片翼の召喚士 ep.73 ベルトルド入院する

chapter-5.初恋の予感編
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片翼の召喚士 ep.73 ベルトルド入院する

 キュッリッキの寝ているベッドの傍らに座り、メルヴィンは不機嫌を露骨に貼り付けた顔で、己の膝を睨みつけていた。

 規則正しい寝息をたて寝ているキュッリッキの顔には、明らかな疲労感が漂っている。目元も腫れているし、今日もまたこの様子だ。

 ベルトルドの屋敷にきてから、今日で2週間になる。キュッリッキの怪我も、順調に快方に向かっていた。この数日で、半身を起こして過ごすことも出来るようになっている。それなのに、いつまでもこの様子なのだ。

 こんな風になっている原因を、いまだベルトルドたちから聞き出すことも出来ず、キュッリッキも話そうとしない。

 仲間になって日も浅いが、少しでもなにか話してほしいと思う。愚痴でもいいし、話せばすっきりすることならいくらでも聞く。そのために自分はここにいるのだから。

 毎日それとなく言うのだが、キュッリッキは困ったように小さく笑むだけで、口を閉ざしたままだ。

(一体、何に苦しんでいるんだろう…)

 それも判らない。頼ってもらえない寂しさもあって、メルヴィンの機嫌を損ねていた。

「メルヴィン…」

 か細い声で名を呼ばれ、メルヴィンは弾かれたように顔を上げた。

 ベッドに顔を向けると、不安そうに見つめてくるキュッリッキの視線とぶつかる。

「起きたんですね。気分はどうですか」

「……うん、大丈夫だよ」

 おっかなびっくりといった声音に、メルヴィンは首を傾げた。

「なんだか怒ってる感じがするから…、ちょっと怖い、かも」

「あ……」

 メルヴィンは咄嗟に顔に手をあてると、頬を軽く叩く。

「すみません、考え事をしていたから」

 そう言って苦笑を浮かべる。

「考え事?」

「……あなたのことを、考えていました」

「アタシのこと?」

 キュッリッキは思わずドキリとした。

 何を考えてくれていたんだろう。それを思うと、心が妙にザワザワとして、でも、嬉しさがこみ上げてきた。

 目を見張って見つめてくるキュッリッキから目をそらし、メルヴィンは再び膝に視線を落とした。

「もっと、頼ってほしいなと…、思ってるんです」

 穏やかな口調だが、どことなく拗ねた響きがある。実際メルヴィンは拗ねていた。

 その言葉に、キュッリッキは萎れたように目を伏せた。

 毎日のように、遠まわしに問われている。夜中、何があったのかと。

 メルヴィンの気持ちは、痛いほど感じている。こんなにも真剣に、心配してくれているのだ。それが判っているのに、本当のことを話す勇気が、まだ出せないでいた。

 ベルトルドとアルカネットは、あらかじめ自分のことを知っていた。それでいて、惜しみない愛情を注いでくれる。だから全てを、包み隠さずさらけ出すことができた。

 でもメルヴィンは何も知らない。過去のことも、自分がアイオン族であることも。そして、片方しかない翼のことも。

 もしこれらのことを話せば、彼はどう思うのだろうか。

 ライオン傭兵団の中では、メルヴィンが一番話しやすい。優しくて格好良いし、一緒に居て嫌じゃない。それでも全面的に信用するのは、まだ無理だった。

 隠していることを全部打ち明けたら、優しくしてくれなくなるかもしれない。そして嫌われるかもしれない。

(嫌われたくない…)

 メルヴィンに嫌われるのは、絶対イヤだった。それで話すことが怖い。そのことがかえって、メルヴィンにはいらぬ心配をかけさせていることも判っているのだ。

(もっとメルヴィンのことが判れば、話すこと出来るの、かな…)

 それもあるだろう。しかし、

(嫌われちゃっても、平気でいられるくらい、アタシが強くなれば大丈夫なのかもしれない)

 きっと、後者のほうだろうと、キュッリッキの心は判っていた。

 人のせいにしないで、自分が強くさえあれば、堂々と話せるはずだ。今すぐには無理だけど。

 キュッリッキは左手をシーツの中から出すと、メルヴィンにそっと伸ばした。

 自分に伸ばされた細い手に気づいて、そっと両掌で包み込む。この2週間で一回り小さくなった頼りなげな手が、ほのかに温かい。

「アタシね、昔、イヤなことがいっぱいあったの。それをずっと、思い出さないようにしていたのね。でも最近、毎日夢に見て、思い出しちゃって…」

 そのことで夜中に泣いたりしているのだと、暗に告げた。

「でね、もうちょっとだけ時間くれる? メルヴィンにもルーさんにも、傭兵団のみんなにも、ちゃんと話すから。話せる勇気が持てたら、絶対に話すから」

 必死に言うその顔を見て、メルヴィンは表情を和ませた。

「はい。勇気が出るまで、待っています」

「ありがと」

 キュッリッキはホッとしたように微笑んだ。

「あの山の遺跡で、みんなが助けに来てくれたとき、メルヴィンずっと、アタシの手を握ってくれてたでしょ」

「ええ」

「あったかくて、嬉しかったんだよ」

 出血が酷く体温も下がる中で、メルヴィンが握ってくれていた左手に感じる温もりが、とても嬉しかった。安心できた。

「ここにきても、ずっとそばにいてくれてありがとう。だから、メルヴィンには一番に話すから、もうちょっと待っててね」

「そう思っていてくれて、オレのほうが嬉しいですよ。毎日催促するようなことをして、すみませんでした」

 メルヴィンは心の中にわだかまっていたものが、ほぐれていくような感じがしていた。

 血だまりの中で、息も絶え絶えになっているキュッリッキを見たとき、魔法スキル〈才能〉も医療スキル〈才能〉も持たない自身に、心底腹立たしかった。できることは傍にいて、励ますくらいで。今も傍にいることしか出来ないでる。

 しかし傍にいることがキュッリッキにとって、少しでも慰めになっているのなら、無駄ではないのだと、メルヴィンは救われた気持ちになっていた。

「少し外の空気を吸いませんか? 天気もいいし、庭のバラが綺麗ですよ」

 気持ちを切り替えるように、メルヴィンは明るく言った。

「ベッドから出ても、大丈夫なの?」

「ええ。ヴィヒトリ先生の許可は、もらっていますから」

 パッとキュッリッキの顔も明るくなった。怪我をしてからずっと、外には出ていないのだ。

「そうなんだ。じゃあ、バラ見たい」

「はい」

 傷に触らないように気をつけながら、キュッリッキをそっと抱き上げる。

「うーん、前より更に軽くなりましたねえ。もっと食べないと」

「うっ。だって、動いてないからお腹空かないんだもん」

 首をすくめるキュッリッキを見ながら、メルヴィンは苦笑した。

 とても華奢な身体だが、極端に軽いのだ。同じ年頃で華奢な体格をした少女でも、もう少し重いはずだ。

 キュッリッキがアイオン族であることは知らない。アイオン族は空を翔ぶことができるせいか、肥満とは疎遠な体質の種族である。どんなに食べても太らない。そして、ヴィプネン族と比べると、見た目は似ていても、体重には大きな差があった。

 ヴァルトなど身長は2メートル近くあるが、体重は30キロ前後しかない。筋肉も増やすのに苦労をしている有様だ。キュッリッキは20キロ程度しかない。今は殆ど食べないので、ますます体重は減っていた。

 メルヴィンはバルコニーに出ると、階段を降りた。

 キュッリッキの部屋のバルコニーには、庭に降りるための階段が、特別に付けられているのだ。元からそう造られていたらしい。

「おひさまの光、気持ちいいね。眩しいくらい」

 久しぶりの外の空気は、清々しく気持ちが良かった。庭には沢山の緑や花が溢れている。空気がとても澄んでいた。

 屋敷同様広い庭の一角にはバラ園があり、全体を真っ白なバラが包み込むよう咲き誇っていた。その白バラに囲まれ、特別に作らせたと言われる、淡い青紫色のバラも美しく咲いていた。

「アタシね、青い色が大好きなんだけど、ベルトルドさんとアルカネットさんも、青色が大好きなんだって」

「この青紫色のバラも、それで作らせたそうですよ。リトヴァさんから聞きました」

「なんか、お屋敷の中とか、このバラとか、あの2人徹底してるね」

 クスッと笑うキュッリッキに、メルヴィンもつられて笑い返す。バラ園の中には、白と青紫色のバラだけで、赤やピンクや黄色のバラはなかった。

「この青紫色のバラ綺麗だなあ~。1本だけもらっちゃっても、平気かな?」

「リッキーさんが欲しいなら、全然構わないと思いますよ」

 ここにあるバラ全部欲しい、と言っても、あの2人なら反対することは絶対ない。そうメルヴィンは確信していた。

「えへへ、じゃあ1本だけ」

 キュッリッキは半分咲きかけた花を選び、ポキッと少し長めに茎を折った。

 キリッとした美しい輪郭は、どこか、ベルトルドやアルカネットを彷彿とさせる。あの2人には、よく似合う花だなと思った。

「部屋に戻ったら、一輪挿しの花瓶を借りてきますね」

「うん」

 暫く庭を散策して屋敷のほうへ戻ってくると、何やら使用人たちが慌ただしく走り回っている姿が、窓ガラス越しに見える。普段静まり返っている屋敷の中が、騒然となっていた。

「なんだろう、なにかあったのかな?」

「うん、みんな走り回ってるね」

 2人が不思議そうに首をかしげていると、ルーファスがテラスに出てきて、2人に向けて手を振っていた。

「どうしたんですか?」

 キュッリッキを抱いているので走るわけにもいかず、大股でルーファスのところへと寄る。

「ちょーびっくりのニュースだよ! あの傲岸不遜の御仁が、軍の訓練を視察中にぶっ倒れて、病院担ぎ込まれたって! その連絡があって、もう屋敷中大騒ぎだよ」

 心配するどころか、興味津々の満面の笑顔でルーファスはまくし立てた。

「――あの人でも、倒れることがあるんですねえ」

 複雑な表情を浮かべながら、メルヴィンがしみじみ呟く。病気すら近寄るのを拒みそうなイメージしかないからだ。人間だったんですね、とは心の中で呟く。

 キュッリッキの身体が、小刻みに震えだした。手に伝わってくる微かな震えに、メルヴィンは腕の中のキュッリッキを見た。

「ベルトルドさんが、入院って……」

 掠れるように言い、それ以上は喉が詰まったように言葉が続かない。顔をこわばらせて俯いた。

「詳しいことは判んないけど、これからセヴェリさんが病院へ行くって言うから、オレ一緒に様子見に行ってくるよ」

 着替えやら何やらを、持っていく必要があるのだろう。

「病院のほうで、アルカネットさんも合流するみたい。ベルトルド様がぶっ倒れたんじゃ、行政も軍も大騒ぎだね、これ」

「そうですねえ。皇王や宰相が倒れても、あんまり…ですし」

「国を司ってるのって、ベルトルド様だもんね~、事実上は」

 そこへ、メイドの一人がルーファスを呼びに来た。

「セヴェリさん、準備できたのね~」

「しっかり見舞ってきてください。こちらは大丈夫ですから」

「おう、じゃあちょっと行ってくるネ。――あんまり心配するんじゃないよ、キューリちゃん」

 ルーファスはキュッリッキに明るく笑ってみせて、屋敷の中に駆け込んでいった。

「仔細は判りませんが、きっと大丈夫ですよ。そんなに心配すると、身体に触りますから」

 すっかり元気が消え失せてしまったキュッリッキに、メルヴィンは努めて笑顔を向ける。

「部屋に戻りましょうか」

「うん…」

 キュッリッキは小さく頷くと、手に握った淡い青紫色のバラの花を、ぎゅっと胸に抱き寄せた。

 薬品の臭いと計器を抜かせば、どこかの屋敷の寝室と見まごうばかりの豪奢な一室で、これも贅を尽くした造りのベッドに身を沈めているベルトルドが、眉をしかめて足元のルーファスにきつい視線を向けていた。

「リッキーに喋ってしまったのか、お前は」

「はあ……スンマセ~ン」

 病室に入って5分も経たないうちに、いきなり説教を食らったルーファスは、首をすくめたまま頭をさげた。

 意識もなく、酸素マスクをあてられ寝ているとばかり思っていたら、想像以上に元気そうだ。内心ちょっとガッカリする。

「心配事を増やしやがって」

「その心配事の原因になっているのは、アナタですよ」

 傍らの椅子に座して脚を組んでいるアルカネットを見上げ、バツが悪そうにベルトルドは顔をしかめた。呆れ顔のアルカネットの視線が、チクチクと猛烈に痛い。

 ベルトルドは正規軍の演習を視察中に、突然目眩を起こして昏倒した。このところ顔色が悪るかったが、とくに不調を訴えていなかったので周りも安心していた。それだけに、リュリュなど取り乱して大騒ぎし、連絡を受けた軍も行政も、あらゆる部署が騒然となって、半ばパニック状態にまで発展した。

 事実上、国政を司り動かしているのは、皇王でも宰相でもなく、副宰相であるベルトルドだ。更に軍の長である総帥の地位も兼任している。皇王が倒れるよりもおおごとだった。

 後に、ハーメンリナ全体が戦慄した日だったと、語り草にまでなったのである。

「それでその、大丈夫なんですか?」

 控えめにルーファスが問うと、アルカネットが頷いた。

「過労だそうです。寝不足に加えて、仕事が過密状態でしたから。1週間絶対安静とのことなので、このまま入院させます」

「俺はもう大丈夫だ!」

「退院しても更に1週間は、屋敷でおとなしくさせます」

「ひと眠りしたから気分爽快だぞ!!」

「お黙りなさい! 倒れて騒動を起こした張本人が偉そうに言っても、説得力なんて微塵もありません」

「……」

 アルカネットに叱られ、不満をブスーっとふくれっ面に貼り付かせ、ベルトルドは黙り込んだ。

 親に叱られる子供のようだと、ルーファスはしみじみ思った。昔からこの2人のこうしたやりとりは、見ていて飽きない。

 泣く子も黙らせる――泣き止むのを待てないから威圧で泣き止ませる――副宰相と恐れられるベルトルドの、こんなふくれっ面は、滅多に拝めるものじゃないのだ。

 笑いが吹き出しそうになるのを必死で堪えていると、アルカネットがスッと立ち上がった。

「私はルーファスと屋敷に戻ります。アナタの世話は、セヴェリに任せますから。――任せましたよ、セヴェリ」

「承りました」

 無言で控えていたセヴェリが、恭しく一礼した。

「俺も帰る」

「ダメだと、言ったはずですよ。暫くここで、おとなしく静養しなさい」

「リッキーが一人ぼっちになるだろう」

「私が一緒に居るんですから、一人にはなりません」

 フッと笑んだアルカネットの表情かおを見て、ベルトルドは直感した。

(俺がいないのをこれ幸いとか思ってる顔だなあれは! 2人きりにさせてなるものか! 阻止してみせる!!)

「――俺も一緒に帰る!!」

 今にも跳ね起きそうなベルトルドを、反対側に控えていたセヴェリが、素早く片手で胸を押さえつけた。

「こらセヴェリっ! 主に手を出すとはいい度胸だな、おい!!」

「病院ではおとなしくなさってください旦那様。暴れますと、お身体にも障りますよ」

 小柄な初老の男とは思えぬほどの力で、ベルトルドを悠々と押さえ込んでいる。セヴェリのスキル〈才能〉はサイ《超能力》なのだ。ランクはAAである。

 Overランクとはいえ、体調を崩している今のベルトルドは、セヴェリの力を跳ね除けられないでいた。

 一生懸命ジタバタしていたベルトルドは、やがて呼吸が苦しくなり、暴れるのを諦めた。

「……頼む、胸が苦しいから…もう押すな」

「これは、失礼致しました」

 どこまでも恭しいが、隙を見てベッドから抜け出そうとするベルトルドを、しっかり押さえ込んで放さなかった。

 その様子に満足し、アルカネットは零れるような笑みを浮かべた。

「それではお大事に。明日お見舞いにきますよ。いきましょうかルーファス」

「はい」

 2人が病室を出て行くと、ベルトルドは盛大に口をへの字に曲げて、露骨に鼻息を吐き出した。

 抵抗することを諦めたベルトルドから手をはなすと、セヴェリは持ってきた彼の身の回りのものを、ドレッサーやチェストに仕舞い始めた。

 その様子を退屈そうに眺めながら、ベルトルドはキュッリッキのことを考えていた。

(優しい子だからな、今頃とても心配しているだろう…)

 倒れたことを知らせなければ、仕事で帰れない、と隠すこともできた。普段忙しくしているから、信じるだろう。

(ったくルーのやつ、いらんことをしおって)

 ただでさえ今は、自分のことで精一杯なのだ。

 ベルトルドとアルカネットは、キュッリッキの心を開かせて受け入れたことで、2人に対して彼女は隠し事をしなくてもよくなった。しかし、それで全てが丸く解決したわけではない。

 それまでずっと忘れようと努めてきた、辛い過去や悲しい気持ちを押し込めていた蓋が開いてしまったことで、キュッリッキは頻繁に夢に見て思い出すことになってしまった。

 更にナルバ山の出来事も加わって、辛い記憶がエスカレートし、とくに夜中の状況は一層酷くなっている。

 過去を夢に見るようになり、夜中に突然目を覚まし、悲鳴をあげたり、泣き喚いたりする。その度にベルトルドとアルカネットは起こされるが、酷い時は悲しみや怒りの感情などが溢れ出し、2人を罵ったり、怪我の治っていない身体を無理に暴れさせたりする。自分の身体を傷つけようとすることもあった。

 必死になだめ落ち着かせようとする2人に、当たり散らしたことに罪悪を感じて、一晩中謝りながら泣きじゃくることもある。

 こんな調子が、2週間ばかり続いた。

 メルヴィンやルーファスから受ける報告の中で、少しずつだが、キュッリッキの様子にも変化が見られてきていた。

 穏やかな表情を、よく見せるようになったという。身構えるところも薄まってきたらしい。

 幼い頃からずっと溜め込んでいたものを吐き出し続けることで、徐々に気持ちが軽くなっていくのだろう。それは喜ばしいことで、出来るだけ吐かせてやりたい。そうすれば、愛をもっと心に強く感じられるだろう。

 怪我を負った身体で、これは酷で辛い荒療治だが、今が絶好の機会だと、ベルトルドは信じていた。

 愛されたことがなかったキュッリッキが、初めて得た大きな愛。

 ベルトルドからの――一応アルカネットも――大きな愛を、心の底から実感するためには、心の傷を悪化させている、過去の記憶や気持ちが妨げになる。

 愛を知った今だからこそ、心から苦しみを吐き出させ、愛により心の傷を癒しやすい。時間が経てば、苦しみを長引かせるだけだ。

 キュッリッキが救われるためならば、どんなことでも耐える自信があった。

 最初の1週間はそれほどでもなかったが、日増しに疲労感が顔に出るようになって、周りを不安がらせた。とくにベルトルドは連日激務が続き、休日でも出仕して、休む暇もない。唯一身体を休められる夜が潰れるからだ。

 それでついに疲労のピークに達し、病院に担ぎ込まれるという大騒動を引き起こしてしまったのだった。

 ベルトルド自身は倒れようが何だろうが、愛するキュッリッキのためなら苦痛とも感じない。むしろ、もっともっと吐き出させて、心を軽くしてやりたかった。これまでの18年間が、あまりにも辛すぎたのだ。

 心底飽くほど幸せにしてやりたい。嫌になるほど愛してやりたい。しかし気持ちに身体がついてこなかったのは、涙目の無念である。

 普段は思わないことだが、今はほんの少し思う。体力の衰えは、年齢のせいじゃなかろうか、と。

「いやいや、歳のせいじゃないぞ!」

 首を振って弱気を打ち消す。ベルトルドの独り言にセヴェリが顔を向けたが、なんでもないとの主の言葉に頭を下げた。

 サイドテーブルに置かれた薬のトレイを見て、げっそりと溜息をつく。色とりどりの錠剤が、沢山盛られていた。

「リッキーと1週間も会えないとか、薬を飲むより辛いぞ」

 錠剤は喉に詰まるから、大っ嫌いだった。