【小説】眠りの果てに 第四話:伯爵様との対面

眠りの果てに
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「はい、よく一晩で、朗読できるまで覚えましたね。とても上出来ですよ」

 パヴリーナはにっこりと微笑んでインドラを褒めた。

「ありがとうございます。何だかとても、懐かしい気持ちになって読んでしまいました」

 どこかしみじみとした口調のインドラに、パヴリーナは怪訝そうに首をかしげた。

「あたしには幼い弟と妹がいるんですが、リスくんとネズミくんが、二人に重なってしまって……」

 手伝う手伝うと、いつもまとわりついて、失敗ばかりしていた幼い弟妹たち。物語を読んでいたら、弟妹たちと過ごした日々が懐かしい。まだそんなに日が経っているわけではないが、もう昔のような感じがしてしまって、インドラは心に小さな痛みを感じて表情を曇らせた。

 インドラの表情から察したパヴリーナは、努めて明るい笑顔を浮かべると、そっと手を重ねた。

「永遠に会えないわけではありませんから、いつか会える時まで頑張りましょうね」

 パヴリーナの心遣いに、インドラは感謝を込めて微笑んだ。

 その時、突然バトラーのドラホスラフが書斎に現れ、パヴリーナを手招きして何事かを耳打ちしていた。

「まあ、随分とお早いのですね」

「ええ。なので予定の方を少し変えていただくということで」

「判りました」

 インドラは教科書に目を通しながらも、断片的に聞こえてくる二人の会話が気になってしょうがない。

 やがて話が終わると、ドラホスラフは会釈をして下がり、パヴリーナが小走りに戻ってきた。

「お嬢様、少しスケジュールを変更して、行儀作法や言葉遣いなどを最優先で学んでいただきます。語学などはそれらが落ち着いてからで」

「はい、先生。でも、どうしてですか?」

「実は、メイズリーク伯爵はお仕事でずっと国外にお出かけになっているのですけど、急遽予定を繰り上げて、お城にお戻りになるそうなのです」

「まあ、では伯爵様にお会いできるんでしょうか?」

「ええ、ご挨拶をしなければならないですね」

 ついに伯爵と会うことができる。インドラの心はドキドキと高鳴っていた。

 伯爵は、一体どんな人なんだろう? あんな大金を支払ってまで、自分を奉公に雇った人だ。きっと、懐の広い人に違いない。

 それから一週間、みっちりと行儀作法、言葉遣い、立ち居振る舞いなどを徹底的に叩き込まれた。伯爵の前で粗相がないように。ダンスとピアノのレッスンも中止されていた。そのため、歳が近いアンジェリーンと会えないのは寂しく感じている。初対面の時は冷たい印象を受けたが、ぶっきらぼうなだけで、笑うと笑顔がとても綺麗なのだ。

 これまで男性は父親か弟、時折町や村ですれ違う人たちだけだった。こんなに身近に、しかも笑顔が綺麗な男性は初めてである。まだ2回しかダンスのレッスンは受けていないが、インドラの心の中には、アンジェリーンへの想いが、小さく芽生えていた。