片翼の召喚士 ep.33 救出作戦(4)

chapter-2.ナルバ山の遺跡編
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片翼の召喚士 ep.33 救出作戦(4)

 フェンリルに乗って、戦場の状況を後方から見ているキュッリッキは、ある程度二人が前進したら、そこへ闇の沼を召喚し、死体を全て飲み込ませた。闇の沼はあまりの死体の多さに愉悦し、真っ黒なタールのような身体を波打たせて大きく揺れた。

「以前見せてもらった、ソープワート軍を飲み込んだものですね…」

 ゲッソリした声でブルニタルが呟くと、キュッリッキは頷く。

「こんなにじめじめ暑いんじゃ、すぐ腐って異臭が酷そうだしね。お掃除、お掃除」

 周囲の死体は消えたが、異臭はまだその場に漂っている。鼻を突いてくる異臭に、ブルニタルは胃の辺りを抑えながら、前に座るキュッリッキに視線を向けた。

「あんなに多くの死体を見ても、大丈夫なんですか…」

 床に落ちてる紙くずを掃除するかのような口調のキュッリッキに、ブルニタルは非難するような目を向ける。不謹慎に聞こえるのだ。

「見てて気持ちのいいもんじゃないけど、見慣れてるもん。戦場だったらアタリマエの光景でしょ」

 幼い頃から、こんなものを見て育った。傭兵の道を歩いてきたキュッリッキにとっては、これが普通なのだ。死体を見て恐れを抱くような感情は、とっくの昔に卒業済みだった。

「私はここまで、凄い場面を見たことがありませんから……」

 ふいっと視線を反らせる。

「そっか」

 ブルニタルの知識は深く、情報分析なども的確にこなしていたが、現場を知らずに上辺の知識しかないのかな、そうキュッリッキは思った。

(アタシは、もう麻痺しちゃったもん。子供の頃に…)

 そうしないと、とても生きていけなかったから。心ももたなかったから。

「まあ……無理に見慣れなくてもいいけどね、こんなもん。――吐くんだったら後ろ向いてお願いね?」

 ブルニタルはこらえきれずに後ろを向き、フェンリルに被害が及ばないように吐瀉した。

 数十分が過ぎ、ソレル王国兵達の姿もまばらになっていった。中には混乱に乗じて敵前逃亡する者もいたが、そこを見逃すキュッリッキではなく、フェンリルの前脚で無残に殴り殺されるだけだった。

 キュッリッキが後方で後始末をしながら残飯処理も行っていることで、ガエルとメルヴィンはひたすら前進あるのみだ。

「後ろを気にせず、刺されることも不意打ちを食らうことも気にせず、ひたすら殴り倒せるのは気分がいいもんだ」

 まったく息もあがっていないガエルは、スタートと変わらぬ勢いで拳を振り上げていた。ずしりとした低い声が心なしか弾んでいる。

「ホントですねえ。おまけに少しも疲労がないんですよ。これもオレたちを守ってくれている、ガラス板の力でしょうね」

「恐らくそうだろうな。フッ、ヴァルトがこれを知ったら、さぞ悔しがるだろう」

 ガエルは野太い笑みを浮かべた。

 メルヴィンも露を払いつつ次の敵に斬り込みながら、悔しがるヴァルトを想像してにこりと笑んだ。

「たまには自慢してやろっかな」

「カーティスさん、聞こえますか?」

 ブルニタルは血の気のひいた顔で、キュッリッキの肩に留まる小鳥に話しかける。

 見るに堪えないほどの無残な死体の山、湿度を含む空気にのった濃厚な血臭、フェンリルが攻撃して爆ぜる人間の残骸、それらを延々見せつけられながらも、次第にブルニタルも慣れが生じてしまっていた。

 慣れてしまった方が、何倍も精神と身体が楽だった。もう吐き気も起きてこない。

〈こちらカーティスです〉

 やや間を置いたあと、のんびりとしたカーティスの声が、小鳥の嘴を通じて伝わってきた。

「こちらはまもなく、ナルバ山麓の中隊の処理が終わりそうです」

〈えっ!?〉

 小鳥の嘴から、カーティスとその周辺にいる仲間たちのどよめきも伝わってきた。

〈もう目的地に着いて、作戦を発動しちゃっているんですか?〉

「はい。とっくに」

〈やいブルネコ!! いくらクマがちょっとだけ強くったって、中隊相手にそんな張り切れるもんか!〉

 カーティスを押しのけて、通信用の小鳥に食いかかるヴァルトの姿が、容易に想像できるくらいの、騒々しい声が伝わってきた。

「メルヴィンもいるんだよ」

〈そんなの判ってる! キューリは黙ってろっ!〉

 キュッリッキは「べーっ」と舌を出し、ツンッとそっぽを向いた。

「キューリさんの召喚のおかげで、空を飛んで移動もスムーズにすみましたし、召喚のサポートを受けた2人は、鬼神の如き暴れぶりです。戦闘を開始してまだ、1時間も経っていませんよ」

 報告を続けるブルニタルの声は、次第に弾んでいった。

〈なんだそのサポートってええ!! ずりーぞクマああああ!!〉

 頭髪を掻き毟りながら絶叫する、ヴァルトの姿が目に浮かぶ雄叫びだった。

〈ボクもそっちがよかったな……〉

 ボソリとしたタルコットの声が、小さく聞こえてきた。

〈おいカーティス! こっちは俺様が翔んで行って、一人で全部処理してやる!!〉

〈ダメですよ、救出部隊と足並み揃わないと意味がないんですから〉

〈どうせヨードーすんだったら足並み揃わなくてもいいじゃんか! クマ野郎に負けるのだけは許さねー!!〉

 宥める仲間たちの声が、ガヤガヤ伝わってくる。

〈怪我したらどうするんですか。回復サポートのマーゴットさんも、一緒じゃないと危ないでしょう〉

〈そんなドヘタクソ女居ても居なくても関係ねーだろ!〉

〈ちょっとそれ、聞き捨てならないわ〉

〈最低ランクの魔法使いがイキがってんじゃねーよ! ヘタクソ!!〉

〈私は上手いから同行しているんです。頭の足らない人に、ヘンな言いがかりつけられたくないわ〉

 いつの間にか嘴の向こう側で喧嘩が始まってしまい、キュッリッキとブルニタルは、呆れ顔で同時にため息をついた。

「ブルニタルさん、リッキーさん、終わりましたよー」

 こちらのほうに歩いてきながら、メルヴィンが笑顔で手を振った。

「お疲れ様ですメルヴィン、ガエル」

「お疲れさま~」

 メルヴィンから若干遅れて、満足顔のガエルが合流した。

「なんだか、ヴァルトさんとマーゴットさんの声が、聞こえて来てましたが」

 キュッリッキが無言で、ブルニタルの指にとまる小鳥を指す。

 嘴を開けっぱなしの小鳥からは、ひっきりなしにヴァルトのわめき声が、辺りに響くほど炸裂していた。

〈こらクソベアー! 随分オイシイ戦闘楽しんでたそーじゃないか!!〉

 ガエルが小鳥の近くに戻ってきたのを察知したヴァルトが、嫉妬むき出しの大声で怒鳴った。

「フフッ、俺が3分の2、メルヴィンが3分の1ってところだな。200人程度では準備体操にしかならなかった」

「ですね~。チートな楽しい戦闘でした。まだまだいけますよ」

 勝ち誇ったガエルに続いて、メルヴィンが意地悪く続ける。2人の報告は、明らかにヴァルトの神経を逆撫でしまくっていた。もちろん、わざとである。

〈キューリてめー! こっちにも同じようなサポートつけろ!!〉

「黙ってろって言われたしー」

 キュッリッキは嫌味たっぷりに意地悪く言った。ヴァルトの反応がおもしろすぎるからだ。

〈ムッきぃいいいいいい!!!〉

〈ヤレヤレ…えーと、このままだとヴァルトが大暴走しちゃいそうなので、縛り上げます。あなたたちはエグザイル・システムのようなものの確保をして、そこで待機していてください〉

 離せ弱小どもー! という雄叫びがバックコーラスとして流れていたが、カーティスはスルーして続けた。恐らくタルコットとルーファスが押さえ込んでいるのだろう。

〈確保とエグザイル・システムのようなものの状態を確認したら、ベルトルド卿に一旦報告を入れておいてください。こちらはこれからなので、作戦が終了次第連絡をいれますから、よろしくお願いします〉

「判りましたカーティスさん」

〈では後ほど〉

 ぐおおおおおおおっというヴァルトの叫び声が最後になり、小鳥は嘴を閉じた。

 カーティスサイドの状況が脳裏に浮かんで、4人は疲れたような笑いを「ご愁傷様…」と吐き出した。

 ソレル王国兵たちの居なくなったナルバ山の麓は、恐ろしい程に静まり返っていた。

 改めて眺め渡すと、山自体にも山麓にも満足な緑は生えておらず、小動物たちが生息している形跡もない。大きな岩もなく、殺風景な場所だった。

 キュッリッキが綿毛たちに周囲を警戒させているので、異変があればすぐ判る。確保部隊の4人は堂々と山に足を踏み入れた。

 遮るものもない傾らかな裾野には、人工の道が敷かれていた。ソレル王国兵たちが作ったのだろう。簡素なものだったが、土や小石に足をとられることもなく、快適に登ることができた。

 5分ほどゆっくり登ったところに、ぽっかりと大きな穴が開いている。穴の上下左右は大きな岩でしっかりと固定され、自然に空いた穴ではないことだけは確かだった。ソレル王国兵たちが手を加えたものでもないようだ。

 ブルニタル、メルヴィン、ガエルの順で穴に入っていったが、最後尾で穴に入ろうとして、キュッリッキは足を止めた。

(うん? なんだろう…)

 ほんの微かな違和感が肌を嬲っていく気がして、キュッリッキは眉をしかめた。両腕に抱えられている仔犬姿に戻ったフェンリルも、不思議そうに身じろぎしていた。

「なんだろうね、今の」

 腕の中のフェンリルに話しかける。フェンリルはキュッリッキを見上げながら、判らないといったように小さく唸った。

 危険感知はキュッリッキより広く速い。そのフェンリルが警戒していないので、大丈夫だと判断することにした。

 先を行く3人の後ろ姿はすでに見えなくなっており、キュッリッキは慌てて彼らを追った。