片翼の召喚士 ep.27 ベルトルドからの依頼(7)
キュッリッキたちを見送ったあと、ベルトルドとアルカネットは書斎へ行った。
ベルトルドは奥にあるチェアにドカリと座り、長い脚を組む。
「今日くらい、リッキーと一緒に過ごしても問題あるまい。カーティスのやつめ」
「その点は同感です。ですが、リッキーさんの心を慮れば、帰すのが一番ですよ」
「まあ、な…」
ベルトルドはつまんなさそうに、フンッと鼻を鳴らした。
ライオン傭兵団の中に、必死に馴染もう、溶け込もうとしている、いじらしい気持ちがヒシヒシと伝わってきた。カーティスから仲間だと言われて、それを嬉しく思って、表情にも喜びがありありと浮かんでいた。
それを邪魔したいとは思わない。が、キュッリッキと一分一秒でも長く居たい気持ちは、溢れんばかりに身体を蝕んでいる。
「俺は、完全にリッキーに惚れた」
うっとりと天井を見つめながら、ベルトルドはしっかりと言い放つ。
「おや、奇遇ですね。私もリッキーさんに惚れました」
書斎の中が、恐ろしい程の静寂に包まれる。そして、目を合わせた途端、二人の間に火花が炸裂した。
「リッキーは、俺のものだ!」
「いいえ、私のものです」
フゴゴゴゴッと効果音でも流れてきそうな書斎の中で、青い小鳥がピヨッと小さく鳴いた。
小鳥の鳴き声で二人はハッとすると、軽く咳払いをして場を収めた。
「…そこまで思っているのなら、何故今回の仕事に、リッキーさんを連れて行けなどと言ったんですか? 万が一危険などあったりしたら」
「召喚の力をもっと見たくてな」
ベルトルドは両手を組んで、背もたれに深々と身を沈める。
「お前も知っての通り、宮廷の召喚スキル〈才能〉持ちどもは、揃いも揃って無能者ばかりだ。リッキーが見せてくれた召喚の片鱗さえも、見せたことがない」
「全くですね。何のために国に召し上げられたのか」
「ああ。――リッキーが他にも、どんな召喚をしてくれるか、その力をどう使うのか、俺は見たいんだ」
肩に乗る小鳥を人差し指に乗り移らせると、デスクの上に降ろしてやる。小鳥は平らなデスクの上を、チョンチョンと跳ねていた。
「イルマタル帝国がリッキーを放ったらかしにしてくれたお陰で、俺たちの元に引き入れることができた。今回ばかりは感謝しよう」
「彼女の不遇な過去を思えば、感謝まではいきませんが。まあ、ありがとうとだけは言っておきましょうか」
「まあな」
ベルトルドは苦笑すると、姿勢を正して座り直した。
「アルカネット」
「はい」
「実はな、明日、正式に軍総帥の辞令を押し付けられる」
アルカネットはキョトンっとして、目の前のベルトルドを見つめる。
「はい?」
「クソジジイの謀略にハマって、軍総帥までもが押し付けられることになったんだ」
「また仕事が増えるのですか…」
呆れたように言って、アルカネットは溜め息をついた。
「そこで、だ。お前にやってもらいたいものがある」
そう言って、ベルトルドは無邪気に微笑んだ。
キュッリッキは草原のような所に立っていた。
――どこだろう?
見上げた真っ青な空は、もこもことした白い雲を泳がせている。まるで、綿菓子のようだと思った。
そして、誰かに呼ばれた気がして、後ろを振り向いた。
――キューリちゃーん。
ルーファスが笑顔で手を振って、キュッリッキを呼んでいる。
――もお、またキューリって呼ぶんだから!
最近ヴァルトから命名された、キュッリッキのあだ名。それをライオン傭兵団の仲間たちは、好んでキューリと呼ぶ。唯一メルヴィンだけは、リッキーと呼んでくれているのだ。
――何度言っても直してくれないんだから、もう…。
胸中で文句を言いながら、でも、本当はあまり嫌じゃない自分がいることに気づいていた。
自分の名前は確かに言いづらいと自分でも思う。
リッキーというあだ名は、友達のハドリーが付けてくれた。初めて自分にあだ名をつけてもらったから、リッキーと呼ばれると嬉しい。それに、ハドリーは大事な友達だ。その友達に付けてもらったあだ名だから、自分が心許せる相手には呼んで欲しい。でも、今のキュッリッキには、新しい仲間が出来た。その仲間が付けてくれたあだ名は、野菜の名前だけど、何となく嬉しいと感じてしまうのだ。
でも、せめてもうちょっと、違うあだ名を考えて欲しかったのも本音である。
――キューリちゃーん。
ルーファスの声が、一際大きく聞こえてきた。
「キューリじゃないもん!」
そう叫んで、キュッリッキは目を覚ました。
「…あれ?」
キュッリッキは何度も目を瞬かせて、そして顔を上げる。
「おーはよっ」
ニコニコとしたルーファスの顔が見えて、キュッリッキは気まずそうに首をすくめた。
「えと……、アタシ、もしかして、寝ぼけた?」
「うん」
にんまりと肯定されて、キュッリッキはサッと顔を赤くした。
「夢を見ていたようですねえ。ルーファスの呼ぶ声が、夢に影響したんでしょう」
クスクスと笑いながら、カーティスが横で見ていた。
(うう……恥ずかしいよぅ…。アタシ、いつの間に寝ちゃったんだろう)
心の中で重い溜め息をついて、キュッリッキは自分がルーファスに抱っこされていることに気づいた。
「ルーさんありがとう、もうおろして」
「ほいほい」
ルーファスはしゃがんで、キュッリッキをそっと地面に立たせてやった。キュッリッキの腕の中にいたフェンリルも、自分で地面に飛び降りた。
「重かったでしょ、ごめんね」
「そんなことないよ~。キューリちゃん凄く軽かったから、疲れてもないしね」
ウィンクされて、キュッリッキは安心したように肩の力を抜いた。
「良い夢でも見ていましたか? 寝顔が幸せそうでしたよ」
そうカーティスに言われて、夢の内容を説明しようとしたが、キュッリッキは夢の内容を思い出せなかった。
「もう忘れちゃったの」
「それは残念です」
「夢ってそんなモンだよね」
「そうですねえ。――ああ、キューリさんが寝ている間に、ベルトルド卿から小鳥の取り扱いについて質問が来ていました」
「質問?」
「ええ。預かった小鳥は、どうやったらこちらの赤い小鳥と、連絡がつけられるようになるのかと」
そういえば、何も説明していなかったことを思い出す。
「うンと、小鳥の頭を、指で3回、そっと叩いてあげると通信モードになって、こっちの赤い小鳥の聴いてることを、そのまま伝えてくれるの。ベルトルドさんの方も、言っていることをこっちの子が伝えてくれるよ。通信を切りたい時も、同じように3回叩いてあげて」
「ふむふむ。便利ですねえ、見た目は小鳥なのに。ルーファス」
「うん、ベルトルド様に伝えたよ」
サイ《超能力》を使えるルーファスが、キュッリッキの言葉をそのまま念話で送信した。
カーティスは人差し指で、肩に乗る赤い小鳥の頭を、そっと3回叩いてみる。すると、それまで肩の上で時折跳ねたりしていた小鳥が、ピタリと動きを止めて、嘴をパカッと開いた。
〈俺の声が聴こえるか?〉
突然、小鳥がベルトルドの声を吐き出して、カーティスとルーファスはビクッと身体を仰け反らせた。
「ちゃんと聴こえるよ~、ベルトルドさん」
二人に代わってキュッリッキが応じると、ベルトルドの嬉しそうな声が返ってきた。
〈リッキー! これでいつでも、リッキーと話ができるな!〉
「うん、そうだね」
ベルトルドが喜んでいるのが判って、キュッリッキも素直に喜んだ。
(ねえねえカーティス、小鳥をこのまま通信モードにして、アジトに入ろうよ。絶対面白いから)
(いいですねえ。たまには皆の本音を、直接聴かせてあげましょうか)
(ウヒヒ)
ルーファスとカーティスは、ひっそり念話で悪巧みを囁きあった。
アジトに到着する前にキュッリッキを起こしたり、小鳥の操作を教わったりしていたので、3人がアジトにようやく帰り着いた頃には、すっかり陽が落ちていた。
3人は真っ直ぐ食堂へ向かうと、すでに食堂には仲間たちが勢ぞろいしていた。
「おかえりなさい、随分遅かったんですね。もうじき夕飯ですよ」
メルヴィンが朗らかに3人を出迎えてくれた。
「よお、御大のクソ野郎にどんな件で呼び出しくらったか、気になって気になって、みんな待ちくたびれちまったぜ」
ビールを飲みながら、ギャリーがむさ苦しい顔をにんまりとさせる。
〈クソは余計だぞ、ギャリー〉
「え?」
いきなりベルトルドの声がして、ギャリーは仰天してビールを吹き出した。
「お、おい、御大も連れて帰ってきたのか!?」
〈俺は自分の屋敷にいるぞ〉
笑い含みなベルトルドの声が再びして、血相を変えたギャリーは、立ち上がって周りを見渡す。
「ベルトルド様反応早すぎー。もうちょっと色々言わせたら、面白かったのにな~」
両手を頭の後ろで組んで、ルーファスがニヤニヤ顔をギャリーに向ける。
事態が飲み込めない一同に、カーティスは苦笑すると、肩にとまっている小鳥を指差す。
「この小鳥を通じて、ベルトルド卿と音声が繋がっています。もろ筒抜けてますよ、ギャリー」
「お、おい……、マジかよ…」
酢を飲んだような顔になって、ギャリーは椅子に沈み込んだ。