片翼の召喚士 ep.54 帰還(1)

chapter-3.混迷の遺跡編
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片翼の召喚士 ep.54 帰還(1)

 怒っているベルトルドを気にもせず、どこまでも取り澄ましているシ・アティウスは淡々と答える。そしてアルカネットの言葉も、容赦と遠慮が全くない。

「こんな傲慢でエロいおっさんでも、一応スキル〈才能〉ランクだけ、は異様に高いですから」

「性格とスキル〈才能〉ランクは、比例しませんからね」

 アルカネットとシ・アティウスに畳み掛けられて、ベルトルドは腕を組んで盛大にむくれた。何か言ってやりたいが、倍返しで戻ってくるので言いたくなく。

 この2人の前では、肩書きや権威など、無に等しいようだ。

(あんな光景、二度と見られないかもしれない……)

 メルヴィンはあまりにも貴重なものを見てしまったような気持ちになって、吹き出したいのを必死で堪えていた。ふくれっ面の副宰相など、そうそう拝めるものじゃない。

 それはこの場に居合わせた全員が、同じ気持ちだった。

 医師2人、ウリヤス、ベルトルド、アルカネットで慎重に検討した結果、出発は明日に見合わせることが決まった。熱が下がらないまま無理強いすれば、悪化する可能性が高い。キュッリッキの体力は低下する一方だし、帰還に耐えられないだろう。

 そうしてウリヤス邸には、また1人客人が増えてしまった。

「患者で大賑わいするより、遥かにマシですよ」

 そうウリヤスは笑った。マルヤーナも同じように笑いながら、新たな珍客を歓迎してくれた。

 近くの宿もいっぱいで、ライオン傭兵団のメンバーと、ハドリーとファニーは、廊下でも床でも空いてるところで雑魚寝状態だ。気温が高いこともあり、風邪をひく心配だけはなさそうである。

 いつ容態が急変しても即対応できるように、医師2人はキュッリッキの病室の外で待機が命じられた。ベルトルドとアルカネットはキュッリッキの病室に泊まることになり、ベッドを挟んで傍らに付き添った。

 室内は暑苦しくないように、アルカネットの魔法によって、適温に冷やされている。そして、魔法で作り出した氷で冷やされた水にタオルを浸し、冷たいタオルをキュッリッキの額へそっとのせた。

「冷やしすぎやしないか?」

 腕を組んで見ているベルトルドが、いつになく心配そうに呟く。

「大丈夫ですよ。身体に負担がかからない程度にしか、冷やしていませんから」

「そうか」

 ホッとして、ベルトルドは座り直す。

「それにしても、この世にあんな醜悪な化物が存在していたとは、驚きだったな」

「ええ。一体アレは、なんなのです?」

「娯楽小説でいうなら、遺跡の番人、とでも言うんだろうかな」

 今回の事件の詳細を知るために、ベルトルドはカーティスとルーファスの記憶を透視して、キュッリッキを傷つけた怪物の姿を知った。それをアルカネットにも共有している。

「しかも遺跡の内部も、思い切り変化していたらしいしな」

「仕掛けの存在を、シ・アティウスは気付かなかったのでしょうか?」

「恐らくは。そうした詳細を調べる矢先に、ソレル王国軍に乗り込まれたようだし。ただ、あの遺跡がなんであるかの見当はついているようだ」

「そうですか」

「いずれにしても、あとでお前とシ・アティウスで確認してきてもらう」

「任せてください」

「それとな」

 ベルトルドは困ったように、アルカネットをチラリと見る。

「説教するのはいくらやっても構わんが、ザカリーにした私刑は、もう誰にもするな。知ればリッキーが悲しむだけだ」

 やんわりと諭され、アルカネットは僅かに拗ねたように口を尖らせた。

「まあ、お前が先に爆発してくれたおかげで、俺が冷静になれたんだけどな…」

 そう言ってベルトルドは苦笑し、肩をすくめた。

 すっかり静まり返った真夜中、キュッリッキはフッと目が覚めた。薬と睡眠の効果で、今は少し気分が落ち着いている。苦しくなかった。

 月明かりだけの薄暗い部屋で目だけを動かすと、左右にアルカネットとベルトルドを見つけた。

 2人共腕を組んだまま、俯いてよく眠っている。

 ベルトルドの寝顔を見つめ、少し話がしたいな、と思った。特に何か話したいことがあるわけじゃないが、なんとなく、そんな風に思っただけだ。

 顔を仰向けに戻すと、薄暗い天井を見つめる。

 1年前に風邪をこじらせて熱を出し、ハーツイーズのアパートで寝込んだことがあった。その時もこうして、ハドリーが夜通し付き添ってくれたことがある。

 あの時も夜中に目が覚めると、椅子にもたれかかってハドリーは眠っていた。仕事明けで疲れていたのに、必死に看病してくれた。朝まで起きてるからと言い張っていたのに、結局寝てしまっていたが、そばに誰かいることが、病気の時にはなんと心強いのかとしみじみ噛み締めた。

 その時のことを思い出し、ベルトルドと話がしたいと思ったのは、今、ほんの少し心細い気がしているからだと気づく。

 キュッリッキは自分から素直に甘えることができない。

 ハーツイーズのアパートにいた頃は、ハドリーや”おばちゃんズ”が、向こうから甘えさせてくれた。甘えたいな、という雰囲気を漂わせていると、察してくれたのだ。

 そこを巣立った今、甘えたければ自分から相手に訴えるしかない。

 ベルトルドもアルカネットも、甘えさせてくれそうな雰囲気を悶々と漂わせてくるが、まだ知り合って間もないし、とくにベルトルドは副宰相という偉い人だ。それにライオン傭兵団の後ろ盾でもある。

 そんな人に、心細いから、起きて少し話をしてほしい、などとは言えない。

 ただでさえ忙しい中駆けつけてくれて、とても疲れているだろうに、ベッドに横にならず、そばに付き添ってくれているのだ。それだけでも感謝しなくてはいけない。

(アタシが勝手に怪我しただけなのに…)

 警戒していたはずの神殿に飛び込んだ結果、大怪我をしたのは自ら招いたことだから。大迷惑をみんなにかけて、それなのに、色々よくしてくれている。

 じゅうぶん甘えさせてくれているのだ。

 もう一度2人を交互に見る。

 自分よりもずっとずっと大人の2人に、しっかりと守られている。それを実感しながら、キュッリッキはそっと微笑むと、眠気に誘われるまま目を閉じた。

「熱は……、37度ちょっとか。下がってますね」

 ヴィヒトリは体温計を見て、キュッリッキの額に掌をあてた。

「この俺がそばにいて看病していたおかげだな」

「何もせず寝ていたでしょう。私の看病の賜物です」

「2人とも朝までぐっすりでしたよ…」

 ヴィヒトリのサラッとしたツッコミに、ベルトルドとアルカネットの顔が、ギクリと歪む。

「そばにいてくれて、ありがとう、ベルトルドさん、アルカネットさん」

 やや苦笑気味に言いながら、キュッリッキが嬉しそうな目を2人に向けた。

「リッキーさんっ!」

「なんて良い子だリッキー!!」

 ガバッと飛びつきそうな2人を、ヴィヒトリが慌てて止める。

「落ち着いてくださいよっ! 怪我人なんですから」

 ムスッと口を尖らせる中年2人に、ヴィヒトリは内心特大の溜め息をついていた。

「一刻も早く、リッキーを抱きしめられるように治療しろ。金ならいくらでも出してやる」

「善処します…」

 今度は口で、大きく溜め息をついた。

 朝だから熱が下がっているんだろうとドグラスは言ったが、動かすなら今のうちしかない。そうヴィヒトリが判断し、帰還することに決定した。

 ライオン傭兵団、ハドリーとファニー、ケレヴィルの研究者たちは、慌ただしく病院前に集まった。

「突然押しかけた上、何日も大勢で泊まり込むことになり、申し訳ありませんでした」

 カーティスはウリヤス、マルヤーナ夫妻に深々と頭を下げた。

 瀕死の怪我人を連れて真夜中に押しかけ、後からどんどん人を増やし、夫妻だけじゃなくご町内にも迷惑をかけまくりだった。

「困ったときはお互い様です。お嬢さんの怪我、早く治るといいですね」

「はい」

「また遊びに来てちょうだいね。ヴァルトちゃんもお元気で」

「ありがとうおばちゃん! ドーナツいっぱいサンキュ!」

 最後の最後までヴァルトはマルヤーナに懐いて甘え、お土産に大量のドーナツを作ってもらってご満悦になっていた。夫妻には子供がいないらしく、ちょっと大きすぎるが、ヴァルトを子供のように思って、マルヤーナは甘えに応えた。

「そのドーナツわけろ」

「ボクも食べたい」

「ヤダかんな!」

 美味しそうな匂いを紙袋から漂わせ、ヴァルトは仲間たちの手を払い除けまくっていた。

「明日までに精算させていただきます。本当にありがとうございました」

 アルカネットは請求書を作ってもらい受け取ると、折り目正しく頭を下げた。

「アルカネットさん、代金は私の方で」

「いえ、今回はこちらでお支払いするのでいいですよ」

「はあ…」

 借りを作りたくないカーティスは、自分の方で支払いをしたかったが、アルカネットは譲るつもりはないようだ。

「リッキーの大恩人だ。倍以上支払ってやれ」

 キュッリッキを抱きながら、ベルトルドが病院の中から出てきた。

「もちろん、そのつもりですよ」

「ああ、どうせならキャラウェイの退職金を、全額こちらにお渡ししてもいいくらいだな。どうせアイツは受け取ることもできないし、うん、そうしようか」

 意地の悪い笑みを浮かべてベルトルドが言い放つと、

「それは名案ですねえ」

 とアルカネットは真顔で頷く。本当にやりかねない2人の表情に、

(哀れな…)

 ギャリーはそう思いながらも、実現すればおもしろすぎると真面目に思った。ギャリーも、そして元軍人だったメンバーも、キャラウェイは大嫌いな存在だった。

 ベルトルドの腕の中でぐったり眠るキュッリッキに、ウリヤスとマルヤーナは不安そうな顔を向けた。先程まで意識はあったが、再び眠りについている。体力がだいぶ落ちているのだろう、表情が辛そうだ。とても動かせる状態ではないが、それでもキュッリッキは辛くても帰ることを望んでいる。

「元気になってね」

 意識のないキュッリッキに、マルヤーナは心からそう願い、囁いた。