片翼の召喚士 ep.13 お引越し(1)
ベルトルドがリュリュから”ねっとり”お仕置きされていた頃、キュッリッキの引越が行われていた。
仕事で抜けられなかったハドリーの計らいで、ライオン傭兵団からメルヴィンとガエルの2人が、助っ人に駆けつけてくれた。
ガエルはクマのトゥーリ族で、身長2mを超える巨躯に、筋肉隆々のガタイの良さ、短い黒い毛に覆われていた。
この世界には、3種の人間がいる。身体的特徴を持たない平凡なヴィプネン族。背に2枚の翼を持ち、容姿に優れたアイオン族。そしてトゥーリ族だ。30種からなる動物の外見と能力を持つ亜人種。
トゥーリ族は人魚以外は二足歩行をするし、服も着る。ガエルは黄色いタンクトップと、白いダボ付いたズボン姿だ。
「それっ」
軽々と荷物を運ぶガエルの腕に、キュッリッキは飛びついてぶら下がる。姿勢を崩すと思いきや、ガエルは事も無げにそのまま荷物を運んでいた。
「お前じゃ重石替わりにもならん」
「えー」
そう言いながらも、キュッリッキは面白がって何度もぶら下がった。その様子を見てメルヴィンはクスクスと笑う。
ガエルとメルヴィンで運び出された荷物はそう多くなく、馬車の必要性がまるでなかった。
「これならひとつにまとめて、俺が背負ってもよかったな」
「そうでしたね」
メルヴィンは苦笑する。
家具類は全て据え置きのものを使っていたし、もとより荷物が少ない。
それでも、とメルヴィンは思う。
(キュッリッキさんが楽しそうだったし、こうしてみんなと馴染んでいければ)
妹を見守る兄のような気分になっていた。
「キュッリッキちゃん」
アパート前にいると、建物から”おばちゃんズ”が現れた。
「もう荷物運び終わったのかい?」
「うん」
「そうかい。お別れだねえ」
「今度は、ずっと居られるといいね」
「頑張るんだよ」
”おばちゃんズ”は、キュッリッキが抱えてる悩みのことで、中々上手く馴染めず、何度も帰ってきていたのを知っている。
「おばちゃんたち、いつもありがとう。アタシね、今度は頑張れる気がするの」
キュッリッキは恥ずかしそうに、でも、自信を見せて言った。
「ははっ、なら大丈夫だ」
にこやかな”おばちゃんズ”は、大声で笑った。
「まあ、もしダメだったとしても、そんときはすぐに帰っておいで。キュッリッキちゃんの居場所は、ちゃんとあるからね」
「ちょっと、水さしてどーすんだい」
「ヤダよもう」
これにも笑いが起きる。
「帰らなくてもいいように、アタシ頑張るの! でも、おばちゃんたちに会いに、遊びには来るね」
「好い子だよもう!」
キュッリッキは”おばちゃんズ”にそれぞれギュッと抱きしめられ、別れの抱擁に暫し浸った。
馬車の御者席でその様子を見ていたメルヴィンとガエルは、和やかな雰囲気を見て微笑んだ。
別れをしっかりすませ、キュッリッキは荷台へと乗り込んだ。
「じゃあ、行ってきます!」
「元気でねえ~~!」
それを合図に馬車は走り出す。見送る”おばちゃんズ”のほかに、アパートの窓を開けて、幾人かの傭兵たちが手を振ってキュッリッキの旅立ちを見送っていた。
馬車がアジトの前に着くと、マリオンが出てきた。
「おっかえりぃ~」
陽の光の下でより明るいオレンジかかった赤毛をおろし、濃いピンク色のタイトなワンピースを着ている。それだけでもじゅうぶんに派手な印象を与えるのに、さらに派手なのは顔の方だ。はっきりとした顔立ちを、化粧でよりくっきりさせていて、太ってはいないが大柄な印象を与える身体つきとあいまって、そこに居るだけで目立ってしょうがない。
「いらっしゃ~い、キュッリッキちゃん。今日からよろしくねぇ~」
「よろしく、マリオン」
「あらあ、アタシの名前、ちゃぁ~んと覚えててくれてたのねぇ。イイコいい子」
馬車から降りたキュッリッキを、マリオンはぎゅっと抱きしめた。
「あんたたちぃ、キュッリッキちゃんの荷物、とっとと運んだって」
「ええ」
「俺が運んでおく。メルヴィンは馬車を返してきてくれ」
「判りました。お願いします、ガエルさん」
荷台から少ない荷物を全部降ろして、メルヴィンは御者席に戻ると、馬車を返しに行った。
ガエルは一番大きな荷物を持つと、マリオンが残りの荷物をガエルの腕の中に乗せていく。そして、ジッと見てくるキュッリッキの視線に気づき、
「ぶら下がるか?」
そうガエルは言うと、キュッリッキは嬉しそうにガエルの腕に飛びついた。
「あらぁ面白そう。アタシもぶら下がるぅ~」
「お前はやめろ…」
「ええ~なんでぇ~~?」
「重量オーバーだ」
「ひっどぉーい!」
抗議するマリオンをスルーして、荷物とぶら下がるキュッリッキを連れて、ガエルはアジトに入っていった。
「荷解きは、自分でやるんだぞ」
「はーい。ありがとうガエル」
「おう」
ガエルが出て行くと、入れ替わりにマリオンが顔を出した。
「キュッリッキちゃん、一緒にいらっしゃ~い。みんなに到着の挨拶、しなくっちゃねぇ~」
「そうだった」
床にしゃがみこんでいたキュッリッキは、立ち上がってマリオンの後についていった。
廊下の壁には白い壁紙が貼られ、床には毛足の短い赤い絨毯が敷かれている。掃除も行き届いていて、くすんだところがない。部屋の扉もニスが塗られていて、艶やかで見た目にも綺麗だ。
「ねえねえ、この建物って凄く綺麗なんだね」
「でしょぉ。元々宿屋だったんだけどぉ、それを買い取って改装してるのよん」
「ほえぇ~」
「部屋も狭いけどぉ、綺麗っしょ」
「うん」
「天井も毎年しっかり修繕してるからぁ、雨漏りの心配もしなくてダイジョウブ」
「よかった」
2人は階段を降りていくと、大きなドアの部屋へ入っていった。
「は~いみんなぁ、キュッリッキちゃんがきったよ~ん」
そこは広々とした部屋で、ライオン傭兵団の仲間たちが集まっていた。
仕事のため何人か不在にしていたが、カーティスやギャリーをはじめ、歓迎会の時に居た面々が顔を揃えていた。
ソファに座って本を読んでいたカーティスは、本を閉じて立ち上がると、キュッリッキに笑顔を見せた。
「ようこそキュッリッキさん。今日からここで、みんなと一緒に暮らすことになります。困ったことがあったら、遠慮せず言ってください」
「よろしく、お願いします」
マリオンの後ろに隠れながら、顔だけ出してキュッリッキは小声で挨拶した。表情が僅かに緊張している。
キュッリッキが人見知り体質なのは、歓迎会の時にみんな気づいていた。一対一ならなんとか普通に会話もできるようだけど、複数名になると緊張してしまっている。ガエルにはとてもなついていたということで、相手にもよるのだろう。
「よっ、ちっぱい娘」
「ちっぱい言うな!」
「ひひっ、ほら、顔出した」
床に座ってビールを飲んでいたギャリーは、ニヤニヤとむさっ苦しい顔をキュッリッキに向けた。ちっぱいと言うと、光の速さのごとき反応速度で、反論が返ってくるのが面白い。
「ムキッ!」
マリオンのワンピースをギュッと掴んで、キュッリッキはギャリーに怒りの眼差しを向ける。マリオンも肩をすくめて、呆れたようにギャリーを見た。
「セクハラだっつってんでしょぉ~、アンタわぁ」
「本当のコトを言ってるだけだ、気にすンな」
「気にするもん!」
愛らしい顔をぷっくり膨らませて、キュッリッキが怒り出すと、ため息混じりにカーティスが仲裁に入る。
「初日から、からかわないでくださいな。さてキュッリッキさん、ここを説明しておきますね」
カーティスに苦笑されて、キュッリッキは膨らませた頬を萎ませる。
「元はダンスフロアだったんですが、今は談話室として使っています」
「談話室?」
「ええ。平たく言えば、憩いの場とでもいいますかねえ。みんなで好きなものを持ち込んで、一緒に過ごすんです」
みんなで一緒に過ごす。それは、キュッリッキにはとても新鮮な言葉に聞こえていた。
室内には、いくつかのソファセット、ビリヤードやカードゲームコーナー、ストレッチ用具類、雑魚寝スペース、本棚、カウンターバーなどなど、ちょっとした娯楽スペースが満載だ。
「一人で自室でくつろぐのも構わないですし、自分のしたいことを、ここにきてやっていても構いません。自由に使ってください」
「う、うん」
「風呂場やトイレの共同スペースと、キリ夫妻にも紹介してきてくださいマリオン」
「おっけ~ぃ。んじゃ、行こうね、キュッリッキちゃ~ん」
「はい」