片翼の召喚士 ep.45 蠢く遺跡(5)

chapter-3.混迷の遺跡編
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片翼の召喚士 ep.45 蠢く遺跡(5)

 瀕死のキュッリッキのほうは、ランドン、シビル、カーティスの回復魔法で、かろうじて命をつないでいる状況だった。一刻も早く医者の手に委ねる為に、この場から動かせるくらいには、しておかなければならなかった。

 回復作業を手伝おうと、マーゴットも意気揚々として加わろうとしたが、カーティスにぴしゃりと止められた。

 かすり傷を治す程度なら構わなかったが、魔法の扱いが下手なマーゴットが手を出せば、かえって危険な状態になる。自らが下手だということを認めないマーゴットは、ぶちぶちと不平を垂れたが、皆取り合わなかった。それどころじゃないからだ。

「そろそろ動かせそうかい?」

 ルーファスに問われて、ランドンが小さく頷く。

「僕とシビルで魔法をかけ続けるから、ルーファスはサイ《超能力》でキューリを運んで。慎重にね。抱き上げてグラグラ動かすと、怪我にかかる負担が大きくなって、危ないから」

「判った。よし、いくぞ」

 ルーファスは両手をキュッリッキにかざす。

 横たわる姿勢を固定したイメージを頭に浮かべ、キュッリッキの身体をそっと浮かせた。しかし血をたっぷり吸った衣服が、ねっとりと床に張り付いて抵抗があり、ルーファスは一旦動きを止めた。

「すまん、誰か床に張り付いちまってるキューリちゃんの髪の毛と服を、そっと剥がしてくれないか?」

 傍らにいたメルヴィンが、床から少し浮いたキュッリッキの身体の下を見る。そして粘りを帯びた血の糸を引いている髪と服を、床からそっと剥がした。

「いいですよ、ルーファスさん」

「ありっ」

 今度は抵抗なくキュッリッキの身体は、仰向いたまま浮き上がる。

「神殿を出よう」

 キュッリッキを浮かせて歩くルーファスを妨げないように、ハーマンは魔法で明かりを出して先導する。その後ろからランドンとシビルが回復魔法をかけ続け、残りのメンバーがぞろぞろ続いた。

「怪物はアイツ1匹ってわけじゃないだろうから、警戒を怠るなよ」

 神経を研ぎ澄ませながら、ギャリーは戦闘組みを促す。

「判りました、ギャリーさん」

 メルヴィンは頷きながら、力なく垂れているキュッリッキの手を、痛ましく見つめた。

(リッキーさん…)

 大人の男でも、あんな怪我を負ったら即死してしまうだろう。駆けつけたのが早かったので、なんとか命を取り留めているが、もし遅れていたらどうなっていたことか。

 励ますために握った、キュッリッキの冷たくなっていた手。細っそりと小さく、脆くて儚い。凍っているかのように冷たいその手は、メルヴィンの不安をザワザワと掻き立てていた。

 医療スキル〈才能〉も魔法もサイ《超能力》も持っていない自分では、キュッリッキを前にして何もできなかった。役に立てていない自分が、激しく憤ろしい。今もこうして後ろを歩いて、心配することだけしかできない。

 歯がゆく思いながらも、みんなが無事遺跡から出られるよう、メルヴィンは警戒を強めて集中した。

 神殿の外で待機していたファニーとハドリーは、神殿の方からガヤガヤと足音がして、俯かせていた顔を上げた。

 横たえたままの状態で浮かんだキュッリッキを先頭に、ルーファスらライオン傭兵団が現れ、ファニーは一瞬で顔を蒼白にすると、震える手で両頬を覆った。

「リッキー……」

 死んでいるのかと錯覚するくらい、キュッリッキの姿は惨すぎた。意識を失っている顔はぐったりと蒼白で、明らかに血が足りないのがわかる。陽の光の下では煌くように輝く金髪も、血を吸ってごわつき無残に変色していた。

 力なく垂れ下がる手が、あまりにも現実を突きつけていて、ファニーの心に冷たいものを浴びせかけてきた。ついさっきまで、笑い合いながらお喋りをしていたのに。

 やがて姿を現したザカリーを見つけると、ファニーは弾かれたように、バッと飛びつくように食ってかかる。

「ちょっとアンタ! これ一体どういうことなのよっ! なんでリッキーが」

「よせ、ファニー!」

 ハドリーが慌ててファニーを羽交い締めにする。

「リッキーを傷つけるようなことを言ったんでしょ! じゃなきゃ、警戒心の強いあの子が、危ないところへ飛び込んだりしないわよ!」

 ザカリーは目に見えて落ち込んだまま、何も言葉を発せないでいた。

「すまん、ねーちゃん、説教はあとにしてくれや」

 やんわりとギャリーが仲裁に入り、ハドリーは頷いて、なおも食いかかろうとするファニーを必死に宥めた。

「死なせたら、許さないんだからっ」

 心境はハドリーも同じだったが、先にファニーが爆発してしまったため、抑える役に回るしかなかった。

 キュッリッキの様子も深刻だったが、一緒に出てきたライオン傭兵団も血まみれの者が多くて驚いた。しかしそれは何かの返り血だったようで、酷い怪我人が他にいなくて少し安堵する。重い空気を漂わせる彼らに、中で何があったのかを詰問する雰囲気ではなかった。

「キューリさん……。これは一体」

 唯一外で待機していたブルニタルは、キュッリッキの姿に目を見張る。眼鏡の奥の目が彷徨うように揺れ動いた。

「詳しい説明は後でします。まずはどこかの町へ運ばないと…」

 カーティスの呟きに、ブルニタルは持っていた地図を取り出し慌てて開く。

 その様子を遠巻きに見ていたシ・アティウスがブルニタルに近寄り、開かれた地図の一点をそっと指さした。

「この近くにイソラという町がある。小さい町だが、そこに行けば医者がいるだろう。治療もだが、一刻も早い輸血が必要そうだな」

 カーティスは頷く。

「よし、そこへ運ぼう」

 ルーファスも地図を覗き込む。麓からさほど遠くない位置にあるようだ。

「マリオン、ベルトルド卿に連絡をいれるので繋いでください。皆は移動を開始してください。神殿の中で怪物に出くわしたので、万が一ほかにもいたら危険ですから、全員で山を降りましょう」

「怪物…」

 シ・アティウスは興味深そうに、小さく口の中で呟いた。

「……ソレル王国兵に、再び占拠されたりしないだろうか」

 研究者の一人が不満げに声を上げるが、それにはシ・アティウスが静かに窘めた。

「君がここで一人、寝ずの番でもするかね?」

「いえ…、すみません」

「マーゴットとハーマンは道中の灯りを。ギャリーたちは護衛を。ではいきましょう」

 魔法で作り出された灯りを頼りに、全員町へと向かい始めた。

「さてマリオン、よろしくお願いしますよ…」

 簾のように垂れ下がる前髪の奥の顔が、露骨に嫌そうに歪む。ただでさえキュッリッキの状態が油断を許さないというこの状況に加え、このことをベルトルドに報告せねばならないことが、カーティスの心を更に重苦しくしていた。

「うぃー…」

 報告しないわけにはいかない。それが判っているだけに、中継するマリオンもゲンナリと肩を落とした。

 やがて、ベルトルドの声が2人の頭内に鳴り響く。

(やっと連絡を寄越したか)

(……遅くなって申し訳ありません)

 念話でのやり取りとはいえ、カーティスはついその場で土下座したくなるほど恐縮した。猛烈にイライラしていることが、露骨に伝わってくる。

(寝ずにおとなしく待ってやっていたんだ、詳しく説明しろ)

(はい…)

 カーティスは大きなため息をつく。その横でマリオンも疲れたように顔を弛緩させていた。

 灯りを見失わない程度に皆から距離をおいて、後ろからついて歩く。ルーファスの歩調に皆合わせているので、多少ゆっくりだった。

 報告も兼ねてこれまでの経緯を判る範囲で丁寧に説明すると、ベルトルドは絶句したように黙り込んだ。

 頭の中に残るキュッリッキの悲惨な状態を、映像として伝えたからだ。

(風前の灯状態なんです。一刻も早く医者に見せないと)

(……アルカネットと医者を、すぐに向かわせる)

 ようやく絞り出すように言って、ベルトルドは再度町の名前を確認した。

(イソラという町です)

(判った。すぐに向かわせるが、それでも時間がかかる。何としてでも命を繋げ。俺もすぐに飛んでいきたいが、雑用が何件か残っていて、すぐには動けないのでな)

(全力を尽くします)

(頼んだぞ)

 報告が済んで、カーティスは肩で息をついた。

 もっと何か嫌味を言われるかと思っていたが、キュッリッキの様子に嫌味も吹き飛んだらしい。

「あのおっさんが、随分と慌ててたねえ~」

 2人の念話を中継していたマリオンにも、会話の内容は聴こえていた。いつもなら、小言、嫌味、説教の三拍子は当たり前なのだが、さすがにその気は失せてしまっていたようだ。

「歩く傲岸不遜が絶句するなんて初めてですよ。顔が見られなかったのが残念です」

「あはは。まぁ、キューリちゃんのこと、すんごぉ~く気に入ってるようだからあ」

 一旦区切って、マリオンは肩をひそめ、声のトーンを落とす。

「万が一死なせるようなことにでもなったら、アタシら全員、その場で処刑されるね…」

「100%保証できますよ…」

 暗澹たる気持ちに包まれ、マリオンとカーティスは揃って項垂れた。

「アルカネット! アルカネット!!」

 裸にバスローブを着込んだだけのベルトルドは、荒々しくドアを開けて部屋を出ると、廊下で大声をあげてアルカネットを呼んだ。

 数分ほどして、同じように裸にバスローブを着ただけのアルカネットが、髪から水滴を零しながら現れた。入浴中だったようだ。

「なんですか、こんな夜半に大声を出して。夜勤の使用人たちが驚いてしまいますよ」

 呆れ顔で文句を垂れるアルカネットの腕を掴み、強引に自分に引き寄せ、先ほどカーティスから見せられたキュッリッキの様子を念話で伝える。

「…なんて…ことに」

 一瞬でアルカネットの顔が青ざめる。

「呆けるのは後にしろ。お前は支度してすぐ大病院へ行き、ヴィヒトリともうひとり外科医を連れて、ソレル王国のイソラという町へ向かえ」

 青ざめた顔はそのままに、アルカネットはゆっくりと頷く。まだ動揺から身体の震えが止まらないのだ。

「もう軍服は届いているな?」

「ええ、受け取っていますよ」

「俺は今から総帥本部へ行って軍を動かす。ブルーベル将軍にはもう連絡はつけた。雑用云々ですぐにイソラへは行けないから、あちらのことはお前に任せたぞ」

「判りました」

 アルカネットは会釈もそこそこに、急ぎ足で自室へ戻っていった。その後ろ姿を見送って、ベルトルドは声を荒らげた。

「下僕はいるか!? 着替えを手伝え、出かけるぞ!!」