【小説】片翼の召喚士-episode058

chapter-3.混迷の遺跡編
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混迷の遺跡編-episode058 【片翼の召喚士】

 各々夫妻への挨拶が済むと、最後にヴィヒトリが病院から出てきた。包帯でぐるぐる巻かれて、動けないザカリーの診察をしてきたようだった。

 頑丈な板が用意されそこに布団がのべられると、ベルトルドはその上にそっとキュッリッキを寝かせた。即席の担架だ。

 そのまま抱いていってもよかったが、抱き上げられる姿勢は、キュッリッキの身体に余計な負担を強いるため、ベルトルドの指示で担架が用意された。

「東にある漁港に艦を待機させてある。それでアルイールまで出て、エグザイル・システムで飛ぶぞ」

「判りました、んですが…」

「なんだ?」

「アルイールの警戒態勢は大丈夫でしょうか? アルカネットさんが到着した際、ソレル王国兵が、エグザイル・システムの周囲を固めていたとか」

 不安そうにカーティスが首をかしげる。

「ふん、それは問題ない。昨日の時点で正規部隊でアルイールは抑えてある」

「え、まさか、皇王様が動いたんですか??」

 カーティスは驚いて息を呑む。いつの間にそんな事態になっているのだろうか。

「ん? 言ってなかったか? 俺が全軍総帥の権限を与えられているから、俺の指示だ。あんな昼行灯の能無しボケジジイは関係ナイ」

 たっぷりと間があいたあと。

「ナンデスッテーーー!!?」と、その場に複数名の絶叫が轟いた。

 深々とベルトルドがため息を吐き出す。

「キャラウェイの禿頭ダルマが逮捕されて、逮捕に貢献したご褒美と称して総帥の地位まで押し付けられた。あの能無しボケジジイ、どんだけ俺の仕事を増やす気でいるんだ全く忌々しい!」

 どのみち副宰相の肩書きに毛が生えただけだと、ベルトルドはめんどくさそうに鼻を鳴らした。

 ハワドウレ皇国では、軍部の長になる総帥の地位は皇王が兼任している。その下に直接正規軍全体を統括・指揮するために将軍があり、正規軍(正規部隊)には兵士から士官までの階級が存在し、各特殊部隊や組織には長官を置いていた。実際には将軍が動かすが、何かを始める時にはその許可を得るために、総帥である皇王のサインが必要になる。

 過去皇王から下々に権限が委ねられることはあったので、けして稀なケースではなかったが、副宰相に委ねられるのは初めてのことらしい。

「副宰相は宰相より忙しいっていうのに、全くあのジジイども…」

 国政の長である宰相は高齢で、宰相という地位に座っているだけ。実務自体は副宰相のベルトルドがおこなっていた。

「国政と軍の両方の権限を握ったのかよ」

「鬼に金属バット以上だな…」

「どえらいひとがボスになってるよねえ~アタシたちぃ」

「護衛もなしにこんな辺境まで、よくもまあ堂々と」

 ライオン傭兵団の面々はヒソヒソと囁きあった。

「そういうわけだ。いくぞ!」

 ベルトルドが担架に手をかざすと、担架はゆっくりと浮き上がった。

 見送る側になったマリオンに、ギャリーは手を振る。

「ザカリーのこと頼んだぜ」

「あいよ~!」

 アルカネットやマリオンたちに見送られ、一行は出立した。

 キュッリッキを乗せた担架は、ベルトルドのサイ《超能力》で操作され、振動も揺れもなく静かに浮いて進む。

 担架の傍らで操作するベルトルドに、ケレヴィルの研究者たちが何事かを報告している。その後ろに若干の間を置いて医師2人とライオン傭兵団が続き、ハドリーとファニーが最後尾に続く。

 漁港を目指し、御一行は徒歩で進んでいた。

 ハドリーとファニーは、シ・アティウスから任を解かれていたが、キュッリッキが心配でライオン傭兵団と共にいた。そして彼らの起こした騒動で、アルイールのエグザイル・システムが抑えられ、更にはハワドウレ皇国の正規部隊までもが出動して、アルイールを制圧したという。

 どうやって帰れば、と思案していたところに、カーティスから帰還同行の誘いがあって、ありがたく同行させてもらっている。

「リッキーも無事だし、あたしたちも帰れるし、ホント良かったよね」

「だなあ。安心して帰れる」

 先頭のほうは見えないが、キュッリッキの傍らには副宰相ベルトルドがついている。

 キュッリッキの大怪我を治すために、アルカネットと医師2人を手配してくれたのはベルトルドらしい。そして、エグザイル・システムが安全に使えるように、正規部隊を動かしたのもベルトルドだという。

 召喚スキル〈才能〉という、レアなスキル〈才能〉を持っているとはいえ、キュッリッキは一介の傭兵にしか過ぎない。それなのに、あんな大物が動いてくれた。

「感謝しかないよな、色々と」

 ハドリーの呟きに、ファニーも頷く。

「帰ったら新しい仕事見つけないとっ」

 ファニーは握り拳を作って気合を入れる。

「もう仕事行くのかよ…」

「あったりまえでショ。中年になるまでにいっぱい貯金して、あとは引退して悠々自適生活するって目標、あるんだもんね」

「堅実な人生設計だなあ、相変わらず」

「だってさー、あたしらみたいな平々凡々な戦闘スキル〈才能〉じゃ、大金が転がり込むような仕事は縁遠いじゃない」

「だよなあ」

「有名どころに誘ってもらえることもないし、だったら、小口でもしっかりと働いて、貯金しないとね!」

「んだんだ」

 ファニーの言う通りで、大多数の傭兵たちは、自分たちと同じような環境なのだ。

 ライオン傭兵団のように、後ろ盾もしっかりとしたトップクラスの傭兵団は、稀な方なのである。仕事先で怪我を負ったからといって、ここまでしてくれるところなど、普通はないのだから。

(良いところに入れたな、リッキー。本当に良かった)

 ほっこりとした気持ちでそう思ったところで、一行の進みが止まった。ハドリーは止まりそこねて、ガエルの背中にぶつかってしまった。

「すまん」

 慌てて謝っていると、

「まどろっこしい!」

 と、副宰相が突然前の方で叫びだした。

 何事かと首をかしげていると、突然身体がふわりと宙に浮いた。

「あわわ、なになにこれ!?」

 慌てるファニーに、

「これでラクに漁港まで行けるぜ」

 ニヤリとギャリーが言った。

「オレら、ベルトルド様のサイ《超能力》で浮いてるんだよ。1時間の道程が、ギューンと短縮するよ~」

 そうニッコリと、ルーファスがファニーに笑顔を向けた。

「へ?」

 それと同時に、浮いた姿勢のまま、いきなり前方に加速した。

 それは、何度か乗ったことのある汽車のようだ、とファニーは思った。

「ヒあああああっ!」

 悲鳴に尾ひれが付きそうな勢いで、しかし身体はグラリとも揺れない。浮き上がったままの姿勢で飛んでいた。

 何かにしがみつきたくて手を動かすが、空をカラカラからぶるだけだ。

「不安なら、オレが抱きしめててあげるよ~、ファニーちゃん」

 前の方でルーファスが両腕を広げている。

「い、いえ、ケッコーです…」

「えーっ」

 物凄くイヤそうな顔で拒否られて、ルーファスは肩を落とす。

「それにしても、凄いですね」

 目を丸くしているハドリーに、ギャリーが笑いかける。

「あの御仁は、仲良くピクニック出来る柄じゃねえからな。早くイララクスに連れて帰りたくて急いでる。まあ、オレらはオマケだけどな」

「確かに…」

 人が群れててベルトルドの姿は見えないが、こんな速さで飛んでいて、キュッリッキは大丈夫だろうかと顔をしかめる。

「大丈夫だよ」

 ルーファスにウィンクされて、ハドリーは苦笑った。

「ベルトルドさまー、空間転移でキューリさんだけでも連れていけないんですか?」

 ハーマンが大声を上げると、

「できん」

 そう短く返事が飛んできた。

「空間転移は物凄く精神力を必要とするんでな、リッキーにかける防御を保てる自信が流石にない。己の未熟が口惜しいが、安全第一だ」

 魔法とサイ《超能力》は異なる。魔法スキル〈才能〉を持つハーマンには、サイ《超能力》がいまいち理解出来ていない。どういうものか知識だけしか知らないのだ。

「具体的に防御って、どんなことするんです?」

 ハーマンが食い下がると、

「ルー、貴様が懇切丁寧に説明してやれ。俺が採点してやる」

 そう突っぱねられた。

 ハーマンは首をすくめ、そしてルーファスを見る。ルーファスは苦笑を浮かべて頷いた。

「魔法は魔力を使って、無から有を作り出せるでしょ、でもサイ《超能力》はそれができないってことは知ってるよね」

「うん」

「魔法って、魔力を呪文でその魔法の形にするじゃない。その時魔法は、魔法使いから切り離されるだろ。でもサイ《超能力》の力は自分の精神力を源とするから、防御って形を取っても、念力を使っても、ずっと繋がってるんだよね自分と。今オレたち、ベルトルド様のサイ《超能力》で飛んでるけど、これってベルトルド様にお姫様抱っこしてもらってる感じ」

「気味の悪い表現をするな!」

 ベルトルドの怒号が飛んできて、ルーファスはエヘヘッと笑う。

「防御に使おうとしている精神力は、魔力で言うとねえ……イラアルータ・トニトルスを100回撃つようなレベルかな」

「ウゲ…」

 それを想像し、ハーマンの顔が歪む。それはものすごく判りやすい。

「キューリちゃんに張ろうとしている防御は、物凄く繊細なものになる。転送の時の負荷を、寸分も与えないためにするから。それを維持し続けるために、その倍も精神力が使い続けられるんだ」

 魔法だとなぜ同じことができないのかは、ルーファスも知らない。判る者は、この時代にはいないようだった。

「だから、空間転移と防御と維持の3つを一度に使うのは、ベルトルド様が2人はいないと難しいかな~ってことだよ」

「幼稚な説明だが、及第点をやろう」

「ありがとっす!」

 ルーファスは首をすくめ恐縮した。

「そっかあ、張ったらほったらかしにはできないんだね」

「だね」