片翼の召喚士 お引越し(2)

chapter-1.ライオン傭兵団編
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片翼の召喚士 お引越し(2)

 風呂は2つあって、男専用と女専用になっている。脱衣所もあるし、いきなり覗かれずに済みそうだ。浴室はとても広くて、標準的な大人が10人は座っていても余裕が有る大理石貼りの洗い場に、5人なら手足も伸ばせるくらいの真っ白な浴槽があった。シャワーは2本ついていた。

「お風呂広いんだね~。アタシ、お風呂大好きなの」

 ハーツイーズのアパートには、シャワーしかなかった。今日からこの広いお風呂に入れると思うと、キュッリッキの顔には笑顔が広がった。

「一緒に入ろうねぇ~。背中洗ったげるぅ」

「うん」

 窓も大きくて中庭に面している。磨硝子なので透けて見えることはない。

 トイレも男女別で、男女兼用じゃないのは、心底ありがたかった。女子にとって、生理的に辛いのだ。

「談話室、風呂、トイレ、廊下や階段などはぁ、みんなの共有スペースでしょ。だから、毎日当番制でお掃除するのよん」

「お仕事で居ない時は、どうするの?」

「当番のスケジュールを調整しぇて、いきなり当番指名されることもあるからぁ、そこは我慢してねぇ~」

「うん、大丈夫。アタシお掃除も好きだから」

「良かったん。でねぇ、ギャリーとハーマンは掃除が下手なのよぉ。掃除してるんだか散らかしてんだか謎過ぎて困るっていう」

 ハーマンはキツネのトゥーリ族で、今は仕事で留守にしている。歓迎会の時に少し話をしたが、魔法スキル〈才能〉を持っていて、魔法に関する勉強が大好きらしい。それなら、魔法で掃除すればラクなのに、とキュッリッキが言うと、

「あのキツネっ子は、攻撃魔法専門よん」

 そう言ってマリオンはケラケラ笑った。

「ンで、お洗濯も下着は各自、服やベッドのシーツやカバー、タオル類は当番で。中庭があるからあ、そこにズラ~っと干すわよぉ」

「はーい」

「ちなみにぃ、洗濯はメルヴィンが洗濯奉行なの」

「洗濯奉行?」

「洗い方から干し方まで事細かすぎて、メルヴィンと一緒になると、煩いのよぉ…。色物を一緒にするなーとかあ、干す時はシワ伸ばせー、とかあ~」

「オレがどうしました?」

 玄関フロアで話していると、馬車を返しに行ったメルヴィンが帰ってきた。

 マリオンとキュッリッキは顔を合わせると、ぷっと吹き出す。

「え? どうしたんです?」

「なんでもないわよぉ~ん、ね~」

「ね~」

「はあ…?」

 困った顔のメルヴィンをその場に残し、そそくさとマリオンとキュッリッキは台所へ向かった。

「煩いんだけどぉ、さり気な~く、洗った洗濯物をメルヴィンに差し出していくと、パパッと干してくれて、実は一番早く終わるのよお。当人は、手本を見せてるつもりなのねぇ~ぷくくっ」

「それって、いいように使われちゃってるんだね……メルヴィン」

「そゆことっ」

 滑稽なような、それはちょっぴり可哀想な気がして、キュッリッキは薄く笑った。

「さ~てぇ、次はぁ、台所よ~ん」

 台所に近づくにつれ、美味しそうな匂いが漂ってきていた。

「おじちゃーん、おばちゃーん、ちょぉっといいかしらあ~」

「おやマリオンちゃん、どうしたの?」

「昨日話したでしょぉ、新しい子のこと。挨拶に連れてきたのお」

「ああ」

「あの、キュッリッキです。よろしく」

 ぎこちない表情と動作で、キュッリッキはぺこりと頭を下げた。

「まあ、まあ、とっても綺麗な子ねえ。初めまして、私はここの料理当番兼、管理人をしているイングリッドといいます。そしてこちらは旦那のキリ」

「よろしく」

 2人は同い年で、今年53歳になるという。ふっくらと優しそうな笑顔のイングリッドは、基本”キリ夫人”と呼ばれている。マリオンや一部の仲間たちは”おばちゃん”と呼んでいた。キリのほうは、まるで枯れ木のように痩せていて、無表情が普通らしい。そしてとても無口だという。

「お2人共、複合の料理スキル〈才能〉を持ってるから、料理は高級レストランよりも美味しいのよん」

「おほほ、マリオンちゃん褒めすぎよ」

 嬉しそうにキリ夫人は笑った。

「ホントだもの~」

「あらあら、ありがとう」

「ねえ、今日のお昼ご飯なぁに~?」

「チキンのクリームシチューと、3種類のパスタ、卵サラダにデザートはミルクババロアよ」

「ペペロンチーノあるう?」

「ありますよ」

「やった~!」

「マリオンちゃんは、ペペロンチーノ大好きだものね。ああ、そう、そう。キュッリッキちゃんは、好き嫌いなものはある?」

「え」

 2人の会話を見守っていたキュッリッキは、いきなり問われて慌てて考えた。

「えっと、好きなものはポーチドエッグとかムースとか、ババロアも好き。嫌いなものは、生野菜。苦手なの、生野菜のサラダとか」

「あらあら。青臭いのがきっとダメなのねえ。じゃあ、茹でたりした野菜は大丈夫?」

「うん。生じゃなければ、野菜は嫌いじゃないの」

「ふふ、判ったわ」

 キリ夫人は優しい笑顔で頷いた。

「お昼ご飯、もうちょっとで出来るから、楽しみにしていてね」

「はい」

 キリ夫妻が仕事に戻ったので、2人は台所を出た。

「最後に食堂へごあんな~い」

 食堂は談話室よりもちょっとだけ狭いが、道路に面して窓も大きく、明るくてとても広々としている。

 10人ずつ向かい合えるほど、長いダイニングテーブルが2台あり、ベンチのような長椅子が、それぞれ1脚ずつ置かれている。

 テーブルも椅子も、シンプルな木材で、テーブルの至るところに調味料を入れた瓶が置かれていた。

「ここに料理の皿を持ってきてくれるからぁ~、各自取り皿に食べたい料理を入れて、食べるのよん。ビュッフェっぽい感じね」

「じゃあ残さなくていいね」

「そうね。でもお、美味しいから、ついついとっちゃうのよぉ~」

「そっかあ、楽しみ」

 正午を回ると、続々と食堂にみんな集まりだした。

「キュッリッキちゃぁ~ん、こっち一緒に座ろう~」

「うん」

 マリオンに手招きされて、キュッリッキはマリオンの隣に座る。

「みんな、お待ち遠様」

 キリ夫人とキリ氏が、大皿や鍋を乗せたワゴンを押してきた。

「サンキュ、おばちゃん、おじちゃん!」

 ヴァルトは立ち上がると、大皿や取り皿をテーブルに並べた。そして、シチュー皿に鍋のシチューをよそい、次々みんなに手渡していく。

「普段バカなコトしか言わないけどぉ、ああしてお手伝いは率先してやるのよ、ヴァルトって」

 ひょろひょろっと背が高く、青い瞳と金髪が映える、物凄い美形である。しかし、

「テメーら、おばちゃんとおじちゃんにカンシャして、ありがたく食え!」

 口を開くと、何故か勿体なさ全開な、残念さを感じるのであった。

 各自取り皿にそれぞれ食べたいものを取ると、あとは賑やかに食事が始まった。キリ夫妻も一緒である。

「凄く美味しい~」

 シチューは塩加減も絶妙で、鶏肉が口の中でとろけていく。濃厚でクリーミーな味が、ふわっと口の中いっぱいに広がる。確かにこれは、沢山食べずにはいられない美味しさだ。

「お口にあって、良かったわ」

 美味しさに顔をほころばせるキュッリッキに、キリ夫人はふっくらと微笑んだ。

「うおおおおおおお! いっぱい食うぞ!!」

 ヴァルトは3種類のパスタを取り皿に山盛りにして、片っ端からチュルチュル食べ始めた。

「エネルギー有り余ってんだから、そんなに食うなや…」

 呆れ顔でギャリーが言うと、

「ヴァルトやガエルを暴れさせる仕事が、今のところナイんですよ」

 カーティスが溜め息混じりに言う。

 ヴァルト向けの豪快な仕事より、繊細な仕事のほうが多く来るのであった。

「傭兵休業してぇ、土木工事現場に貸出したらあ~? もンのすご~く感謝されまくるわよお」

 そう言って、マリオンはケラケラ笑った。

「うっせーぞ! そこのドぶす!」

「あーん、バカヴァルトにもブスって言われたああ」

 あまり悲観してないウソ泣き声をあげるマリオンを見つつ、キュッリッキはミルクババロアを口に運んでいた。

「小食なんですね」

 向かい側に座るメルヴィンが、にっこりと笑顔を向けてきた。

「う、うん。美味しいけど、いつもあんまり食べられなくって」

 シチューひと皿と、パスタを一口ずつ、あとはもうデザートのミルクババロアに移っていた。

「そうですか。――女の子は少食気味ですね」

「そう、なのかも?」

 なんだか気恥ずかしくて、キュッリッキは顔を赤くした。