【小説】片翼の召喚士-episode062

chapter-3.混迷の遺跡編
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混迷の遺跡編-episode062 【片翼の召喚士】

「話が脱線しまくっていますよ、ベルトルド様…。もう酔われましたか」

 キュッリッキに手を出す気満々のベルトルドを冷ややかに見つめ、更に底冷えするような声でメルヴィンが口を挟む。

 ベルトルドもルーファスも、思わずビクッと息を飲んだ。メルヴィンのような真面目な男を怒らせると怖いのだ。

「で、お話の続きをどうぞ」

 メルヴィンの気迫に圧され、ベルトルドは真顔に戻り、視線を明後日の方角に向けて唸った。

「何を話そうとしていたかな…」

 脱線しすぎて忘却してしまっている。

「ではオレから質問を一つ。何故我々を看病役に選んだんですか? 魔法スキル〈才能〉もないので、回復魔法をかけてあげることもできません。それに我々は男なので、女性の看病には不都合が色々あるんじゃないでしょうか」

「ああ…そのことだ」

 ワシャワシャと自分の頭を掻いて、ベルトルドは寝転がったまま、肘枕をして身体をメルヴィンたちの方へに向けた。

「今のところ、リッキーが一番心を許しているのが、お前たち2人だからだ」

 メルヴィンとルーファスは顔を見合わせた。

「あの子はまだ入団して日も浅い。それに人見知り体質もあるようだな。だが自分の欠点を克服して、仲間の中に必死に馴染もうとしている。それはカーティスから聞いている」

 ベルトルドは空のグラスを掴んで揺らす。手近にあったブランデーの酒器を持って立ち上がると、ルーファスはベルトルドのグラスにトポトポと注いだ。

「確かに男手だと不都合もあるだろうが、そこはリトヴァがフォローしてくれるだろう。貴様たちの役目は、喋るぬいぐるみ程度に、そばにいてやることだけだ」

 寝転がったままグラスの中身を軽くあおる。

「大怪我を負って、精神的に不安定になっている。例の怪物のトラウマも抜けていないだろう。素直に甘えられる存在が近くに欲しいのさ、そいうときはとくにな」

 メルヴィンは小さく頷いた。

「性別やスキル〈才能〉は、この際どうでもいい」

「なるほど」

 ルーファスは照れくさそうに頬を掻いた。巨乳好きと公言しているので、てっきりドン引きされていると思っていたからだ。

「しかしどういう基準で貴様らなのかは、俺もよく判らん。次点でマリオンなんだが、まあ、馴染み易かったんだろう。それに、貴様らは顔も悪くないしな。俺に比べるとはるかに落ちるが」

 だがな、と言ってベルトルドは立ち上がる。

「貴様らを心の中から徹底排除し、リッキーの中の一番はこの俺が取る! 俺だけを望み、俺だけを求め、俺に全てをさらけ出すくらいに教育してみせるぞ!」

 思いっきり真顔で拳を握り締め、自信たっぷりに言い切った。

(このエロおやじ…)

(ロリコン…)

 2人の心の声をスルーして、ベルトルドはテーブルのベルを鳴らした。

 すぐにセヴェリが顔を出す。

「風呂は?」

「用意出来ております」

「なら、こいつらを部屋に案内してやれ。俺は風呂に入る。身体を隅々まで磨いておかねば」

「承りました」

「今日から俺は、リッキーの部屋で寝る事にするから、朝は間違えるなよ」

「…お嬢様のお部屋に、でございますか?」

 セヴェリが困った顔をする。そう、これが普通の反応なのだ。

 そんなことはお構いなしに、ベルトルドは嬉しそうに笑顔を見せた。

「ああ、リトヴァにもそれ言っておいてくれ」

「……そのように」

 神妙に頭を下げ、セヴェリは部屋を出た。

 執事代理となったセヴェリに案内された部屋は、キュッリッキの部屋のすぐ隣の2部屋だった。

「お夕食の準備が整いましたら、お呼び致します。時間は19時くらいになります」

「うん、ありがとうセヴェリさん」

「ありがとうございます」

「それでは、ごゆっくり、おくつろぎくださいませ」

 慇懃に挨拶して、セヴェリは戻っていった。

「メルヴィン、付き合わないか」

 ルーファスは手振りで飲む仕草をする。

「是非」

 メルヴィンは笑みを浮かべ、ルーファスの部屋に入った。

 ハーメンリンナにある貴族や富豪たちの有する屋敷と大差なく、とにかくこの屋敷は無駄に広い。そして2人の部屋も無駄に広かった。

 ベルトルドの好みだろうが、屋敷の調度品や色調は、青と白を中心にしたものが多い。下品になるほど派手ではなく、かといって質素になるほど簡素でもなく、ちょうどいい調和が取れている。

 寒々しい印象を与える青色も、絶妙なバランスと濃淡で、柔らかく配色されているので、落ち着いた良い部屋になっていた。

 ソファに向き合って座り、ルーファスはメルヴィンのグラスにワインを注いだ。

「貯蔵庫から拝借してきた」

「いつの間に…」

「ベルトルド様のように転移は無理だけど、サイ《超能力》でちょちょいとネ」

 人懐っこい笑みを浮かべ、ルーファスはワイングラスを持ち上げ乾杯する。それを見やってメルヴィンは苦笑すると、乾杯した。

「お疲れ様です」

「お疲れ~。さっきカーティスに連絡とったら、あっちもみんなクタクタで、すぐ部屋にすっこんだそうだ」

「なんだかんだ、あちらでは雑魚寝状態でしたしね」

「だよネ。それに、じめじめ暑かったし。真夏じゃあるまいし、あの国は大変だなあ」

 笑いながらグラスを傾ける。

「今回の仕事は、キューリちゃんの全面サポートがあって、随分手際よく進められて良かったのに、とんだことになっちゃったよねえ」

「そうですね。まさか遺跡にあんな怪物が出現するなんて、予想もできませんでしたよ」

「うんうん。元々詰めてた研究者たちでも見つけられてなかったし、襲われてなかったわけだしさ。一体どんな仕掛けだったのかなあ」

「ええ」

「娯楽小説だと、床の判りにくいスイッチを踏んじゃって、罠が発動した、なんてシーンがあるけど。そんなノリとはチガウっぽいけどね」

「ですね…」

「あんな大怪我させちゃって、オレたちがどうこうしたわけじゃないけど、なんかキューリちゃんに悪くってさ…」

「はい」

 あれ以来何度も思い出す、キュッリッキの大怪我した姿。何とかして助けたいと思いながらも、助からない、もうだめだと思うほどの惨さだった。

 この事件は、ライオン傭兵団皆の心に、深い後悔となってずっと残ることになる。

「それにしてもさ、キューリちゃんに好かれてるとは思ってなかったから、なんかこそばゆいな」

 ルーファスは座り直して話題を変えた。

「女の子に好かれるのは、悪い気はしませんよ」

「まあね。とにかく美少女だからなあ、キューリちゃん。あれで胸がおっきかったら完璧だったんだけど」

「太りにくい体質だと言ってたことがあるので、あまり言うと可哀想ですよ」

「ははっ、それならしょうがないな」

「しかし、頼りにされてる以上、守ってあげないと」

「ベルトルド様からだろ。淫乱オヤジの毒牙から守るのは、一国の軍隊から守るより至難の業だよねえ」

 どんよりと重たい空気を漂わせながら、2人は俯いた。

「これはもう、アルカネットさんに縋るしかっ」

「どっちもどっちな気がしますが」

「ベルトルド様は有言実行、アルカネットさんは無言実行、どっちもどっちか」

 敵が強すぎて、お姫様を守るナイト役は難しすぎると、闘う前から諦めモードが漂う2人だった。

 キュッリッキは目を覚ました。目に飛び込んできた暗闇に、何度か目を瞬かせる。

(どこかな…ここ…)

 暗闇に目も慣れてきて、ぼんやりと視線の先を見つめた。

 見上げているそれがベッドの天蓋だと気づくのには、時間がかかった。生まれて初めて目にするもので、天蓋の向こうに窓のようなものが見えたので、それが天蓋だと気づいた。

 何故天蓋がつくようなベッドに寝ているのだろうと、疑問が頭をもたげる。そういうベッドは、お金持ちが寝るものと認識しているからだ。そして左側に人の気配がして首を向けると、キュッリッキは悲鳴をあげそうになって、慌ててそれを飲み込んだ。

 ベルトルドが寝ているのである。

(えっ? えっ?? なんでここに!?)

 右側を見ると、数人横に寝ても余りあるくらいのスペースがある。もう一度左側を見ると、やはり大人2人分のスペースに、ベルトルドが寝ているのだ。

(えっと……えっとお…)

 キュッリッキは必死で考えた。

 アルイールのエグザイル・システムのところで、一度目が覚めた。そしてベルトルドが何かを言っていたが、キュッリッキは覚えていなかった。なので、自分がどこでこうして寝ているのかが判らない。

 忙しく頭の中が回転するが、さっぱり判らない。やがて考えるのが面倒になり、ひっそりとため息が漏れた。

 今の気分はとても落ち着いていて、あれだけ苦しかった熱もひいている気がした。とくに苦しくはない。

 迫り来る無言の恐怖と命の危険に晒されながら、それは必死に手を尽くした医者たちの、必死の治療の賜物であることは知らない。

 改めて左側に眠るベルトルドに顔を向ける。

 身体をキュッリッキのほうへ向けたまま、ぐっすりと眠っていた。寝息も規則正しく、なんとも無防備な寝顔。

 動く左手を恐る恐る伸ばし、そっと前髪を指で揺らしてみる。

 サラサラとした感触がくすぐったくて、でもそれで起きるんじゃないかと、慌てて手を引っ込めた。しかしベルトルドは目を開けなかった。

 スヤスヤと眠るベルトルドの顔を、まじまじと見つめる。

 こうして間近に見ても、聞いていた年齢よりずっと若く見える。アルカネットの柔和で優しげな面立ちとは正反対に、挑発的で強気が常に押し出されたような面立ち。ライオン傭兵団の仲間たちに言わせると「歩く傲岸不遜」だそうだが、それに同意出来るほど、付き合いは深くない。

 まだ出会って日も浅い。知らないことのほうが多いのだ。

 とても偉くて忙しい人だということは判る。その彼が、怪我をした自分のために駆けつけてくれた。そしてとても大切にしてくれる。

 何故だろう。

 考えるまでもなく、答えはすぐに出た。

 自分が珍しい、レアスキル〈才能〉を持つ召喚士だからだ。

 これまでずっと知らなかったことだが、召喚は国が保護するほど貴重なスキル〈才能〉なのだそうだ。同じように召喚スキル〈才能〉を持つ者は、大切に国に保護され、貴族のような暮らしをしているという。

 それも、家族ごと召し上げられるのだ。

 でも、とキュッリッキは思う。

(アタシは捨てられた。――家族から)

 悲しみと共に脳裏に蘇ってくる、冷たい石の感触。

 全身が渇くほど、欲した親の愛情。

 キュッリッキの黄緑色の瞳は天蓋を通り抜け、幼いあの頃の、薄汚い惨めな自分の姿を視ていた。