混迷の遺跡編-episode064 【片翼の召喚士】
遺跡の前で待機していたハドリーとファニーは、依頼主のケレヴィルの研究者達を見て慌てて立ち上がる。
「良かった、無事だったんですね」
安堵の息を吐きながら、ハドリーはシ・アティウスの前に駆け寄った。
「こちらは皆、大事無い。君たちこそ無事でなによりだ」
薄暗さのある山の洞穴の中では、色のついたレンズの奥の目は判らない。しかし、淡々とした口調から察するに、特別怒っている風ではなかった。
「その血は…」
ファニーが眉を曇らせると、ああ、と小さく呟いてシ・アティウスは頷いた。
「返り血を浴びただけで、怪我はしていない」
「ふぅ、びっくりした~」
胸に手を当てて、ファニーは嘆息する。
「君たちを助けたのも、ライオンの連中かな?」
「はい。縄でぐるぐる巻きにされて、あそこの窖に放り込まれていたところをリッキーが」
そう言って、ハドリーは仲間たちと話しているキュッリッキを指差す。
「お恥ずかしい限りです。護衛についた、あたしたちまで捕まるなんて」
「いや、あれはさすがに無理だったろう。多勢に無勢だ、気にすることはない」
「すみません…」
しゅんっと肩を落とすファニーに、シ・アティウスは頷いてみせた。
「我々の護衛任務は、ライオン傭兵団に移ったようだ。依頼主は上司の副宰相だ」
「では、オレたちの仕事はここまでですね」
「うん。契約した依頼料はきちんと支払うから、安心してくれたまえ」
「なんかスイマセン」
「気にすることはない。どうせ支払うのはケレヴィルという組織だからな」
すましたように言うシ・アティウスに、ハドリーは苦笑ってみせた。
「では、我らは遺跡の状態が気になるので中を見てくる。ご苦労だった」
「はい、ありがとうございます」
「ありがとう~」
ハドリーとファニーは、ぞろぞろ遺跡に入っていくケレヴィルの研究者たちの背中を見送り、ホッとしたように肩の力を抜いた。
「良かったねハドリー、依頼料もらえるわ」
「ああ、なんか申し訳ないけど助かる」
今回のシ・アティウスらケレヴィルの研究者たちの護衛依頼は、かなり報酬額が良かった。普段受ける護衛の報酬の約2倍もある。
最初はシ・アティウス個人のみの護衛だったから、ハドリーとファニーの2人でも手に余ることはなかった。そこから護衛サイドの人数が増えて、襲ってきた相手がソレル王国軍だったこともあり、仕事をしくじってしまったのだ。
「今日はこのまま遺跡に泊まって、明日帰ろうよ」
フェニーの提案に、ハドリーは頷いた。
「オレらの顔を覚えてるソレル王国兵なんて、いないよなあ?」
「自分で言うと萎えるけど、あたしらみたいな小物相手に、いちいち覚えてる連中なんていないわよ…」
「だよなあ…」
印象を刻み付けるほどの活躍は、全くしていなかった2人である。刻み付ける以前に、大勢で取り押さえられて、殺されなかっただけマシなほうだった。