【小説】片翼の召喚士-episode079

chapter-4.記憶の残滓編
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記憶の残滓編-episode079 【片翼の召喚士】

 ベッドの傍らに急遽設えられたテーブルに、ベルトルドとアルカネットの夕食が並べられた。給仕をするために、使用人が数名傍に控える。

 お腹がすいていたベルトルドはおとなしく食事を始めたが、アルカネットはキュッリッキに食べさせる方を優先させていた。

「では、リッキーさんを学校に通わせるのですか?」

 キュッリッキが勉強をしたいという話をアルカネットにして、どういう方法をとろうかとベルトルドは相談を持ちかけた。

「んー…、仕事の合間を縫って、だと、落ち着いて出来ないだろうしなあ」

 基礎教科を学ぶための学校は、年齢制限もなく、家庭の事情などで子供の頃通えなかった大人が、仕事の合間に通う者も多い。しかし、仕事で休む人に合わせた進行はしないので、遅れた分は自主学習となってしまう。

「それならば、家庭教師を雇えばいいのではないでしょうか。身体を起こせるようになれば、すぐにでも開始できますし」

「ああ、それはいいな」

「家庭教師?」

 キュッリッキが不思議そうにしていると、アルカネットが頷いた。

「ええ。家に教師を招いて、勉強を教えてもらうのですよ。あらゆる教科を教えられる教師や、教科ごとの教師など、リッキーさんの為だけに勉強を教えてくれます」

「うわあ…」

 キュッリッキの表情が、キラキラと輝いた。

「うん、そうだな、家庭教師が良いか」

 ベルトルドはワインを一口飲むと了承した。そして、と顎に手をあて考える。

「となれば、どんな教師を雇う、かだなあ」

「そこが大問題です」

 ううん、と2人は腕を組んで、神妙に考え込んだ。

 翌日、特殊部隊ダエヴァの3長官たちとの会議の場でも、ベルトルドはキュッリッキの為の家庭教師選びを考え込んでいた。周りの声など当然耳に入っていない。

「ちょっとベルぅ、話きーてんの?」

 秘書官のリュリュに耳を引っ張り上げられて、ベルトルドは「イテテ」と顔をしかめた。

「何だ? 耳を引っ張るな」

「何だじゃないわよ! 会議中よ会議っ!」

「そんなもん後でお前が書類にまとめればいいだろう。俺は忙しいんだっ!」

「どうせ桃色妄想でも浮かべてるんでしょ! ったく、真面目におやんなさい」

「リッキーの家庭教師を誰にするか考えることが、緊急の至上課題なんだ俺は!」

 拳をテーブルに叩きつけ、ベルトルドは真顔で怒鳴る。しかしリュリュは意に介した様子もなく、垂れ目を眇めてベルトルドを睨みつけた。

「そんなもん、執事に適当に選ばせておけばいいじゃないの」

「俺の可愛いリッキーに勉強を教えるんだぞ、他人に選ばせるなんぞ出来ん!」

「じゃあ、アルカネットに任せておけばぁ?」

「ヤダ」

 ツンッとベルトルドはそっぽを向く。

「あ、あの…」

 そこに、ダエヴァ第三部隊のカッレ長官が手を挙げる。

「どったの?」

 リュリュが促すと、カッレ長官は立ち上がった。

「お話に割り込むようですみません。その、家庭教師の件なのですが、推薦したい人物がございます」

「おお、カッレの知り合いか?」

 ベルトルドが喜々として身を乗り出す。

「我が姉グンヒルドなのですが、昔から家庭教師を務めておりまして、主にハーメンリンナの貴族の令嬢を相手に教えています。つい先日、生徒の令嬢がお輿入れすることになり、お暇を出されたばかりで、次の勤め先を探している状態なのです」

「あらあ、タイムリーじゃない」

「今日にでも会えるか連絡を今すぐ取れ、カッレ!」

「ハッ」

 会議室を追い出されるように連絡を取りに行ったカッレ長官は、笑顔で戻ってきた。

「是非にとも、お会いしたいそうです。21時までなら、閣下のご都合のよろしい時間に合わせられるそうです」

「おお、助かる」

「17時以降なら、時間の調整は出来るわよ」

「では、会議が終わったらリュリュと相談して時間を決めて、姉君に報告してくれ」

「承りました」

 18時に宰相府で面接することが決まり、カッレ長官に付き添われて、グンヒルドがベルトルドの執務室を訪れた。

「ようこそグンヒルド夫人、そちらにおかけください」

「ありがとうございます、副宰相閣下」

 ベルトルド自らが応接ソファセットまで、手招きでグンヒルドをエスコートした。

「それでは、小官はこれで。失礼いたします」

「ご苦労だったな、カッレ」

 多少小柄な身体付きのカッレ長官は、ビシッと背筋を伸ばして綺麗な敬礼をすると、颯爽と執務室を辞した。

 入れ違いにリュリュが紅茶を運んでくると、向き合う2人の前にカップを置いて、ベルトルドの後ろに控えた。

「早速本題に入らせていただく」

「はい。お忙しい中時間を割いていただいて、ありがとうございます」

 たおやかに頭を下げたグンヒルドは、ベルトルドと同じく41歳になるという。明るい栗色の髪は柔らかに結い上げられ、紺色のタイトなドレスに身を包んでいる。表情は見た者を安堵させる、優しい雰囲気をたたえており、美女というわけではないが、人当たりのいい顔立ちをしていた。

「あなたに教えていただきたい生徒は、18歳の少女です。名をキュッリッキといい、俺が後ろ盾をしている傭兵団の傭兵です」

「まあ、傭兵をしているのですか、女の子が」

 グンヒルドは、やや驚いたように目を見開いた。

「子供から大人まで、珍しいことではありませんよ」

 それについてグンヒルドはこだわる様子はなく、小さく頷くにとどめた。

「ただ、複雑な事情を抱えた子で、端的に申し上げると孤児なのです。その為学業経験がありません。簡単な読み書きや計算は出来るようですが、彼女はもっと色々なことを学びたいと望んでいます」

「そうでございますか…」

「それに、少々人付き合いが苦手なところもあり、そういった面も含めて、教えていただける教師を探している次第です」

 ベルトルドの顔を見つめながら話を聞いていたグンヒルドは、ふと首をかしげる。

「実際にお会いしてみないと、詳しいことは判りませんが、その方は閣下のお子様ではないのに、どうしてそこまで?」

 18歳にもなれば、ほぼ成人である。傭兵という仕事もしていて、人見知りでも学業を学びたいなら、自ら基礎学校へ通うだろう。手続きも案内が詳しく説明してくれるだろうし、第一家族でもない相手に家庭教師を付けようとは、不思議なことだとグンヒルドは思っていた。

「リッキーは…――キュッリッキの愛称です、近い将来、俺の花嫁になる女性です!」

 グッと握り拳を作って、ベルトルドはドヤ顔で断言した。その後ろで、首を左右に振ってリュリュが否定する。

「愛おしすぎる花嫁の願いを叶えてこそ男というもの!」

「ドサクサに紛れて嘘を仰らないでください! 誰があなたの花嫁ですか図々しいことをヌケヌケとっ!」

 そこへドアを蹴破り、息の荒いアルカネットが飛び込んできた。全速力で走ってきたようだった。

「視察が長引いて出遅れました。お初にお目にかかりますグンヒルド夫人、リッキーさんは私の花嫁になる女性です。そこ、お間違えなく」

「誰がお前のだっ! 俺のだリッキーは!!」

「女を取っ替え引っ替えするような不誠実な人が、どの口で戯言を語るのでしょう」

「あーたたち、客人の前ってこと絶対忘れてるでしょ…」

 リュリュは手にしていたトレイで、2人の脳天を思いっきりぶっ叩いた。

「ゴメンナサイネ、お見苦しいところを。おほほほほ」

 グンヒルドはニッコリと笑顔を3人に向けつつ、

(カッレに聞いていた通りね…。面白い人たちだこと)

 内心大笑いしていた。

 世間では『泣く子も黙らせる副宰相』などと物騒な通り名を持つベルトルドだが、アルカネットとじゃれている姿を見ていると、とても恐ろしいイメージと繋がらない。リュリュも交えて3人で騒ぎ出す様子を見ていると、いつ終わるか判らなくなってきて、グンヒルドは肩をすくめて居住まいを正した。

「わたくしの詳しい職歴は、こちらの書類にしたためて参りました。明日にでもお時間をいただいて、キュッリッキ嬢にお会いさせていただいて宜しいでしょうか? 直接お会いして、お引き受けできるかどうかを、判断させていただきとう存じます」

 傍らに置いてあった鞄から封書を取り出して、ベルトルドの前にスッと封書を置き、グンヒルドは笑みを深めた。