【小説】片翼の召喚士-episode056

chapter-3.混迷の遺跡編
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混迷の遺跡編-episode056 【片翼の召喚士】

 ああそういえば、といった無言のツッコミが、室内にモヤモヤと沸いた。

 その沈黙を破るように、アルカネットがいきなり「ブフッ」と吹き出す。

「なんで、なんて聞いたら、あのかたひっくり返ってしまいますよ。意気揚々と軍艦飛ばして準備万端で来るのに」

 肩を震わせ面白そうにアルカネットは笑った。その珍しすぎる笑いっぷりに、皆目を白黒とさせた。キュッリッキもビックリしたように、目をパチクリさせている。

 ひとしきり笑ったあと、アルカネットは咳払いをして居住まいを正した。

「リッキーさんを安全にエグザイル・システムに通すため、ベルトルド様のサイ〈超能力〉が必要なのです」

「ふうん? サイ〈超能力〉ならルーさんも使えるよ?」

「そうですね。ルーファスも中々のレベルですが、今回ばかりはベルトルド様の桁違いの力が必要なのです」

「ほむ…」

 ベルトルドのことをあまり知らないキュッリッキには、どのくらい桁違いなのか想像もつかない。

「リッキーさんの傷では、エグザイル・システムの転送に身体がついていけません。その為サイ〈超能力〉で作った防御を張らないと、飛ばすことが出来ないのです」

「ああ…、確かにオレじゃあ、不安がありまくるなあ…」

 ルーファスは納得したように、カシカシと頭を掻いた。Sランクを持つが、得意不得意があり、ルーファスはキュッリッキに必要な力を使う自信がなかった。

 エグザイル・システムは転送の際に、身体に負担がかかることは立証されている。かすり傷程度は問題なかったが、キュッリッキのような怪我人を転送させると、傷口が開いてしまうため、強引に通す場合はサイ〈超能力〉による防御が必要不可欠だった。

 魔法で防御を張る実験も試されたが、飛ぶ瞬間解けてしまうらしく、サイ〈超能力〉なら問題ナシという実験結果も出ている。

 キュッリッキは術後間もない状態なので、より細心の注意が必要だ。

「ヘンなおっさんですが、ああ見えて凄いんですよ」

 当たり前のような口調でアルカネットが言うと、”ヘンなおっさん”には皆堪えきれず、盛大に吹き出してしまい、病室に暫し明るい笑い声が広がった。

 ベルトルドの到着に合わせてすぐ移動できるように、皆帰還の準備に取り掛かったが、キュッリッキの容態が急変して大騒ぎになった。高熱を出して苦しみだしたのだ。

 宿で待機していた医師たちも呼ばれたが、怪我による高熱らしいことが判り、それはそれで問題となった。

「いくら副宰相様がいらしても、この状態で動かすのは、身体への負担が大きすぎます」

 ドグラスは神妙な顔で、額の汗を拭う。それに同意して、ヴィヒトリは腕を組んで唸った。

「せめて熱が下がるまでは、動かしたくないよね。ただ、この地の気候は怪我人には厳しい。湿度が高すぎて、体調を悪くするだけだしなあ…」

 医師2人は頭を抱えてしまった。

 気候のこともあるが、設備の整っているイララクスに連れて帰りたいのが、医師2人とアルカネットの本心だった。

「アルカネットさん…」

「大丈夫ですか、ここにいますよ」

 ベッドの傍らに膝をつき、そっと頬を撫でてやる。

「帰りたいの…」

 熱に浮かされて、キュッリッキは囁くように言った。その時。

「誰か出迎えはいないのか! 俺が来たぞ!!」

 尊大さが滲みでる大声が、ソレルの町内に轟渡った。しかしその程度で動じるソレル町民ではない。この数日、小さな病院を中心に起こるハプニングのせいで、すっかり慣れっこになっている。ソレルの町民たちは、新たな珍客の登場にも、もはや動じないでいた。

 晴天麗しい真昼間、湿度も高く蒸し暑い中で、きっちりとした白い軍服に身を包み、マントを翻すそのさまは、誰が見ても「暑苦しい…」の一言に尽きた。オマケに白い手袋までして腕を組み、汗一つかかずに立っている。

 まさかこの傲然と立つ男が、ハワドウレ皇国でも名の知れ渡る、泣く子も黙らせる副宰相閣下その人だとは、誰も思わないだろう。自国の宰相の名前すら知らない辺境の田舎町では、どんな地位や名誉を持つ人物も、尊敬の範疇外だった。

「尊大で傲岸不遜の我らが主が、到着なさったようです」

 どこまでもにこやかにアルカネットが言うと、皆口元をひきつらせるだけだった。まともに頷けるわけがない。

 カーティスは慌てて部屋を出て行って、苛立つオーラを全身から滲ませるベルトルドを迎えに出た。

「遅い!!」

 一喝されて、カーティスは内心「うざっ」とか思ってしまう。

「申し訳ありませんベルトルド卿。ちょっと立て込んでいました」

「俺がくるといつも立て込んでいるな、お前は」

 ムッといった表情で、ベルトルドはふんぞり返っていた。時々こうした子供じみた態度が見え隠れするので、カーティスは身内の金髪格闘バカを思い浮かべていた。よく似ている。

「こんなところで大声あげていてもご町内迷惑ですし、取り敢えず中へどうぞ」

 手振りで玄関を示すと、

「ご町内迷惑とは心外な! この俺の姿を拝めただけでも、ありがたさに涙するがいい!」

「呆れて誰も見てませんよ…たぶん」

「ああ?」

「いえ、なんでも。さ、どうぞ」

「フンッ」

 カーティスに案内されて病室に入ると、ベルトルドは沈痛な面持ちでキュッリッキの眠るベッドに歩み寄った。

「リッキー……」

 首から下は包帯で巻かれ、見ているだけで痛々しい。白い面には僅かに赤みが差しているが、それは熱からくるものだと判るほど、苦しそうな息を吐いていた。

 ベルトルドはベッドに腰を掛けると、手袋を外して、両手でキュッリッキの頬をそっと包み込んだ。

 頬に感じる冷たさに、キュッリッキは薄らと目を開いた。

「…ベルトルドさん」

「可哀想に。よく頑張ったな」

 苦しげに、だが顔をほころばせてキュッリッキは目を細めた。

 ベルトルドは額に優しくキスをしたあと、顔を上げて後ろに控える医師を肩ごしに見る。

「薬は?」

「与えてあります。ですが体力の低下や怪我の状態から、なかなか…」

 語尾が尻つぼみになりながら、恐縮と恐怖を貼り付けた顔でドグラスが答えた。

「回復魔法じゃ熱までは下げられんかったな」

 舌打ちするベルトルドに、アルカネットが頷いた。

 そんな都合のいいものがあれば、誰も苦労はしないのだ。

「お水…」

 弱々しくキュッリッキが訴えると、アルカネットはサイドテーブルにある水差しからコップに水を注いだ。

「よし、俺が飲ませてやろう、貸せ」

 ベルトルドが手を出すと、アルカネットはコップを両手で握ったままそっぽを向く。

「私が飲ませますから、そこどいてくださいな」

「俺が飲ませるって」

「これを渡したら何をするか判りませんからね。嫌です」

 突如起こったやり取りに、ドグラスとウリヤスが目を丸くする。カーティス、メルヴィンは、

(あーあ…またハジマッタ)

 そう異口同音に胸中で呟いた。ヴィヒトリは、

(さっさと飲ませてやれよ…相手は怪我人だぞ!?)

 と言ってやりたかった。

 背景にうっすらと龍虎の画が浮かんできそうな2人の視線の間に、爆発でも起きるんじゃないかと思える程の火花が散る。

 周りの冷ややかな空気にも気づかず、2人の問答は収まらない。

「お前が言うなお前が! 俺がそっと優しく丁寧に口移しで飲ませてやろうと言っているんだ。これでもキスはうまいんだぞ、さっさと寄越せ!」

「お断りします。下心丸出しでイヤラシイ。あなた、最低ですね」

 前日問答無用で口移しで飲ませた当人が、そのことを棚に上げて言い張る。そして2人は失念しているが、キュッリッキの意識はあるのだ。

「あのな…」

「さあ、お水ですよ」

 そこへ朗らかなマルヤーナの声がして、ベルトルドとアルカネットは口を閉じた。

 マルヤーナは手にしていた器にスポンジを浸すと、キュッリッキの唇にそっとあててやる。キュッリッキは僅かにしみ出す水を口の中に含んだ。

「軽く喉を潤わせたかったのよね。熱で喉も乾いて辛いんですもの」

 キュッリッキがホッとしたように頷くと、マルヤーナはにっこりと笑った。

「でも、いきなりたくさんのお水は、かえって身体によくないわ。こうして少しずつ、喉を湿らせてあげれば大丈夫ですよ」

 マルヤーナに窘められるように言われて、ベルトルドとアルカネットは、気まずさMAXの顔で黙り込んだ。

 大の男同士の恥ずかしいやり取りを遠巻きに見ていた一同は、軽蔑のこもった視線をここぞとばかりに注いだ。18歳女子の怪我人を前に、どんだけ恥ずかしい押し問答を繰り広げていたのかと。

 片や副宰相、片や魔法部隊長官は、バツが悪そうにあらぬ方向へ視線を泳がせた。注意されたことが恥ずかしすぎて、身の置き所に困る。

 気まずい空気がご機嫌でステップを踏む中、救いの神のようにシ・アティウスが病室に顔を出した。

「偉そうな声が聞こえたので来てみました。やはり、ベルトルド様でしたか」

「能面のような顔で慇懃無礼な奴だな。偉そうな、じゃなく偉いんだ、俺は」

 憤然と肩を怒らせるベルトルドを無視して、シ・アティウスは無表情のままアルカネットに顔を向ける。

「我々はいつ行きますか?」

「リッキーさんが出発してからにします。この人だけだと正直不安ですが、せめて見送らせてください」

 この人、と人差し指でベルトルドを示す。シ・アティウスは頷いた。

「判りました。――だいぶ具合が悪そうですね、エグザイル・システムに耐えられるでしょうか?」

「そのために俺が来たんだっ」

「ああ、そうでしたね」