片翼の召喚士 知られた秘密(1)

chapter-1.ライオン傭兵団編
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片翼の召喚士 知られた秘密(1)

 キュッリッキとギャリーが仲直りして、団の雰囲気も和やかになったところで、またもや問題が発生した。正確には、キュッリッキだけには大問題である。

 仕事で出ていたザカリーやルーファスたちが、仕事を終え5日ほどで戻ってきて、アジトで打ち上げを開いていたときのことである。

 酒が足りねえ、つまみを寄越せ、オレサマ武勇伝、などと盛り上がる中、突如ヴァルトが大声を上げて立ち上がった。

「やい、こら、てめー! その舌噛みそうな名前をどうにかしろ!!」

 ビシッと人差し指を突きつけた先に、キュッリッキがぽかんと口を開けて座っている。どうやらキュッリッキの前に置かれた料理の皿を、取って欲しいとキュッリッキに言おうとして、名前を噛んだようだ。

 いきなりキレられて、キュッリッキは頭上にクエスチョンマークを点滅させた。

「なにキレてんだ? おめーは…」

 ギャリーがボソリとツッコむと、ヴァルトは腕を組んでふんぞり返る。

「とにかくお前の名前は言いにくくて困る!」

「べ、別にアタシが自分でつけたわけじゃないもん!」

 つられて憤慨すると、キュッリッキは拳をぎゅっと握って立ち上がった。

「この俺様が、ジキジキにお前にあだ名を授けてやる!」

「授けてくれなくってもいいわよ!」

「よし! お前は今日から”キューリ”だ!!!」

 食堂が一斉に静まり返る。

 暫し間を空けたあと、ルーファスが真っ先に吹き出した。

「それ、イイ!」

 その言葉に、キュッリッキも我を取り戻す。

「全然良くないわよっ!」

「あー、確かにそれイイな」

「言いやすいですねえ」

「可愛いじゃなぁ~い」

 同意する声が次々とあがる。

 得意満面に「ふふーん」とするヴァルトに、キュッリッキは噛み付かんばかりに叫ぶ。

「アタシには”リッキー”ってあだ名があるの! そんな緑のヒョロヒョロした野菜の名前で呼ばれたくないんだから!」

「却下だ! お前は今日から”キューリ”で決まりなのだ!」

「絶対に、嫌だもん!!」

 認めないキュッリッキは置き去りに、みんな”キューリ”というあだ名がお気に召したようだった。

「あだ名ってイイよね、結束感が高まるっていうか」

 ルーファスがニコニコ言うと、

「ほ、本当にそれでみなさん、イイんですか…」

 メルヴィンが困ったように肩をすくめた。

「あのヴァルトにしては、中々にナイスネーミングですよ」

 カーティスがご機嫌で頷く。

「キューリなんて、絶対嫌なの~~~~!」

 キュッリッキは必死に言うが、結局メルヴィンを除いた全員が、ヴァルト考案の”キューリ”を採用して、以降”キューリ”と呼ばれることになってしまうのだった。

 ライオン傭兵団に引っ越してきて、一週間ほど過ぎても、キュッリッキはまだ談話室に入ることができずにいた。

 今はアジトに全員顔を揃えているし、たいていみんな談話室に揃っている。

 みんな集まる食堂へは、食事をする大義名分があるので行ける。でもどうしても、まだ談話室デビューができない。そんなキュッリッキの様子に、いつ自分から入ってくるだろうと、仲間たちで密かに賭け事が行われていることは知らない。そのせいで、誰かが引っ張っていってくれることもなかった。

「どうしよう…」

 部屋から出て、階段の踊り場でモジモジと、降りる降りないをしながら、溜め息混じりに窓の外を眺めるのが日課になっている。談話室へ行けたとしても、そのあとどう行動すればいいか悩む。

 好きなことをすればいい、と言われていても、その好きなことが思いつかない。話をしてみたいと思っても、どんな話をすればいいかさえ思いつかなかった。

 今日も勇気が出なくて、心の中で葛藤しながら、窓の外をただ眺めていると、

「なーに一人で暗く落ち込んでんだ??」

「きゃっ…」

 背後からいきなり声をかけられて、ぎょっと振り返る。

 そこには両腕を組んで、仁王立ちしながらキュッリッキを見下ろしているヴァルトがいた。

「ちょっとハナシあんだ。付き合えよ」

「……え?」

 ヴァルトは長い腕を伸ばし、窓を全開に開ける。

「あっちいこーぜ!」

「ちょっ」

 ヴァルトはキュッリッキの両脇に手を入れると、そのまま抱えて窓の外に飛び出た。

「やっ」

 浮遊感に一瞬目を瞑ったが、急にガクンっと身体が弾み、すいーっと風が頬を凪いでいった。

「え?」

 目を開けて後ろを向くと、ヴァルトの背から真っ白で大きな翼が生えているのが見える。

(あれって…)

 アイオン族の翼だ。

 それが判った瞬間、キュッリッキの表情に苦いものが過ぎり、辛そうに俯いて唇を噛み締めた。

「ん? ありゃ…」

 タバコを買いに出ていたザカリーは、ヴァルトとキュッリッキが飛んでいく姿を偶然見かけた。しかしその様子に呆れた溜め息が出る。

「せめてお姫様抱っこしてけよ、あのバカ」

 両脇を掴んでぶら下げた格好にして飛んでいるため、ミニスカート姿のキュッリッキのパンツが丸見えである。あれではスカートを押さえることができない。

 今日は可愛い水色のストライプだと判り、ザカリーはちょっと嬉しくなった。

「いやいやパンツの柄じゃなくってだな、ドコ行くんだあいつら」

 急に興味が湧いて、ザカリーは2人を目で追いながら走り出した。遠隔武器スキル〈才能〉を持つザカリーなら、見失うことはない。

「倉庫街のほうだな」

 だいたいの位置が判り、ザカリーは2人を追跡し始めた。

「そ~~~~~~~いっ!」

 ヴァルトは元気に掛け声をあげると、キュッリッキを藁束の上に、ぽいっと放り落とした。

 上空3メートルから放り落とされて、顔面から藁束に突っ込み、盛大に舞ったホコリと藁くずにまみれてしまった。

「俺様ナイスコントロール!」

 ヴァルトは腕組をしながら、ふふーんと満足そうに頷く。

(いつか……絶対……ぶっ殺す!!)

 藁から顔を引っこ抜き、よろよろと上体を起すと、キュッリッキは心の中で拳を固く握った。スカートがめくれて、水色のストライプパンツが丸見えになっていることにも気づいていない。いきなりこんなことをされて、腹が立っているからだ。

 ホコリと藁くずの舞がおさまるのを見計らって、ヴァルトはゆっくり降りてくると、キュッリッキの横に着地して、すとんっと胡座をかいた。

 ここは家畜の餌用にまとめられた大きな藁束が、いくつも無造作に置かれた倉庫裏の一画だった。人気もなく辺りは静まり返っている。

「で……話って、なに?」

 ムスっと唇を尖らせたキュッリッキは、身体についたホコリと藁くずを叩き落としながら、藁束の上から飛び降りる。

「オマエ、あの片翼の出来損ないだろ?」

 着地と同時に言われて、キュッリッキはハッとなる。

 片翼の出来損、何年ぶりに聞いただろう、忌まわしい言葉。

「暫く思い出せなかったんだけどよー、今朝いきなり思い出したんだ」

 ヴァルトは胡座をかいた上に肩肘をついて、じっとキュッリッキを見おろしている。表情も声も、淡々としていた。

 硬直したようにヴァルトに背を向けていたキュッリッキは、ゆっくりとヴァルトのほうを向いて、そして怯えの色を滲ませながら睨みつけた。

「……同族なんだから、知ってるでしょ」

「まーね。オマエが生まれたとき、他惑星のアイオン族のとこにも、話題が広まるほどユーメイだったからな」

 睨みつけてくるキュッリッキの視線を真っ向から受け止め、ヴァルトは青い瞳を揺るがすことなく見つめ返す。そして、ふいっと視線を空へ向けた。

「アイオン族はもとからイケスカナイ一族だが、極めつけのオーサマを生み出しちまった。第57代皇帝アルファルド、コイツのせーで、アイオン族は益々嫌われ者になった」

「……」

「”アイオン族は完璧であらねばならない。欠陥品はクズ同然、アイオン族を名乗るのもおこがましい。飛ばない鳥を、鳥とは言わない。アイオン族の面汚し”。――こんなこと言い出しちまったせーで、オマエみたいな奇形児は、風当たりが冷たかったんだろうな」

 第57代皇帝アルファルドは、今から3代前に皇帝の座に就いた、フルメヴァーラ皇家の者である。

 ヴァルトの言った皇帝アルファルドの言葉を、キュッリッキもよく知っている。心の傷とともに、深く深く、胸に刻み込まれているからだ。

 キュッリッキの脳裏に浮かぶ、幼い頃の光景。

 空を見上げている少女、ボロをまとって悲しげに、すがるように、ただただ空を見上げていた。

 キュッリッキはそっと目を伏せた。