片翼の召喚士 ep.8 入団テスト(4)
そこへ、落雷のような迫力で、ベルトルドの一声が念話に割り込んできた。吃驚したザカリーは、思わず目を見張る。
(貴様らがやらせたんだ、キュッリッキに)
グッと喉をつまらせたような反応が、一斉に念話の中に交じり合う。
(あの子は入団テストのために、必死に考え、アレだけの力を見せつけたんだ。それを今更貴様らは、非難でもするつもりか?)
露骨に責めるベルトルドに、ザカリーは噛み付いた。
(別にオレら、大量虐殺しろなんて言ってねえ!)
そう、テストのためとは言え、あっさりと大量虐殺をやってのけたキュッリッキに、心底驚いたのである。
はぁ、っと疲れたような、ベルトルドのため息が続く。
(キュッリッキが来なかったら、貴様らはどうアレを切り抜けるつもりだった? カーティスの魔法で焼き殺すか、ギャリーのシラーで斬殺しまくるか、ザカリーの魔弾で吹っ飛ばすか、ルーのサイ《超能力》で叩き殺すか。どのみち殺すんだろうが)
(そうだけどよ…)
(他人の行為は常識人ぶって非難するくせに、貴様らの行いは正当化するのか。つくづく最低なクズどもだな)
怒りも顕に軽蔑されて、皆押し黙る。
(貴様らと違ってな、キュッリッキはちゃんと判っている。アレが虐殺行為であることも、あそこまでやらないと認めてもらえないということも。つまらんプライド意識が、あの子にやらせたということを、貴様ら自覚するのだな!)
ライオン傭兵団がベルトルドに説教されている頃、キュッリッキは唇を尖らせて、つまらなさそうにつま先で地面を蹴っていた。
(ご苦労だったな、キュッリッキ)
突然頭の中にベルトルドの声が入ってきて、キュッリッキはぴくっと顔を上げた。
(ベルトルド…さん?)
(ああ、そうだ)
優しいその声に、肩の力が抜ける。
(キュッリッキの活躍は、全部見せてもらったぞ。凄かったな)
(え、どうやって見てたの!?)
(そこにいる、3バカたちの目を通してだよ)
3バカと称された3人に目を向け、あまりよく判っていない顔で小さく頷く。
(入団テストは合格だ。今日からキュッリッキも、ライオン傭兵団の仲間だ)
(ホントに? よかったあ~)
キュッリッキは嬉しそうに、顔をほころばせた。
(あとのことはカーティスに任せてある。今後もその凄い力で、頑張るんだぞ)
(はーい)
ベルトルドに優しく励まされていると、複雑な表情を浮かべたカーティスが戻ってきた。
「ねえ、アタシ、テスト合格だって。ベルトルドさんが」
嬉しそうなキュッリッキに、カーティスは頷いた。
「ええ、合格です」
その言葉に、キュッリッキは無邪気に微笑んだ。
ギャリーはよっこらせっと言いながら立ち上がり、大きな掌をキュッリッキの頭に乗せると、ワシャワシャと撫でた。
「おめっとさん、ちっぱい娘」
「ちっぱい言うなっ」
「よろしくね、キュッリッキちゃん」
ルーファスがキュッリッキと目の高さを同じにして、ニッコリと言った。
「まあ、その、なんだ、凄かった」
ザカリーはぎこちなく言うと、苦笑を浮かべた。
「サントリナからは、しっかり報酬をいただいてきました」
カーティスは一枚の紙切れをビシッと示す。二千万ほどの金額が、その紙切れに書き込まれていた。小切手だ。
「中々奮発してるじゃない」
小切手をカーティスからひったくり、ルーファスが素っ頓狂な声を上げた。
「これでも値切られたほうですよ。当初は五千万の予定でしたし」
「ご…」
キュッリッキが呆気にとられて呟く。噂通り、破格の報酬額がやり取りされているようだった。
「一億でもよかったかもネ~。一度の出兵や戦闘での損失に比べると、小銭程度だしさ、これじゃ」
ルーファスが肩をすくめると、ギャリーが鼻を鳴らす。
「まっ、財政的にも大変そうだしな、これで勘弁してやれや」
「まあね~」
「メルヴィン組みとガエル組みの仕事も終わったようです。明日には全員顔を揃えられるでしょう」
「そっか。んじゃあ、明日はキュッリッキちゃんの歓迎会だね」
「豪快屋に予約入れとかねえとな」
「マーゴットに指示しておきました」
「おいカーティス、サントリナ軍が馬車を用意してくれたってよ」
「判りました」
ソープワート軍が一斉に消えてしまったので、狐につままれたように呆気にとられていたサントリナ軍も、撤収の準備に取り掛かってざわついていた。
「さて、我々も帰りましょうか」
ヴィープリ峡谷から首都ルヤラまでは、来た時と同じように途中の村で馬を変えて、休まず馬車を走らせた。夜通し走り続け、明け方には首都ルヤラに到着し、5人は眠い目を擦りながら、皇都イララクスに帰還した。
「では、今夜あなたの歓迎会をします。迎えを行かせるので、アパートで待っててください」
「うん、判った」
「お腹すかせてくるんだよ。歓迎会やるとこのお店の料理、美味しいからね」
真顔で告げるカーティスの横で、ルーファスが屈託のない笑顔で言った。
クーシネン街のエグザイル・システムのある建物の前で、キュッリッキはカーティスたちと別れて、ハーツイーズ方面へ行く乗合馬車に乗った。明け方という時間帯のせいか、乗客はキュッリッキ一人だった。
乗合馬車は停留所をクネクネ回って進むので、ハーツイーズへは1時間ほどかかるだろう。
(馬車に乗ってるだけだったけど、休みなしの乗りっぱなしは腰が痛いなあ。疲れちゃった)
ひっそりと溜め息をこぼし、眠い目をコシコシ擦った。シャワーも早く浴びたい。
「合格……かあ。――アタシ、ちゃんとやっていけるかな…」
囁きに近いほど小さな声で呟く。
キュッリッキは人見知り体質だった。先程は入団テストということもあって、緊張やらなにやらで、人見知りどころではなかった。しかし、これからは傭兵団という中で、新しい仲間たちと暮らしていくことになる。
「不安だなあ…」
両膝を抱え、膝に顔を埋めた。
いつも新しい所で、すぐ問題を起こした。それはほんの些細なことで、普通なら誰も気にしないことだが、キュッリッキはその些細な事に触れられると、異常なほど感情を爆発させて、周りに壁を作ってしまう。そんなことを繰り返して、居場所をなくして抜けるのだ。そして傷つく。
新しい受け入れ先が見つかると、キュッリッキは必死に自分に言い聞かせた。
「今度こそ、頑張ろう。感情を抑えよう、堪えよう!」
それなのに、失敗ばかり。こんなことでは、せっかくの受け入れ先も、すぐ失うだけなのに。頭では判っているはずなのに、感情面がコントロール出来ない。
傭兵なら誰もが憧れるライオン傭兵団に、ちゃんとテストに合格して、正式に入団できたのだ。この先仕事もしっかりこなせる自信もある。でも、コミュニケーションは、果たして円満に出来るだろうか。
それを思うと、合格した喜びすら、シワシワと萎んでしまう。気が重くなる。
「はぁ…」
ずっしりとした重みの感じる溜め息を吐き出し、キュッリッキは目を閉じた。
「お嬢様、着きましたよ」
「うん…?」
いつの間にか椅子に横たわって眠っていたキュッリッキは、御者に起こされて跳ね起きた。
「あっ、あれ? アタシ寝ちゃってたのね」
キュッリッキは慌ててポシェットから財布を取り出し、銅貨3枚を御者に渡す。
「ありがとうございます。では、お気をつけてお帰りください」
「ありがとー」
ぴょんっと馬車から飛び降りる。御者以外はガラ空きの、ゆっくり走り出す乗合馬車を見て、キュッリッキは軽く首をかしげた。
「なんで”お嬢様”なのかな? 普通は”お客さん”て言うのに。ヘンなの」
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