混迷の遺跡編-episode074 【片翼の召喚士】
「病院のおばちゃんが開けてくれたから、キューリ運べ、ルー!」
近所迷惑も甚だしい大声が、通りを挟んだ向こうからいきなり聞こえてきて、ルーファスは額を押さえた。
元気に両手を交差させながら振り回すヴァルトを見て、ランドンもシビルもため息しか出ない。それでもいち早く病院を見つけてきたのだから、まだマシだったとも言える。
「ま、取り敢えずヴァルトに案内してもらおうか」
ルーファスはゲッソリ言って、ヴァルトのほうへ向かう。
「そうですね。ちゃんと見つけてきたんだから、褒めてあげないと」
シビルは肩をすくませながら、後に続いた。
座り込んでいた研究者たちも、億劫そうに立ち上がり続いた。
「ああそそ、マリオン、脳筋組みたちに連絡を入れておいてください」
「おっけ~い」
カーティスから言われて、マリオンはすぐさま念話を飛ばす。
「案内よろー」
「おしゃ、着いてこい!」
先頭に立って、意気揚々と進むヴァルトに、皆ぞろぞろとついていった。
ヴァルトに案内された病院は、こざっぱりした小さな診療所のような規模だ。木造の建物に、白いペンキを塗ってある。屋根は赤いペンキを塗っていて、可愛らしい建物だった。
玄関で出迎えてくれた中年の女性は、泣きそうな顔でキュッリッキを覗き込んだ。
「まあまあ、大変」
中年の女性は、医者の妻兼看護師のマルヤーナと自己紹介した。
マルヤーナはすぐさまルーファスを処置室に案内する。ルーファスは細心の注意を払い、清潔なベッドの上にキュッリッキをそっと寝かせた。
「運搬完了……」
そう言うやいなや、ふらりとその場に仰向けにぶっ倒れてしまった。
「大丈夫!?」
「ご心配なく。サイ《超能力》の使いっぱなしで、燃え尽きてるだけですから…」
「まあそうなの、大変だったのねえ」
そう言いながら、マルヤーナはルーファスの腕を掴むと、自分よりも大きな男をヒョイっと軽々肩に担ぎ上げた。その逞しき光景にシビルがギョッとする。
「入院患者用のベッドが空いているの。寝かせてくるわね」
にこやかに言い置いて、マルヤーナとルーファスが出て行った。そして入れ替わるようにして、白衣を着た男が眠そうに入ってきた。
「ウリヤスと言います。よろしく」
「夜分遅くにすみません」
「急患ならしかたがないです。そちらのお嬢さんですね」
ウリヤスはベッドの傍らに立つと、白いものが混じった眉を寄せて唸った。
「血液を調べてすぐ輸血しましょう。マルヤーナ」
妻の名を叫んで、ウリヤスは棚からすぐに道具を取り出し準備を始めた。
「申し訳ないが、私の腕ではこのお嬢さんを助けるのは無理だ。輸血と点滴をするくらいしか、お役には立てそうもない」
「今こちらに医者が向かっています。たぶん外科専門かと思われます」
「うん。それなら助かるかもしれない。私はこの小さな町でそこそこの病人や怪我人を相手にする程度の医療スキル〈才能〉しか持っていないのでね」
自分を卑下するわけではない。それが事実なんだといった静かな顔で、キュッリッキを見ていた。医療スキル〈才能〉にも得意不得意分野があり、技術の差も存在するのだ。
「せっかく頼ってくれたのに、大したことも出来ず、すまないね」
「いえ、ありがとうございます」
シビルは心から頭を下げた。