片翼の召喚士 ep.41 蠢く遺跡(1)
遺跡の前で待機していたハドリーとファニーは、依頼主のケレヴィルの研究者達を見て慌てて立ち上がる。
「良かった、無事だったんですね」
安堵の息を吐きながら、ハドリーはシ・アティウスの前に駆け寄った。
「こちらは皆、大事無い。君たちこそ無事でなによりだ」
薄暗さのある山の洞穴の中では、色のついたレンズの奥の目は判らない。しかし、淡々とした口調から察するに、特別怒っている風ではなかった。
「その血は…」
ファニーが眉を曇らせると、ああ、と小さく呟いてシ・アティウスは頷いた。
「返り血を浴びただけで、怪我はしていない」
「ふぅ、びっくりした~」
胸に手を当てて、ファニーは嘆息する。
「君たちを助けたのも、ライオンの連中かな?」
「はい。縄でぐるぐる巻きにされて、あそこの窖に放り込まれていたところをリッキーが」
そう言って、ハドリーは仲間たちと話しているキュッリッキを指差す。
「お恥ずかしい限りです。護衛についた、あたしたちまで捕まるなんて」
「いや、あれはさすがに無理だったろう。多勢に無勢だ、気にすることはない」
「すみません…」
しゅんっと肩を落とすファニーに、シ・アティウスは頷いてみせた。
「我々の護衛任務は、ライオン傭兵団に移ったようだ。依頼主は上司の副宰相だ」
「では、オレたちの仕事はここまでですね」
「うん。契約した依頼料はきちんと支払うから、安心してくれたまえ」
「なんかスイマセン」
「気にすることはない。どうせ支払うのはケレヴィルという組織だからな」
すましたように言うシ・アティウスに、ハドリーは苦笑ってみせた。
「では、我らは遺跡の状態が気になるので中を見てくる。ご苦労だった」
「はい、ありがとうございます」
「ありがとう~」
ハドリーとファニーは、ぞろぞろ遺跡に入っていくケレヴィルの研究者たちの背中を見送り、ホッとしたように肩の力を抜いた。
「良かったねハドリー、依頼料もらえるわ」
「ああ、なんか申し訳ないけど助かる」
今回のシ・アティウスらケレヴィルの研究者たちの護衛依頼は、かなり報酬額が良かった。普段受ける護衛の報酬の約2倍もある。
最初はシ・アティウス個人のみの護衛だったから、ハドリーとファニーの2人でも手に余ることはなかった。そこから護衛サイドの人数が増えて、襲ってきた相手がソレル王国軍だったこともあり、仕事をしくじってしまったのだ。
「今日はこのまま遺跡に泊まって、明日帰ろうよ」
フェニーの提案に、ハドリーは頷いた。
「オレらの顔を覚えてるソレル王国兵なんて、いないよなあ?」
「自分で言うと萎えるけど、あたしらみたいな小物相手に、いちいち覚えてる連中なんていないわよ…」
「だよなあ…」
印象を刻み付けるほどの活躍は、全くしていなかった2人である。刻み付ける以前に、大勢で取り押さえられて、殺されなかっただけマシなほうだった。
ライオン傭兵団は全員が顔を揃えると、遺跡の前で大きな輪を作って、各部隊の武勇伝を披露し合っていた。しかしいざ戦闘の話になると、バトル3馬鹿はキュッリッキのチート支援の話題に集中した。
「カーティス、今度戦闘のある仕事が入ったら、ボクにはキューリを支援につけてくれ」
おかっぱに切りそろえた黒髪を揺らしながら、タルコットはカーティスを軽く睨む。
「それはダメだろう。俺と組むんだ」
隣に立つキュッリッキに、ガエルは凄みのある笑顔を向ける。
「キューリは俺様に支援をすればいい!」
向かい側に立つヴァルトは、ぎゃーすか喧しく喚きたてた。
「モテ期ですね、キューリさん」
キュッリッキの足元で、シビルが肩をすくめた。
「だいたいガエルがボクたちより数を稼げたのは、全部キューリの支援のおかげだろう。ボクたちと同等の支援じゃない限り、今回の数は無効だ」
「そーだそーだ! そのトーリ!!」
「確かに支援はこちらが優秀すぎたが、それを巧みに活かしての戦闘だ。間違いなく俺の勝ちだ」
「カーティスのしょぼい強化じゃなきゃ、俺様が負けるはずねえ!」
「ヴァルトと違ってボクは、防御もしっかりしながらの戦闘だった。それでこれだけの数を稼いだんだから、当然ボクの勝ちじゃないと納得できない。それに、ヴァルトは跳ね返した弾で倒した数も足してるぞ」
「入れてねーよ! テメーも見てただろ」
「知らないな。ズルはよくない」
「ナンダト~~!」
盛り上がる3人を冷ややかに見やって、カーティスはゲッソリと溜息をついた。
「毎回苦労して強化魔法を施し、回復や弱体支援をしている私に向かって、なんて言い草でしょうかね全く…。まあ、3馬鹿はほっといて、今後の通達事項ですよ」
「カーティス、たいへんなんだね…」
キュッリッキも呆れ顔で薄く笑った。
「まあ、いつものことだ」
タバコをふかしながら、ギャリーも薄く笑う。輪のあちこちから、同意する頷きや苦笑が飛び交っていた。
「ケレヴィルの方々は、もう少し調査を続けたいそうです。恐らくソレル王国軍は、再びナルバ山に攻め込んでくるでしょう。遺跡は死守して欲しいとのことなので、麓で迎撃することになります」
「夜間攻めて来ることはなさそー?」
手を挙げてルーファスが言うと、
「多分、今夜は無いと思います」
かわってブルニタルが答えた。
「そーだよね。散々暴れてきたから、すぐ立て直し出来ても、夜間中に奇襲は無理かあ」
「ただ、探りを入れに来ることはあるかもしれません。夜通し警戒を続けるのは必須だと思いますが」
「そうですね。全員疲れていると思いますが、グループ分けをして警戒に当たりましょうか」
ブルニタルの発言を受けて、カーティスが決定する。
「それなら、みんなにもこれ渡しておくね」
キュッリッキは掌に乗せていた綿毛を、軽く宙に放る。
「なんでえ、それ?」
不思議がるギャリーたちに、ブルニタルが素早く説明した。
「本当に召喚士というのは、すごいものなんですねえ」
カーティスは満足そうに頷き、小さな綿毛を頭に置いた。
「なんだか急に、賑やかになったわね…」
ファニーは傍らのハドリーにそっと囁く。無言で相槌を打つと、ハドリーは遺跡の中を見渡した。
突如ソレル王国兵に捕らえられ連行されてしまった、ハワドウレ皇国のケレヴィル研究者たちを救出するため、副宰相の命令で送り込まれてきたというライオン傭兵団。たった一日で作戦を成功させ、今こうして団員全てが集結している。戦闘員は一人で一個大隊・一個師団級の戦闘力をほこると噂されていた。
装備、武器など、パッと見ただけでも、相当の品だと判る。その上チートスキル〈才能〉者だらけときた。魔法やサイ《超能力》を持つ者たちが、しかも高ランクが一つところに集まるなど非常に稀だ。
ライオン傭兵団は全ての傭兵たちにとって憧れであり、嫉妬の対象でもあるのだ。
そんな連中の所に、親友のキュッリッキが入った。
元々フリーでチマチマ稼ぐには、勿体無いスキル〈才能〉の持ち主なのだ。本来なら国に召し上げられるほどの、貴重なスキル〈才能〉である。
しかし当人はそれについては全く意識しておらず、仕事は選ばず依頼があれば受け、小さい傭兵団でも期間限定雇用でもなんでも入っていった。それは友人であるファニーの影響が強いせいもあったし、キュッリッキは自分が特別なスキル〈才能〉を持つ存在だという意識がまるでないからだ。
ようやくそのスキル〈才能〉に相応しい場所に入れたのかと安堵して、ハドリーはつい親のような気持ちになってしまい苦笑する。
盛り上がっていた彼らは、今は幾つかの輪を作って談笑している。所在無げにファニーと隅に座って眺めていたハドリーのところへ、ルーファスが笑顔で歩いてきた。
「やあ、キミたち、キューリちゃんの友達なんだってね」
「ああ」
「それにしてもさっ」
ルーファスは素早くファニーの隣に座ると、すかさず擦り寄り強引に手を取って握る。そのあまりにも唐突な行動に、ファニーはビックリした顔を向けた。
「ファニーちゃんって言ったっけ、こんな可愛い子を縛って窖に放り込んでおくとか、ソレル王国兵も酷いことするよねー」
「そ、そうね」
「ねね、どこに住んでるの? 仕事終わったら飲みに行かない? オレ凄くイイ店知ってるんだよね~」
「えっと…」
顔を近づけてきて囁くように言うルーファスを、ファニーは顔を引きつらせながら少しずつ避ける。ハドリーは素知らぬ顔で明後日の方向を向いていた。
キュッリッキほどの美人ではないが、大きい目と愛らしい顔立ちに、ボンッと大きな胸で、ファニーもかなりモテるのだ。
ルーファスは申し分のないハンサム顔なのだが、ハドリーだけは知っている。
(コイツの好みじゃねーんだよな…)
それをはっきり言うわけにもいかず、ハドリーはヤレヤレと内心で溜息をついた。
一方キュッリッキはその様子を遠巻きに見ながら、少しふくれっ面になった。
(ファニーがちょっとくらい胸おっきいからって……)
ルーファスは巨乳専と豪語するだけあって目敏い。ファニーに目を留めると、すぐにちょっかいを出し始めている。ファニーにちょっかいを出すのは全然良いけれど、キュッリッキには顔を見るなり、頭をクシャクシャと撫で回して褒めるだけ。殆ど子供扱いに等しい。
ファニーはキュッリッキより3つ年上だが、その扱われ方の差に、なんだか酷く不満があるのだった。
「召喚士というのは君かね?」
「ふにゅ?」