【小説】片翼の召喚士-episode065

chapter-4.記憶の残滓編
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記憶の残滓編-episode065 【片翼の召喚士】

 ある日裏庭の岩の上に座り、少女はぼんやりと空を眺めていると、修道女に声をかけられた。

「キュッリッキ」

 しかし少女は反応しない。

 修道女がもう一度強く名を呼ぶと、少女はハッとしたように顔を向けた。

「ごめんなさい、クリスタさま」

 少女は慌てて岩から降りて、クリスタの前に立った。

 クリスタと呼ばれた修道女は、皺を刻んだ顔に不快感を貼り付けたまま、キュッリッキと呼んだ少女を見おろした。

 この修道院の院長である。そして、少女――キュッリッキの名付け親でもあった。

「明日、急遽カステヘルミ皇女がお見えになることになりました。殿下は当修道院に多大なご寄付を約束してくださっております。そして視察のために、御足をお運びになります」

 ありがたいことです、とクリスタは深く頷いた。そしてクリスタは厳しい表情になると、キュッリッキを睨みつけた。

「いいですか、あなたは明日、殿下がお帰りになるまで、部屋を一歩も出てはなりませんよ」

 どうしてですか? とキュッリッキは言わなかった。

 以前もどこかの貴族の貴婦人がやってくるというので、同じように部屋にこもっていろと言われたことがあるからだ。

 片翼の奇形児と有名なキュッリッキは、他の同族たちにとって、不快感の塊とみなされているからである。

 それを骨の髄まで思い知っているキュッリッキは、黙って頷き、そして俯いた。

 翌日、皇女御一行様が訪問した合図の鐘の音が、奇岩の上に鳴り響いた。

 キュッリッキは言われた通りに、部屋の中でおとなしくしていた。しかし昼近くになり急に尿意をおぼえ、我慢しきれず部屋を出てトイレに駆け込んだ。

 幸い誰ともすれ違わず、無事用を足せて部屋へ戻る途中、運悪く皇女御一行と廊下でばったり出くわしてしまった。

「あっ」

 突然現れた孤児に、先頭を歩いていたカステヘルミ皇女が、面白そうに少女に目を向けた。

「お前はさっきの子供たちの中にいなかった。どこに隠れておいでだった?」

 咎めるでもなく怒っているふうでもない。ただ不思議そうにたずねられ、キュッリッキはしどろもどろに辺りをキョロキョロ見回した。

 皇女の背後に控えていた修道女たちの表情が、みるみる怒りの色に染まっていく。

「えっと…えっと」

 本当に慌てふためいて困り果てるキュッリッキに、カステヘルミ皇女は面白そうに笑い声を立てた。

「おおかた、つまみ食いでもしておったのだろう」

 愉快そうに言われ、キュッリッキは真っ赤になって俯いた。

「おや?」

 カステヘルミ皇女はキュッリッキの背に視線を向け、不快そうに眉を寄せた。

「お前、みっともない翼をお持ちだね。そして虹の光彩を持つもう片方の翼…。もしや数年前に噂になった、召喚スキル〈才能〉を持つあの奇形児か?」

 言って修道女たちを振り返る。修道女たちは恐縮しながら汗を浮かべていた。

「さようでございます、殿下」

「本当に虹の光彩を翼にもまとわせているのだな。珍しいものを見た」

 そう淡々と言って、カステヘルミ皇女は歩きさってしまった。