片翼の召喚士 お引越し(3)

chapter-1.ライオン傭兵団編
この記事は約7分で読めます。

片翼の召喚士 お引越し(3)

 もとから少食で、普通の量に盛られた料理を食べるのも遅い。食べたくないのではなく、すぐ満腹感を得てしまうのだ。

 幸いババロアは喉越しもよく、お腹いっぱいに食べられそうだ。

「もっと沢山食べねえと、ちっぱいがおっきくならないぞ」

「むっ!」

「ギャリーさん、あんまり言わないほうがいいですよ…」

 メルヴィンが緩く嗜めると、マリオンも「そーそー」と睨む。

「デカぱいのおめーに言われても、嫌味だぞ」

「アタシのことはぁ、どぉーでもいいのよお」

「だいたい、あんだけしか食わねえから、栄養が回らねんだ。もっと食えばちっぱいにも栄養が回んだろう」

「まーったくアンタは、デリカシィが欠片もないわねえ」

「シっ」

 口に人差し指をたて驚いているメルヴィンを見て、そしてみんな視線をキュッリッキに向ける。

「ほらあ、泣かしちゃったあ~~~」

「ギャリーさんっ!」

「あちゃ…」

 ギャリーを睨みつけながら、キュッリッキの目からは大粒の涙がぽろぽろこぼれていた。

 胸が小さいのはずっと気にしている。しかしこればかりは、どうしようもない。何故ならキュッリッキはアイオン族だからだ。

 背に翼を2枚持つアイオン族は、空を自由に翔ぶことができる。そのためか、体重が極端に少なくて、平均的な体格のヴィプネン族と比べると、20kgくらいは少ないのだ。しかもアイオン族は太ることができない体質である。どんなに暴飲暴食を繰り返しても、絶対に太らない。

 さらに極めつけは、アイオン族の女性は総じて胸のふくらみが乏しい種族でもあった。一応個人差もあるが、貧乳だのちっぱいだの言われるレベルである。

 それにキュッリッキは、自分がアイオン族であることを、誰にも知られたくなくて隠している。――心の傷と共に。

 ギャリーに反論しようとしたが、そのことを言うわけにもいかず、キュッリッキは悔しさを込めて涙を流すしかなかった。

「あら、あら、まあまあ」

 キリ夫人は立ち上がると、キュッリッキの傍らに立って、エプロンの裾で涙を拭ってやる。

「ギャリーちゃん、女の子の身体のことを論うのはいけないことよ。小食なのは、身体がもうこれだけでいいよ、って言っているの。無理に食べると、お腹をこわすかもしれないしね」

「へい…」

 ヤッチマッタ、と表情に書いて、ギャリーは肩を落とした。

「さあキュッリッキちゃん、ババロアはもうちょっと食べられそうでしょ?」

「うん」

「まだまだいっぱいあるから、食べてね。おばさんの自慢のデザートよ」

「食べるの」

 しゃくり上げながら、スプーンですくったババロアを口に運ぶ。ババロアのほどよい甘さとミルクの味が、キュッリッキは気に入っていた。

 キュッリッキの様子に安堵して、キリ夫人は腰を上げる。

「さあみんな、冷めないうちに食べちゃってね」

 優しい笑顔のキリ夫人に場を収めてもらい、みんな食事を再開した。

 食事が終わると、キュッリッキは中断していた荷解きをしに自室へ、そしてほかは談話室へ移動した。そこで早速、ギャリーはカーティスから叱られた。

「来て早々泣かさないでください、全く」

「面目ねえ」

 デカイ図体をしょんぼりさせて、ギャリーは頭を掻いた。

「彼女は人見知りする子です。それでも我々に溶け込もうと、努力してるんですから」

「だな…」

「アンタもぉ、たいがい粗チンなんだからあ、ヴァルトやメルヴィンくらいになってから、他人の身体にケチつけなさいヨ」

「誰が粗チンだ! オレのは標準サイズって言うんだよっ! ヴァルトやメルヴィンのが異常なんだ」

「ふふーん」

「いえ…オレのはそんな…別に…」

 腕組みして得意げなヴァルトとは対照的に、メルヴィンは困ったように頬をポリポリ掻いていた。

「つーか! なんでテメーがそんなこと知ってんだよ!」

 問い詰められたマリオンの顔が、ニヤリ、と歪んだ。それを見た室内の男性陣の顔に闇が射す。

 ――この痴女。

 マリオンのスキル〈才能〉は、AAランクのサイ《超能力》である。

「……まあ、ギャリーもですが、みなさんも気をつけてください。彼女はベルトルド卿自らがスカウトしてきたという背景もあります。無駄にチヤホヤする必要はありませんが、余計なことをしていると、ベルトルド卿にチクられることになりますよ」

 その瞬間、室内の温度が急激に下がり、全員の表情が恐怖に歪んだ。

 キュッリッキを泣かせる、ベルトルドにチクられる、ベルトルドが怒る、速攻制裁が飛んでくる。

 それを頭に浮かべると、冷や汗は滝のように流れ、胃に百穴状態だ。

「初日から仲間の関係が拗れるのはよくありません。ギャリー、キュッリッキさんに謝ってきてください。そして、仲直りするんですよ」

「お、おう」

「ダイジョーブよ。キュッリッキちゃん、アンタのこと嫌ってないからあ~」

「マジで?」

「マジで。みんなと早く馴染めるようにぃ、アンタがぁからかってるってこと、あの子ちゃ~んと判ってるもん」

「……ケッ」

 照れ隠しに、ギャリーは明後日の方向へと視線を泳がせる。

「ンでも、言いすぎなのは事実よん。ちゃあんとぉ、謝ってきなさいな~」

「わーった」

 ギャリーは素直に頷くと、談話室を出た。

 窓もドアも開けっ放しにして、キュッリッキは荷解きをしていた。

 ハーツイーズのアパートより若干広いが、閉め切っているとホコリがこもりそうである。

 荷物は大して多くない。調理器具や掃除セットなどは、持ってきても使わないだろうとメルヴィンに言われたので、アパートに置いてきてある。家具類は備え付けのものを使っていたし、新しく購入したものはない。

 身の回りのものや、ちょっとした小物類しかないので、馬車まで出してもらったのは、大げさだったなと思った。

 服をたたみ直してチェストの引き出しにしまっていると、ドアがノックされた。

「よっ」

 ヒョイっとギャリーが顔を出した。

「…ギャリー」

 ベッドに腰掛けて服をたたんでいたキュッリッキは、若干身を固くして首をすくめる。

 警戒心丸出しの、やるなら受けて立つ、とでも言いたそうな表情を向けられて、ギャリーは頭をガシガシ掻いた。

 ギャリーはのっそり部屋に入ると、大きな掌をキュッリッキの頭にぽんっと乗せた。

「さっきは済まなかったな、言いすぎた」

 一瞬殴られるのかと目を瞑ったが、そっと掌が頭に置かれただけだった。そして昼食の時のことだと気づいて、ちょっとビックリしてしまう。

 衒いもなく率直に謝られて、キュッリッキは意外そうに目を丸くした。てっきりギャリーのような大人は、年下に対して謝るようなことはしないのだと思っていたからだ。

「なんでぇ、豆鉄砲でも食らったような顔して」

「だって……謝られると思ってなかったんだもん」

「今回はオレが悪かったんだ。そりゃ、謝るさ」

「そう、なんだ…」

 謝って不思議がられるのも複雑である。しかし、何故そう不思議がるのか、ギャリーにはよく判っていた。

「中には謝らねえ大人もいる。自分に非があると判っていてもだ。子供でもそんな奴はいるし、それはそいつの、人間性の問題だな。オレもだが、ここの連中は自分に非があれば、認めてちゃんと謝る」

 無頼者のように見られがちな傭兵の中には、確かに自らの非を認めない者もいる。礼儀なんてクソくらえというスタイルが、傭兵らしいとまで勘違いしている者も多い。キュッリッキはそんな残念な傭兵たちを見てきたのだろう。だが、ライオン傭兵団は違う。そして、違うと判ってもらえるよう、ギャリーたちはキュッリッキに示していかねばならない。

「うん、判ったの」

 キュッリッキは表情を和らげて頷いた。ちゃんと謝ってもらったのだから、いつまでも意地を張る必要はない。それに、ギャリーがからかうことで、みんなとの切っ掛けを作ってくれていたことも判っていた。内容面に問題はあるけれど。

 硬さが取れて、穏やかになったキュッリッキに、ギャリーは真顔になる。

「それとな、飯はなるべく少しずつ、量を増やしていきながら食うんだぞ。スプーンひと匙ぶんくらいからでいい。オレたちが受ける仕事は、体力勝負になる。キリ夫妻の飯は美味いだけじゃなく、栄養面もちゃんと考えてくれてるからな」

 これまでキュッリッキが受けてきた仕事よりも、ずっと大きなものになるだろう。体力もそれに見合うだけ身につけなくてはならない。心構えを諭されて、キュッリッキは神妙に頷いた。

「ちょっとずつ、頑張ってみる」

「おう」

 キュッリッキが素直に返事をしたので、ギャリーはニカリと笑った。