片翼の召喚士 ep.36 救出作戦(7)
ファニーは目をぱちくりさせると、
「なんですってえええええええ!?」
と絶叫した。そしてキュッリッキの細い首を両手でガッシリ掴むと、激しく前後にブンブン振り回す。そんな2人のそばで、フェンリルは呆れ顔で丸くなって転がっていた。ファニーの絶叫が辺りの壁に反射して、より大きく聞こえて驚いたようだ。
「召喚スキル〈才能〉ばっかずるうーーーーい!! アタシなんてアタシなんて、誰でも持ってる戦闘スキル〈才能〉でランクもBだしい、そんな有名どころから見向きもされないってえのに、召喚スキル〈才能〉持ちばっかり依怙贔屓しすぎよー!!!」
「ンがぐ…っ」
キュッリッキは目を回しながらも、窒息気味になり両手でもがいた。そんなキュッリッキの様子はお構いなしに、そのまま勢いよく放り出す。そしてファニーは握り拳を作り、片膝を立てて明後日のほうを向き、情熱を込めて高らかに訴えた。
「チート能力ばっかり優遇されて、オイシイ人生約束されてっ! 並み程度のスキル〈才能〉しかないその他大勢の一般庶民は、地べたを這いずりながら今日も生きているのよ!! これを贔屓と訴えて何というのっ!」
「喧しいと思ったら、やっぱり起きてたか」
盛大に顔をしかめたハドリーが、こちらに歩いてきた。
「あら、ハドリー」
声に気づいて、ファニーは顔だけハドリーに向ける。握り拳はそのままに。
「リッキーとフェンリルが伸びてるじゃないか。狭い空間で大声出すと、響いて五月蝿いだろう。まったく」
仰向けに伸びているキュッリッキの頬を軽く叩いて、その近くで丸まったまま伸びてるフェンリルを抱き上げた。
「なんて大声なんでしょうか……鼓膜が破れますよ」
忌々しげに文句を言いながら、ブルニタルが歩いてきた。そして、メルヴィンとガエルも目を瞬かせながら後に続いた。
「誰よこいつら?」
文句を言ってきたブルニタルを軽く睨みつけ、突っ慳貪に問う。
「リッキーの仲間、ライオン傭兵団だ。リッキーから話聞いてなかったのか?」
「さっき聞いたところよ」
ファニーは立ち上がると、まだ寝転がっているキュッリッキを、ブーツのつま先で突っついた。軽く突っついていたが起きないので、次第に蹴りに変更する。
「ちょーっと、起きなさいよー、ほらあ!」
ゲシゲシ足蹴にされているキュッリッキの様子を遠巻きに見て、メルヴィンは胃の辺りをそっと押さえた。
(あの光景をベルトルドさんが見た日には………天から雷が降ってくるな)
メルヴィンと同じ感想を持ったブルニタルとガエルも、げんなりとした表情を浮かべて口をつぐんだ。
ソレル王国軍が再び現れないか警戒は続けていたが、とくにすることもないので、ガエルとブルニタルはそれぞれ離れたところで座っていた。残りの4人は小さな輪を囲んで、談笑を楽しんでいる。
ファニーにゲシゲシ足蹴にされていたキュッリッキは、その後目を覚ましたが、身体中がジクジク痛んで、不思議そうに眉をしかめっぱなしだ。また騒がれても面倒かと、その場にいた全員は、あえて口をつぐんでいた。
「神殿の中は一直線の通路と、例のエグザイル・システムのようなものしかありませんでした」
「そうなんだ~。んで、どんなものだったの?」
外に居たキュッリッキのために、メルヴィンが見てきたことを説明してくれている。
「半円形の台座の上に、ガラスのような透明な柩にも似た箱が、真っ直ぐ立てられているだけでした。エグザイル・システムのようなもの、という表現が当てはまるのかどうか、外見だけではそうは見えませんでしたけどね」
「箱なんだ。うーん、何だろうね」
自分の目で見てみたい気もするが、神殿に入るのだけは絶対に嫌だった。意識をこらせば、神殿からの怖い気配はジワジワ感じられる。入るのは危険だと、本能も警鐘を鳴らしているのだ。
「そうそう」
「うん?」
「さっきオレ、副宰相のナマ声聴いちゃったよ。リッキーのこと褒められなくて、残念そうだったぞ」
「えー、そーなの~? じゃあ、この任務終わったら、いっぱい褒めてもらいに行こうっと」
嬉しそうに言うキュッリッキに、ファニーが身を乗り出す。
「なによアンタ、ハーメンリンナに出入りできるわけ?」
「えっへへん! 通行証作ってもらったんだよー」
キュッリッキは得意気にファニーを見る。
「いいなーいいなー、ハーメンリンナに可愛い洋服屋さんがあるっていうじゃん。一回行ってみたいんだよね~。買うと高そうだけど」
「じゃあ、じゃあ、任務終わったら一緒に行こうよ」
「行く行く!」
「動く箱に乗って移動できるんだよ」
「なにソレ~」
盛り上がる女性陣2人をよそに、メルヴィンがそっとハドリーに耳打ちする。
「一部貴族・高官専用の、特別通行証なんです…」
「………ず、随分気に入られたみたいっすね」
「ええ、猛烈に好かれているようです」
「まあ、嫌われるよりは良い」
今のところは、キュッリッキも仲間の一員として溶け込んでいるようで、ハドリーは少し安心していた。
いつも新しい所で馴染めず、泣きながら、傷つきながら帰ってきていたキュッリッキ。自らの不幸な生い立ちが、仲間たちの中に馴染もうとする心を邪魔してきたからだ。
エルダー街に引っ越してから少しして、キュッリッキが会いに来てくれたとき、ライオン傭兵団にちょっとずつ馴染んできたと喜んでいた。みんな自分を仲間だと受け入れくれて、優しくしてくれるとはしゃいで言っていた。
翼のことを見られて、不安な相手もいるらしいが、後ろ盾の副宰相にも随分気に入られているようで、ハドリーは安堵した。
(今度はもう、泣いて戻ってくることはなさそうだな)
ハーツイーズのアパートの、キュッリッキが使っていた部屋は、もう正式に解約してもいいだろう。帰ったらギルドで手続きしてこようと、ハドリーは思っていた。
「そういえばさあ、いっぱいいたソレル王国兵をどうやっつけたの? 中隊規模だったんじゃない?」
ファニーの興味の矛先が、ライオン傭兵団に向く。
「ガエルとメルヴィンが、サクサクーって倒しちゃったよ。凄かったんだから」
「いっくら最高ランクのスキル〈才能〉揃いっていっても、200人近くを2人でとか、無理くない?」
疑いの眼差しを隠そうともしないファニーに、メルヴィンがにっこり笑う。
「そこはリッキーさんの、チートな召喚サポートがあったので、出来たんですよ」
メルヴィンが戦闘の時のことなどを説明すると、ファニーとハドリーは意外そうな表情を浮かべてキュッリッキを見た。
「へ~、アンタいつの間に、そんな風に召喚を使えるようになったのよー」
「サポートに徹するとか珍しいな」
「だって、アタシの担当は、支援強化だったんだも~ん」
大きな組織に招かれると、大抵召喚の圧倒的な力で、一気に敵を掃討させられていた。それを知っているファニーとハドリーは、キュッリッキの力を巧く使っていて、それをキュッリッキが喜んでいることに感心していた。
何でもかんでも、キュッリッキに殺させないやり方に、2人は好感を持った。
「アルケラの子たちの凄さをみんなに判ってもらえて、アタシ嬉しいの」
いろんな事が出来るってことを、まず知ってほしいと常々思っていたからだ。
キュッリッキは出っ張りの乏しい胸を突き出して、両手を腰に当てる。
「まあ、アタシがいれば、誰でも超人以上になれるってこと!」
シ・アティウスはうんざりしていた。
目の前の詰問官は、同じ質問をしつこく繰り返し、唾を飛ばしながら喚きたてる。気に入らない回答を得ると、途端に机を叩き椅子を蹴った。
そして急に猫なで声を発し、甘い一面を覗かせ、すぐ元に戻る。
感情の一切が削ぎ落とされたような無表情を動かすことなく、シ・アティウスは詰問官を見つめていた。
頭にあるのはただ、ナルバ山の遺跡のことだけだ。
遺跡の状態は極めて良く、不可解なエグザイル・システムのようなものも発見し、本腰を入れて調査をしていたまさにその時、ソレル王国の軍隊がやってきて拘束された。
雇ったフリーの傭兵は2人、しかし数が多すぎて勝ち目はなく、あのあとどうなったかについて、関心は一切ない。願わくば遺跡を死守してくれていれば嬉しいとは思っている。そしてそれはありえないだろうことも判っていた。
シ・アティウスにとってソレル王国が介入してくるのは想定内だった。無駄な時間を省くため、自らの身分を明らかし、ベルトルドのハンコ入り書類も提示したが、釈放される気配はない。
ハワドウレ皇国副宰相直轄の研究機関所属である。皇国の属国にしか過ぎないソレル王国が、副宰相の部下に手を出したのだ。要人ではないが、すでに外交問題レベルだ。それでもソレル王国は、不当にシ・アティウスを拘束し続けている。
ナルバ山の遺跡が大きく関係しているのは誰でも判るが、シ・アティウスもまだ気づいていないあの遺跡の謎を、この国は掴んでいる。容易に推察できた。そのことで、シ・アティウスがどこまで掴んでいるのかを調べるために、不当な拘束を続けているのだ。
自分が拘束されたことはすぐベルトルドに伝わっただろう。それならそのうち、なんらかのリアクションがあるのも予想できる。
記憶スキル〈才能〉を持つシ・アティウスは、戦闘などの野蛮的行為は範疇外なので、自ら行動を起こすことは考えていない。
今すぐにでも遺跡に駆けつけたいが、事態が急変することを待ち望み、詰問官の取り調べに耐えることにしていた。