【小説】片翼の召喚士-episode066

chapter-4.記憶の残滓編
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記憶の残滓編-episode066 【片翼の召喚士】

「リッキー、リッキー」

「は…っ」

 荒い息を吐き出して、キュッリッキは我に返った。過去の思い出に浸りすぎて、夢現の境が判らないくらい入り込んでいた。

 顔を横に向けると、ベルトルドが心配そうにじっと見つめている。

「怖い夢でもみたのか? 泣いているではないか」

 ベルトルドは上半身を起こすと、涙を拭おうと手を伸ばす。しかしキュッリッキは「いやっ」と言って顔を背けた。

「リッキー?」

 キュッリッキは怯えた獣のような目を、キッとベルトルドに向けた。

 全てを拒絶する気迫が小さな身体から滲み出し、ベルトルドは息を飲んだ。こんな目をするのかと。

 やがてキュッリッキは逃げようとして、身体を起こそうと動き出した。もとから力が入らない右上半身は、包帯できつく固定され自由にならない。左半身でなんとか起き上がろうとしたが、うまくいかず、それはすぐにベルトルドに押さえ付けられてしまった。

「離せっ!」

「落ち着け、動いたらダメだ」

 困惑するベルトルドに、キュッリッキは更に噛み付くような勢いで叫ぶ。

「お前たち大人なんか大っ嫌いだ! 触るな!」

「リッキー!」

「気安く呼ぶな! アタシは独りでも平気なんだ、離してよっ」

 キュッリッキはとにかくもがいた。ベルトルドが身体に触れていること自体、吐き気と怖気がしていたからだ。

 この男はあの大人たちのように、自分のことを鞭で打ったり、酷い言葉を投げつけてくるに違いない。優しいフリをしているだけなのだ。騙されてなるものかと思った。

 今のキュッリッキは、過去の辛い思い出に心を支配されていて、ベルトルドのことが判らなくなっていた。そして怪我をしている事も忘れている。

(このままでは傷口が開いてしまう…)

 キュッリッキは信じられないほどの力で抵抗してきた。一体どこにこんな力があるんだと、ベルトルドは驚きながらキュッリッキを押さえつけていたが、少しもおとなしくならない様子に小さく舌打ちすると、サイ《超能力》を使ってキュッリッキの気を失わせた。

 ぐったりと静かになった身体をそっと寝かせ直し、ベルトルドはいたたまれない表情で、キュッリッキに頬擦りした。

「なんて幼い頃を生きてきたんだ…この子は…」

 ベルトルドの使えるサイ《超能力》は能力全般で、相手の記憶や考えを〈視る〉力もある。時に強すぎるその力は無意識に働くことがあり、近くにいる者の思考や記憶が勝手に流れ込んでくることもあった。

 キュッリッキが思い起こしていた過去の記憶が、ベルトルドに流れ込んできたのだ。

 あまりにも強すぎるとそれに同調しそうになる。引きずられそうになり、ベルトルドは慌てて遮断したほどだ。

 キュッリッキの辛い過去の一端を視て、苦いものが胸中にこみ上げてきて、かきむしりたいほど圧迫した。切ないほど苦しく、どうしていいか判らず、叫びたい衝動にかられる。

「俺が、浅はかだったな…」

 考えていた以上に、キュッリッキの心の傷は深い。そのことを、ベルトルドはあらためて痛感した。

 召喚スキル〈才能〉を持つ者が、フリーで傭兵をしていると聞きつけてきたのはアルカネットだった。

 ベルトルドもアルカネットも、宮中で召喚スキル〈才能〉を持つ者たちを何度も見ているので、どうせその程度か、単に魔法使いが使い魔を呼び出しているところを目撃して、勘違いしたのだろう。そう思って取り合わなかった。

 そもそも召喚士が傭兵をしていること自体が有り得ないことであり、前例はなかった。何故なら、スキル〈才能〉判定が行われて召喚スキル〈才能〉があると判明すれば、家族ごと国の保護下に置かれる。それは3種族共通のことだ。そうなると、一般の目に触れる機会などまずない。

 しかし、凄い力を持っているという噂がなかり出回っているので、真偽の程をアルカネットに確かめさせた。すると、そのことは事実であり、興味を覚え徹底的に調査を命じた。

 生まれ落ちてすぐ名前も与えられず、家族から捨てられた召喚スキル〈才能〉を持つ女児はアイオン族で、その名をキュッリッキといった。引き取り先の修道院で、名を与えられたらしい。

 どんな理由が有るにせよ、子供を捨てた事実が公になっていれば、人道的にも問題視され、ハワドウレ皇国なら投獄されるほどの重い罪になる。それなのに、公になっているうえで、イルマタル帝国は親の蛮行を賛美し、アイオン族総出で親の蛮行を称えた。

 アイオン族は美醜を非常に重んじる。ヴィプネン族やトゥーリ族からみれば、常軌を逸しているレベルだが、アイオン族にとっては重要なことだった。

 キュッリッキは生まれつき、片方の翼がない。そのことで、両親に捨てられたのだ。そして両親は、隠さず公にした。そのため惑星ペッコに留まらず、他惑星に住むアイオン族にも伝わっていた。

 惑星ペッコのアイオン族は、非道な行いをした両親を賞賛したが、他惑星のアイオン族は当然軽蔑した。かつての悪習が取り払われた今でも、惑星ペッコのアイオン族の心に、暗く深く根ざし続けていた結果だった。

 差別や蔑みを受け続ける中でもっとも残酷だったのは、両親から捨てられた事実と理由を、キュッリッキが知っているということだ。

 物心つく頃から、隠されることなく、周囲から言われ続けてきた。

 それらの非道に、どれほど心を痛めたことだろう。

 アルカネットからの報告書を読んで、ベルトルドは底の知れないほどの怒りを覚えた。それはアルカネットも同様だった。

 これまで定住地を得られなかったのも、この過去のことが大きく影響していたのだろう。それは易易と想像出来ることだった。過去のことを思い出しただけで、この調子である。

 自分の過去を打ち明ける相手もおらず、受け止められるだけの度量を持った相手にも出会えない。必死に生い立ちを隠して生きようとしても、些細なことで蒸し返して感情のコントロールがきかなくなれば、何も知らない周囲の人間たちには手の施しようもなく、離れていくだけだ。 そしてまた心に傷を作り、蓄積されていく。

 この18年間ずっと、キュッリッキは救われずに生きてきたのだ。

「リッキー…」

 ベルトルドは眠るキュッリッキの頬を、優しく撫でる。

 初めて会った時の様子を思い出し、ベルトルドは痛いほど胸が締め付けられた。

 緊張していた顔、戸惑っていた顔、額にキスをされて真っ赤になっていた顔、無邪気に笑っていた顔、興味津々の顔。そのどれもが愛らしく、愛おしく、ベルトルドの心を騒がせた。

 美しい顔立ちもそうだが、純粋な笑顔に惚れた。

 心に深い傷を持っていると知っても、23歳も年の離れたこの少女を、心から愛してしまったのだ。

 幼い頃、密かに淡い初恋のようなものをいだいたことがある。それは実ることなく終わったが、ベルトルドは41歳になって改めて恋をした。

 今度はきっちりと、恋をしたと自覚できる。

 これまで星の数ほど色んな女たちを相手にしてきたが、本気になったことも、本気になりかかったこともない。適当に遊んで捨てていった。

 ベルトルドにとって女とは、性欲のはけ口にしかすぎず、恋をしたいと思ったこともない。それなのに、キュッリッキには本気で恋をしてしまったのだ。

 23歳も年下の少女を、どう扱えばいいのかベルトルドには自信がなかった。子供を持った経験もないし、セフレにここまで若い娘はいなかった。

 今は身体も傷つき、ずっと心に深い傷を負っている。

 自分の愛で、癒すことができるだろうか?

「いや、癒してみせるさ」

 腹の奥底から、ジワジワと熱いものがこみ上げてくる。

「この俺の海よりも深い愛で、リッキーの心の傷も全て癒す! そして俺の愛でいっぱいにし、俺以外の男に見向きもしないほどガッチリ心をつかみ、毎晩俺だけを求めて甘えるように教育する!」

 握り拳をガッシリ握り締め、ベルトルドは明後日の方向へ強く頷く。

「胸がペッタンコだろうと愛の前にはなんの障害でもない! 揉んで揉んで膨らむくらいに揉んで揉み尽くせば、ちっぱいなど気にもならん」

 眠るキュッリッキの胸元に視線を貼り付け、ベルトルドは勝手に納得する。キュッリッキにとって『ちっぱい』が禁句だということは知らない。

「それにしても、本当に可愛らしい。全てが愛おしい」

 艶やかな金の髪も、白桃のように白い肌も、小柄で華奢な身体も。そして、あれだけ深い心の傷を抱えながら、それでも愛らしい笑顔を浮かべることができる純粋さ。

 性欲を満たして満足したあと、捨てた女たちのように、今度は捨てる気はない。傷ついたこの小鳥を、嫌がっても抵抗してきても、籠に閉じ込め手元に置いておく。

「俺の愛に抱かれれば、もう二度と辛い思いをすることもない。悪い夢だったと思わせてみせるぞ、リッキー」

 キュッリッキの寝顔は悲しみに満ちているように見えた。流れ込んできた幼い頃のキュッリッキの姿が重なり、抱きしめてやりたかった。そして静かな寝息をたてるその柔らかな唇を見つめていると、吸いつきたい衝動に襲われ、顔を近づけては背け、再び向けては背けを繰り返す。

(アルカネットに先を越された、アルカネットに先を越されたっ!!)

 そのことが、一番悔しい。

(あんにゃろおおおおお)

「何をしてるのです」

「いででででっ」

 いきなり耳を思いっきり引っ張り上げられ、ベルトルドは強烈な痛みに軽い悲鳴を上げる。

「アルカネットかっ! 痛いからヤメロ」

 自分の屋敷でこんな無礼を平気で働くのは、アルカネットしかいない。しかしさらに耳は引っ張られ、大の男の身体が易易と持ち上げられた。

 アルカネットは無表情のままベルトルドの耳を掴んでいたが、やがてパッとはなす。その拍子に、ベルトルドは顔面からベッドに倒れ込んだ。

「ふがっ」

「全く、目を離しているとすぐコレですから、困ったものです」

「……」

 ベルトルドはのろのろと身体を起こし、ベッドの上にぺたりと座った。そして傍らで腕を組んで見下ろしてくるアルカネットを見る。

「早かったじゃないか」

「嫌な予感しかしませんでしたから、文字通り飛んで帰ってきました」