片翼の召喚士 ep.21 ベルトルドからの依頼(1)

chapter-2.ナルバ山の遺跡編
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片翼の召喚士 ep.21 ベルトルドからの依頼(1)

 別名、傭兵街と呼ばれるエルダー街の昼間は、人通りが少ない。仕事のない傭兵たちは夜遅くまで酒を飲み、夕方近くまで寝ている。それに、夜の商売をする人々も住んでいるので、普通の暮らしを営む家庭が、あまり多くないこともある。

 今日のように天気のいい明るい日中には、子供たちが外で元気に遊びまわっているものだ。その風景がこの街には欠けていた。

 露店前や茶屋に人が少ないと感じたことを口にしたキュッリッキに、果物の露店を営んでいる老いたオヤジが、豪快に笑い飛ばした。

「朝まで飲んでた仕事にあぶれた連中が、今は大いびきかいて寝てるのさ」

「昼間動いてるのは、アタシらみたいに、真っ当な人間だけさね」

 小柄で太った女将は、紙袋にオレンジを入れて、キュッリッキに手渡してくれた。

「ありがと、おばさん」

 オレンジの代金を支払うと、キュッリッキはニコリと笑顔を返した。

 アジトから徒歩10分ほどの距離にある、露店が多く出店するエルダー街唯一のマーケット広場だ。この広場では、昼も夜も店を出している。だいたい0時くらいまで店が開いているので、夜間行動する傭兵たちに、多く利用されていた。

「夕方頃になると、ここの広場も賑わい出すよ。今度その頃来てごらん」

「うん、そうしてみる」

 キュッリッキが素直に返事をすると、オヤジは嬉しそうに笑った。

「また来ておくれね」

「またな、ねーちゃん」

 笑顔の老夫婦に見送られ、手を振りながら露店の前をあとにした。

「頼まれたものは、全部買ったよね……」

 腕に抱えた紙袋の中を覗き込んで、そして顔をずらして足元に声をかける。銀色の毛並みが美しい仔犬が、キュッリッキの声に応じて小さくのどを鳴らした。

「よし。じゃあ帰ろっ」

 マーケット広場を小走りに出て行く。

 ライオン傭兵団に腰が落ち着いて、早2週間が過ぎようとしていた。その間、何も仕事はなかったが、衣食住に困らない生活になったことで、のんびりとした時間も好ましく思えていた。

 水を飲みに台所へ来たキュッリッキは、ちょうど昼食の準備で動けないキリ夫人の頼みをきいて、買い出しに来ていた。普段食材の買い出しは週に2回、キリ夫妻と一緒に、馬車を借りて数名で行く事になっている。荷物の量が半端ではないからだ。

 力を持て余しているヴァルトと、きっちり仕切るメルヴィンは、仕事で出ていない限りは、毎回ついていく。しかし、それでも足りない食材が出たりすると、キリ夫人は誰かにおつかいを頼んでいた。

 あまり重いものではなかったので、広場を出たあとは、のんびりと歩いてアジトに戻った。

「あ、キューリさん」

「キュッリッキです」

 カーティスから呼ばれ、反射的に訂正をする。

 ヴァルトから”キューリ”などと不名誉なあだ名を進呈され、以来メルヴィン以外からは”キューリ”と呼ばれ続けていた。

 こうして反射的に訂正をするが、この1週間改善されていない。

「はいはい。で、キューリさん、これから出かけますので、支度してください」

 まるで相手にしていないカーティスは、簾のような前髪を軽く手で払いながら、穏やかな表情で言った。

「? アタシも? ドコ行くの?」

「道中お話ししますから、取り敢えず急いでくださいな」

「ああ、はい」

 キュッリッキは急いで台所へ行った。慌てて荷物とつり銭をキリ夫人に渡すと、玄関ロビーにとんぼ返りした。

 玄関ロビーに戻ると、カーティスの他に、ルーファスとメルヴィンも来ていた。

「では行きましょうか。留守を頼みますね、メルヴィン」

「了解です。いってらっしゃい、みなさん」

 朗らかなメルヴィンに見送られ、カーティス、キュッリッキ、ルーファスの3人はアジトを出た。

「我らがベルトルド卿から、屋敷まで来いと、呼び出しがありました。来るときにはキュッリッキさんもお連れするよに言われたんです」

「ふ~ん、そうなんだ。アタシになんの用事かなあ?」

 エルダー街のアジトに連れてきてもらったとき以来、ベルトルドには会っていない。

 このハワドウレ皇国の副宰相という、すごく偉い地位にいる人だと知って、この先滅多に会うことはないだろう、とも思っていた。所詮自分は、一介の傭兵にしか過ぎないのだから。

「メッセージに詳細なことは書いていなかったんですよ。『屋敷までキュッリッキを連れてすぐ来い』としか」

 カーティスは苦笑を滲ませながら説明した。

「内容記さず呼び出しとか、珍しいよね~。キューリちゃんも連れて来いなんて」

 カーティスと並びながら、ルーファスが首をかしげた。

「キューリさんを連れてこい、というのは、単に会いたいからでしょう。とても気に入っていた様子なんで…」

「え~、それって私情挟みすぎー。つか、オレたち護衛役だったりして」

「それが本当でも、私は驚きませんとも」

 おかしそうに笑うルーファスと、肩をすくめるカーティスの後ろをついて歩きながら、二人を交互に見上る。会話の内容がいまいち判らないので、キュッリッキはおとなしく口をつぐんでいた。

「それにしても、ハーメンリンナに入るのも、久しぶりだよね」

「あまり近寄りたくはない所なんですがね」

「せっかく宮仕えを脱したのに、ホントめんどくさいよな、あんなとこ」

「同感です」

 行き先がハーメンリンナと判り、キュッリッキは身を乗り出す。

「ハーメンリンナに行くの?」

「そそ。ベルトルド様の屋敷は、ハーメンリンナの中にあるからね~」

 ルーファスがにっこりと答えた。

「キューリさんは初めてですか?」

「うん。入ったことないよ」

 まず、一般人が入れるような所ではない。当然キュッリッキも、入れるような身分ではないのだ。

「キューリちゃんの通行証は、大丈夫なん?」

「衛兵には話が通っているはずです。私たちが一緒だから、多分大丈夫でしょう」

「そっか」

 アジトから歩くこと30分ほどで、城壁の唯一の入口前に到着した。

 カーティスとルーファスは、ごく普通に歩いていた。しかし二人に比べると歩幅が小さいキュッリッキは、着いていくのがやっとだった。一度も立ち止まることなく、キュッリッキは必死に小走り状態で、城壁の門の前に着く頃には、すっかり息があがってしまっていた。

 その様子にようやく気づいたルーファスが、苦笑気味にキュッリッキの顔を覗き込む。

「大丈夫? キューリちゃん」

「ぜぇ……ぜぇ……だいじょぶ…」

「召喚士は、体力なさそうだなぁ」

 そう言って笑いながら、ルーファスはキュッリッキの手を取った。

 ハワドウレ皇国の皇都イララクスの中心街ハーメンリンナ。もとはこのハーメンリンナが皇都と呼ばれていた。

 ハーメンリンナは大きな街を5つも合わせたほどの規模をほこり、全て城壁で覆い囲まれている。この場所が、ハワドウレ皇国発祥の地であり、超古代文明の遺産を使って作られた街と言われている。

 城壁は高さ12mもあり、隣接する外街は、そのぶん時間帯によって影に包まれてしまう。外壁は花崗岩でびっしりと覆われ、唯一出入り口に作られた門の横には、検問をする衛兵たちの詰所が建てられていた。

 カーティスら3人が詰所の方へ行くと、中から数名の衛兵が出てきた。

 まるで、全力疾走でもしてきたかのような様子のキュッリッキを見て、先頭にいた若い衛兵は目を丸くした。

「副宰相閣下から、我々が来る旨のお話が着ていると思いますが」

 そう言って、カーティスは身分証を提示する。

「ああ、ライオン傭兵団の方々ですね」

 身分証を確認した若い衛兵は、笑顔で頷いた。

「はい」

 カーティスに身分証を返し、若い衛兵は会釈する。

「では、身体を改めさせていただきます」

 ハーメンリンナには、皇王をはじめとし、国の要人、貴族、上流階級の人々が住み、重要機関や軍本部なども建っていた。それゆえ中に入るには、専用の身分証が必要であり、入念なボディチェックを受けるのが絶対の決まりなのだ。

 応対した若い衛兵がカーティスを、別の衛兵がルーファスを担当する。そして。

 華奢な美少女が息も絶え絶えの様子は、さぞ哀れに見えるのだろう。二人の身体を改めている衛兵たちは、時折痛ましそうにキュッリッキを見ていた。

 哀れみの視線を一身に浴びるキュッリッキは、心の中で憤慨しながら、蒸気のように愚痴を噴出していた。

(もっともっと、ゆーっくり歩いてくれてもいいのにっ! アタシの体力が落ちたわけじゃないもん! あんだけ早く歩いていたら、誰だってこうなるんだからっ!!)

 30分も小走りしていたらこのくらいなる! と叫びたい思いで、必死にその場に踏ん張った。なにせ、二人とは歩幅が違うのだ。

 カーティスのボディチェックを済ませた若い衛兵は、今にも倒れそうなキュッリッキを見て破顔した。ハーメンリンナの中に入る者は、たとえ女性であろうと、入念なボディチェックが必要である。しかしちょうど、女性の衛兵が交替で場をはずしていた。

 キュッリッキは真っ白なノースリーブのワンピースをまとっているだけで、カバン類も持っていないし、外見では武器の携帯は見られなかった。それにカーティスとルーファスの連れなら、大丈夫だろう。万が一何かあったとしても、彼らを招くよう指示をした副宰相に、責任は行くのだから。

 独自の判断で、キュッリッキのボディチェックはせず、若い衛兵は3人のために、徒歩者専用の門を開けた。

「結構です。どうぞ中へお入りください。ようこそハーメンリンナへ」

 若い衛兵は3人の通行を許可した。