片翼の召喚士 ep.48 賑わうイソラの町(2)

chapter-3.混迷の遺跡編
この記事は約9分で読めます。

片翼の召喚士 ep.48 賑わうイソラの町(2)

 長いオペが終わり、肩をコキコキ鳴らしながら、ヴィヒトリはオペ室を出た。

「ぬっ」

 出たところで、軍服に身を包んだ男に、物凄い形相で睨まれドン引きする。

「お久しぶりですね、ヴィヒトリ先生」

「あ、アルカネットさん、か…」

 ビックリした~~っ、とは胸中で叫ぶ。温厚な表情をするアルカネットしか知らないので、こんな威圧的で見ただけでチビりそうな顔をしているから、アルカネットだと気づくのに若干時間がかかった。

 ヴィヒトリは血まみれの手袋を脱ぎ、専用のゴミ箱に捨て、手術着を脱ぎ始めた。

「軍に復帰されたんですね~、今日はどうしたんですか? 副宰相閣下の体調が悪いんです?」

「あの方は、相変わらずピンピンしてますよ。今日は別件できました」

「ほむ?」

 手術着全てを脱ぎ捨てると、ヴィヒトリは黒縁のメガネをかけ直した。

「あなたが手術を終えるのを待っていました。今すぐ私と一緒に、ソレル王国へ行ってもらいます」

「へ?」

「これを見て下さい」

 アルカネットは魔法を使い、ベルトルドから見せられた、キュッリッキの惨憺たる姿の記憶をヴィヒトリに伝える。

「う…、生きて、いるんですかこれ…」

「もちろんですよ。死なせないために、あなたを迎えに来たのですから」

 極力感情を抑えるような声で、アルカネットは絞り出すように言った。

「この女の子は、一体誰なんです?」

「最近ライオン傭兵団に入った、キュッリッキと言います。仕事先での事故で、こんな大怪我を負ってしまったのです」

「キュッリッキ…」

 ヴィヒトリは少し首をかしげ、ああ、と呟いた。何かを知っているようだったが、それ以上のリアクションはなかった。

「もうひとり、ドグラスという外科医も同行させます」

 それには目を丸くする。

「よくドグラス先生を捕まえましたねえ。時間外勤務が大嫌いな人なのに」

「ベルトルド様の命令ですから、嫌とは言わせませんよ」

「なるほど。それじゃあ、あのタヌキ逆らえなかったでしょうね」

 あはは~っと呑気に笑い声を上げるヴィヒトリだったが、アルカネットの顔があまりにも涼しいので、すぐに笑いを引っ込める。

「向かってもらう場所は、小さな診療所のようなので、ここにある設備は期待できないでしょう。あまり悠長にしている時間もありません。準備をすぐに済ませなさい、急いで向かいますよ」

「判りました」

 ヴィヒトリは自分の診察室に向かって駆けていった。その姿を見送りながら、アルカネットは小さく呟く。

「あともう少しの辛抱ですよ、リッキーさん」

 手術道具や薬品などを揃えて外来ロビーに来ると、涼しい顔のアルカネットと、緊張で塗り固まった中年の男――ドグラスが待っていた。

「お、お待たせしました」

 ヴィヒトリが引き気味に言うと、アルカネットは組んでいた腕を解いた。

「お2人とも、荷物はしっかり持っていてください。時短のために宙を飛んでいきます。エグザイル・システムまで行きましょうか」

 アルカネットがスッと右腕を上げると、ヴィヒトリとドグラスの身体がふわりと浮いた。2人は荷物をしっかりと抱きしめる。

「行きます」

 一言そう呟くと、アルカネットの身体も浮き上がり、3人は病院からサッと出ると、宙に舞い上がっていった。

 アルカネットと医師2人がソレル王国のエグザイル・システムに到着すると、いきなり銃口が多数突きつけられた。エグザイル・システムの周りは、2個小隊ほどのソレル王国兵たちに取り囲まれている。

 エグザイル・システムは、飛ぶときは台座の上に乗っていくが、飛んだ先では台座の下に到着する。その為台座の下には、多勢が飛んできてもいいように、開けた場所が必ず設置されていた。

 ひな壇になっている中段に、台座が置かれている。そこから辺りを睥睨し、口ぶりだけはいつもと変わらず、アルカネットは穏やかに言った。

「なんの真似でしょうか?」

 しかしそれに応える者は誰もおらず、ピリピリとした緊張だけがこの場を支配している。誰何する声もなく、銃口と剣先が向けられ、明らかに敵意ある魔力の高まりも感じられた。

 ハワドウレ皇国のエグザイル・システムのある建物ほどではないが、ソレル王国首都アルイールのエグザイル・システムの建物も立派である。遺跡観光を看板に掲げる国らしく、遺跡をモチーフとした美術的デザインが美しい。それを物珍しげに眺め渡し、ヴィヒトリは小さく欠伸をした。

「連続オペで、ボク疲れてるんだよね。さっさと行きましょうよ、アルカネットさん」

「ええ、そうですね」

 淡々と言いながらも、僅かにアルカネットの声音には苛立ちが含まれていた。それを敏感に感じ取って、背後に控えていたドグラスは、恐々と身を強ばらせた。

 アルカネットは一歩前に踏み出すと、いきなり両手をバッと広げた。

「イスベル・ヴリズン」

 一言魔法名を言い放つ。すると、アルカネットの両手掌から、氷柱のようなものが無数に飛び出し、エグザイル・システムを取り囲むソレル王国兵たちに突き刺さっていった。

「うひゃ…」

 ヴィヒトリは首をすくめて小さく悲鳴をあげる。辺は一瞬で騒然とし、氷柱攻撃を免れた兵士たちが発砲した。しかし、

「トイコス・トゥルバ!」

 エグザイル・システムのひな壇の周りに、突如土の壁が床からせり上がり、銃弾を全て防いでしまった。

(凄いなあ…、これが噂に聞く、アルカネットさんしかできないっていう無詠唱魔法ってやつか)

 魔法スキル〈才能〉を持つ者は、体内に魔力を内包している。使う魔法の属性魔力を引き出し、魔法の形に作り上げるために呪文が必要になる。そして作り上げたその魔法を放つ時に魔法名を言う。

 人によって魔法を作り上げるスピードは異なるが、アルカネットの場合、魔法を作り上げるための呪文が必要ない。一瞬で必要な魔法の属性魔力を引き出して、完成させてしまうのだ。俗に言う無詠唱魔法である。

 アルカネットもまた、ベルトルドと同じように、Overランクを持つ魔法使いだ。神を引っ張り出さないと、倒すことができないとまで言われている。

 ソレル王国内は、現在超厳戒態勢が敷かれている。軍施設がライオン傭兵団の襲撃を受けて、ケレヴィルの研究者たちが攫われてしまったからだ。その為、とくにエグザイル・システムは国外脱出手段の一つになるため、犯人たちやその仲間が出入りしないよう、兵士たちが厳重に配備されていた。

 誰が飛んでくるか判らないため、エグザイル・システムから誰かが飛んでくるたびに、兵士たちは銃口を向けて脅していた。それが、両手を上げるわけでもなく、いきなり魔法で攻撃してくるので慌ててしまっていた。

 アルカネットは素早く、3人の周りに防御魔法を張り巡らせる。そしてパチリと指を鳴らすと、3人の身体がひな壇から浮き上がった。

 アルカネットを先頭に、ゆっくりとひな壇の階段を滑り降りると、出口に向けて加速した。

 不意をつかれたソレル王国兵たちは一瞬出遅れたが、すぐさま発砲し、魔法攻撃が3人目掛けて迫る。しかし攻撃は掠りもせず、建物を抜けた3人の身体は、そのまま外に躍り出た。

 ヴィヒトリはチラリと隣のドグラスを見る。日焼けした褐色の肌が、色落ちしたように明らかに蒼白になっていた。弱者に対しては尊大だが、強者に対しては卑屈になる。そんなドグラスだが、さすがに不慣れな戦場の空気は、精神的に厳しそうだ。

(大事なオペが控えてるんだから、しっかりしてよね…)

 胸中でひっそりとため息をつく。性格に難有りだが、外科医としての腕は確かだ。

 アルカネットが助けようとしているあの少女は、彼にとってもベルトルドにとっても、よほど大切なのだろう。普段の温厚な雰囲気が鳴りを潜めるほど、必死になっている。だからどんな状況に置かれようと、ヴィヒトリとドグラスの身は、アルカネットが絶対に守る。その点は安心して良かった。

 エグザイル・システムの建物の外には、やはりソレル王国兵が詰めていた。

「面倒な方々ですね。こちらは一刻を争う事態だというのに」

 イラッと露骨に滲ませた声で吐き捨てる。

「帰りのこともありますし、エグザイル・システムのある場所で魔法は使いたくありませんでしたが…もう使っていますけど、少し足止めをしておきましょうね」

 セルフツッコミしつつ、アルカネットはにっこりと微笑み、両手を広げて一言呟いた。

「イラアルータ・トニトルス」

 まだ早朝の静かなアルイールの街中に、突如空から無数の雷の柱が降り落ち、凄まじい轟音が街を包み込んだ。落雷の影響で、いたるところで爆発や火事が起こり、街は一気に騒然となる。

 アルカネットたちに銃口を向けていた兵士たちも騒然となり、指揮官が悲鳴にも似た声を荒らげて、何やら指示を飛ばしていた。

「……」

 ヴィヒトリはあんぐりと口を開けて絶句し、ドグラスは白目をむいて気絶してしまった。

「私にとって、こんな街など関係ないのですよ」

 絶対敵に回してはいけない男だと、そうヴィヒトリは自らに言い聞かせていた。

「さあ、行きますよ」

 何事もなかったかのように、アルカネットは優しい笑みを浮かべた。

 アルカネットがソレル王国で、ちょっとした騒ぎを起こしていた頃、ベルトルドの命によって参集された第二正規部隊、ダエヴァ第二部隊、魔法部隊の一部の軍人たちが、クーシネン街に集結していた。

 皇都イララクスのエグザイル・システムがある街だ。

 現在ベルトルドの命で、エグザイル・システムは急遽軍が徴集しており、一般人の渡航は禁止されていた。それを知らずに飛んできてしまった一般人は、速やかに建物の外に退去された。

 やがて、建物の前に綺麗に並ぶ軍人たちの前に、ブルーベル将軍が現れた。

「総帥閣下の命により、一時的にダエヴァと魔法部隊の皆さんは、ワシの指揮に入ってもらいます。魔法部隊の皆さんは、第二正規部隊に入ってください。アークラ大将が直接指示を出してくれます。ダエヴァの皆さんは、直接ラーシュ=オロフ長官の指示に従っていただきます」

 列の先頭に並んで立つアークラ大将とラーシュ=オロフ長官が、敬礼で応じた。

「今回の我らの任務は、ソレル王国首都アルイールの制圧です。王宮、行政施設、司法、軍施設を抑え、抵抗してくるであろうソレル王国兵を相手にします。ですが、くれぐれも、一般民に危害を加えてはいけません。婦女暴行、窃盗などもキツく禁じます。もしそれらが行われていたら、その場で処刑です。抵抗してくる一般民にも危害を加えないように。応対については、アークラ大将とラーシュ=オロフ長官に仰いでください」

 皆一斉に敬礼で応じる。それを見て、ブルーベル将軍は頷いた。

「まず、ダエヴァ第二部隊のサイ《超能力》使いの皆さんが、最初にエグザイル・システムであちらに飛びます。恐らく武装した兵士たちが待ち構えていることでしょう。飛んだ瞬間狙われるかもしれませんので、防御を張って飛んでください。安全を確保したら、順次乗り込みますよ」

 まさか、アルカネットが暴れた後とは知らないブルーベル将軍たちは、入念に準備をしてソレル王国へと向かった。