【小説】片翼の召喚士-episode081

chapter-4.記憶の残滓編
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記憶の残滓編-episode081 【片翼の召喚士】

「7歳から3年間、そんなことを続けて、ようやくギルドに正式に認められて傭兵になったの。でも、いくら傭兵になったからっていっても、小さい子供でしょ。任せてもらえるお仕事なんて、良くて護衛、悪ければ掃除やお使いなんてこともあったのよ。だから、報酬は微々たるもので…」

 今のご時世、大きな戦場が発生することは多くない。戦闘力を発揮できる場所は、戦場以外だと、小競り合いや勢力争い、派閥争いなどの小口や中口依頼になる。それらもギルドに登録する傭兵たちに万遍なく回ることはない。そこで、便利屋家業のような仕事も引き受けるのだ。

「基礎学校へは、一度話を聞きに行ったことはあるんだよ。授業料は無料だし、教科書も無料で支給されるけど、筆記用具は自分で用意しなきゃいけないんだって。それで、そのときは無理だなって諦めちゃったの」

「でも、お仕事でいただく報酬で、捻出できるくらいの額だったでしょうに…?」

「15歳になるまでは、護衛のお仕事も殆どもらえなかったの。だから、どこかのお屋敷の掃除とか、町内の清掃とか、宅配のお手伝いとか、子供の使いだったのね。傭兵だなんて言ってもやっぱ子供だから。時々傭兵団に入れてもらっても、アタシ上手く馴染めなくてすぐ抜けちゃってたし。でもそういうお仕事、毎日あるわけじゃないんだよ。だから、小銭をちょっとずつ食費にあてたり貯金したりで、余分なお金なんてなかった」

 生きるだけで精一杯だった。

「前住んでいたアパートに入れるまでは、ずっとギルドの3階で雑魚寝だったもん」

「そうだったんですか…」

「でも今はお金にもちょっと余裕が出てきたし、時間のあるときにお勉強したいなって、ずっと思ってたんだよ。ベルトルドさんに何かしたいことはあるかって聞かれたとき、勉強したいって言ったの。そしたら、家庭教師をって話になっていったの」

 グンヒルドは自嘲を口元にたたえた。

「ごめんなさいね。わたくし教師を名乗っているのに、まるでなにも知らなくて。傭兵の肩書きを持っているのだから、いつもしっかりと報酬がもらえているものだとばかり考えていました」

 賃金の支払い方法や額は、仕事の内容や依頼主によって変わってくる。更に、傭兵団などの組織化したところに所属していると、そこでも変わってくるのだ。それを外部の者が知る機会は殆どない。

(生きるために。ただそれだけのために、ずっと生きてきたのね…)

 勉強がしたい、学校へ行ってみたい。そう考えていても、実行する金銭的余裕が全然なかったのだと、話を聞いているだけで見えてくる。

 仕事の合間に、何故学校へ行こうとしなかったのだろうと考えたことを、グンヒルドは恥じ入った。

 怠惰などではない。熱意が低いわけでもない。孤児だから誰の助けもない中、生きていくだけで精一杯だったのだ。

「アタシ、本当に色んなことが知りたいの。難しい字も読めるようになりたいし、本も沢山読んでみたい。知らないこといっぱい知りたい」

 キュッリッキは目をキラキラさせた。

「お願いしますグンヒルド先生、アタシに勉強を教えてください」

 ハッとグンヒルドは目を見開いた。無垢なまでの目が、期待を込めて自分を見ている。こんな風に、自分に向かって教えを願う生徒がいただろうか。教師冥利につきる、と思った。心の中に、喜びがスーッと広がる。

 グンヒルドは頭を下げ、ゆっくりと頷いた。

「こちらこそ、わたくしを家庭教師として雇ってくださいませ」

 これまで教えてきた、貴族の甘ったれた令嬢たちとは違う。自分の持てる知識をしっかり伝えたいと、そう思わせる子だ。

 弟のカッレからこの話をされて、教える子が傭兵だと聞いて、少し躊躇いがあった。貴族や上流階級の令嬢専門の家庭教師だからだ。いくら副宰相と魔法長官の身内だからといっても、という気持ちがあったのだ。

 傭兵と聞くと、ガサツで粗野なイメージしかない。そんな子に、どう教えればいいのか迷い、面談を急いだ。しかしこうして話をしてみれば、どこか幼子のような、純粋な少女である。

 きっと、楽しく授業が出来るだろう。そして自分がキュッリッキの、学の師になりたいと、心から思えた。

「ありがとう! 先生」

 花開いたような明るい笑みに、グンヒルドも自然と笑みがこぼれた。

 キュッリッキは左手を伸ばして、天蓋に括りつけてあった紐を引っ張った。そして少しすると、メイドのアリサが顔を出した。

「どうなさいましたか?」

「あのね、ルーさん呼んできて欲しいの」

「ルーファス様ですか? 判りました」

 アリサは一旦ドアを閉めて、そして1分経たずにルーファスとともに戻ってきた。

「どったの? キューリちゃん」

 ルーファスがベッドの傍らまで来ると、今にも飛び起きそうなテンションのキュッリッキが、ルーファスの上着の裾を掴んだ。

「あのね、ベルトルドさん呼んで欲しいの!」

「え? 今すぐ?」

「うん!」

 ルーファスは目を丸くしたあと、グンヒルドを見る。すると、グンヒルドにも笑顔を向けられ、ルーファスはポリポリと頬を掻いた。

 左右に書類の山を8個も作り、左手でペンを走らせ、右手でハンコを押しているベルトルドは、突然ルーファスから念話を受けて、特大の不機嫌さを顔に広げた。

(今は書類と格闘中だ。後にしろ後に!)

(スンマセーン。でも、キューリちゃんに「ベルトルドさん呼んで欲しいの」ってお願いされちゃったもんだから)

「それを先に言わんか馬鹿もん!!」

 思わず声に出して怒鳴ると、ベルトルドの決済をもらうために並んでいた事務官たちが、ビクッと慄いた。

「どうしたの? ベル」

 自分のデスクでペンを走らせていたリュリュが、怪訝そうに顔を上げる。

「い、いや、何でもない」

 ベルトルドは口をへの字に曲げて、首を横に振った。

 真顔になったベルトルドは作業の手を休め、意識を凝らした。

(リッキー、どうしたのかな?)

 自分の屋敷にいるキュッリッキに念話を飛ばす。

(あ、ベルトルドさん! お仕事で忙しいのにごめんねっ)

 ちゃんと気遣いながらも、待ちきれない様子の弾んだ声が、頭の中に軽やかに滑り込んでくる。その愛らしい様子に、自然と笑みが目元を覆う。

(リッキーのためなら構わないぞ。御用は何かな?)

(あのね、あのね、グンヒルド先生が、アタシの家庭教師をしてくれるって言ってくれたの)

(おお、それは良かった。とても良い先生のようだし、後で詳細を決めて、いつから来てもらうか話をしないとだ)

 キュッリッキが貴族の子女ではないと知って、多少難色を示したところがあったので、断ってくるかと思っていた。しかしそれは杞憂だったようだ。

(うん。それはベルトルドさんが決めてくれるの?)

(いや、アルカネットのやつに任せよう。そのことは、俺の方から先生にお伝えする)

(はーい)

(面談が終わったのなら、もう休みなさい。あまり眠れていなかったようだし)

(うん、そうするの)

(仕事を早めに片付けて帰るから、また後でな)

(ありがとう、ベルトルドさん)

(ご褒美に、帰ったらほっぺにチューしてくれる?)

(いいよ~)

 オシャッ! とベルトルドは握り拳をグッと握った。自分からキスすることはあっても、キュッリッキからしてくることはない。何気なく言ってみただけだったが、あっさりOKが返ってきて、ベルトルドの心の暴れん棒にエンジンがかかった。が、

「小娘との念話は終わったようね?」

 ひっそりと横に立つリュリュが、無表情に見おろしてくる。ベルトルドはギクッと身体を強ばらせた。

「鼻の下なんか伸ばして…。そんなにお仕置きして欲しいのン?」

 舌を舐めずる音がして鳥肌が立ち、素早く股間を両手で庇うと、チェアーごとリュリュから離れる。

「嫌だ! 俺は清らかな身体で帰宅せねばならん!」

「まあ、今はこの長蛇の列を処理しないことには、だけど。お仕事終わったら、ね~っとりしゃぶり尽くしてあげるから、楽しみにしてらっしゃい」

「仕事終わったら真っ直ぐおうちにかえる!!」

 心の暴れん棒はエンストを起こし、急速に萎え、ベルトルドは泣き叫ぶように怒鳴った。

「えへへ、ベルトルドさんも良かったって言ってくれたの」

 ベルトルドがリュリュのお仕置き宣言に怯えているなど知らないキュッリッキは、嬉しさに無邪気な笑みをこぼしていた。

「よかったね、キューリちゃん」

「うんっ! ルーさんも連絡ありがとう」

「どういたしまして」

「それでは、わたくしお暇させていただきますね」

 グンヒルドは立ち上がると、キュッリッキとルーファスに、そつのない会釈をした。

「授業が開始できるのを、楽しみにお待ちしておりますわね。その間に、カリキュラムを組んでおきます」

「はい。その時はよろしくお願いします」

「じゃあオレ、グンヒルドさんを見送ってくるよ」

「ありがとうございます」

 部屋を出て行く2人の後ろ姿を見送り、キュッリッキはホッとしたように息をついた。

 元気になったら、あの優しい人から色んなことを教わることができる。それはとてもとても楽しみで、嬉しさに胸をふくらませ、ゆっくりと目を閉じた。

 基礎学校とは、社会で生きていく上で、必須になる知識を無料で教えてくれる学校である。

 運営は国が行っており、国の至るところに開校されていて、年齢も種族も問わず、教わることができた。

 ハワドウレ皇国の辺境にある小さな町で、キュッリッキは基礎学校を見つけた。

 ギルドから受けた仕事で訪れていたが、お使いだったのですぐ終わり、戻る前にちょっと覗いてみたくて足を伸ばした。

 小さな木造の小屋は粗末な柵に敷地を覆われ、小屋の中では子供や大人が、教科書を手に授業を受けている。それを柵の外からキュッリッキは見ていた。

 先ほど役所の受付で、案内やら説明を受けてきたが、今のキュッリッキには学校へ通う金銭的余裕が一切ない。

 半年前に傭兵として正式に認定されて、少ない報酬の仕事をようやく回してもらえている状態だ。

 筆記用具はそれほど高価な品ではなかったが、日々の食費や生活費を、どうにかギリギリ賄える程度しか持ち合わせがないので、筆記用具に費やすお金がないのである。

 まだ10歳のキュッリッキには、沢山の報酬がもらえる仕事は回してもらえない。違法的なものに手を染めればいくらでもあったが、それだけはフェンリルから止められている。もし手を出したら、表社会で生きていけなくなる。そういつも言い含められていた。

 しょんぼりした気持ちで町の中に戻ってくると、雑貨屋からキュッリッキと同い年くらいの少女が、紙袋を胸に押し抱いて出てきた。

「ちゃんとお勉強するんですよ」

 後から出てきたのは、少女の母親だろうか。

「判ってるわ。明日から新しい課題になるから、新しいノートが必要なんだもの」

 楽しそうに笑い、話をする親子を見つめながら、キュッリッキはスカートをギュッと握って下唇を噛んだ。

(大きくなれば、もっといっぱい報酬がもらえる仕事もできるし、学校へも行けるようになるんだもん…)

 今は小さな仕事でも、しっかりこなして信頼を得なければならない。仕事に選り好みはできない。やれるものからやって、お金も貯める。

 いつか、学校へ行けるようになる。だから、今は我慢するのだ。

「……ああ、リッキーの記憶(ゆめ)か」

 ベルトルドとアルカネットは同時に目を覚まし、首を巡らせキュッリッキを見た。

 呼吸は正常だし、うなされてもいない。

 ただ、つうっと涙が一筋、頬を伝っていった。

「リッキーさん…」

 アルカネットは手を伸ばして、キュッリッキの頭を何度も優しく撫でた。

「俺のサイ《超能力》の影響で、お前にも視えてしまったようだな」

「ええ…」

 キュッリッキの見ていた過去の記憶の夢。

 物理的に痛めつけられたものではないが、子供にはとても辛い出来事の一つだっただろう。

「こんな形で心を傷つけられることもあるのだな。一方では当たり前のことでも、リッキーにとっては高嶺の望みだ。家庭教師の件で思い出させてしまったか…。悪いことをした」

「授業が始まれば、この過去の出来事も、苦い思い出の一つとして流せる時が来るでしょう」

「そうだな。――教科書だけじゃなく、筆記用具類もセットで支給するように改正して、予算を組むよう提案してみるか」

「それは良い案だと思いますよ」