片翼の召喚士 ep.10 歓迎会(2)
ドアを開けると、知らない男が立っていた。男はちょっと会釈をする。
「あ…」
(確認しないで開けちゃった…)
「いいか、女の一人暮らしは危ないんだ。無闇にドアを開けるなよ!」
そうハドリーから念押しされていたのに、迂闊にも開けてしまった。
無用心に開けたことを後悔しつつ、身を固くして男を見上げる。
キュッリッキの怯えたような表情を見て察したのか、男はすぐ柔らかな笑顔を浮かべ、慇懃に頭を下げた。
「いきなりごめんね。オレはライオン傭兵団所属の、メルヴィンって言います。今夜キミの歓迎会があるから、迎えに来ました」
(歓迎会……あ)
明け方カーティスたちと別れる際に、誰か迎えに寄越すようなことを言っていたのを思い出した。
(そうだ、今夜は歓迎会してもらうんだった)
今時分まですっかり忘れていたので、キュッリッキは内心慌てた。
「ちょっと待っててね」
「はい」
とは言ったものの、ドアを閉めていいか戸惑い、神妙な顔で考え込む。素っ気ない態度になりはしないか、果たしてドアを閉めていいものだろうか。
「オレは、下で待っていますから。ごゆっくり」
メルヴィンは感じの好い笑顔で言うと、直ぐにその場から離れていった。それに安堵してドアを閉めると、キュッリッキは室内に駆け込んだ。
「着替えなくっちゃ」
肩出しになっている中袖のオレンジ色のカットソーと、小花がプリントされた白いミニスカートを取り出し着替えた。
自分の歓迎会ということだから、数少ない外出着をチョイスする。
姿見で身だしなみをチェックし、ポシェットをかけると、キュッリッキは部屋を出た。
「お待たせなの」
下へ降りると、メルヴィンは夕暮れの港の方を見ていた。
「船が沢山見えて、眺めのいいところですね」
「うん」
メルヴィンの傍らに立ち、キュッリッキは心の中で唸る。
(どうしてこう、みんな背が高いんだろう。こないだのギャリーたちも高かったし)
自分の背が低いだけ、という点は除外する。キュッリッキと比べれば、大概の人は背が高いのだ。
スタンドカラーの裾の長い黒い上着に、白いゆったりめのズボン姿のメルヴィンは、肩幅もしっかりあって、威風堂々とした雰囲気をまとっていた。そして、整った顔立ちは、ハンサムという表現より、凛々しいといったほうがしっくりくる。
(傭兵っていうより、騎士とか軍人とか、そんなイメージがする人だな~)
メルヴィンの顔をジッと見上げてアレコレ考えていると、視線に気づいてメルヴィンは優しく微笑んだ。
「そろそろ乗合馬車が来る頃ですね。停留所へ行きましょう」
「う、うん」
停留所へ向けて歩き始めたメルヴィンを、キュッリッキは慌てて追いかけた。
乗合馬車が来るのを停留所で待ちながら、メルヴィンは傍らに立つキュッリッキを、チラッと横目で見る。
昨日、ルーファスのテレパシー中継で見せられた彼女の戦闘は、仰天するほど摩訶不思議なものだった。巨大な壁と黒い水。一瞬でソープワート軍を消し去った、その凄まじい力。
18歳と聞いているが、まだ幼さをまとった少女である。童顔というわけではなく、全体的に幼い雰囲気がするのだ。あどけなさと危なっかしさを同居させた、そばにいてやらないと、不安になるほどに。
こんな少女が、あれだけのことをやってのけてしまう。召喚スキル〈才能〉とは、恐ろしいものだと思った。
この先どういうふうにキュッリッキを使っていくか、悩みどころではある、とカーティスは言っていた。キュッリッキ自身は、力のコントロールは出来るだろうから、その強大すぎる力を、如何に仕事に活かしていくか。そこが、カーティスや他のメンバーたちに課せられた、最大の試練になるかもしれない。
仲間に取り込んだからには、その力を上手に活かしてやらなければならない。メルヴィンもそう思うのだった。
「ね、馬車きたよ」
「あ、はい」
キュッリッキに促されて、メルヴィンはハッとなって、慌てて馬車に乗り込んだ。すっかり自分の世界に入り込んでいた。
並んで座ると、メルヴィンはひっそりと息をつく。他にも乗客が2人いた。
「考え事でもしてたの?」
「ええ、まあ」
「ふーん」
一応聞いてみた、といった感じの口調で言われ、メルヴィンは苦笑する。
先程から、極力目を合わせようとしない。ツンケンしているわけでもなく、もしかしたら人見知りする子なのだろうか、とメルヴィンは気づく。小さな身体を固くして、どう接すればいいのか判らないといった感じだ。
「昨日の戦闘、凄かったですね」
唐突に切り出されて、キュッリッキはビクッと思わず身構える。
「召喚スキル〈才能〉の力というのは、凄いものなんですね。初めて見たので驚きましたが、この先色々な力を見ることが出来るのは、楽しみでもあります」
「あ、ありがとう」
頬を赤く染めて、キュッリッキは少し俯いた。こうして率直に褒められることはあまりないので、つい照れてしまう。
「あれは、魔法のようなものなんですか?」
純粋に問われ、否定するように首を横に振る。
「アルケラに住んでいる子たちを、こちらの世界に呼ぶの。そして、アタシの思った通りに動いてくれるんだよ。だから、魔法とは違うの」
いざ言葉にして説明しようとすると、どう伝えればいいか困ってしまう。
「うーん、どう説明したら判りやすいかなあ…」
細い顎に人差し指をあてて、キュッリッキは上目遣いに、暗くなってきた空を見上げた。
「アルケラって世界には、色んな子がいっぱーい住んでるの。神様とか不思議な姿の生き物とか。昨日は敵を一気に倒す方法を考えていたら、ゲートキーパーと闇の沼が、アタシの作戦に同調してくれて、それであの子達に、こちらにきてくれるようお願いしたの。魔法じゃないの。この目でアルケラを視て、呼び寄せることができる、そういう力」
自分では丁寧に説明したつもりだった。しかし、メルヴィンの顔は、判ったような、判らなかったような、そんな複雑な色を浮かべていた。
「判りづらかったかな…、ごめんね」
しょんぼりと肩を落とし、キュッリッキは切なげにため息をこぼした。口下手で説明することに慣れていないので、尚更ガッカリしてしまった。
(アタシ、説明下手くそ)
護衛の仕事で召喚の力を使うことは、あまりない。あらかじめ、当たり障りのないアルケラの住人を呼んでおくので、召喚するところを見せたことが殆どなかった。
過去所属した傭兵団で召喚の力を見せつけても、スゲースゲーの連呼で、とくに興味を持って聞いてくる者も皆無に等しかった。だから、こんなふうに説明に困ることも、あまりなかったのである。
「い、いえ、こちらこそごめんなさい! オレの想像力が乏しいから、想像しきれなかったんです。アルケラがどういうところなのか、とか。でも、召喚するという仕組みのようなものは、理解出来たと思います」
「……ホント?」
「ええ。100パーセント正確ではないかもしれませんが」
照れくさそうに笑うメルヴィンに、キュッリッキは初めて愛らしい笑顔を向けた。
全部ではないにしても、自分の説明したことが、少しでも伝わったという事実がとても嬉しい。
「この先いくらでも機会はありますから、教えてくださいね、召喚のこと」
「うんっ」
嬉しさのあまり、声が弾む。
こんなにも屈託のない顔で微笑まれて、メルヴィンは一瞬ドキッとした。
つい今しがたまで、緊張を貼り付けたような顔をしていたのに、今は素敵な笑顔を浮かべている。もとより美しい顔立ちだから、眩しささえ感じてしまう。
これをきっかけに、少しずつ馴染んで、みんなとも話ができるようになればいいとメルヴィンは微笑した。
コメント