってたのか? それで怖かったのか?」
「ああ…そういえば、キューリさんの怯え方は尋常じゃなかったですね」
ブルニタルが記憶をたどるように呟く。
「んーん、アタシはなにも知らなかったよ。中に入ったらいきなり凄い揺れて、神殿の中が一瞬で迷路みたいになっちゃったし、急に目の前にあの怪物が現れたの」
今でも思い出すと、ゾッとする姿の大きな怪物。
「なんかものすごく、怖い感じが神殿からしてたの。足がすくんじゃうくらい怖い気配みたいなもの。近寄っちゃいけない、危ないよって。そんな気がしてて」
「じゃあ、具体的なことは判らずだったんだな」
「うん」
「私からも疑問が一つ。何故召喚しなかったんですか? それに私やベルトルド卿にあずけていた小鳥も、忽然と消えちゃいましたし」
カーティスは手を挙げ、不思議そうに言う。皆も気になっていた一つだ。
「召喚しなかったんじゃなくて、できなかったの。フェンリルもいきなり消えちゃったし、アルケラが視えなくなっちゃって」
ガエルは肩に乗るフェンリルを見ると、フェンリルは悔しそうに喉を鳴らした。
「フェンリルが言うには、アルケラへ強制送還されちゃったんだって」
「フツーにそんなことできるん?」
ルーファスの質問を否定して、キュッリッキは考えるように俯く。
「召喚士はアルケラを、アルケラという世界をこの目で視るの。そしてアルケラにいる住人をこちら側に招いて、用事が済んだらアルケラへ還してあげるのね。召喚士に招かれたアルケラの住人たちはそれがたとえ神様でも、自由意思で暴れたり力を使ったり、還ったりしちゃいけないルールがあるの。唯一の例外は、召喚士を守るために、生命の危険とか危機に自発的に動くことが許される。でも人や環境に害を与えることは、自分たちの意思でおこなっちゃいけないの。そして呼び出した召喚士しか、還すことは出来ないはずなんだけど……」
フェンリルをあの場から排除するように働いた、なにかの強大な力。
「フェンリルはね、神様なの。今はこっちの世界で違和感ないように、仔犬の姿になってくれているからそうは見えないと思うけど。そのフェンリルを強制的に排除して、かつアタシのスキル〈才能〉を封じ込めた力が、あの神殿にはあったの」
「なるほど…」
カーティスは腕を組むと考え込んだ。
召喚士のスキル〈才能〉を封じ、神を排除する力。
(お聞きの通りです、ベルトルド卿)
(すまんな)
途中からカーティスは、ルーファスとマリオンの繋いだ念話から、ベルトルドの念話に切り替わっていた。
(聞いたか? アルカネット、シ・アティウス)
(はい。随分と危険な代物のようですね、あの神殿は)
(これで確証を得ましたな)
(こっからは秘密の会談だ。戻してやる。ご苦労だったなカーティス)
(いえ。ではでは…)
何やら気になる発言を聞いたところで追い出され、ルーファスとマリオンの念話に戻された。
キュッリッキを慮って聞けずにいた、どうしても知りたかった今の事実。この機会に聞かせてもらおうと、ベルトルドからいきなり念話がきて、いっときカーティスとベルトルドの意思が繋げられたのだった。どうやら盗み聞きをしていたらしい。
「まあ、もうあの神殿に近寄ることはないでしょうし、原因究明は我々には関係なさそうですね」
ブルニタルがそう締めくくろうとすると、
(それが、そうもいかねーみたいなんだよな)
ザカリーが意味ありげに続く。
「どういうことでしょうか?」
(アタシらがこっちに残された理由はさあ、ザカリーの子守もあるんだけどぉ~、ソレル王国とか近隣諸国の偵察とか、諸々あったんだよねえ)
ザカリーの言葉を継いで、マリオンが説明に入る。
(もんのすごぉ~~~~っく、キナ臭いんだよねぇ、ソレル王国とその周辺)
「それってつまり……」
(ああ、戦争が近いってことだぜ)
不敵な笑みを含んだザカリーの声に、皆の顔に緊張が走った。
「戦争…」
腕を組み、カーティスはぽつりと呟く。
(ケレヴィルの連中に手を出したこと、派手に国内で軍を動かしたことといい、ソレル王国の動向は、オッサンの勘に引っかかるモノが多かったらしいぜ)
「それでなのか、徹底的に首都を制圧してましたしねえ」
(キューリちゃんをエグザイル・システムに通すため、てのもあったようだけどぉ。あれはちっと、やりすぎぃ~)
「まあなんにせよ、今日明日ドンパチ始まる話じゃねえし、もっと状況がハッキリしてきてから悩もうぜ」
ギャリーが締め括ると、皆頷いた。
キュッリッキを元気づける目的もある見舞いで、キナ臭い話で深刻になっては意味がない。詳しい話は、ザカリーたちが帰ってきてからすればいいだけだ。
その後は飲み食いしながら、みんなの近況やら、脳筋組み――とくにガエル、ヴァルト、タルコットの3名――の腕自慢話で盛り上がった。
そうして楽しく賑やかな時間は、あっという間に過ぎ去っていく。
すでに空は夕焼けでオレンジと紫色に染まり、薄暗くなった部屋には灯りがともされ、それをきっかけにしたようにカーティスが立ち上がった。
「そろそろ、おいとましましょうか。夕飯時ですしね」
豪華な食事――途中で酒も大量に追加させられた――が振舞われ、ドンちゃん騒いでいたみんなは、そうだな~などとぼやきながら、ぽつぽつ腰を上げる。
「晩ご飯も食べていったらいいのに」
身を乗り出しながら、至極残念そうにキュッリッキが言うと、
「アルカネットの野郎と鉢合わせる前に、オレら帰るぜ」
「アイツの顔見て飯が食えるかー!!」
ギャリーとヴァルトが、心底嫌々そうに言う。
「また来ますよ。というより、早く元気になって戻ってきてください。みんなで待ってますから」
にこやかに言うカーティスに、キュッリッキは大きく頷いた。
「戻ってきてください」という言葉が、キュッリッキの心を強く励ました。
何時までも弱気になっていられない、早く元気にならなきゃ。そう心の中で誓う。
「オレ、みんなを下まで見送ってくるよ。メルヴィンはキューリちゃんのそばにいてあげて」
「はい」
「またな、キューリ」
皆口々にキュッリッキにさよならを言いながら、入ってきた時と同じように、ガヤガヤと賑やかに部屋を出ていった。
彼らの後ろ姿を見送り、メルヴィンは部屋の扉を閉める。賑やかな声が次第に聞こえなくなると、室内は驚く程静まり返った。
「一気に静かになりましたね」
苦笑混じりに言われ、キュッリッキはクスッと笑う。
「みんな元気そうでよかった。ザカリーの怪我も、大丈夫だったみたいだし」
「そうですね。あとはリッキーさんが、元気になるだけですよ」
「うん」
(怪我の治りは順調なんだもの、いつまでも病人みたいに、寝てばかりじゃダメなんだから)
この頃は過去の辛い記憶に翻弄されて、ずいぶん気弱になってしまっていた。でも、仲間たちの顔を見て、早く元気になろうと強く思った。
優しく見つめてくるメルヴィンに気づいて、キュッリッキは思わず顔を俯かせる。
喧騒が去って静まり返った室内には、2人だけしかいない。急にメルヴィンの存在を強く意識してしまい、恥ずかしくなって目が合わせられなくなってしまった。
メルヴィンがそばにいる、声が聞こえる、息遣いを感じる。それだけのことで、何か熱いものが身体中を駆け巡っていた。
(メルヴィンと、ふ、ふ、2人っきりっ)
心臓がいきなりドキドキしだした。頬に熱を感じて、自分の顔が赤くなっていることに気づく。そのことが知られたくなくて、慌ててシーツに潜り込んだ。
「どうしました?」
いきなりシーツを目深にかぶってしまったキュッリッキに驚いて、メルヴィンはベッドに腰を下ろした。気分でも悪くなったのだろうか。
「リッキーさん?」
覗き込むように声をかけると、消え入りそうなほど小さな声で返事があった。
「なんでも……ないの、ちょっと疲れちゃっただけ、だから…」
「……そうですか。じゃあ、もう休んだほうがいいかな」
そう言って首をかしげながらも立ち上がる。せっかく2人きりになれたのだし、少し話でもしようと思っていただけに、メルヴィンは残念そうに息をついた。
今日はずっと出かけていて、あまり話もしていなかった。
「オレは自分の部屋に戻りますね。何かあったら呼んでください。では、おやすみなさい、リッキーさん」
「おやすみなさい、メルヴィン」
ほんの少しだけシーツから顔を出し、部屋を出ていくメルヴィンの後ろ姿を見送る。
扉が閉められると、キュッリッキは大きく息を吐き出した。
そんなキュッリッキの様子を、クッションの上から見ていたフェンリルは、なんだろうと首をかしげる。
「アタシ、このままじゃ心臓がパンクしちゃう」
突然降って沸いたような感情に、自分でもびっくりしてしまう。
メルヴィンと2人きりになると意識してしまい、鼓動が早くなり、顔が赤くなる。どう目を合わせていいか戸惑い、一言一句全てに身体が過敏に反応した。
そしていなくなると、急に寂しい気分に包まれると同時に、どこかホッとしてしまうのだ。
「こんなの初めてだから、きっとアタシ、病気かもしれない」
キュッリッキの呟きに、フェンリルは違う違うと首を振る。しかしキュッリッキはフェンリルのほうを見ていない。
常に身近にいるベルトルド、アルカネット、ルーファスの3人に、こんな感情は湧いてこない。何故、メルヴィンにだけ沸いてしまうんだろう。それも、この数日のうちに急になのだ。
とんでもない病気に罹ってしまったようだ。
「明日ヴィヒトリ先生に聞いてみよ…」
しかし翌日ヴィヒトリに質問すると、
「医者には治せない課題を堂々と突きつけてくるな、このアンポンタンめ!!」
と、盛大に怒鳴られて、絶句する羽目になるのだった。