混迷の遺跡編-episode086 【片翼の召喚士】
それは、何度か乗ったことのある汽車のようだ、とファニーは思った。
「ヒあああああっ!」
悲鳴に尾ひれが付きそうな勢いで、しかし身体はグラリとも揺れない。浮き上がったままの姿勢で飛んでいた。
何かにしがみつきたくて手を動かすが、空をカラカラからぶるだけだ。
「不安なら、オレが抱きしめててあげるよ~、ファニーちゃん」
前の方でルーファスが両腕を広げている。
「い、いえ、ケッコーです…」
「えーっ」
物凄くイヤそうな顔で拒否られて、ルーファスは肩を落とす。
「それにしても、凄いですね」
目を丸くしているハドリーに、ギャリーが笑いかける。
「あの御仁は、仲良くピクニック出来る柄じゃねえからな。早くイララクスに連れて帰りたくて急いでる。まあ、オレらはオマケだけどな」
「確かに…」
人が群れててベルトルドの姿は見えないが、こんな速さで飛んでいて、キュッリッキは大丈夫だろうかと顔をしかめる。
「大丈夫だよ」
ルーファスにウィンクされて、ハドリーは苦笑った。
「ベルトルドさまー、空間転移でキューリさんだけでも連れていけないんですか?」
ハーマンが大声を上げると、
「できん」
そう短く返事が飛んできた。
「空間転移は物凄く精神力を必要とするんでな、リッキーにかける防御を保てる自信が流石にない。己の未熟が口惜しいが、安全第一だ」
魔法とサイ《超能力》は異なる。魔法スキル〈才能〉を持つハーマンには、サイ《超能力》がいまいち理解出来ていない。どういうものか知識だけしか知らないのだ。
「具体的に防御って、どんなことするんです?」
ハーマンが食い下がると、
「ルー、貴様が懇切丁寧に説明してやれ。俺が採点してやる」
そう突っぱねられた。
ハーマンは首をすくめ、そしてルーファスを見る。ルーファスは苦笑を浮かべて頷いた。
「魔法は魔力を使って、無から有を作り出せるでしょ、でもサイ《超能力》はそれができないってことは知ってるよね」
「うん」
「魔法って、魔力を呪文でその魔法の形にするじゃない。その時魔法は、魔法使いから切り離されるだろ。でもサイ《超能力》の力は自分の精神力を源とするから、防御って形を取っても、念力を使っても、ずっと繋がってるんだよね自分と。今オレたち、ベルトルド様のサイ《超能力》で飛んでるけど、これってベルトルド様にお姫様抱っこしてもらってる感じ」
「気味の悪い表現をするな!」
ベルトルドの怒号が飛んできて、ルーファスはエヘヘッと笑う。
「防御に使おうとしている精神力は、魔力で言うとねえ……イラアルータ・トニトルスを100回撃つようなレベルかな」
「ウゲ…」
それを想像し、ハーマンの顔が歪む。それはものすごく判りやすい。
「キューリちゃんに張ろうとしている防御は、物凄く繊細なものになる。転送の時の負荷を、寸分も与えないためにするから。それを維持し続けるために、その倍も精神力が使い続けられるんだ」
魔法だとなぜ同じことができないのかは、ルーファスも知らない。判る者は、この時代にはいないようだった。
「だから、空間転移と防御と維持の3つを一度に使うのは、ベルトルド様が2人はいないと難しいかな~ってことだよ」
「幼稚な説明だが、及第点をやろう」
「ありがとっす!」
ルーファスは首をすくめ恐縮した。
「そっかあ、張ったらほったらかしにはできないんだね」
「だね」