【小説】片翼の召喚士-episode053

chapter-3.混迷の遺跡編
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混迷の遺跡編-episode053 【片翼の召喚士】

 アルカネットが魔法でサポートに入り、連れてきた医師らが外科処置を行う。ウリヤスとマルヤーナも雑用を手伝うために残った。

 ライオン傭兵団とハドリーとファニーは、手術の邪魔にならないように病院の外で所在無げにだべっていた。研究者たちは近くの宿に泊まっているようで、この場には居ない。

 ルーファスと入れ替わるようにランドンが眠りにつき、ルーファスは疲労困憊の抜けない顔で輪に加わっていた。じめじめと暑くて寝てらんないとぼやく。

「それにしてもびっくりしたよねえ…、アルカネットさんのあのカッコ、魔法部隊の軍服じゃん」

 ルーファスのぼやきに、シビルとカーティスが同時に頷く。

「しかも長官におなりで」

「魔法部隊でもいいけど、拷問・尋問部隊じゃねーのな」

「つか軍に復帰したのかよ…」

「ベルトルド卿からお話が何もなかったので、急なことだったんじゃないでしょうかねえ。どうにもきな臭い」

「アルカネットさんが魔法部隊(ビリエル)の長官になっているってことは、問答無用で現職の長官を降格させ地方に飛ばしたのでしょうねえ。誰がやったかは明白です」

「酷い……」

 ファニーがぼそりと呟く。

「まあ、魔法部隊の長官に据えたのは正解かもしれません。あの方の右に出る魔法スキル〈才能〉持ちなんて、どこにも居ないですからね」

「ボクの魔法なんて、子供の火遊びみたいに思えるほど、雲泥の差があるもんなあ」

 悔しそうに言って、ハーマンは尻尾をそよがせた。

「本気でやりあったら、世界中どこを探しても、あの方に勝てる人は誰もいないでしょうね」

「そんなに凄いんですか?」

 ハドリーには魔法分野のことはよく判らない。

「あんたも戦場とかで魔法使いみたことあんだろ。あんなの幼児レベルだと笑うくらい差があるぜ」

「使う魔法は最高位魔法ばかり。攻撃・防御・回復、どれをとってもレベルが高すぎて、比較対象者がいないくらい」

「うほ」

 彼らの説明に、ハドリーは想像の上でなんとなく納得する。

「手術、どのくらいかかりますかね…」

 みんなが意図的に避けていた内容を、あえてメルヴィンが口にした。

「アルカネットさんが連れてきた中にヴィヒトリがいましたか。彼がきた時点で、キューリさんの生存は100%保証されました。大丈夫ですよ」

「…そうですね」

 血だまりの中で痛みに耐え、動くこともできないキュッリッキを見て、己の無力さをメルヴィンは痛感した。何もしてやれなかったことが、本当に悔しくてならない。

 気持ちは皆同じで、とくにザカリーの落ち込み度は半端なかった。慰める言葉すら見つからないほどである。

「あと、どれくらいで終わりますかねえ…」

 どこまでも青い空を見上げ、カーティスは壁にもたれて目を細めた。

 10時間以上にも及ぶ大手術になった。空はすでに夕闇に染まり、することもなく待ち続けていた一同は、マルヤーナから手術成功の報を受けて、張り詰めていた緊張を解いて安堵した。

「よかったあ~~」

「キューリちゃん助かったあ」

 大騒ぎして喜び合うよりも、力が抜けるように安心していた。

 手術に立ち会い、手伝いをしてくれていたマルヤーナの顔には、疲労の色が濃かったが、それ以上にキュッリッキが助かったことを喜ぶ表情に満ちていた。

 術後の経過はウリヤスが見ることになり、アルカネットに連れてこられた医師2人は、近くの宿で休むよう指示を受けて、すでに向かっている。

 あまり大勢で押しかけるのもなんだしということで、カーティスとメルヴィンの2人が代表で病室を訪れた。

 薬の臭いが満ちる薄暗い部屋の中には、ベッドに横たわるキュッリッキと、その傍らに座るアルカネットがいた。

「お疲れ様です。キューリさんはまだ目を覚ましませんか?」

「じき覚ますでしょう。本当に、よく頑張りましたよ」

 アルカネットは手術中魔法をかけ続けていたのもあり、僅かに疲労感を滲ませていた。

 小さな左手を両手で包み込むように握り、アルカネットはキュッリッキの顔を見つめている。

「こんなに細い身体で…さぞ、怖かったことでしょう」

 返す言葉もなく2人は黙り込む。事の次第は、ベルトルドから聞いているようだ。

「予期せぬ事故とはいえ、あなた方の責任ですよ」

「申し訳ありません」

 アルカネットの手の中で、か細い指が微かに動く。

 やがて小さく呻いたあと、キュッリッキはうっすらと目を開いた。

「リッキーさん」

 アルカネットが顔を覗き込む。カーティスとメルヴィンも、それぞれ身を乗り出した。

「……アルカネットさん?」

「はい。よく頑張りましたね」

 優しく微笑むと、そっとキュッリッキの額にキスをした。

「アタシどうしたんだろう…」

 掠れ声で呟くと、まだ記憶が定かではないようで、目だけをゆっくり巡らせていた。

「カーティス、メルヴィン」

 足元の方に立つ2人を見つけ、キュッリッキの表情が安堵したように和らいだ。

「酷い怪我でしたが、もう大丈夫です。ただ、当分は絶対安静にしなくてはいけませんけどね」

「怪我……」

 ぼんやりと繰り返す。

 次第に記憶の蓋が開けられ、ぼやけていたものがフラッシュバックして全てが鮮明になった。その瞬間キュッリッキの顔が強張り、大きく見張った目からは涙が流れ出し、か細い悲鳴を喉から迸らせた。

「――助けていやあっ!」

「リッキーさん!!」

 左半身で身体を仰け反らせて暴れだしそうになるキュッリッキを、アルカネットが慌てて抑え込んだ。その拍子に傷口に触ってしまい、身体を貫いた痛みのあまり、顔を苦悶に歪めてキュッリッキは唇を噛んだ。

「すみませんっ、落ち着いてください、もう大丈夫です、大丈夫ですから」

 いつになくアルカネットは慌て、カーティスとメルヴィンもどうしていいか判らず、傍らで困惑の表情を浮かべるだけだった。

 アルカネットは片手でキュッリッキの頭部をそっと抱え込み、もう片方の手で頭を撫でてやる。

「怖い…助けて…」

 泣きじゃくるキュッリッキを優しくなだめながら、アルカネットは頭をそっと撫でて落ち着かせようとした。術後に泣いては身体に障るため、泣き止ませようと必死だった。

 キュッリッキの悲鳴を聞いたウリヤスは、小さな器を持って急いで駆けつけた。

「これをお嬢さんに、飲ませてあげてください。精神安定剤です」

「すみません」

 アルカネットは器を受け取ると、キュッリッキの口元へあてがったが、気持ちを混乱させているキュッリッキは、器に気づいていなかった。

 すると、アルカネットは器の中身を自らの口の中に含ませ、キュッリッキの顎に手をあて口移しで薬を飲ませた。

 傍らで見ていたカーティスとメルヴィンは、「うそっ」という表情(かお)をしたが、この状態では仕方がない気もしたので黙っていた。

 薬を飲み干したことを確認して唇を離すと、涙目できょとんとするキュッリッキに、アルカネットは優しく微笑んだ。

 一気に泣き止んだキュッリッキは、暫く無言でアルカネットを見ていた。そしてようやく今の状態がはっきりしてきたのか、みるみるうちに顔が真っ赤に染まっていく。耳まで真っ赤にして硬直したキュッリッキを見て、カーティスとメルヴィン、そしてウリヤスは「可哀想に…」と内心で同情した。あれでは薬を飲ませた意味がなく、むしろ薬なんかいらないほどだ。

 キュッリッキの頭の中は、怖かった遺跡での記憶が一瞬で吹き飛んで、アルカネットに口移しされたことが、ぐるぐると旋回している。

(舌まで入ってきた…舌まで…今のってもしかしなくっても初めての――)

 枕元に座っていたフェンリルが、同情するように小さく鳴いた。

(アタシのファーストちゅーは、アルカネットさんっ!?!)

 魂が抜けたように、すっかりショートしてしまったキュッリッキに笑いかけながら椅子に座りなおすと、アルカネットは肩ごしにカーティスとメルヴィンに顔を向けた。

 キュッリッキに見せていた優しい表情はなりを潜め、紫の瞳には静かな殺意がこもっている。

「今回の件の原因は、ザカリーでしたね?」

 穏やかな声ではあったが、明らかに怒りをはらんだ響きを含んでいた。

 アルカネットがこのように露骨に怒りをあらわすことは珍しく、メルヴィンは生唾を飲み込み、カーティスは渋面を作った。

(このままでは、間違いなくザカリーは私刑される…)

 なんとか命乞いをと忙しく思案を巡らせていると、アルカネットが立ち上がった。しかし、

「ザカリーは悪くない!」

 アルカネットのマントを掴み、キュッリッキが身体を起こそうとしていた。

「アタシが自分で招いたことなの。誰も悪くないの、信じてアルカネットさん!」

 左半身だけでなんとか起き上がろうとして失敗し、ベッドからずり落ちそうになったところを、アルカネットが慌てて抱きとめる。

「動いては駄目ですリッキーさん! 傷口が開いてしまう」

「お願い、ザカリーになにもしないで! お願い、お願い…」

 怪我の痛みを堪え、声を振り絞るようにしてキュッリッキは必死に嘆願した。アルカネットの怒気はキュッリッキも気づいている。

「誰も悪くないの、アタシが悪いの。ごめんなさい、だから…」

「判りました、判りましたから。さあ休んで下さい。絶対安静にしていなくてはいけないのですよ」

 言い募るキュッリッキを寝かせ直し、シーツをかけなおしてやる。

「お願い、誰も…」

「判りました。もう泣かないでください。さあ、安心して眠って」

 どこまでも穏やかに優しく言うアルカネットの背を見つめ、カーティスは本気でまずい展開だと焦っていた。

 アルカネットの殺意は本物だからだ。