片翼の召喚士 ep.7 入団テスト(3)

chapter-1.ライオン傭兵団編
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片翼の召喚士 ep.7 入団テスト(3)

 雲ひとつ泳がない晴天は、深く青く高い。

 空の色とは対照的に、赤土色の地面に緑はなく、同色の砂塵がうっすらと地面を漂い、切り立った岩は、太陽の光を受けて地面に黒い影を落とす。

 サントリナ国とソープワート国を隔てる国境の一部は、自然が生み出した渓谷である。ヴィープリ峡谷と呼ばれ、渓谷の一部は荒廃が進んで緑がない。そのため見晴らしがよく、天然の石橋を挟んだ両岸で、両国の軍隊は睨み合っていた。

(このテストに受かれば、アタシはライオン傭兵団の一員になれるんだ)

 ソープワート軍を見つめ、ほんのちょっぴり、ドキドキと胸が高鳴る。

 戦闘開始の合図を待ちながら、キュッリッキの胸には様々な思いが溢れてきていた。

 幼い頃から相棒と共に、勝手に戦場を走り回って、自らの力を周囲に知らしめる行動を取っていた。

 傭兵になるためには、いくつかの方法がある。

 一つは、傭兵団に入り、正式に認めてもらうこと。一つは、傭兵に弟子入りし、認めてもらうこと。一つは、傭兵ギルドに身請けてもらい、見習いとして修行を積みながら、正式に登録されること。そのどれにも当てはまらない、過激で危険な綱渡りで、傭兵として認められたのだ。

 ギルドにも認められはしたが、まだ子供であるキュッリッキに舞い込む仕事は、小口なものばかりだ。そのどれもが護衛任務。報酬額は依頼主によるが、あまり多くはない。

(ライオン傭兵団に入れば、大きな仕事を任されることもあるよね。そうなれば、危険を伴うことも増えちゃうけど、この召喚の力を思う存分振るうことができるわ。それに今度は、とっても頑張れそうな気がするの)

 過去いくつかの傭兵団に入ったことがある。召喚スキル〈才能〉を持つ、珍しい力を使う子供という噂が広がり、スカウトがギルドに度々打診された。そうして入っても、あることが原因で、すぐ抜けてしまうことを繰り返す。だから、傭兵団に誘われても、どうせまた同じパターンで続かないにきまっていると、そう思っていた。

 ところが、ベルトルドと出会い、カーティスらと話して、今までとは違う感触を得ていた。

 頑張れそうな気がするだけじゃなく、頑張りたいと、そう思う気持ちも湧き上がってくるのだ。こんなことは初めてである。

(頑張ったらきっと、良いこともあるよね…、期待してもイイよね)

 傭兵界で世界的に有名だからだけじゃない。キュッリッキの心に色々な期待を抱かせる何かを感じる。だから、このテストには合格して、堂々とライオン傭兵団に入りたかった。

「キュッリッキちゃん」

 ジッとソープワート軍を見ていたルーファスが、キュッリッキのほうを振り向く。

「戦闘開始だよ」

 ウィンクされて、キュッリッキは固く頷いた。

(さて、どんな戦い方をするのかな、このちっぱい娘は)

 どっかりと地面に座り込み、タバコをふかしているギャリーは、傍らに立つキュッリッキをのっそりと見上げた。

 キュッリッキはただジッと、ソープワート軍を睨みつけている。その場から動かず、手足すら動かさない。

 やがてキュッリッキの双眸が、不思議な輝きを放ち始めた。その様子に、ギャリーとザカリーが気づいて見つめる。

「ルー」

 ギャリーに小声で促され、ルーファスもキュッリッキを見た。

 黄緑色の瞳にまといつく虹色の光彩が、煌きを放ちながらどんどん輝きを増していく。そして、キュッリッキはどこか遠くに向けるように言い放った。

「来い、ゲートキーパー!」

 すると、ソープワート軍の周囲の空間に、奇妙な歪みが肉眼でも見えるほどはっきりと浮かぶ。それは、水面に浮き立つ波紋のようにも見え、いくつも浮かび上がった波紋は、重なり合いながら広がっていった。

 その様子に、ソープワート軍だけでなく、サントリナ軍もざわつき始めた。

 グニャリ

 そう空間がたわむと、今度は地鳴りが轟き始め、地面を激しく揺らしながら、それはゆっくりと姿を現した。

「なんだありゃ!」

 ギャリーとザカリーが同時に叫ぶ。

 城壁のような壁がいくつも地面から生えてきて、砂埃を撒き散らしながらどんどん高さを増していく。そして隙間もなくビッシリと、ソープワート軍を取り囲んでしまった。

 壁は鉄の色をしていて、うっすら蒸気が立ちのぼっている。とくに装飾もなく、ただの鉄の分厚い板のようだ。

 突如現れた壁に捕らわれてしまったソープワートの軍人たちは、抜け出そうと壁を登ろうとしていた。しかし、皆悲鳴をあげて地面に倒れている。

「な…、なんなんだ…」

 ザカリーは状況をよく見ようと、目を細めて視力を深める。倒れた軍人たちの掌は、酷い火傷を負っていた。その様子に、だいぶパニックに陥っているのが見て取れる。

「深き沼よ…」

 囁くようなキュッリッキの声に、ザカリーはビクッとなって、チラリとキュッリッキを見た。

「全てを飲み込む飢えた闇の沼よ……こい!」

 キュッリッキの双眸が、強い輝きを放った。それと同時に、ドップンッという音が峡谷に轟く。何もない空から、突如壁の内側に落ちたそれは、真っ黒なコールタールのようなものに見えた。

 高いところからその様子を見ているザカリーたちは、バカデカイ鉄の桶に、黒い水が注がれたようにしか見えなかった。

 コールタールのようなものは、鉄壁の中でブルルンッと何度か揺れて、やがて表面を平にした。

「ゲートキーパー、闇の沼、お疲れ様。もう帰っていいよ」

 親しげな友達に話しかけるような感じでキュッリッキが言うと、鉄壁もコールタールのようなものも、光の粒子となって、天に向かって消えていった。そしてそこには、何も残っていなかった。

 一言で表せば、”ぽかーん”である。その”ぽかーん”な表情を貼り付けたザカリー、ギャリー、ルーファスを見て、キュッリッキは両手を後ろで組み、もじもじと身体を揺すった。

 入団テストをどう攻略するか。それを考えたとき、「5分以内に全てを片付け終える」だった。そうすれば、自分が如何に凄い力を備えていて、傭兵団にとって強力な戦力になると判らせられる。それをしっかり見せつけたら、終わったあとには賞賛の嵐に違いない。そう思っていたのに、3人の表情は”ぽかーん”である。

 勿論キュッリッキの攻略は、大成功だ。

(失敗…だったのかなあ……でも、ちゃんとソープワートの軍隊は片付けられたし)

 ウンともスンとも言わない3人に、キュッリッキはどうしていいか判らず、ちょっぴり拗ねてしまった。

 拗ねだしたキュッリッキを放置したまま、ライオン傭兵団の仲間たちは、念話で色々な発言が飛び交い中だ。

 サイ《超能力》使いのルーファスによって、仲間たちの意思が繋げられ、遠く離れていても念話が可能になっていた。

(参ったな、オレらの知る『スゲー』の領域をはるかに超越しすぎて、どう反応していいか判らねえ)

 顎の無精ひげをザリザリ摩りながら、ギャリーは眉間を寄せて唸る。

(まさに言い得て妙だねえ。凄いンだけど、なんだろうね、この圧倒された感じ?っていうのかな)

 表現に困りながら、受けた感じをなんとか言い表そうとするルーファスに、頷きがいくつか返された。

(オレは…)

 苦虫を噛み潰したような顔で、ザカリーが言いごもる。

(あれじゃタダの)

(それ以上言うな馬鹿者が!)

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