片翼の召喚士 ep.51 賑わうイソラの町(5)

chapter-3.混迷の遺跡編
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片翼の召喚士 ep.51 賑わうイソラの町(5)

 薬が効いてきて、キュッリッキは重くなった瞼をゆっくり閉じた。

 それまでずっとアルカネットにすがって、喉を嗄らすまでザカリーの嘆願をやめようとはしなかったのだ。

 アルカネットは何もしない、約束すると何度も言い含めたが、キュッリッキは信じようとはせず食い下がった。身体を起こそうとし、動く左手でマントを掴み、泣きながら必死に訴えた。

 手術をしたばかりの身体を、無理矢理動かしすぎたせいで傷口が開きかかり、包帯にじわりと血が滲みだした。さすがに見かねたウリヤスは激怒し、アルカネットを叱り飛ばす場面も登場して、カーティスとメルヴィンは肝が冷えるほど仰天した。

 止血のために回復魔法をかけ、ウリヤスとアルカネットの二人がかりで新しい包帯を巻き直し、その間に薬の効果でキュッリッキはおとなしくなり眠った。

 ウリヤスはヤレヤレ、と首を振って腰のあたりを叩いた。

「術後の患者を興奮させてどうするね」

「…すみません。配慮が足りませんでした」

 アルカネットは申し訳なさそうに、何度も何度もキュッリッキの頭をそっと撫でていた。フェンリルも落ち着かなさそうに枕元で足踏みしていたが、やがて寄り添うようにして丸くなった。

「メルヴィン、彼女についていてください。私が戻るまで」

「は、はい」

「フェンリルも頼みましたよ」

 フェンリルはアルカネットに目を向けて、小さく喉を鳴らした。

「ウリヤスさん、容態が急変したら報せてください」

「しっかり看ておくよ」

 ウリヤスに丁寧に会釈すると、頭を上げたアルカネットの顔からは、一切の優しさも穏やかさもなくなり、剣呑な表情だけが浮かんでいた。

「ザカリーはどこですか? 案内しなさい、カーティス」

 銀砂をまいたように夜空を埋め尽くす星星と柔らかな光を放つ月は、夜の闇に落ちた地上を優しい光で照らしていた。

 柵にもたれかかってぼんやりと空を見上げていたザカリーは、真っ直ぐ叩きつけられるような殺気に、ビクリと肩を震わせた。

 病院の建物を背に、アルカネットが佇み、ザカリーのほうを向いている。

 逆光になっているのでその表情は陰っているが、ザカリーの視力はその表情も易易と見通せる。柔和な顔には、明らかな殺意が満ちていて、それが全身を包み込んでいた。

 優しい顔立ちだけに、その物騒な殺気とのギャップがより恐ろしい。

 おいでなすった、とザカリーは思った。

 建物の外に居ても感じていたアルカネットの殺気。今度の件は明らかに自分の咎だ。アルカネットもそう思っているからこそ、自分に向けられる凄まじいまでの殺意。

 それが判っていても、弁明する気もなければ釈明する気もない。

「アルカネットさん、今回のことはどうか」

 追いすがったカーティスは、何かに身体を弾かれ後方へ吹っ飛んだ。カーティスは背中を地面に打ち付け、一瞬息が詰まって表情を歪ませる。

 血相を変えたマーゴットが駆け寄って、そっとカーティスを起こし支えた。

「あなたになにもするなと、傷ついた小さな身体で、彼女は必死にすがってきました。自分が悪いのだと言って」

 ザカリーの顔がハッとなる。

「彼女があんな思いを味わうきっかけを作ったあなたを、私は許すつもりはないのですよ、ザカリー」

 冷たい響きを含んで言い放ち、アルカネットはゆっくりと手を上げる。

「彼女に許される資格などないのです」

 ザカリーに向かって掌が向けられた。

 カーティスとシビルは同時に防御魔法の呪文を低く唱える。ザカリーの周りに巡らせるためだ。

「逃げろザカリー!!」

「イアサール・ブロンテ」

 ギャリーの叫びをかき消すように、その場に突風のようなものが吹き込み、風は急速に旋回し出すと、渦を作り出しザカリーに襲いかかった。

「発動が早すぎるっ」

「こちらの詠唱が…」

 極小の竜巻だった。

 しかしザカリーはその場を動かず、襲い来る竜巻に自ら飲み込まれた。

「あのバカなんで逃げねえんだ!」

 ギャリーは舌打ちすると、吹き荒れる風の中をもがいて、アルカネットに掴みかかろうとした。だが風に身体が巻き上げられ、ギャリーはその場から数メートルも吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた。

 アルカネットの身体の周りには風の結界が張られているようで、触れようとするものは吹き飛ばすか切裂くようである。

「イアサール・ブロンテはマズイよカーティス!」

 ハーマンが悲鳴のような声をあげる。

 風属性と雷属性を合わせた攻撃魔法の一つ。

 単一属性の攻撃魔法は誰でも扱えるが、複数の属性を掛け合わせる魔法はコントロールが難しく、扱えるものはごく一部しかいない。更にイアサール・ブロンテはその中でも最高位攻撃魔法の一つだ。

 病院前を中心に、町中に強風が吹き荒れた。おもてに出ていた町民は驚いて家屋に避難した。その家屋は風に叩かれ軋んで揺れる。唯一病院だけはそよ風すら当たらない状態だった。アルカネットの微細なコントロールの賜物である。

 竜巻は次第に威力を強めていき、やがて渦の表面に稲妻が発生し始めた。風の壁で中の様子は見えない。

「アルカネットさん! 何もここまでする必要はないでしょう、ザカリーは我々の仲間です!!」

「私の知ったことではありませんよ」

「キューリさんがこれを知ったら悲しみます! 彼女はザカリーを許すように、あなたに願ったじゃないですか」

「彼女は術後で、気が動転していただけです」

 取り付く島もない。

「ちょっと待ってもらえませんか!」

 ふいに割り込んだ叫び声に、アルカネットとカーティスが同時に顔を向ける。

「オレ、リッキーの友達です。あいつ今までどこ行っても馴染めず苦しんでました。でもライオン傭兵団に入って、新しく出来た仲間を喜んでた」

 ハドリーは拳を握り締める。ザカリーという男のためではない。今も怪我で苦しむキュッリッキのためだ。

「今回のことで仲間が粛清されたなんて知ったら、あいつ立ち直れなくなっちまう。また居場所を失うことになる!」

「あたしからもお願いします! リッキーを悲しませないで下さい!」

 ファニーはハドリーにすがって、アルカネットに頭を下げた。

 轟轟と唸る風の中、息を呑むようにしてライオン傭兵団のメンバーたちがその様子を見守った。

 アルカネットは2人を見て、すっと目を細める。暫しなにか深沈するように俯くと、肩で息をつき、やがて手をおろした。

 激しい風がぴたりと止み、竜巻も消え失せてザカリーを解放した。

 すぐさまギャリーとランドンが駆け寄り、ぐったりと倒れるザカリーを助け起こす。

 全身激しい大小の裂傷で血みどろのズタボロになっていた。だが息はあり、雷の攻撃は喰らわず間に合ったようだ。

 ザカリーたちの姿を冷ややかに見やって、アルカネットは軽く頭を振る。

「三文芝居で気が殺がれました」

 アルカネットはそう言いおくと踵を返し、ゆっくりと病院の中に消えていった。

「ぷはー…、めっちゃ怖かった…」

 ハドリーは長い息を吐き出しながら、その場にヘナヘナと座り込んだ。

「あたしも、一生分の勇気を奮い起こした気がするわ」

 同じようにファニーも座り込んで、ハドリーにもたれかかる。

「お2人共、ありがとうございます」

 ホッとしたような表情を浮かべたカーティスは、2人のほうを向いて頭を下げた。

「いや、本当のことを言っただけなんで」

 ハドリーは苦笑を浮かべて肩をすくめた。キュッリッキのためにしたことだ。

「我々だけでは、止められなかった…」

 まさか、あそこまでアルカネットが激怒するとは思っていなかった。確かにキュッリッキを気に入っている様子ではあったが、本気で好きになっているのだろうか。

 美しい容姿の純粋な少女。レア中のレアである召喚スキル〈才能〉を持っているとは言え、キュッリッキへの入れ込みようには、首をかしげるものがある。

 今回のことは、ザカリーとキュッリッキが喧嘩をして、偶然起こってしまった不幸な事故。当人たちだって、喧嘩をしただけで、こんな事態を引き起こすとは思ってもみなかっただろう。だから、キュッリッキはアルカネットを必死で止めていたのだ。

 この先キュッリッキが、誰かと喧嘩をすることもあろうだろうし、危険な目に遭うかもしれない。怪我だってするかもだ。しかしその都度これでは、仲間たちはたまったものではないし、仲間に馴染もうと必死になっているキュッリッキを、傷つけることにもなってしまう。

 リーダーとしては頭の痛いことだと、そうカーティスは天を仰いだ。

「おいカーティス、宿の医者に縫ってもらっちゃダメか? これはウリヤスさん一人じゃ縫う箇所多すぎてよ」

 肩に担いだザカリーを、ギャリーは指さした。

「急患だからと言えば、縫合してもらえるんじゃないですかねえ。――ヴァルト」

「ぬ?」

 蹲踞していたヴァルトは、呼ばれて顔を上げる。

「宿までひとっ走りして、ヴィヒトリを呼んできてください。ザカリーの縫合を頼みたいので」

「おう、マカセトケ!」

 元気よく跳ねて立ち上がると、ヴァルトは宿を目指して走り出した。そして、ダッシュで戻ってくる。

「なあ、宿どこだ?」

「バカかおめーは!!」

 思わずギャリーがツッコミ怒鳴る。

「初めてきた町だぞ、知ってるほーがオカシーだろ!」

 確かにその通りではある。「なら、走り出す前に確認して行け」と、そうカーティスはひっそり呟いた。

「オレ知ってますよ、案内します」

 見かねてハドリーが声をかけた。

「おう! 頼むぞヒゲにーちゃん!」

 両腕を広げて喜ぶヴァルトに、ハドリーは薄く笑った。

「なんだかお世話になりっぱなしで、本当にありがとうございます」

「い、いえ」

 カーティスに恐縮気味にお礼を言われ、ハドリーは更に薄く笑った。

 ヴァルトとハドリーが、連れたって宿へ向かう後ろ姿を見送り、カーティスは立ち上がる。

「さて、手の空いてるひとは、この辺を片付けましょう。ハリケーンが襲ってきたような有様で、ご町内に申し訳ないですから」

 カーティスが周囲を手で示すと、病院前から数メートル付近が、ゴミ捨て場のように変わり果てていた。アルカネットがしでかしたとはいえ、自分たちにも原因はあるし、町にしてみたら迷惑をかけられたに過ぎない。

「片付けが終わったら、パブに行って、何か食べてきましょうか」