【小説】片翼の召喚士-episode059

chapter-3.混迷の遺跡編
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混迷の遺跡編-episode059 【片翼の召喚士】

「魔法もサイ《超能力》も、奥が深いのね。あたし単純な戦闘スキル〈才能〉だから、別次元の話だわ」

 ため息混じりにファニーが言う。そういったスキル〈才能〉を持つ相手と、仕事を組んだこともない。

「オレもそうさ。難しいことなんざ、判んねえよっ」

 ギャリーは鼻を鳴らす。

「そうですね。でも、リッキーが無事に帰り着くなら、ありがたいことです」

 ハドリーがしみじみと言うと、

「判っているじゃないか、そこの髭」

 そうベルトルドに褒められ、ハドリーは薄く笑った。髭面だから髭か、と内心ガッカリする。

 段々と目の前に海が迫って来て、目指す漁港も視界に入ってきた。

「うわー、はやーい」

 大声を張り上げたファニーは、漁港に大きな黒いものを見つけて目を眇める。

「何、あの黒いの?」

「アレは、正規部隊の軍艦ですね」

 メガネをクイッとあげてブルニタルが答える。

「ぐ…軍艦…」

 小さすぎる漁港に横付けされた、黒い大きな艦艇。それを見て、ルーファスが小さく首をかしげた。

「ねえベルトルドさまあ、あれって、転移させてきたんです?」

「そうだ。重いったらないぞ全く」

「……」

「ありゃ主力艦だな」

 ギャリーは懐かしそうに呟いた。全長210mほどの戦艦だ。

「飛ばさないと到底間に合わん。なんせ惑星の反対側になるからな、ここは」

 ――恐ろしい人

 皆ボソリと胸中で呟いた。

 戦艦の前には、ズラリと軍人たちが並び、ベルトルドに向けて敬礼している。

 漁港に到着した一同は、その場にストンッと落とされ、地面に尻餅をついた。

「痛いよーもー」

 ハーマンが抗議の声を上げると、ベルトルドはフンッと鼻を鳴らす。

「所詮貴様らはオマケだ、たわけ」

「閣下、出航の準備は整っております」

 高級士官らしき男が、列からスッと前に出た。

「ご苦労アークラ大将。わざわざアルイールから出向いていたのか」

「閣下とお嬢様をお乗せするのですから、当然です」

「感謝する」

 精悍な顔に笑みを称えるアークラ大将に、ベルトルドは不敵な笑みを向けた。

「それとな、オマケがぞろぞろいるが、片隅にでもついでに乗せてやってくれ」

「承知いたしております。では、皆様乗船下さい。まもなく出航させます」

「うむ」

 キュッリッキを担架から抱き上げ、ベルトルドは戦艦に乗り込んだ。そのあとを一同はぞろぞろとついていく。

「総員、出航だ! アルイールへ向けて発進させよ!」

 アークラ大将の指示で、戦艦は漁港を静かに離れた。

「アルイールまでは2時間ほどの航程となります。艦内は自由に見学していただいて構いませんが、艦橋へは入らないように」

 キュッリッキを抱いたまま、ベルトルドは甲板へと出ていて、残された一同はアークラ大将直々に、丁寧な説明を受けていた。

「それと…、見知った顔がいくつかあるな。元気にしていたか、ギャリー、タルコット」

「うっす」

「おかげさまで」

 アークラ大将の元部下だったギャリーとタルコットは、口の端を引きつらせながら笑顔を無理やり作る。

「3年前は、キュラ平原で世話になったが…。まあ、この件に関しては、閣下直々に謝罪があったゆえ、見逃すことにしている。無理やり、な」

 凄みのある笑みに、ギャリーもタルコットも背中で大量の汗を流しまくった。

 3年前のキュラ平原では、二重にも三重にも、色々な思い出が詰まりすぎている。それをいきなり蒸し返されて、2人以外にも、ライオン傭兵団は酢を飲んだ顔になっていた。話についていけないのは、ハドリー、ファニー、ケレヴィルの研究者、医師たちだ。

「短い時間の船旅を、ゆっくり楽しんでくれ。では失礼する」

 にこやかに敬礼をしたあと、アークラ大将は船室を出て行った。

「心臓に悪いな…」

「もう二度と会わないと思っていたんだケド」

 ギャリーとタルコットは、肩を落としながら溜息をついた。

 ゆるやかな潮風にマントをなびかせ、腕にはキュッリッキを抱いたまま、ベルトルドは船首に立って海を眺めていた。

「青く綺麗な海だぞ、リッキー。このあたりはタハティ海域と言って、星屑を散りばめたようにキラキラとしているんだ。今度、ゆっくり見に来ような…」

 腕の中のキュッリッキは、ぐったりとして目を閉じている。白い頬には僅かに赤みがさしていて、再び熱が出てきているようだった。

「怖かっただろうに。本当に、生きていてくれて良かった」

 ベルトルドはキュッリッキの額に、愛おしさを込めて何度もキスをした。

 キュッリッキの僅かな記憶から読み取れた、醜悪で恐ろしい姿の怪物。何故あんなものが突如現れ、キュッリッキを襲ったのか見当がつかない。

 漁港への移動中に、ケレヴィルの研究者たちから色々と報告を受けたが、怪物など一度も出ず、遺跡にも変化はなかったというではないか。

 神殿に飛び込んだキュッリッキが、たまたま仕掛けを発動させてしまったのではと、研究者たちも頭を抱えていた。しかし、その仕掛けすら見つけ出していなかったのだ。ただ、シ・アティウスが何かしらの見当をつけたようだったので、戻ってきたら早速報告させようと考えている。

「俺の最愛のリッキーに、こんな真似をしてくれたのだからな。絶対に、許さんぞ」

 カーティスからキュッリッキが負傷した連絡を受けたとき、ベルトルドは肝が冷えて言葉を失うくらい動揺した。目の前が一瞬真っ白になるくらいに。

 あんなに愛くるしい笑顔を浮かべた、輝くような美しい少女が、見るに堪えないほどの惨い姿に成り果てて苦しんでいた。

 幸い命を取り留め、今こうして腕に抱いている。

 手術は成功したものの、まだ予断を許さない状態にあるのは確かだ。一刻も早く、屋敷に連れ帰り、傷ついたこの身体をゆっくりと休ませたい。病院などではなく、己の屋敷で。

「なのに、だっ!」

 ベルトルドはキッと顔を上げ、水平線を睨みつける。

「遅い!!!」

 吠えるように突如声を張り上げた。

 警護のために、少し離れた後方に待機していた5人の軍人たちは、ビクッと身体を震わせた。

「まどろっこしい、ああ、まどろっこしいわ!」

 ベルトルドは船首の上に僅かに浮き上がると、顎を引いて眉を寄せた。

 すると、艦が激しく振動しだし、ほんの少し船尾が沈んで、船首が僅かに浮き上がる。

 その様子を艦橋で見ていたアークラ大将は、汗ばみ苦笑を浮かべると、シートに深く座り直した。

「みんな、しっかり何かに捕まっておけよ。くるぞ」

 アークラ大将が周囲に注意を促した途端、巨大な艦が有り得ないスピードで加速し始めた。思わず後ろの背もたれに、身体が押し付けられる。

 加速の影響で胸にのしかかる圧迫感に、アークラ大将は心の中で部下たちに詫びる。

(先にこのことを説明するのを忘れていたな…すまん)

 艦内の食堂で冷たい飲み物を振舞われていたライオン傭兵団は、突然艦が振動し、傾いたことで悪い予感を覚えた。

「やっべーなコレ」

「こんなことできるの、ベルトルド様しか…」

 みんなテーブルにしがみつき、このあとに来ることを予測して身体を伏せた。

「おい、ルーはどうした?」

「ナンパしにいってますよ」

「んじゃほっとけばいいか。おい、ねーちゃんと髭のにーちゃん」

 慌てているファニーとハドリーに、ギャリーが身振りで声をかける。

「さっきみたいに、いきなり加速し出すから、テーブルにしっかり掴まっとけよ」

「ええっ!?」

「マジすか…」

 そう言った途端に、グンッと身体が揺れ、前方から圧迫感が迫ってきた。

「あわわわわっ」

 ハドリーは慌てて、しっかりテーブルにしがみついた。

 艦内はもう、大騒ぎである。

 あらゆる事態に備えて訓練されている軍人とはいえ、これはマニュアルに載っていない突然の事態だった。サイ《超能力》使いによる仕業というのは、誰もが想像がついた。しかし、どんなにランクの高いサイ《超能力》使いでも、こんな芸当が出来る者など限られている。軍人たちの脳裏に浮かんだのは、自国の副宰相のドヤ顔だった。

 ある者はひっくり返り、ある者は書類を撒き散らし、ある者は鍋の中身をぶちまけた。突然の加速に激しい嘔吐感を覚え、口を押さえる者、たまらずその場に吐き出す者、吐瀉物をひっかぶる者など、小さなハプニングが艦内を襲う。

 前日、ベルトルドの空間転移によって、一瞬で惑星の反対側にあるソレル王国の海域に到着した第二正規部隊の海兵たちは、それだけでも驚きまくっていたのに、今度はこれである。

 ――自国(ウチ)の副宰相とんでもねえええええっ!!

 皆、ベルトルドの尊大(いだい)さを痛感したのであった。