片翼の召喚士 ep.39 救出作戦(10)
短剣の露を払いながら、ギャリーは詰問官の身体を蹴飛ばす。そして立ち上がったシ・アティウスに顔を向けた。
「ベルトルド……様の命令で救出にきた。オレはライオン傭兵団のギャリーだ」
「シ・アティウスという。私の前では、遠慮せず呼び捨てで構わない。私も本人のいないところでは呼び捨てている」
シ・アティウスの言いように、ギャリーはニヤリと口の端を上げると、通路へ手招きした。
他の研究者たち4名は、一箇所に監禁されていたようで、ペルラたちに引率されてギャリーと合流した。血まみれのシ・アティウスを見たシビルが、ぎょっとしたように目を見張る。
「返り血をかぶっているだけだ」
大したことじゃない、といったようにシ・アティウスに言われ、シビルは固く頷いた。
「連れ出しは成功、だがよ、問題は外だな」
「ヴァルトさんが近づいてきてる気配がします」
シビルが杖の先端を額に当てて目を閉じる。魔法で仲間の気配を特定した。
「じゃあマリオンの音波攻撃を、広範囲でばら撒くのは無理か。いくらヴァルトでもサイ〈超能力〉の音波は防げねえだろうし。範囲絞るにしても、距離がわかりづらいな」
「無理だねえ~。前に実験したことあるしぃ」
「カーティスたちはおいてけぼりしても大丈夫だから、オレたちはこいつらを安全に連れ出すことにだけ、集中しよう」
「ですね」
「屋上に出よう。そっから飛んでいけるだろ。周辺はザカリーに任せときゃいいし、ある程度の時間は、シビルの防御魔法で凌ぐ」
ギャリーがその後の予定を立てていると、ふいに肩の小鳥が嘴を開いた。
〈ギャリー聞こえる?〉
「おうよ」
キュッリッキだった。
〈こっちはいつでも準備オッケーだから、逃げる時は合図してね〉
「判った。まだ少しかかる」
〈ほいさ〉
ギャリーの肩に乗る黄色いルリビタキのような小鳥に目をやり、シ・アティウスは興味深げに口を開いた。
「その鳥は?」
「仲間の召喚士のものだ」
ほほう、と研究者たちが、小さく声をあげた。
「召喚士のものなのか」
「ああ」
「ふむ……。召喚士はそんなこともできるのか」
感心したように呟く。他の研究者たちもそれぞれに、感嘆の声をあげていた。
「あんたら王宮の召喚士見たことあるんじゃないのか? 皇国お抱えの研究機関なんだろケレヴィルって?」
「何度もあるが、そんな素晴らしい芸当は見たことがないのでな」
「ふーん。やっぱ、召喚士にもスキル〈才能〉ランクの差があるんかね」
「かもしれんな。これだけ見事なランク値なら、幼い頃にスキル〈才能〉探査機関で見つかっていそうなものだが」
それはギャリーたちも、ずっと思っていたことだった。
召喚スキル〈才能〉を持っていることが判れば、即刻国が召し上げるだろう。なのにキュッリッキは、フリーで傭兵などをしていたのだ。何故なのか気にはなっているが、そういう野暮を聞かないのが傭兵だ。
顎に手をあてたまま、シ・アティウスはなんの感情もこもらぬ声で呟いた。
「機関を通ってないのなら、孤児だったのだろうな」
キュッリッキは首都アルイールのある方角を、身じろぎせずジッと見ていた。
すでに闇色に塗り変わろうとする空は、わずかに朱色と紫色の雲を残し、白い星がその存在を照らし出している。
カーティスから連絡が入ってすぐ、キュッリッキは遺跡の外へ出ると、首都アルイールの方角を向いて、地面にぺたりと座り込んだ。そしてフェンリルは大きな狼の姿に戻ると、前脚でキュッリッキを挟み込むようにして座った。
それからずっと、座ったまま目を凝らし続けている。
ガエルとメルヴィンはキュッリッキの両側に立ち、辺りへ警戒を向けていた。哨戒に出ている綿毛からは、異変の知らせは何もない。
麓には何もなく、濃い闇に包まれようとしていたが、キュッリッキは瞬きもしない。黄緑色の瞳には虹色の光彩が満ち、灯りもないのに淡い光を放っている。
キュッリッキはフェンリルの力を借りて、カーティスとギャリーの肩にとまる小鳥と視覚をリンクさせていた。この場からは見ることのできない光景を、しっかりと見ていた。
アルケラから喚びだした住人たちは、離ればなれになっていても、アンテナの役割を果たすものがいれば、簡単に遠隔操作が可能だ。この場合のアンテナの役割は、フェンリルが担っている。
「あっちの敵も、すご~い、いっぱい」
独りごちるキュッリッキに、メルヴィンが状況を尋ねた。
「こっちにいた倍の兵士たちだよ。3個中隊くらいかなあ」
「あらまあ…」
メルヴィンが苦笑気味に肩をすくめると、ガエルが小さく笑った。
「ヴァルトとタルコットが、さぞ張り切って喜んでいるだろうな」
救出部隊のギャリーたちは、研究者らを救出し終えると、脱出のために屋上を目指して走っていた。そして、屋上へと登る階段前の広場で、待ち構えていたソレル王国兵たちとぶつかった。
施設に侵入者あり、とさすがにバレたらしく、外の兵士たちが大挙として乗り込んできていたのだ。
「ケッ、勤勉な奴らだな」
ギャリーは忌々しげにぼやくと、背に背負っていた両手剣を抜く。
「シビル、防御結界で研究者たちだけは必死で守れ。銃弾がくるとマズイからな。俺らはテキトーでいい」
「あいあい」
言われなくとも、といったふうに、シビルは研究者たちを背後に庇い杖を前方に掲げる。
「ペルラとマリオンは、抜けてきた敵に集中しろ」
「おっけ~」
「判った」
「俺の魔剣シラーで、お前ら根こそぎ吹っ飛ばしてやる」
通常の大剣とサイズは変わらなかったが、柄から鍔にかけて、翼を広げた龍を模した意匠が見事である。そして刀身は灯りを弾いて光沢を放つ純金だった。
いかにも重そうな魔剣シラーを、ギャリーは両手で柄を握り、肩に担ぐようにして構えた。
「いくぜ」
低く呟き、敵に走り寄りながら、勢い付けて黄金の大剣を振り下ろそうとした、まさにそのとき。
「おめーら全員ぶっ殺すって言っただろーが!!」
突如ヴァルトが階下から現れて、翼を全開に広げて広場に飛び込んできたのだ。
「うそっ」
ギャリーは慌てて自分にブレーキをかけて踏みとどまる。そのまま振り下ろしていたら、間違いなく目の前に飛び込んできたヴァルトを真っ二つにしているところだった。
両足で踏ん張り姿勢を立て直すと、ギャリーは憤然とヴァルトに怒鳴った。
「てめー!! 俺の見せ場を邪魔しやがってあぶねーだろが!」
「あん?」
ヴァルトは肩ごしに振り向くと、噛み付きそうな形相のギャリーの、その奥を見て目を輝かせた。
「俺様のペルラ!!!」
両手を広げ、今にも飛び込んできそうなヴァルトに、ペルラは鬱陶しそうにため息をついた。
アイオン族のヴァルトは、ネコのトゥーリ族であるペルラにベタ惚れしている。シャム猫のようにシャープな美しさのあるペルラが、大好きで大好きでたまらないヴァルトは、邪険にされようがスルーされようが、それらは全てペルラの愛ゆえ、だと信じて疑っていなかった。
ペルラは素っ気ない態度をとりつつ、スッとソレル王国兵たちを指差す。
「そこの雑魚どもを、全部片付けてくれ…」
「判った!!」
ヴァルトの顔が、パッと花開いたように笑顔になった。
ペルラからお願いされたヴァルトは――周りから見たら体よくあしらわれただけ――元気よく叫ぶと、その場で思いっきり翼を羽ばたかせる。気合が注入された。
広場に所狭しとすし詰めになっていたソレル王国兵たちが、片手剣を構えながら目を細める。
「あの世まで飛んで行けっ!」
拳を固く握り締め、ヴァルトは床を蹴って飛び出した。
手前の兵士の顔面に拳がめり込むと、後ろに居た数十人の兵士も巻き込み豪快に吹っ飛んだ。広場は一気に騒然となる。
見せ場を奪われたギャリーは、ヴァルトを忌々しげに睨む。
「あのクソッタレめ……。バカはほっといて、俺たちは屋上へいくぞ!」
ギャリーは舌打ちしながら魔剣シラーを背負い直し、屋上への階段を登った。
屋上にいる敵を、今度こそ魔剣シラーの剣風で吹き飛ばすと、ギャリーは肩の小鳥に話しかけた。
「キューリ、いつでもいいぜ!!」
『小鳥を軽く宙へ放って』
すぐさまキュッリッキから応答が返ってくる。
ギャリーは言われたとおり小鳥を宙に放る。すると、小鳥は淡い銀色の光に包まれ、その小さな身体を巨体に変じて屋上に舞い降りた。
「うっほ……でけえな」
仰け反るようにして小鳥ならぬ巨鳥を見上げ、ギャリーは口笛を吹いた。
巨鳥に変じた小鳥は、身をかがめて皆を背中に誘う。
「よし、シビルは防御を張り巡らせながら乗れ。さすがに目立つ。下の奴らが発砲してくるだろうから」
そう言っている矢先に砲撃が開始された。しかしすぐに1人、2人と砲撃者の数が減っていったが、さすがのザカリーでも数が多すぎて、全て倒しきるのは無理がありそうだった。
マリオンはシビルを抱えると、すぐさま巨鳥に飛び乗った。
シビルはそのまま杖に意識を集中して、巨鳥の周りに防御結界を張り巡らせる。下から飛んでくる砲弾は、全て見えない結界の壁に弾かれた。
「みんなぁ、早く乗ってぇ~」
マリオンがのほほんと声をかけると、呆気にとられていた研究者たちが我に返って、いそいそと巨鳥の背に乗り始めた。
全員が乗ったことを確認して、ギャリーも飛び乗る。
「いいぜ!」
それを合図にして、巨鳥は翼を広げ、跳ね上がった。