片翼の召喚士 ep.19 キャラウェイの野望・前編
目の前に書類の山を築いて、黙々と書類処理に勤しんでいたベルトルドは、リュリュの言葉に顔を上げた。
「罷免だとう!?」
「ええ」
端整な顔を怪訝そうに歪め、ベルトルドは不機嫌な声を出した。
「ブルーベル将軍を罷免してどうするんだ?」
「後釜にキャラウェイが座ったわよ」
「はあああ??」
両手でデスクをバンッと叩き、ベルトルドは立ち上がる。
「あのボケジジイは何をしてるんだ! 軍を弱体化してどうする! ただでさえ役立たずの烏合の穀潰しを何百万と抱えてるんだ、バカなのか?」
腕を組んで唸ると、正面に立つリュリュをギロリと睨む。
「キャラウェイが主犯だな?」
「そうよん。あの禿頭ダルマしかいないわ」
「ハゲ豚の分際で、どうボケジジイを篭絡しやがった…」
禿頭ダルマ、ハゲ豚と言われ放題のキャラウェイは、ハワドウレ皇国軍に中将の地位を戴いている軍人である。
ハワドウレ皇国では政治や軍など、国の要職に就くためには、絶対に通らねばならないものがある。
エリート養成機関ターヴェッティ学院を卒業することである。ここを卒業したものだけが、要職に就くチャンスが与えられる。地位や出身、金の力で、この国の要職には絶対に就けないのだ。
キャラウェイ中将は確かにターヴェッティ学院を卒業したが、その能力は周囲にあまり認められていない。それでも中将の地位まで上り詰められたのは、別の才能に恵まれていたからと噂されている。
奸智に恵まれていると。
「将軍職に就きたくてしょうがないオーラを、滲み出しまくっていたからな。非凡なる奸智を巡らせて、ブルーベル将軍を陥れたんだろうな」
「その通りよ。国家反逆罪だの転覆罪だの、あることないこと捏造しまくりで、皇王様に突きつけたって」
「あのボケジジイは、それを信じたわけじゃあるまい?」
「信じてないようだけど、一部のオバカどもがキャラウェイを後押しして、宰相マルックも抱き込んだようよ」
「ああ…」
ベルトルドは渋い表情(かお)を浮かべた。
「トゥーリ族嫌いだからな、マルックのジジイも…」
「如何に皇王様といえど、宰相にまで詰め寄られたらねえ」
「仲良し老人コンビだからな。しかし、放っておけないな」
「アタシもキャラウェイは好かないわ。とっとと下水にでも流してちょうだい」
磨き上げた手の指の爪を見ながら、リュリュは垂れ目を眇めた。
「俺はな、個人的にブルーベル将軍が好きなんだ。真っ白な毛が艶々してて、つぶらな黒い目がキュートで」
「あーたも、たいがい可愛いモノが好きよね。そこの毛玉姫みたいに」
ベルトルドの怒気にも慣れたようで、オデットと名付けられたチンチラはカゴの中で丸くなって寝ている。
「ふふん。それに、キャラウェイなんぞが将軍職に就いたら、皇国軍はオシマイだ」
「どーかん」
「能無しボケジジイを締め上げてくる」
「今回は許すわ。存分にやっておしまいなさい」
「おう」
ハワドウレ皇国の軍隊は、大きく分けて2つある。
一つは、正規部隊。第一から第十まである1個軍で、約6万人ほどが一つの正規部隊に所属している。
正規部隊を統括するのは、10人の大将たち。その下に色々な階級を持つ部下たちが、それぞれ従っていた。その正規部隊全部を統括・指揮するのは、将軍ただ一人。将軍が実質、正規部隊の長になる。
もう一つは、特殊部隊。ダエヴァ第一から第三部隊、魔法部隊、警務部隊、尋問・拷問部隊、親衛隊。
正規部隊には戦闘などに関するスキル〈才能〉を持たない者も徴兵され組み込まれるが、特殊部隊には、その部隊に見合ったスキル〈才能〉保持者のみが配属される。そして特殊部隊の上に将軍はいない。
これら正規部隊と特殊部隊を統括する全軍総帥が、軍における最高指揮官となる。
総帥の地位は代々皇王が就き、正規部隊と違って、特殊部隊は総帥の直轄に入る。そのため、正規部隊の長である将軍でも、直接特殊部隊は動かせない。総帥を経由して、要請や救援を求めることになる。しかし、戦場などでは比較的柔軟にスルーされることが多かった。
キャラウェイ将軍の野望は、将軍職に収まることではない。総帥の地位に就くことだ。
過去、皇王が総帥の地位を下賜して、代行させた例がいくつかある。その下賜された例では、主に将軍職を務めた者だった。その為に、キャラウェイは将軍職を欲した。
「ククク、将軍の地位なんぞ、わが輩の野望を成就するための踏み台にしか過ぎん。わが輩は総帥の地位を手に入れ、アイオン族の惑星ペッコ、トゥーリ族の惑星タピオをも征服し、ワイズキュール家を蹴落とし、世界の王となる!」
壮大な野望を謳い、キャラウェイ将軍は大きくせり出した腹を揺すって高笑いした。すでに、一部の貴族や官僚たちを抱き込み、水面下で動き始めている。
上下関係、命令が絶対の軍組織を掌握すれば、野望達成など容易い。
そして、もう一つ潰しておかなければならない存在がある。
若くして副宰相の地位に居る、ベルトルドだ。本来なら宰相マルックが有していたはずの、あらゆる権限を委譲された行政の長。軍への影響力はないが、行政のトップにいるベルトルドは、目の上のたんこぶに等しい。
全てが完璧と称されるベルトルドの弱点を、キャラウェイは握っている。その弱点を突いて、即刻ベルトルドを排除する。
幼い頃からの夢。キャラウェイは、世界征服を夢見て育った。
しがない食料品雑貨店の子供として生まれ、授かったスキル〈才能〉は大工である。世界征服など無縁のスタートラインだったが、子供時代いじめられ続け、見返したい一心でターヴェッティ学院に入学。卒業して軍に入り、せっせと努力して中将まで上り詰めた。
小さかった夢は大きく膨らみ、キャラウェイは邁進する。
「さあ、ベルトルドの小僧を叩きのめしてやろうぞ!」
勝手知ったるなんとやら。案内もなくベルトルドが闊歩するここは、皇王一族の住まうグローイ宮殿に併設されている、皇王が政務を執り行うエリラリンナ宮殿だ。
エリラリンナ宮殿は一部の高官のみが立ち入ることを許されていた。
副宰相の地位を戴くベルトルドは、専用の休憩室を与えられている。更には、専属の使用人も付き、好きな時に出入りが許されていた。
謁見の間の前にたどり着いたベルトルドは、扉の左右に佇む衛兵たちが開くよりも先に、サイ《超能力》を使って乱暴に扉を開いた。
「一体どういうことだ、ボケジジイ!」
マントを翻しながら、ベルトルドは颯爽と謁見の間に入った。
奥の玉座に座っている皇王は、渋面を作って溜め息をこぼす。
「いきなり入ってくるなり、ボケジジイはないじゃろう…」
「ボケたジジイをボケジジイと言って何が悪い!」
玉座の前に到着すると、皇王の前で膝を折らず、片手を腰に当ててふんぞり返る。
居丈高で傲慢で高飛車なその無礼な態度に、注意を喚起する者は居ない。侍従を含め、その場に居合わせた人々は、戦々恐々とその様子を見守ることしかできない。ベルトルドを叱り飛ばすことが出来るのは、世界広しといえどリュリュとアルカネットの二人しかいないのだ。
「して、何用じゃ?」
「とぼけるな、ジジイ! 何故ブルーベル将軍を罷免した?」
やや険のある切れ長の目が、スウッと細められ、ブルーグレーの瞳が皇王を睨みつける。
「……そのことか」
やれやれ、といった表情で、皇王は再び溜め息をついた。その時、
「その言動を改めんか! 小僧!!」
突如甲高い怒鳴り声が響き、謁見の間の扉が再び開かれた。
「ぬ?」
邪険な目つきはそのままに、ベルトルドは肩ごしに振り向く。
洋ナシ体型というよりは、雪だるまと言ったほうがしっくりくる。デンッとせり出した下腹のせいか、胴回りが丸く見え、その上に丸い禿げた頭が乗っかっているものだから、雪だるまにしか見えない。
新しく将軍の地位に就いた、キャラウェイ将軍だった。
先っちょがくるりんと巻いているちょび髭に、剃ったように短い眉毛が、いかにも愛嬌がある。更に太って艶々しているためか、今年60歳にもなるのに、シワひとつ見当たらない。
(坂道で転がしたら、面白そうだな…)
ベルトルドはひっそりと、心の中で悪態をつく。
「皇王陛下のご寵愛を受けているからといって、図に乗りすぎだぞ小僧!」
キャラウェイはベルトルドの隣に並んで立つ。身長が165cmしかないキャラウェイは、顎を突き出しベルトルドを必死に見上げた。
一方、190cm以上の長身をほこるベルトルドは、スラリとした体躯で脚も長い。あまりにもその対照的な二人に、皇王は必死に笑いをこらえていた。
(なんという、忌々しい小僧めが…)
もちろん、身長差ではない。傲岸な表情も態度も改めず、不躾に見下ろしてくるその目が気に入らない。
(フンッ、まあいい。きゃつをこの場で、その不釣合いな地位から蹴り落としてくれる)
そうキャラウェイ将軍は胸の内で嘲笑した。
一方ベルトルドは、
(ふーん)
呆れたように、小さく鼻を鳴らしていた。
玉座で笑いを噛み殺していた皇王は、わざとらしく咳払いをする。
「して、何用じゃ、キャラウェイ」
皇王に声をかけられ、キャラウェイ将軍は慌ててその場に跪いた。
「はっ! 実は陛下に申し上げたい義がございます!」
「ほほう」
「過日、隣におられる副宰相殿の良からぬ噂を耳にいたしまして。そのような不穏な噂など言語道断! 至急出処を掴み、処罰しようとした矢先、このようなものを発見したのでございます」
皇王の傍近くに控える侍従を手招きし、キャラウェイ将軍は封筒を手渡した。
侍従は速やかにこれを皇王に手渡し、皇王が中身を抜き取ると、封筒だけを受け取り控えた。
皇王は一通の書類に添付されたものを見て、大袈裟な溜め息をついてみせた。
「ベルトルドや、そなた、サイヨンマー伯夫人にまで手を出しておったのか」
「ぬ?」
ベルトルドは大股で玉座に近寄り、皇王の手にしている書類を覗き込んだ。
「……ああ、淫乱夫人か」
サイヨンマー伯爵は、貴族でありながら商才のある人物で、家督を継ぐ前から家業の商売を手伝い、莫大な富を築いている。その夫人ヘルカは、社交界でも上位の美貌の持ち主として、あらゆる男性との浮名を流していた。
「言っておくが、俺が手を出したわけじゃないぞ、淫乱夫人が手を出してきたんだ」
ベルトルドは腕を組むと、キャラウェイ将軍をジロリと睨む。
「セックスは上手いが、淫乱すぎるんだ。俺の股間に食らいついて、離れようとしないからさすがに呆れて蹴飛ばした。その件で俺を恨んでるのかな?」
「そんな個人的な恨みなど知らぬ……」
キャラウェイ将軍は眉をピクピクさせて、ベルトルドを睨み返した。
「しかし女は怖いなあ、堂々と浮気をボケジジイに披露してしまうんだから」
「浮気の証拠写真を見て、開き直ってるそなたのほうが怖いぞ」
「だいたいこれは、俺は後ろ姿で後頭部と背中しか見えないじゃないか。淫乱夫人の乱れ切った喘顔だけは、ハッキリと写っているが」
それに、と言ってベルトルドは肩をすくめる。
「一体何時撮ったんだコレ? 天蓋付きのベッドだったと記憶にあるんだがな…」
「天蓋に監視カメラでも設置してあったんじゃろ…」
「ああ。悪趣味だなあ~」
すっかり世間話のように話し始めたベルトルドと皇王を見て、キャラウェイ将軍は予想外の展開に頭を激しく混乱させていた。