片翼の召喚士 ep.23 ベルトルドからの依頼(3)

chapter-2.ナルバ山の遺跡編
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片翼の召喚士 ep.23 ベルトルドからの依頼(3)

 まるで万歳でも叫びそうな勢いで、嬉しそうにルーファスが両手をあげる。

「ものすご~くゆっくりで、時間かかったね」

 キュッリッキがクスクスと笑顔を向けると、ルーファスはウンウンと大仰に頷いた。

 カーティスとルーファスがゴンドラから降りていると、門の前にいた若い男が、彼らに向けて優雅に一礼した。それを見て、カーティスとルーファスは慌てて姿勢を正す。

「お待ちしておりました」

「こんにちは、アルカネットさん」

「ご無沙汰してますっ」

 カーティスとルーファスは、硬くお辞儀をして挨拶をした。

 アルカネットと呼ばれた男は柔らかな笑顔で応えると、ゴンドラに近づき、ゴンドラの中できょとんとしているキュッリッキに手を差し伸べた。

 アルカネットの顔と大きな掌を交互に見て、キュッリッキはその手を取る。アルカネットに助けられながら、一度ゴンドラのへりにあがって跳び降りた。

「ありがとう」

「どういたしまして」

(うわあ…、また背の高い人だあ)

 キュッリッキは首を反らして、アルカネットを見上げる。すると、愛おしむように優しい笑顔が返され、キュッリッキは顔をちょっと赤くして俯いた。

 端整で優しく穏やかな風貌に、スラリとした長身をしている。前に会ったベルトルドは、険のある目をしていたが、アルカネットは目元にも柔らかな優しさをたたえていた。それに、全身から漂う雰囲気も、包み込むような温かな優しさを感じた。

 優しさの塊のような人だなあ、と、キュッリッキは心の中で大きく頷いた。

「こちらのお嬢様が?」

「はい、召喚スキル〈才能〉を持っている、新入りのキュッリッキです」

 カーティスから簡単に紹介されると、キュッリッキを見つめるその目は、まるで高価なものでも見るかように、感極まってアルカネットは頷いた。

 その目を見た瞬間、キュッリッキは急にしょんぼりとした気分に包まれた。

 アルカネットに限った事ではなかったが、キュッリッキが召喚スキル〈才能〉を持っていることが判ると、皆こんな目をする。値踏みしながら珍獣か天然記念物を見るような、そんな不躾で不愉快な目をするのだ。

 召喚スキル〈才能〉がどれほど珍しいかなど、キュッリッキは知らない。だから、そんな風に見られるのは、嬉しいことではなかった。不愉快だと言ったほうがいいくらいに。

 キュッリッキの気持ちなど知る由もない3人は、何やら雑談をしていた。それをちょっと恨めしそうに見上げると、優しいアルカネットの視線とぶつかって、キュッリッキは慌てて下を向いた。

「申し遅れました。私はベルトルド邸で執事をしている、アルカネットと申します」

 アルカネットはその場に膝をつくと、キュッリッキの手を取って、恭しく頭を下げた。

「え、あ、はいっ、キュッリッキです!」

 思わず声が裏返ってしまい、キュッリッキの顔が真っ赤に染まった。その向こうで、カーティスとルーファスが笑いを噛み殺している。

「愛らしいお嬢様ですね。そんなに緊張しなくても、大丈夫ですよ」

 ニッコリと笑顔を向けて、アルカネットは立ち上がった。

「では皆さんこちらへ。ベルトルド様は会議が長引いていて、少々遅れます」

「判りました」

(うわあ…すご~い)

 アジトの建物なんて、家畜小屋にしか思えないほど、ベルトルドの屋敷は広大だった。宮殿の一画だと言われても、キュッリッキは疑いもしなかっただろう。

 玄関ロビーは大ホールのように広く、天井まで吹き抜けていて、2階の通路も手摺越しに見える。いくつも下がるシャンデリアも豪奢だ。

 正面には階段一階から上階に向かい、踊り場を経由して、2つの階段に末広がりに分かれる大階段も素晴らしい。階段は象牙色の大理石で、濃紺の絨毯が中央に敷き詰められていた。

 玄関から左側の通路へ案内されて入っていく。キュッリッキはアルカネットに手を引かれ、キョロキョロと見回していた。

 青いマーブル模様の入った大理石の床は鏡のように磨き上げられ、壁や柱に施された繊細な彫刻も見事だった。キュッリッキはふと自分の姿を省みる。安物の綿のワンピース姿では、場違いな気がして申し訳ない気持ちになってしまう。せめて麻にすればよかったかも、などとちょっと思った。

 物珍しさを隠しもしないキュッリッキの様子を見て、アルカネットは自然と笑顔が漏れた。

「本当に可愛らしいお嬢様ですね。ハーメンリンナは初めてですか?」

「はいっ」

 アルカネットに柔らかく話しかけられ、思わず声が裏返ってしまう。

 ベルトルドの屋敷の執事をしているという。見た感じは20代後半に差し掛かるくらいだろうか。スラリとした長身を、黒いスーツで包み込んでいた。そしてアルカネットという名の通り、綺麗な紫色の髪と瞳が印象的だった。

 執事と聞くと、堅苦しい年寄りがするものと印象のあるキュッリッキだったが、アルカネットのような執事だったら、日々穏やかでいいだろうなあ、と思えた。

 とくに誰も咎めていなかったが、あまりにもキョロキョロしすぎたのを、みっともないと感じ始め、キュッリッキは顔を赤らめて俯いてしまった。

 そんなキュッリッキの様子に、3人とも微苦笑する。

 無駄に長いと思える程の廊下を歩いて、大きな扉の前で止まる。アルカネットは両手で扉を押し開くと、そこは広々とした応接室だった。

「掛けてお待ちください。すぐにお飲み物を、お持ち致します」

 恭しく一礼すると、アルカネットは応接室をあとにした。

 扉が閉まると、キュッリッキは青い天鵞絨張りの長椅子に座り、全身から吐き出すようなため息をついた。

「何だかすごーく、緊張したの~」

「あはははっ。そんなに緊張するようなところじゃないって」

 腹をかかえて笑うルーファスを、捨て犬のような顔で睨む。だって慣れてないもん、と口の中でもごもご呟く。

「ベルトルド卿もアルカネットさんも、あまり細かいことには五月蝿くありませんから。最低限の礼儀さえ守っていれば、大丈夫ですよ」

 そうカーティスに言われて、キュッリッキは肩の力を抜いた。ちらりと二人を見ると、自然とこの屋敷の雰囲気に馴染んでいる気がして、僅かに首を傾げた。

「二人とも、なんだかこういう場所に慣れてる感じだね」

「オレたちもともと、この国の騎士・軍人だったからね」

「そうですねえ。戦争も内戦も起こらないような、平和な平和な皇都勤めでしたから。嫌でもハーメンリンナ暮らしが長かったんですよ」

 カーティスとルーファスは、互をみやってヤレヤレと肩をすくめた。

「オレは宮殿騎士やってて、カーティスは軍で魔法部隊の長官をしてたんだ。毎日退屈なあくびに耐えながらネ」

「あなたはまだマシだったでしょう。宮殿行事に出動して、馬に乗ったり剣を構えたりするイベントがあって」

「思い出させないでヨー……親衛隊より泣けてくるほどの、タダの見世物しかやってなかったんだからー」

 ソファの一つに座り、だらしなく脚を投げ出し、ルーファスは泣きそうな顔で天井を仰いだ。騎士時代のことが頭をよぎり、渋面が浮かぶ。

「騎士に憧れて騎士になったのに、何のために騎士になったんだろう、宮殿のお飾り? 貴婦人たちの見世物? いっそ内紛でもおきねぇかなぁと、毎日戦の神に祈ったもんだ」

「そんな物騒な祈りを捧げてもらったら困るな、ルー」

 非難するでも咎めるでもなく、静かな声に言われて、ルーファスは露骨に「げっ」といった表情(かお)でドアのほうに顔を向けた。

「あはは…すいません、おかえりっす、ベルトルド様」

 ルーファスは慌てて立ち上がり、表情を隠すようにして、恭しく頭を下げた。

「相変わらずなやつだ」

 口元に皮肉な笑みをたたえ、ベルトルドはマントを翻し颯爽と部屋に入ってきた。

「待たせて済まなかったね。古狸たちのくだらない戯言に、まともに付き合っていたせいだ」

 そう言って、ベルトルドは真っ直ぐキュッリッキの前に立つ。キュッリッキを見つめる切れ長の目が、優しく和んだ。

「久しぶりだね、元気にしていたかな?」

 嬉しそうに微笑みながら膝をつき、見つめてくるキュッリッキを、愛おしさを込めるように、ギュッと抱きしめた。

 いきなりのことにキュッリッキはびっくりして、あわわっと目を白黒させる。カーティスとルーファスもギョッと目を見開いた。そんな周りの反応はおかまいなしに、うっとりとキュッリッキを抱きしめているベルトルドの脳天に、勢いよく拳骨が落下した。

「いでっ」

「今すぐその手をどけなさい、厚かましい!」

 ティーセットを乗せたワゴンの横に、アルカネットが涼しい顔で立っていた。拳骨に息を吹きかけ、二発目を狙っている。

 キュッリッキの細い身体をしっかりと片腕で抱きしめ、ベルトルドは拗ねた顔をアルカネットに向ける。

「痛いじゃないか」

「痛いようにやっているんです。さあ、その汚らわしい手をどけて、キュッリッキさんをお放しなさい」

「汚らわしいとは失礼な奴だな、久しぶりに会って、包容を満喫しているんだ。お前こそ茶でも並べてろ」

 一触即発のような緊張感が、ベルトルドとアルカネットの間に静かに漂い始めた。二人は端整な顔に険悪な表情を浮かべ睨み合っている。地鳴りでも聞こえてきそうな雰囲気だ。

(うわぁ…ベルトルドさんとアルカネットさんの間に火花が見えるかも…)

 ベルトルドの腕に抱きしめられたまま、キュッリッキはおっかなびっくり事態を見守った。

(ねえ、カーティス)

(…はい、なんでしょう)

(なんか、キューリちゃんを、取り合ってるように見えるんだケド)

(見えますねえ……露骨に)