【小説】片翼の召喚士-episode067

chapter-4.記憶の残滓編
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記憶の残滓編-episode067 【片翼の召喚士】

 忌々しさを滲ませて、アルカネットは冷え冷えとした声で言う。

「急いで帰ってきてみれば、案の定、不埒な真似をしようとして…。リッキーさんは重症の怪我人なのですよ。可哀想に、酷い怪我をしているというのに、イヤらしく迫られて、何をされたんだか想像するだけで怖気がします」

「あのな…、俺はまだ、何もしてないぞ」

「何かする気だったんですか。あなた、最低ですね」

「……」

 確かに、想いが熱く熱く噴出しかかって、キスをしよう、イヤだめだ、と自制心と葛藤していた真っ最中だった。

「それに、何故寝間着姿のあなたが、リッキーさんの部屋にいるのですか?」

「もちろん、リッキーが寂しくないよう添い寝するためだ」

 さも当然のように大真面目に言い返されて、アルカネットの眉がぴくりと動く。

「あなたが添い寝したところで、リッキーさんの不安や寂しさが、癒されるわけではありませんよ」

「否! この俺がいてこそ、リッキーの安心感が保たれるんだ!」

「寝込みを襲おうとしているような人が、何を言っているんだか…」

 グッとなりながらも、ベルトルドはひるまない。

「大体だな、お前ばっかり狡いんだ! リッキーのファーストキスを奪いやがって、ずーずーしーんだずーずーしー!」

「ヴァルトみたいな口調にならないでくださいみっともない。混乱のあまり自分で薬が飲めないリッキーさんのために、口移しで飲ませて差し上げただけです。あなたのように端っからイヤラシイ思惑でしたことではありません」

「舌まで入れたくせに!」

「そのほうが、確実に口の中に含ませることが出来ますから」

「ぐぎぎぎぎ、やっぱりずるい!」

 ベルトルドは泣きそうな顔でワナワナと口を震わせると、バッとキュッリッキの方へと身体を向ける。

「やっぱり俺もリッキーとキスする!」

 そう身を乗り出したとき、間近に高温を感じて振り向いた。アルカネットの掌の上に、真っ赤な灼熱の球体が形成されていっている。

「こんなところでなにをしているっ!」

「ブラベウス・プロクス」

 灼熱の球体を投げるように構え、ベルトルドに至近距離で放った。

 ベルトルドは寝転がった姿勢のまま、両掌を前方にかざした。灼熱の球体はベルトルドの掌の前で、空間に吸い込まれるようにして消えていく。

「あちちちち」

 サイ《超能力》を持つ者の中でも、ベルトルドしか出来ないと言われている空間転移で。ブラベウス・プロクスの灼熱の球体を飛ばす

「お前はバカかっ! リッキーが巻き込まれたらどうする!」

 怒号をあげるベルトルドを冷ややかにみやって、アルカネットは目を細めた。

「そんなこと大丈夫に決まっているでしょう。アナタが身を呈して守るんですから」

 そのくらい織り込み済みでやっているんです、と言い置いて、アルカネットはフンッと鼻を鳴らす。

「それでは、さっさとベッドから降りて、出仕の準備をしてくださいな」

「出仕って…まだ3時すぎだぞ?」

 テーブルの上の時計に目を向けると、出仕の時間にはまだまだ早かった。

「今から行けば、半分くらいは片付きそうです。問答している時間が無駄です。あなたの部屋に行きますよ」

「宰相府の仕事はリュリュに頼んである。別に、普通に出仕すればいいだろう? 俺もまだ寝足りない」

「寝込みを襲おうとしているから寝不足になるのです」

「そうじゃなくってだな…」

「あなた、最近お仕事が増えたことを自覚していないのですか? 宰相府はリュリュに任せておけても、総帥本部でのお仕事は誰が決済するんです」

「あ…」

 そういえば、と口パクで言って、呆れているアルカネットの顔を見上げた。

「正規部隊をソレル王国に派兵した、その件でも仕事が溜まっているはずです。今から行けば、半分くらいは片付くでしょう。問答している時間が無駄です」

 反論を許さない態度でまくし立てられ、ベルトルドは渋々起き上がる。

「あ、行ってきますのキスを…」

「しなくてよろしい」

 ベルトルドはまた耳を掴まれ、グイグイと引きずられながら、キュッリッキの部屋を後にした。

 キュッリッキは記憶と言う名の夢の中で、再び過去と向き合っていた。

(こんなの……もう、思い出したくないのに…)

 忘れ去ってしまいたい自分の過去。悲しくて、苦しい思い出しかないのに。

 どんなに拒絶しようとしても、思い出は容赦なくキュッリッキを襲う。そして再び、辛い思い出がゆっくりと浮き上がっていった。

 アイオン族の子供にとって、7歳という歳は特別だ。

 7歳になるまでは、背に生えた翼が育ちきれていないため、自ら羽ばたいて飛ぶことが出来ない。その為翼は出しっぱなしになり、翼を構成する骨や膜などが、その間にある程度育つ。そして7歳になると自力で地面すれすれを飛べるようになり、訓練を重ねて自由に飛べるようになる。出し入れも7歳になると自在に可能になった。

 7月7日はキュッリッキの誕生日だ。生まれて7年たった今、ようやく翼をしまうことができる。この日をどれほど待ち望んだことだろう。

 鏡の前で翼が溶けるように消えていく様を、まじまじと見つめる。

 背に生える翼に「消えろ」と念じただけで消えていく。そして「生えろ」と念じると、再び翼は背に生えた。

 普通に育っている右の翼と、生まれつき育たない無様な左の翼。どちらも同じように。

「どうせ飛べないんだから、ずっとしまっとこう」

 いっそ、なくなっちゃえばいいのに、と思う。

 この左の翼が原因で、キュッリッキは両親に捨てられたのだ。そのことは、修道院の子供たちも修道女たちも口にしている。

 片翼で親にまで見捨てられた惨めな子、だと。そしていじめられる。

 でも、今日から翼のことを気にせずいられる。出していなければいいんだ。見えなくすれば、いつか誰も気にしなくなる。

 そう考えると気持ちが少しラクになり、キュッリッキは天気のいい外へ駆け出した。

「飛べない病気がきたー」

 庭に駆け出してきたキュッリッキを、一人の子供が指をさして罵った。それに気づいた他の子供たちも、一緒になって罵り始める。

 ズキッとした痛みが胸に広がり、キュッリッキは足を止めると俯いた。

 20人ほどの子供たちが、何も言えずに下を向いたままのキュッリッキを取り囲んで、罵り嘲笑った。

 何もない修道院では退屈だ。子供たちは退屈を紛らわす”遊び”の一つとして、キュッリッキを虐めている。

 大人である修道女たちまで、露骨にキュッリッキを虐める。それを見ている子供たちには遠慮がなかった。何故なら、虐めていることを咎めたり怒ったりする大人が、ここにはいないからだ。

 遠慮の欠片もないあまりの暴言にいたたまれなくなり、突如キュッリッキはその場を駆け出した。前方に塞がっていた一人の男の子が、体当りされて後ろに倒れ込んだ。

「なにすんだ病気バカ!」

 仲間に助け起こされながら、倒された男の子、アルッティが叫んだ。

「アイツ生意気だ! 追いかけろ!」

 おもしろがった他の子供たちは、その声に弾かれるようにキュッリッキを追いかけ始めた。

 それほど広くもない庭を駆けていけば、目の前はすぐに崖だった。

 キュッリッキは慌てて立ち止まり、後ろを振り返る。子供たちはすぐに追いついた。

 文字通り崖っぷちに立たされ、キュッリッキは怯えて震えだした。ここから落ちれば間違いなく死ぬ。翼は片方しかない、飛べないのだ。

 怯えているキュッリッキの様子を、子供たちは面白そうに見ていた。やがてアルッティが追いついてきて、威嚇するように一歩前に出た。

「おまえ、こっから飛び降りて、飛べるところを見せろよ!」

「えっ」

 アルッティはビシッと崖の外を指差す。

「片方だけは翼あるんだろ。だったら飛べることをショウメイしてみせろよ」

「そーだそーだ、やってみろー」

 子供たちは面白がってはやし立てる。

「無理だもん!」

 キュッリッキは怯えながらも必死に大声で叫んだ。言われた通りやれば、死ぬだけだと判っている。

 その態度が癇に触ったのか、アルッティがイラッとしたように口の端を歪めた。

「ぼくたちはアイオン族なんだぞ! おまえもそーなら、やってみろっていってるんだ!」

 首を振って否を唱えるキュッリッキを、子供たちは範囲を狭めて詰め寄った。

 やがて、苛立ったアルッティが手を伸ばし、キュッリッキの胸を突いた。

 アルッティは、軽く押したつもりだった。

「!?」

 キュッリッキの身体が後ろによろめき、踵が崖を踏み外して、小さな身体が宙に浮いた。その突然の光景に、はやし立て続けていた子供たちの声が止む。

 突き飛ばしたアルッティが大きく目を見張る中、キュッリッキは崖から真っ逆さまに落ちていった。