【小説】片翼の召喚士-episode067

chapter-3.混迷の遺跡編
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混迷の遺跡編-episode067 【片翼の召喚士】

 キュッリッキは生まれて初めてだと思うくらいの悲鳴を、喉から絞り出した。突如目の前に、巨大な怪物が現れたからだ。

 柱の影から現れたそれは、あまりにも異様な姿をしていた。生臭い息と唾液を滴らせ、黄色く濁った目には血のような紅い瞳が斑点のように張り付いている。大きな口は耳まで裂け、黄ばんだ鋭い牙が何本ものぞいていた。

 愉悦を浮かべるその顔は、まるで下卑たイヤラシイ人間の男の顔のように見える。

 顔の周りはごわついた黒い毛で覆われ、人面をした巨大なライオンのような怪物は、仰け反り見上げるほどに大きい。硬い甲羅に覆われた長い尾が、せわしなく揺れ動いている。

 獲物を見つけた愉悦に浸る怪物に、すぐさまフェンリルで応戦しようとしたとき、足元にいたフェンリルが、突然何かに吸い込まれるようにかき消えたのだ。

「えっ、フェ、フェンリル!?」

 キュッリッキはその場で飛び上がるほど仰天した。

「どういうことなの? なんで消えちゃったのフェンリル…」

 フェンリルをアルケラへ還していない。それなのに、かき消えてしまった。

 目の前の怪物といい、勝手に消えたフェンリルといい、どういうことなのだろうか。しかし悩んでいる暇はない。戦うために気持ちを切り替え、すぐさまフェンリルを再召喚しようとしたが、目を凝らしても何も視えない。

「う、嘘、アルケラが視えない……な、なんで?」

 視線を前方に彷徨わせ、キュッリッキは激しく狼狽えた。

 怪物は距離をゆっくりと取って前脚を動かしている。キュッリッキは困惑を深めながらも、ジリジリと壁際に後退していった。

 諦めず何度も試してみたが、その目に見えていたアルケラは視えず、ただただ目の前の怪物の姿を、その神聖な瞳に映し出すだけだった。

(どうしよう…アタシこのままじゃ…)

 召喚が使えなければ、キュッリッキには戦う術が何もない。

 武術も剣術も使えない。まして護身用の短剣すら持ち歩いていないのだ。自分の身を護るのはフェンリルをはじめ、アルケラの住人たちだ。それなのに、フェンリルは消えてしまい、アルケラも視えない。これでは、逃げることしか出来ない。

 恐怖と緊張で、脚がガクガク震え、腰が砕けそうになった。

 怪物はすぐには襲いかかってくる様子はなく、キュッリッキの出方を探っているようだった。

 知性があるのだろうか。それならば、

(タイミングを見て逃げ出せばいいんだわ…。――いまだ!)

 キュッリッキは素早く翻って駆け出した。

 不意をつかれた怪物も、すぐさま前脚を跳ね上げ走り出した。