片翼の召喚士 ep.76 「みんな!」

chapter-5.初恋の予感編
この記事は約11分で読めます。

片翼の召喚士 ep.76 「みんな!」

「キュッリッキちゃんが見舞いに来たって知って、子供みたいに悔しがってたよ。ぷんぷん拗ねちゃってさ」

「あははー。やっぱりネー」

 見舞いに出かけた翌日、診察に来たヴィヒトリが昨夜のベルトルドの様子を披露して、ルーファスは大笑いである。そんな2人の会話を聞きながら、キュッリッキは必死に朝ごはんを食べていた。

「というわけで、熱もすっかり下がって元気だよ」

(よかったの…)

 キュッリッキはホッと胸を撫で下ろす。

 あんなにぐったりした姿は初めて見たので、元気になったと聞いて心底安堵する。

「キュッリッキちゃんの怪我もだいぶ良いし、閣下もそろそろ退院だから、みんなも一安心ってところだね」

「ウンウン」

「そいえば、今日はメルヴィン居なくない?」

「用事があって出かけてる」

「ふーん。キミが朝から顔を出してるから、珍しいなと思ってネ」

「たまにいるじゃない。まあ、メルヴィン出かけるの決まってたから、深夜のデートは控えたってわけ」

「ほぼ毎日やってるの? タフだね」

 ヴィヒトリは呆れたように言って立ち上がった。そしてキュッリッキの頭を撫で撫でする。

「朝ごはん全部食べたね。いい子いい子」

「うん、頑張ったの…」

 キュッリッキは苦しそうに、小さくゲップした。それを苦笑しながら見て、ルーファスはトレイを下げる。

「んじゃ、ボクは病院へ行くね。また明日、見送りはいいよ」

 ヒラヒラ手を振って、ヴィヒトリはスタスタと部屋を出て行った。

「横になる? キューリちゃん」

「ううん、このままでいい」

「じゃあオレ、食器片してくるね」

「うん、ありがとう」

 朝ごはんという名の拷問が終わり、キュッリッキは疲れたように身を沈めた。

 コンコン、とドアをノックする音がして、セヴェリが素早くドアを開ける。化粧もバッチリのリュリュが顔を見せた。

「おはようベル、調子はどうなのン?」

 紅茶を飲んでいた手を止め、ベルトルドは「おう」と無愛想な声を出した。

「昨日熱を出したって聞いて、心配してたのよ。忙しくて来れなかったけど、もう大丈夫そうね」

「ああ、今はもう何ともない」

「それは良かったわ。でも、なんだかご機嫌ナナメなようね。何かあったのん?」

 ベルトルドはムスっとさせた顔を、更にぶすぅっとさせる。

「俺がいないのをいいことに、アルカネットのやつが、リッキーに悪さしていた」

「どんな?」

「睡眠薬飲ませて、キスしたり身体を舐め回してたり、俺が阻止しなかったら最後までヤッってたぞあいつ!」

 ふぬぅーっと喚いて、ベルトルドは拳を握り締めた。

「まったく、しょうのない子ね、アルカネットも」

 リュリュは額に片手をあてて、呆れたように溜息をついた。

「もうおちおち寝てられん! 即刻退院するぞ退院!」

 ベッドの上に立ち上がり、ビシッとセヴェリを指差す。

「退院の手続きをして来いセヴェリ! 今すぐに!」

「それはいけません、旦那様」

「そうよ、ベル。いい子だから落ち着きなさいな」

「これが落ち着いていられるか!」

 リュリュは「はぁ…」と息を吐き、スクッと立ち上がる。

「病人だと思ってガマンしてあげてたけどぉ、これだけ元気だもの、暴れん棒もさぞかし元気いっぱいでしょーネ?」

 ハッとしてベルトルドは硬直する。リュリュを見ると、肉厚の唇をすぼめ、人差し指をくわえこみ、股間を見つめていた。

「わたくしめは、トイレへ行ってまいります」

 セヴェリは優雅に一礼すると、さっさと病室を出て行った。

 じゅるり、と舌を舐めずる音がして、ベルトルドは乙女のように身構える。

「お・し・お・き・ヨ」

「いやあああああっ」

 要人病棟に、ベルトルドの悲鳴が虚しく轟いた。

 食器を片して戻ってきたルーファスは、ベッドの傍らの椅子に座り、雑誌を広げて読んでいた。読んでいるのは毎度のアダルト誌。女性の裸体写真やら水着の写真などが、惜しみなく掲載されているものだ。

「このエロ雑誌は優秀なんだよ! 本当はナマに勝るものはないんだけど、四六時中理想のナマを拝めないでしょ。これ未修正だし高いだけあって、見応え充分!」

 ハンサムな顔をにやけさせながら、ルーファスはキュッリッキに力説した。

 力説されても困ることだが、ルーファスが見ているアダルト雑誌のほとんどが、ベルトルドの部屋から拝借してきたものだということが、キュッリッキの気分を複雑にさせた。

(ベルトルドさんもあんなふうに、あの雑誌をみてニヤニヤしてるのかな…)

 鼻の下を伸ばし、ニヤニヤと雑誌を見ている姿を想像すると、嫌悪感が湧いてくる。

 後にそれがベルトルドにバレて、ルーファスはこっぴどく折檻される羽目になる。もちろん雑誌を勝手に持ち出したことではなく、キュッリッキにバレてしまったことにだ。

 とくにすることもなく、キュッリッキは身体を起こしたまま、クッションで丸まって寝ているフェンリルを見ていた。

 いつもなら傍らにはメルヴィンがいて、退屈そうにしていると、どこか必死に話しかけてくれる。

 ぎこちない様子で、一生懸命話題を捻り出して、四苦八苦話してくれた。そして話が数分で終了してしまうと、心底申し訳なさそうに謝るのだ。

(メルヴィンいなくて、寂しいかも…)

 どこに出かけているか知らないが、優しいメルヴィンが傍にいないだけで、こんなにも寂しく感じてしまう。

(誰かと会ってるのかなあ)

 そう思った瞬間、心の中がザワザワしだして、左手をギュッと握り締めた。

(だ、誰かってダレ? お…、お…、女の人…とか!?)

 だとしたら!?

 メルヴィンが自分の知らない女の人と会っているのかと思うと、何故だかムカついてくる。

(ルーさん知ってるかな)

 チラリとルーファスを見ると、ニヤニヤしながら雑誌に夢中だ。

(別に、メルヴィンが女の人と会ってたって構わないけど…でも…)

 自分以外の女の人と親しくしているのが、凄く嫌だと思ってしまう。

 初めて沸き起こる感覚に、キュッリッキは酷く戸惑った。なんだかとっても落ち着かないのだ。

 キュッリッキは何度も何度も顔を上げては、すぐ俯かせた。雑誌に集中しているルーファスはその様子に気づかない。

 もう何度目になるか、意を決したように顔を上げると、キュッリッキはルーファスに声をかけた。

「ルーさんあのね、ちょっときいてもいいかな」

「ん? どうしたんだい?」

 雑誌から顔を上げると、ルーファスはにこやかにキュッリッキのほうを見る。

「えっとね……」

 左手でシーツを掴んだりはなしたり、視線をそわそわと泳がせたりと、はっきりしないキュッリッキを、ルーファスは辛抱強く待つ。

「あのね、……えっと、メルヴィンには……んと」

 だんだん白い頬が紅潮していく。

「その……、付き合ってる女の人って、いるの、かな…」

 言ってさらに顔を真っ赤にさせた。髪の毛で隠れて見えないが、おそらく耳も真っ赤に染まっているだろう。

 ルーファスはたっぷりと間を置いたあと、内心「おやおや~」と、大きく頷いた。

 ベルトルド邸に来て、1週間くらい経った頃から、なんとなくそんな雰囲気が漂いだした。

 メルヴィンに向けて、どこかはにかむ様な、可愛らしい態度を覗かせているのは感じられた。とくにここ数日は、傍から見ていてもよく判るくらいに。

 信頼、喜び、そういった感情が、メルヴィンが傍にいるだけで、キュッリッキの表情から溢れ出していた。

 ただ残念なことに、そういうことには鈍感なメルヴィンは、全く気づいていないようだったが。

 メルヴィンに女なんかいない、という期待と、いたらどうしよう、という不安の両方を顔に貼り付けて、キュッリッキはルーファスをじっと見つめた。

 くすぐったそうにルーファスは笑うと、小さく肩をすくめた。

「そーだなあ、オレは聞いたこともないし、女の影は全然感じられないなあ」

 その言葉に、キュッリッキの目が期待に大きく見開かれる。

「ホント!?」

「うん。あの堅物のメルヴィンにカノジョがいたりしたら、すぐにバレバレだからね~。隠れて付き合えるほど、器用じゃないから」

 ルーファスがにっこり笑うと、キュッリッキは肩の力を抜いた。そして安堵したように口元をほころばせた。

(キューリちゃんは、メルヴィンに恋しちゃったのね)

 ベルトルドとアルカネットが、何やら愛の告白のようなことを言ったという。でもキュッリッキからは2人に対して、そうした恋愛の雰囲気は一切感じられなかった。

 父性愛丸出しなオッサンたちの押し付け愛よりも、優しくて不器用なメルヴィンに、キュッリッキは恋をしたのだ。

 それはとても微笑ましいことだった。なにせライオン傭兵団の中には、そういう純粋な要素が微塵もなかったのだ。しかし同時に、今は遠くにいる親友を思うと、残念な気持ちにもなる。

 はっきりと口にしていたわけじゃないが、キュッリッキに気があるのは判っている。彼は可愛い女の子が大好きだから。

 そしてメルヴィンも、どことなくキュッリッキを意識し始めている。それが恋愛感情によるものなのかは不明だが。でもメルヴィンの気持ちが恋愛の方へ傾けば、親友は完全に失恋するだろう。可哀想だが、仕方ないよね~という気持ちだ。

(しかし2人の想いが成就するには、特大の障壁が邪魔をするだろうなあ…)

 ベルトルドとアルカネットの、キュッリッキに向ける愛情が尋常ではないことはイヤでも判る。ただのお気に入りや気まぐれで、キュッリッキをかまっているようには見えない。かなり本気なんだろうなと判るくらいだ。

 きっと、キュッリッキの想いなどお構いなしに、自分たちの愛で押さえつけてしまうだろう。

 誰とどんな結末を迎えるのか判らないが、この不憫な少女が幸せになれるといいな、とルーファスは本気で願った。

 大事な仲間であり、妹のような存在なのだ。味方をするなら、キュッリッキの味方になってあげたい。

 やがて正午を告げる厳かな鐘の音が、静かな部屋の中に鳴り響いた。ハーメンリンナ全体に轟く鐘の音だ。

 物思いにふけっていたルーファスは、鐘の音で意識を戻すと「そろそろかな」と呟いた。

「何が?」

 その呟きにキュッリッキが反応すると、

「もうじき判るよ」

 にっこりと言うルーファスの言葉に、ノックの音が続いた。

「失礼いたします。皆様いらっしゃいましたよ」

 リトヴァが笑顔で告げると、大きく開かれた扉から、ガヤガヤと賑やかな集団が姿を現した。

「ご無沙汰してますね、キューリさん」

 先頭をきって入ってきたカーティスが、にこやかに片手をあげた。

「みんな!!」

 キュッリッキは嬉しそうに声を張り上げると、身を乗り出しベッドから飛び出そうとして、均衡を崩して大きくよろめいて落ちそうになる。

「ちょ、キューリちゃん落ち着いて」

 慌ててルーファスが抱き止め、ゆっくりと座らせる。

「なーんだよ、ケッコー元気そうじゃねーか」

 ニシシッと笑いながらギャリーは身をかがめると、掌でキュッリッキの頭をぽんぽんと叩く。

「しっかしおめぇ、一回り小さくなってねーか? ただでさえちっぱいなのに、ついにまな板になっちまってよ」

「ちゃんとあるもん!!」

 キュッリッキは顔を真っ赤にして抗議する。

「キューリさんよかったご無事で~」

「心配したんだよー!」

 シビルとハーマンが、ベッドに飛び乗ってキュッリッキに抱きついた。お互いこれでもかと、フサフサの尻尾を振り回す。

「ありがとシビル、ハーマン。もう大丈夫だよ」

「キューリてめー、なんつー広いベッドに寝てるんだ! 俺様が大の字になっても余裕ありまくりじゃないか!!」

 いつの間にかベッドに飛び乗っていたヴァルトが、長い両腕と両脚を大きく開いて大の字になって寝そべっている。たしかにヴァルトのような長身が寝ても、余裕はたっぷりあった。

「これなら寝相が悪くても落ちませんね。広々といいベッドです」

 眼鏡をかけ直しながら、ブルニタルが羨ましそうに言う。

「でもね、ベルトルドさんとアルカネットさんに挟まれて寝てるから、アジトのベッドよりも狭いの…」

 キュッリッキがげっそりと言うと、

「あのドSどもと一緒に寝てんのかよ」

「おまえもうヴァージンじゃねーな!」

「スリープレイとか凄いやつだなおまえ」

「ちゃんと眠れてますか?」

「完全におもちゃにされてるな…」

「寝てる間にパンツ見られてるんじゃね」

「悪夢だけ毎日見そうですねぇ」

 皆口々に言いたい放題である。

「まあ、元気そうでよかった」

 フェンリルを肩に乗せたガエルが、キュッリッキの頭に大きな掌をのせた。掌から伝わってくるぬくもりに、キュッリッキは満面の笑顔を浮かべる。

 キュッリッキや仲間たちの賑やかすぎる様子を見て、最後に部屋に入ったメルヴィンの表情も、明るい笑みに包まれた。

 ナルバ山の遺跡での一件以来、離れ離れになっていたライオン傭兵団のメンバーも、ずっとキュッリッキを心配して悶々としていた。

 ルーファスやメルヴィンから日々彼女の様子の報告はもらっていたが、あの酷い惨状を目の当たりにしていただけに、直接会って確認し、安心したかったのだ。

 そしてキュッリッキも、みんなに会いたい会いたいと言い続けていた。

 今回メルヴィンとルーファスの計らいで、皆をベルトルド邸に招いて見舞いが実現した。その許可を得るために、メルヴィンがベルトルドに会い行き、留守にしていたのだった。

「俺が許可せずとも、どうせ呼ぶんだろう。ずっと会いたがっていたからな、リッキーも」

 そう言ってベルトルドは了承してくれた。ほかならぬキュッリッキのためならば反対する理由はない。

 こうして3名を除いたライオン傭兵団員が一堂に会して、だだっ広い部屋の中が、アジトの談話室のように賑わっていた。