【小説】片翼の召喚士-episode078

chapter-4.記憶の残滓編
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記憶の残滓編-episode078 【片翼の召喚士】

 ナルバ山の遺跡で瀕死の重傷を負ったキュッリッキが、ベルトルド邸に運ばれて1週間が経っていた。

 最初はどうなるかと、使用人たちを含めメルヴィンやルーファスを心配させたが、少量だが食事も摂るようになり、傷の治りも良いとヴィヒトリ医師が太鼓判を押してくれている。

 しかし、眠るキュッリッキの様子を見て、メルヴィンは表情を曇らせた。このところ、毎日のように表情には雲が湧いてしまう。

「なんだか、日に日に元気が薄れていっている気がします…」

 ひっそりと呟き、肩で溜息をついた。

 いつも泣き腫らした顔をしていて、疲労感を漂わせ、明らかに精彩を欠いている。傷は治ってきているというが、状態は悪化しているようにすら見えてしまうのだ。

「ん」

 メルヴィンはふと視線をずらすと、枕元に一輪の花があるのに気づいた。鈴蘭を大きくしたような形をした花だ。

「ルーファスさんが置いたんですか?」

 つまむ様に持った花をルーファスに見せると、ルーファスは小さく首をかしげて否定した。

「いんや、オレじゃないよ~」

「…そうですか。じゃあ、ヴィヒトリ先生かな」

「なのかなあ? まあ、なんにせよ、花瓶に活けてあげないと枯れちゃうね」

「そうですね。ちょっと一輪挿しの花瓶がないか、聞いてきます」

「いってらあ」

 メルヴィンは立ち上がると、花をつまんだまま部屋を出て行った。

 雑誌から顔を上げると、ルーファスは苦笑を浮かべながら肩をすくめた。

「生真面目さにいっそう磨きがかかっちゃったなあ。でも、ちょっと変わったかな、メルヴィン」

 真面目と誠実の塊のような男だが、融通が利かない堅物だ。優しいし思いやりもあるが、相手が重く感じてしまうほど真摯過ぎる。

 ところが、最近それがちょっと緩和してきたようにルーファスは感じていた。その証拠に、キュッリッキが随分と打ち解けてきているのだ。

 メルヴィンとの付き合いは、もう5年ほどになるが、初めて見られる傾向だった。

「キューリちゃんのおかげかな?」

 スヤスヤと眠るキュッリッキを見て、ルーファスは兄貴っぽい笑みを浮かべた。

「今帰ったぞー!」

 バンッとドアを観音開きにして、ベルトルドが元気よく姿を現した。帰宅してくるにはまだ早い、夕刻の17時を回ったところである。

「おかえりなさい」

 メルヴィンとルーファスが腰を浮かせながら、口を揃えて出迎えた。

 2人には適当に手をヒラヒラ振って、ベルトルドはスタスタとベッドに足早に寄る。

「ただいまリッキー」

「おかえりなさい、ベルトルドさん」

 キュッリッキは僅かに目を見張って迎えると、にっこりと笑った。

「今日は早いんだね」

「うん、リッキーとたくさん話がしたくて、急いで帰ってきたんだ」

 ベルトルドはキュッリッキの額や頬にキスの雨を降らせながら、少年のような満面の笑みを向ける。

「帰宅は夜更けが多いから、あまり話す時間もないしな」

 そう言って顔を上げると、いまだ立ちすくすメルヴィンとルーファスに、ムスッとした視線を投げかけた。

「もういいから、貴様らはあっちイケっ」

 2人は顔を見合わせ肩をすくめると、小さく頷いた。

「では、オレたち部屋に戻りますね。また明日、リッキーさん」

「まったね、キューリちゃん」

「うん、またね」

 退室していく2人を見ながら、ベルトルドはフンッと鼻を鳴らす。

「気のきかない奴らだな、まったく」

 まだ着替えも済んでいないが、ベルトルドはキュッリッキの左側に寝転がり、肘枕をしてキュッリッキのほうに身体を向けた。

「アルカネットの奴はまだ帰ってこれないから、リッキーを独り占め出来るゾ」

 フフンッと悪巧みをしているような笑みを浮かべるベルトルドに、キュッリッキは苦笑する。ベルトルドとアルカネットは、普段は主従のような体裁を取っているが、実際はもっと同等のような感じなのだ。不思議な関係、とキュッリッキは常々思っていた。

「ねえベルトルドさん、アタシとなんのお話をするの?」

 ベルトルドのほうへ顔を向け、困ったように言う。いきなり話をしようと言われても、何を話せば良いのか判らない。

「俺に聞いて欲しいことでも、聞いてみたいことでも、なんでも構わんぞ」

 優しく微笑むベルトルドの顔を見つめ、少し考え込んだ。

「うんと…」

 やや言いづらそうに発して、視線を泳がせる。

「あのね、毎日メルヴィンが、いっぱい心配してくれるの」

「うん」

「アタシがいつも、泣いたあとの顔をしているから、どうしたのって、聞いてくるのね」

「うん」

「メルヴィンが興味本位で聞いてきてるわけじゃないのは、アタシも判るの。すごく心配してるって判るから、だから、理由を話さなきゃって思うんだけど…。でも、話したくないのね…」

 夜中に辛い思い出を夢に見たり、思い出して荒れているコトなどを話せば、自分の過去についても、話さなくてはいけなくなるだろう。それを思うと心が重くなって、話すことができない。

(ヤレヤレ、相変わらず直情過ぎるな、メルヴィンの奴)

 今のキュッリッキに直球は酷である。変化球を投げられても困るが、メルヴィンの青臭すぎる一面に、呆れるベルトルドだった。

「アイツはせっかちだからなあ。相手を思ってのことでも、時に逆効果にしかなっていない。リッキーをこんなに困らせてしょうのない」

 明かりに照らされる、濃淡に輝く金色の髪を撫でながら、ベルトルドは苦笑を浮かべた。

「でもね、何時か話さなきゃいけない時がくると思うの。あんなにいっぱい心配してくれるから。だけど、打ち明ける勇気が出ないの」

 美しい顔を悲しさに沈める少女の頬に、ベルトルドはそっと触れた。

「確かにアイツは真面目に心配しているだろう。だが、無理に話す必要はないぞ。まだまだリッキーの心の傷は癒えてない。それを自ら抉り出すようなコトは、絶対にしちゃダメだよ。今話したところで、アイツでは支えきれないし、その覚悟も出来てないからな」

「うん…」

「話さなくてはならない、そうリッキーが思うのなら、いつか話してやればいい。少なくとも、今じゃない。誰だって心の中の問題を打ち明けるのは勇気がいる。だから、心の整理がついて、話せると確信した時に、話してやればイイ」

「うん、そうだね」

 たとえメルヴィンが真摯に向き合おうとしてくれていても、話す勇気は出ない。ベルトルドとアルカネットにも、自分の口からは、まだまだ少しずつしか話せていないのだ。

 片翼であること、それによって両親から捨てられたこと。迫害を受け続けてきたことなど、思い起こすと涙が溢れて止まらない。

 この1週間、夢に見て思い出し、ベルトルドとアルカネットに感情をぶつけ続けている。泣き喚き、怒り任せに暴言を吐きつけたりしていた。そのせいか、ほんのちょっぴり、心が軽くなった気がするのだ。

 それこそがベルトルドの狙いであることを、キュッリッキは知らなかった。

 キュッリッキの頬を優しく撫でながら、ベルトルドは「あっ」と小さく声を上げた。

「そういえばリッキー、何か、やりたいことはないのかな?」

「やりたい、こと?」

 目をぱちくりさせて、ベルトルドを見つめる。

「うん。趣味として、習い事でもスポーツでも。やってみたいものはあるかな?」

 この世界の人間には、スキル〈才能〉という突出した能力が一つだけ備わっている。ベルトルドはサイ《超能力》、キュッリッキは召喚、アルカネットは魔法。

 スポーツもスキル〈才能〉に左右され、スキル〈才能〉対象外の人々にとってのスポーツは、身体を鍛えたり趣味で行うものだ。習い事もそうである。

「うんと、勉強がしたい、かも」

 はにかみながら、キュッリッキはポツリと囁くように言った。

「アタシ、学校って行ったことないでしょ。簡単な読み書きとか計算はフェンリルが教えてくれたけど、学校で教わるようなコト、何にも知らないの。傭兵だから知らなくても困らなかったけど、ホントは色んなこと勉強してみたいな~って、ずっと思ってた」

 心の隅で、ずっと思っていたことだ。

「そうかそうか」

 当たり前のことを、当たり前として学びに行けなかったのは、さぞ辛かったことだろう。素朴で素直なキュッリッキの気持ちがグッと心を鷲掴んで、ベルトルドはたまらずキュッリッキを抱きしめた。

「ああ、可愛いぞ俺のリッキー!」

「イッたあああいっ」

「おっと、スマン!」

 抱きしめられた衝撃が思いっきり傷口に響いて、キュッリッキは涙を滲ませ悲鳴を上げた。

「何をしているんですか私がいない間に!!」

 そこへ血相を変えたアルカネットがすっ飛んできて、ベルトルドの胸ぐらを掴んで前後に揺さぶった。

「早く帰ってきているかと思えば、リッキーさんに何てことをしてくれてるんですか!」

「だ、だって、可愛いから、ついだな」

「美しくて可愛いのは当たり前でしょうが!」

 激昂するアルカネットを見上げて、キュッリッキは小さい溜息をコッソリとつく。そして時計を見ると、針はそろそろ19時を指そうとしていた。

(アルカネットさんも、今日は帰ってくるの早い)

「それにしても、お前も随分と帰りが早いじゃなか」

「あなたが速攻帰ったと、リュリュから聞いたのですよ。なんだか体調が悪そうに見えたとかで? ただの仮病のようですね」

「リッキーの顔を見たら、治ってしまったんだ」

「忌々しいほど都合のいい不調のようですね。なら、自室でゆっくりとお休みくださいな。お姫様抱っこで運んで差し上げます」

「……男がお姫様抱っこされて嬉しいと思うのか? お前は…」

「俵抱っこでもいいですよ?」

「抱っこの発想から脱出せい」

「では、引きずっていきましょうか」

「全部却下!」

 ベルトルドが喚いたところで、開けっ放しのドアがノックされて、恐る恐るセヴェリが顔を出した。

「旦那様方、お食事の用意が整いました。お戻りが早かったので、少し早めに整えてございます」

「ああ、俺の分はここに運んでくれ」

「私の分も、ここにお願いします」

「はあ?」

「リッキーもこれからだろう。一緒に食べような」

「今日は私が、食べさせて差し上げますからね」

 ベルトルドとアルカネットに嬉しそうに笑まれて、キュッリッキは引きつった笑みを返すので精一杯だった。