片翼の召喚士 ep.57 帰還(4)

chapter-3.混迷の遺跡編
この記事は約8分で読めます。

片翼の召喚士 ep.57 帰還(4)

 本来2時間かかる航程が、僅か30分でアルイールの港に到着してしまった。

 当然有り得ないスピードなので、艦内の乗員たちは殆どの者が酷い船酔いに目を回し、起き上がることさえ出来ずにいた。

 ベルトルドは静かに船首に降り立つと、後ろを振り返り目を丸くした。警護兵たちが皆、ひっくり返っていたからだ。

「ふむ、鍛え方が足らんな、この青二才ども」

 忌々しそうにベルトルドは鼻を鳴らす。そして腕の中のキュッリッキに、優しく微笑んだ。

「さあ、イララクスに帰ろうな」

 ベルトルドはひっくり返っている警護兵たちを容赦なく踏みつけ、艦内へと入っていく。そして食堂へと向かった。

「正規部隊の連中は、もっとキツイ訓練を課さないと、無駄飯喰らいの給料泥棒のままだな。俺が超絶スペシャルメニューを考えてやろう。ウン、総帥になったしな、そのくらいの世話は焼いてやらねば」

 この独り言を聞いたら、誰もが血反吐を撒き散らして止めてくれるように頼むだろう。そのくらい想像の付きそうな、イヤな思考回路だった。

「アルイールに着いたぞ、貴様ら」

 食堂に入り、皆に向けて元気いっぱいに声をかけると、ベルトルドは不思議そうに首をかしげた。

「何をしてる?」

 テーブルにしがみついて突っ伏しているライオン傭兵団は、顔だけをベルトルドへ向ける。

「は…、早いっすね……」

 ギャリーは鼻水をすすりながら、疲れたように笑った。

「30分で着いたからな。感動の涙を垂れ流して、心の底から大感謝するがいい!」

 誰も感謝しそうもない雰囲気を気にもせず、ベルトルドはドヤ顔だった。

「あれー、ベルトルド様、元気っすね~」

 露骨に船酔いしてますと表情に書き込んだルーファスが、食堂によろよろ姿を現した。

「馬鹿者、ナンパして回ってたのか」

「いやあ…、ナンパどころじゃなかったっすケドネ…うっぷ…」

 口を押さえ、ルーファスは顔を青ざめさせた。

「鍛え方が足りないぞ貴様らは。ったく、そら、とっとと帰るぞ」

 ベルトルドは顎をしゃくり、食堂を出て行く。

「我々も……行きますか…」

 真っ青な顔でカーティスが立ち上がると、皆立ち上がってフラフラと食堂を出る。

「ハドリー……あたしたちって、凄い人と一緒にいるのね…」

 ファニーは青ざめた顔で、げっそりとこぼした。

「一生に一度しか体験できねーだろうな、こんなの」

 軽く息を吐いて、ハドリーは立ち上がった。

 いつもの不敵な表情のベルトルドの後ろから、今にも倒れてしまいそうな面々を見て、出迎えたラーシュ=オロフ長官は頭上にクエスチョンマークを点滅させた。

「お疲れ様です、閣下」

「うむ、出迎えご苦労、ラーシュ=オロフ長官」

 アルイールの港には、第二正規部隊の軍人たちが、濃紺の列を作って到着を出迎えてくれていた。

 ラーシュ=オロフ長官は、ベルトルドの腕の中でぐったり眠るキュッリッキに目を向け、表情を曇らせる。

「だいぶ、お加減が悪ようですね」

「怪我のせいで熱を出していてな。無理に連れ帰るからだが…、あともう少しの辛抱だ」

 眠っているとはいえ、相当辛いに違いない。

 ベルトルドはキュッリッキの額に口づけ、そして歩き出した。ラーシュ=オロフ長官も続く。

「アルイールの制圧は終わったな?」

「はい。ですが、王族と軍を逃しました。申し訳ございません」

「ほう、守るべき民を見捨てて、雲隠れしたのか。呆れた王と軍だな」

 嘲笑うように「フンッ」と鼻を鳴らす。ラーシュ=オロフ長官は苦笑した。ベルトルドがこういう輩を毛嫌いしていることを、ラーシュ=オロフ長官はよく知っている。ダエヴァはベルトルドの私兵と揶揄されるほど、親密な関係にあるからだ。

 数日前にアルカネットから洗礼を受けた首都アルイールは、都市機能が低下し、火事や爆発が起こって家屋が崩壊、被災地のような光景が至るところに散っていた。挙句ハワドウレ皇国の軍隊に蹂躙され、アルイールを捨てたソレルの軍は何処かへ消え去り、残された国民は不安に包まれていた。華麗な王宮も占拠されたが、王族はすでに逃亡した後らしい。

「残された一般人全てが無害とは言えないが、抵抗してくる者は留置所送り、無抵抗者には手出し無用だ。ただ、武装蜂起や暴動が起きないよう、注意するようにしろ」

「はっ」

「アルカネットのやつが派手にやらかしたようだから、追い打ちをかける必要はない。今はまだ、このままでいい」

「はい」

「さて、エグザイル・システムに着くまでに、やっておかなければならないことがある。アークラ大将と共に、後のことは任せる」

「承りました!」

 ラーシュ=オロフ長官は立ち止まり、ベルトルドに敬礼をして踵を返した。

 エグザイル・システムまでの道程には、びっしりと第二正規部隊がガードレールのように列を作っていた。

 その真ん中をゆっくりと歩きながら、ベルトルドはキュッリッキをじっと見つめ意識を凝らす。

 細い毛糸ほどの太さの光の線が、キュッリッキの身体を包み込み始める。繭を編むような感じで、慎重なスピードで編まれていった。

 それは常人の目に見えるものではなかったが、サイ《超能力》を使うルーファスの目には、はっきりと映っていた。

(すげえ……あんな繊細な作業、オレには無理)

 キュッリッキは固定され、繭に守られ外部からの如何なる力の影響も受けない。サイ《超能力》による力は、使用者の精神力の大きさに影響される。

 キュッリッキを傷つけない、絶対に守り抜く。そう強い意志が光の繭に反映される。ベルトルドの強固な意志が、キュッリッキを守るのだ。

 エグザイル・システムの建物に到着する頃には、防御の繭を張り終えていた。

「さすがですね、ベルトルド様」

 ベルトルドの横に並びながら、ルーファスが賛辞を述べる。精度といい早さといい完璧な力の使い方だ。

 ベルトルドはちらりとルーファスを見ると、フンッと鼻を鳴らした。

「お前にも出来るはずだ。真面目に修行でもしておけ」

「マジっすか…」

 エグザイル・システムの台座の前で、ベルトルドは後ろを振り向く。

「ルー、メルヴィン、俺と一緒に飛べ。リッキーと貴様らは、俺の屋敷で当分寝泊りだ」

「えっ」

 ルーファスとメルヴィンは顔を見合わせる。

「詳しいことは屋敷に着いたら話す。他はイララクスに着いたら解散だ。それと、ハドリー、ファニー、アルカネットが迷惑をかけたようで、すまなかったな」

「い、いえ」

「あたしたちそんな、別に」

 いきなり話しかけられて、2人はビックリする。アルカネットが、というのはザカリーを粛清しようとした、あのことだろう。

「ギルドに寄って行くといい」

「はい」

「判りました」

 その時、キュッリッキが僅かに目を開けた。

「リッキー…」

 ベルトルドがそっと声をかけると、キュッリッキはゆっくりと瞬いて、ベルトルドを見上げる。

「今からエグザイル・システムで飛ぶ。ほんの少し、我慢するんだぞ」

 キュッリッキは小さく頷いて、そして再び目を閉じ意識をなくした。

 ベルトルドはほんの一瞬、辛そうに表情を曇らせたが、踵を返して台座に乗る。その後ろ姿を見て、ハドリーはそっと呟く。

「あのひとに任せておけば、リッキーは大丈夫だろうな」

「うん、そうだね」

 ハドリーの呟きを受けて、ファニーも同意する。端々に見える、キュッリッキへの優しさと慈しみ。あんな酷い怪我にも負けないくらい、元気にしてくれるだろう。それと同時に、自分たちとは違う遠いところへ行ってしまったような錯覚を覚え、2人は寂しげにキュッリッキを見つめた。

 台座にルーファスとメルヴィンが乗ると、

「さあ、帰るぞ!」

 そう言って、ベルトルドは皇都イララクスのスイッチを踏んだ。

 ベルトルドら帰還御一行がイソラの町を出立すると、アルカネットとシ・アティウスはナルバ山を目指して出発した。

「空を飛ぶと早いですな」

 アルカネットの飛行魔法で、2人は宙を飛んで移動していた。

「早めに終わらせて、私もイララクスに戻りたいのですよ」

「ベルトルド様に任せていると、何をされるか判りませんからね…あの召喚士の少女」

「今すぐ飛んで帰りたいです!!」

 アルカネットはグッと脇で拳を握った。

 2人はベルトルドの命を受けて、ナルバ山の遺跡調査に向かっている。あの遺跡が何なのか、ある程度の見当がついているとシ・アティウスが言ったからだ。

 調査だけならシ・アティウスだけで充分だが、ソレル王国兵が舞い戻っている可能性がある。アルカネットはそのための護衛だ。そして案の定ナルバ山にはソレル王国兵の1個小隊が派遣されていたが、これはアルカネットの容赦ない攻撃魔法で一蹴された。

「容赦ないですな」

「手加減する必要もないような雑魚ですしね」

 空洞も遺跡の中も真っ暗で、篝にあった燃料は全て燃え尽きており、アルカネットの魔法で作った灯りが柔らかく照らす。

「我々が調査に入った時も、救出され再度訪れた時も、神殿に変化はなかった。しかし突然地震が起こり、神殿の中は変わっていた」

 淡々としたシ・アティウスの声が、靴音と共に神殿の中に陰々と響いていた。

「私は実際には見なかったが、醜悪で大きい怪物が現れたらしい。神殿内の構造も作り変わっていたそうだ。それも一瞬にして」

 できれば見ておきたかった、とシ・アティウスは付け加えた。それにはアルカネットが厳しい視線を向ける。

 シ・アティウスはまるで動じたふうもなかったが、軽く頭を下げた。

 数日前の惨劇が嘘のように、神殿の中は縦に長い通路があるのみの、暗い空間に戻っている。

 黙々と歩き進み、再奥にあるエグザイル・システムのようなものと称された台座の前に着く。シ・アティウスは台座の表面に手をあて、すっと台座を見上げた。

「間違いないでしょう。これが」

「レディトゥス・システム」

 言葉をついで言うと、アルカネットは顎をひいて台座を睨むようにして見上げた。