片翼の召喚士 ep.58 帰還(5)

chapter-3.混迷の遺跡編
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片翼の召喚士 ep.58 帰還(5)

 皇都イララクスのクーシネン街にあるエグザイル・システムに到着すると、エグザイル・システムの建物の中は、全て正規部隊の軍人だらけになっていた。

「お帰りなさいませ、閣下」

「ブルーベル将軍か、出迎えご苦労」

 2mを超える巨躯で、白クマのトゥーリ族であるブルーベル将軍は、つぶらな瞳を細めてベルトルドに敬礼する。

「お嬢様のお加減が悪いようですが、転送の負荷の影響はなかったようですね」

「ああ。俺がついているからな」

「それはようございました」

 キュッリッキを見つめ、ブルーベル将軍はホッとしたように肩の力を抜いた。転送の負荷があれば、今頃キュッリッキは血まみれで事切れているだろう。ベルトルドのサイ《超能力》によって守られていた証拠だ。

「このあと、ぞろぞろ同行者どもが飛んでくるが、医者2名はすぐに通してくれ。連れて行くから。一緒に飛べばよかったと、今言っていて思ったが…」

「承りました」

 ベルトルドは出口に向かい、その後ろにルーファスとメルヴィンが続く。

 建物の外では、馬車の傍らでリュリュが待っていた。

「お帰り、ベル」

「お前まで迎えに来てくれたのか」

「違うわよ。小娘の様子が心配で、ちょっと見に来ただけ。すぐ戻るわ」

「そっか」

 リュリュはベルトルドの腕の中を覗き込む、

「辛そうね。早くベッドに寝かせてあげないと」

「ああ」

「あとで色々教えてちょうだいね。さ、行って」

「んっ」

 あまり引き止めはせず、リュリュはベルトルドたちを馬車に促した。医師2人もすぐに合流する。

「ベルと医師2人はそっちの馬車、メルヴィンとルーはこっちの馬車に乗んなさい」

 上等な馬車が2台並んでおり、先頭の馬車にベルトルドたちが乗り込む。それを確認して、リュリュは御者を促した。

 ベルトルドたちの乗る馬車が走り出し、若干遅れてメルヴィンとルーファスを乗せた馬車も続いた。

 2台の馬車が走り去って行くのを見送って、リュリュは乗ってきた馬車へと乗り込んだ。

「出してちょうだい」

 御者に声をかけると、馬車はすぐに走り出す。

「あんなに細っそりとした身体で、さぞ痛かったでしょうね…。まあ、どんな体型でも性別でも年齢でも、痛いことには変わらないだろうけど」

 たまにうっかりと紙で指を切ってしまうことがある。たいして深くもない傷だが、滲みるほど痛いのだ。たったそれだけの傷でも、大怪我したような気分になる。それを思うと、キュッリッキの負った怪我の大きさと痛みは計り知れない。

「ヴィヒトリが付いてるから怪我は完璧に治るだろうけど、心の傷までは、すぐには治らない。立ち直ってくれるといいんだけれど」

 リュリュはある人物を思い浮かべていた。そして切なさを匂わせた笑みが、フッと口の端を過る。

「早く良くなってね、小娘」

 白い雲が泳ぐ水色の空を見つめ、リュリュは祈るように呟いた。

 ベルトルドの姿が見えると、部屋の前で待機していた使用人たちが、恭しくドアを開いた。

 キュッリッキを抱きかかえたベルトルドを先頭に、ルーファスとメルヴィン、ヴィヒトリとドグラスが後ろに続く。そして、あらかじめ部屋で待機していた別の医師が椅子から立ち上がり、ベルトルドに深く一礼した。

 キングサイズよりも更に大きいベッドにそっとキュッリッキを寝かせると、ベルトルドは両掌をパンッと合わせ叩いた。

 皆ちらりとベルトルドに視線を向けるが、とくに変化はなかった。しかしルーファスだけが、その行動の意味を視ていた。

 キュッリッキに張り巡らせていた、サイ《超能力》で作った防御の繭が解けたのだ。

 強固に編まれていた光の糸がパラパラと解け、空間に溶けるように消えていく。ベルトルドがずっと抱いたままの姿勢でも、キュッリッキが必要以上に苦しんでいなかったのは、防御の効力がずっと働いていたからだった。

 小さく安堵の息をついて、ベルトルドは初老の女性を見る。

「あとは任せるぞ、リトヴァ」

 ベッドの傍に控えていたリトヴァが、腰を落として一礼した。

「お任せ下さいませ」

「ルーとメルヴィンは、俺の部屋にこい」

 ベルトルドは意識のないキュッリッキの両頬にキスをすると、名残惜しそうな視線を残し、部屋を出て行った。

 南にある棟から、東の棟に移動しながら、一緒についてきた初老の男に、脱いだマントを投げ渡しながら指示を飛ばす。

「こいつらも暫く滞在する。部屋をリッキーの近くに用意しておけ。それから今日はもう一切の仕事も用事もデートも受けん。全部遮断しろ、さすがに疲れた」

「承りました」

「アルカネットはたぶん明日には戻ってくるだろうが、アイツも今や長官だからな、お前が執事を代行しろセヴェリ」

「はっ」

「ブランデーを持ってきてくれ」

 セヴェリは恭しく礼をして、酒を用意しに別の方へ向かっていった。

 自室の前に到着すると、ベルトルドはサイ《超能力》ではなく、手でドアを重そうに押し開く。

「適当なところに座っておけ」

 2人にそう言って、ベルトルドは両腕を広げベッドに仰向けに倒れ込んだ。

「大丈夫ですか?」

 メルヴィンが心配そうに気遣うが、ベルトルドは手をひらひら振って「問題ない」と疲れた声を出した。あんなに疲れたベルトルドを見るのは、2人とも初めてだった。

 やがてドアがノックされ、セヴェリがブランデー入りの瓶とグラスを、トレイに載せてテーブルに運んできた。

 カットガラスの酒杯(グラス)に琥珀色の液体を注ぎ、ベッドのそばのサイドテーブルに、そしてテーブル前に座っている2人にそれぞれ手渡し、セヴェリは部屋を辞した。

 3人はなんとなく黙り込み、ベルトルドはのろのろと身体を起こして、サイドテーブルの上のグラスを手に取る。そして気だるげな動作でグラスを口に運んだ。メルヴィンとルーファスもそれにならう。

 室内はほんのりと薄暗さを増し、すでに夕刻に近づいていた。

「さすがにサイ《超能力》を使いすぎたな。それも繊細な使い方で、だ」

 ブランデーを一口含み、そしてコロンっベッドに倒れこむ。

「物を壊す方が、よほどラクな使い方だ。加減にも気を使わなくてすむしな」

「全くですね」

 同意しながらルーファスは苦笑する。こればかりは、サイ《超能力》使いじゃないと理解出来ない疲れだ。

 あれだけの強固な防御を張り続け、転送の際にも細心の注意をはらい、キュッリッキへの負担を寸分も与えないよう努めていたのは見ていて判る。

 皆を浮かせて飛んだり、鉄の船を移動させたりなどは、ベルトルドにとっては塵を払うようなもの。力を使ったうちにも入らない。しかし、移動中ずっとキュッリッキのために力を割いていたのだから、その疲労度は計り知れないものがあった。

 表情に疲労の色が濃く滲んでおり、傲然とも言える空気は鳴りを潜めていた。

「言っておくが、歳のせいじゃないぞ」

 むすっとした表情で釘を刺す。誰もツッコんでないようなと、メルヴィンは心の中でため息をついた。

「お話があるのでは~?」

 ルーファスが促すと、ベルトルドはグラスを空にして、再びベッドに寝転がった。

「リッキーの看病や世話は使用人たちがやってくれるが、日中は出来るだけそばに付いていてやれ」

「夜はいいんですか?」

「夜は俺がずっと添い寝する」

 2人は「えっ!?」と声を揃えた。

「いくら俺でも怪我人に襲いかかるほど女に不自由はしてないぞ。ちゃんと自制出来るから問題ない」

 ドヤ顔でビシッと親指を立てる。

 もろ問題大有りじゃね!? とルーファスは胸中で叫んだ。メルヴィンは物言いたげな視線をじわじわ送る。

「アルカネットさんが帰ってきたら、添い寝は難しいのでは…」

 メルヴィンのその言葉に、ベルトルドの眉がひくついた。

「あいつはな……俺が気づいてないと思っているのか、判ってて知らん顔しているのか、リッキーに口移しで薬を飲ませたという事実を、俺はちゃんと知っているぞ!」

 寝転がったままベルトルドは拳をグッと握る。

「オマケに舌まで入れたとか……しかもリッキーのファーストキスだぞ! 先を越された俺の悔しさが、お前たちに判るか!」

 俯いて拳でベッドをドスドス叩く。悔しさのオーラが全身から滲み出していた。

 唇を奪われたキュッリッキが悔しがるなら理解出来るが、何故アンタが…と、ルーファスは口元を歪めた。どんだけ悔しかったんだと。

「……記憶、勝手に読みましたね」

 メルヴィンが呆れて言った。

 ガバッと顔を上げて、ベルトルドは真剣な眼差しできりっと断言する。

「俺はもうアルカネットに遅れを取る気はない!」

「ちょ、相手はまだ18歳の女の子ですよっ! なに息巻いてるんっすかぁ」

 ルーファスがツッコむが、ベルトルドは歯牙にもかけない。

「年の差なんざ関係ない! 初めてのときはトラウマになりやすいからな、俺のように上手な大人が手とり足とり股間とり教えたほうが、リッキーのためだ」

「なんて邪な家族計画立ててるんですかアンタっ!」

 聞いちゃいないベルトルドは、特大真面目だった。