【小説】片翼の召喚士-episode064

chapter-4.記憶の残滓編
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記憶の残滓編-episode064 【片翼の召喚士】

 3種族共に崇める神は2柱で、太陽の女神ソールと、月の男神マーニである。地域によっては性別が異なることもあるが、太陽と月を神格化して崇めることに変わりはない。

 太陽の女神ソールを崇めるこの修道院では、朝食のあとに女神ソールへの祈りの時間がある。これには少女も強制的に参加させられる。そして次は、孤児たちの勉強の時間が昼まで行われていた。

 しかし少女は、この勉強に加えてもらえない。覗くことすら禁止されていた。

 孤児とはいえ、社会へ独り立ちできるように、最低限の読み書きや計算を教えてもらえる。13歳になれば働けるようになるので、孤児たちは13歳になるまでは修道院で育てられ、そして独立していく。

 修道院でいじめられ、嫌われる少女の将来を、心配する者など誰もいない。

 何故なら、少女は実の両親に捨てられ、そのことは惑星ペッコでも、有名な事件として知れ渡っているのである。

 哀れみ、同情する者が1人も現れなかった。アイオン族の種族統一国家イルマタル帝国ですら、少女の引取りを拒否したのだ。

 少女には、レア中のレアとされる召喚スキル〈才能〉がある。召喚スキル〈才能〉を持つ者は、家族ごと国に保護され、裕福な暮らしと安全を、生涯約束されるのだ。それは、3種族共通の取り決めとなっている。にもかかわらず、少女はどこにも引き取られなかった。

 それは全て、少女が片翼の欠陥をもって生まれてきてしまったからである。

「アイオン族は完璧であらねばならない! 欠陥品はクズ同然であり、アイオン族を名乗るのもおこがましいのである。飛ばない鳥を鳥とは言わないであろう!! 予の治める国にそんな欠陥品はいらぬ、アイオン族の面汚しは即刻排除すべし!!」

 皇帝アルファルドが敷いた悪習、40年以上も続いた悪法が撤廃された今も、惑星ペッコに暮らすアイオン族の心に深く根付いている。

 召喚スキル〈才能〉を持って生まれてきた、貴重な存在であるはずなのにだ。

 生まれたばかりの赤子を、死なせるのはさすがに寝覚めが悪かったのだろう。病院から無理矢理押し付けられ、修道院は不承不承引き取ったのだった。

 少女が13歳になれば、堂々と追い出すことができる。

 置いてもらえているだけありがたいと思え。食わせてやっているだけ感謝しろ。それが修道女たちの本音なのだ。

 アイオン族は美醜をとにかく重んじる種族である。惑星ペッコ以外の惑星で暮らすアイオン族はそこまで酷くはないが、本星のアイオン族は貫いていた。

 勉強の時間、少女は薄暗い自分の部屋にいた。そして、仔犬のフェンリルから、色々な言葉を教わっていた。

 教科書も、ノートも、鉛筆も、黒板もない。それでも、少女は新しい言葉を教わると、それだけで楽しかった。

「あるけらに、いこう」

 少女はそう言うと、目を前方に据える。黄緑色の瞳にまといついている虹色の光が、ジワジワと光を強めていった。そして、少女の右側の翼にも散りばめられている虹色の光彩が、同じように強く光った。

 そして少女の意識は、ここではない、別の世界へと飛んでいた。

 少女の意識は、その世界で同じように形となっていく。そして仔犬のフェンリルも、同じように形となって少女に付き従った。

「あそびにきたよー」

 嬉しそうな少女の声に反応して、あちこちから光の玉が現れ、少女の周りを楽しそうに飛び交った。

 柔らかな光と、モコモコとした白い雲が、どこまでも続いていく。

 やがて、ゴツゴツとした岩山と、黒い大きな雲が広がる場所に出た。

「それー」

 少女は目の前に現れた、黒いゴワゴワしたモップのようなものに飛びついた。

「なんじゃあ……いたずらっ子がきたかー」

 黒いモップのようなものが揺れると、あたりに紫電の光が舞い踊る。稲妻だった。

「キャハハッ」

 それを見て、少女は楽しそうに笑い声を上げた。

 無垢な笑顔を浮かべ、明るい笑い声を発する少女は、しかし薄暗い部屋の中で、殺伐とした、乾いた表情を浮かべているだけだった。

 ある日裏庭の岩の上に座り、少女はぼんやりと空を眺めていると、修道女に声をかけられた。

「キュッリッキ」

 しかし少女は反応しない。

 修道女がもう一度強く名を呼ぶと、少女はハッとしたように顔を向けた。

「ごめんなさい、クリスタさま」

 少女は慌てて岩から降りて、クリスタの前に立った。

 クリスタと呼ばれた修道女は、皺を刻んだ顔に不快感を貼り付けたまま、キュッリッキと呼んだ少女を見おろした。

 この修道院の院長である。そして、少女――キュッリッキの名付け親でもあった。

「明日、急遽カステヘルミ皇女がお見えになることになりました。殿下は当修道院に多大なご寄付を約束してくださっております。そして視察のために、御足をお運びになります」

 ありがたいことです、とクリスタは深く頷いた。そしてクリスタは厳しい表情になると、キュッリッキを睨みつけた。

「いいですか、あなたは明日、殿下がお帰りになるまで、部屋を一歩も出てはなりませんよ」

 どうしてですか? とキュッリッキは言わなかった。

 以前もどこかの貴族の貴婦人がやってくるというので、同じように部屋にこもっていろと言われたことがあるからだ。

 片翼の奇形児と有名なキュッリッキは、他の同族たちにとって、不快感の塊とみなされているからである。

 それを骨の髄まで思い知っているキュッリッキは、黙って頷き、そして俯いた。

 翌日、皇女御一行様が訪問した合図の鐘の音が、奇岩の上に鳴り響いた。

 キュッリッキは言われた通りに、部屋の中でおとなしくしていた。しかし昼近くになり急に尿意をおぼえ、我慢しきれず部屋を出てトイレに駆け込んだ。

 幸い誰ともすれ違わず、無事用を足せて部屋へ戻る途中、運悪く皇女御一行と廊下でばったり出くわしてしまった。

「あっ」

 突然現れた孤児に、先頭を歩いていたカステヘルミ皇女が、面白そうに少女に目を向けた。

「お前はさっきの子供たちの中にいなかった。どこに隠れておいでだった?」

 咎めるでもなく怒っているふうでもない。ただ不思議そうにたずねられ、キュッリッキはしどろもどろに辺りをキョロキョロ見回した。

 皇女の背後に控えていた修道女たちの表情が、みるみる怒りの色に染まっていく。

「えっと…えっと」

 本当に慌てふためいて困り果てるキュッリッキに、カステヘルミ皇女は面白そうに笑い声を立てた。

「おおかた、つまみ食いでもしておったのだろう」

 愉快そうに言われ、キュッリッキは真っ赤になって俯いた。

「おや?」

 カステヘルミ皇女はキュッリッキの背に視線を向け、不快そうに眉を寄せた。

「お前、みっともない翼をお持ちだね。そして虹の光彩を持つもう片方の翼…。もしや数年前に噂になった、召喚スキル〈才能〉を持つあの奇形児か?」

 言って修道女たちを振り返る。修道女たちは恐縮しながら汗を浮かべていた。

「さようでございます、殿下」

「本当に虹の光彩を翼にもまとわせているのだな。珍しいものを見た」

 そう淡々と言って、カステヘルミ皇女は歩きさってしまった。

 後に残されたキュッリッキは、ホッと胸をなでおろした。しかしその晩すぐに院長室に呼び出され、厳しい叱責と体罰を受けた。

「もしお前のせいでご寄付をいただけなかったら、明日から子供たちをどう食べさせてやったらいいのか、困るところだったよ!」

 鬼のような形相のクリスタは、黒い革の鞭でキュッリッキの身体中を打ち叩いた。打つ力に加減はなく、渾身の力を込めて振るい続けた。ビシッ、ビシッと室内に痛い音が鳴り響く。

「ごめんなさい、ごめんなさい!」

 身体を丸め、キュッリッキは痛みに耐えかねて泣きじゃくった。やめて欲しくて必死に謝る。叩かれるたびに、焼けるような信じられない痛みが襲い掛かった。しかし院長もそれを見るほかの修道女たちも、冷たくキュッリッキを見下ろすだけだ。

 裂けた傷口から血が滴り落ちるほど、散々鞭打たれていた。

 小さな身体が血の塊になるほど打って、クリスタはようやく落ち着きを取り戻した。足元には、ぐったりとしたキュッリッキが転がっている。

「さっさと起きるのです! この愚図っ」

 つま先で腹を蹴られて、キュッリッキは失いかけた意識を取り戻す。

 血まみれの弱った手足に必死に力を込めて、何度も倒れながら起き上がる。涙と血でぐじゃぐじゃになった顔をクリスタに向けると、まるで穢らわしいものでも見るような目で見返された。

「部屋へお戻りなさい、この欠陥品」

 最後に心に深い傷をつけられ、キュッリッキは手当を受けることなく、重い足を引きずり部屋に戻った。

 院長室を後にするとき「死んじゃえばいいのよ…」と囁きあう声が、露骨に背中に投げつけられた。容赦のない言葉の数々に、キュッリッキの心はますます傷ついた。

 薄暗い部屋に戻ると、キュッリッキは毛布の上に倒れた。

 夜気の冷たさに小さな身体は冷え切り、傷口もじくじく痛んで、あとから涙がぽろぽろ頬をつたった。

 傷が痛んで悲しいのか、修道女たちの仕打ちが悲しいのか、自らの境遇が悲しいのか。あまりにも悲しいことばかりで見当もつかない。

 暫くすると、突如室内に柔らかな光が満ちて、そこに1人の老人が姿を現した。

「なんと、惨いことをする…」

 老人はその場に座ると、キュッリッキの小さな身体を膝の上に抱き上げた。

 傷ついた身体にそっと手をあてると、柔らかな白い光が、小さな身体を包み込む。

「…あったかいの」

 キュッリッキは小さく目を開けると、顔を上げて老人を見上げた。

「ティワズさま…」

 老人は優しく微笑むと、キュッリッキの頭を優しく撫でた。

「もう、いたくないの。ありがとう」

 キュッリッキがそう言うと、老人は小さく頷き、キュッリッキを毛布の上にそっと戻した。

 傷だらけで血まみれだった小さな身体は、どこにも傷跡がなく、切り裂かれた粗末な服も元通りだった。

 やがて老人は空気にかき消えるように、姿を消していた。

 しばらくの間キュッリッキは動かず、じっと横たわっていた。

 身体の傷は癒えていたが、心の傷は少しも癒えていない。小さな心は無惨なほどに傷だらけなのだ。

 動かないキュッリッキの鼻を、仔犬がペロリと舐めた。

「くすぐったいの」

 こそばゆくって、キュッリッキはクスクスと笑った。

 仔犬はもう一度キュッリッキの鼻を舐めたあと、胸のそばで丸くなった。

 寄り添ってくれる仔犬のぬくもりだけが、キュッリッキの心に優しかった。

「ありがとう…フェンリル」