【小説】片翼の召喚士-episode050

chapter-3.混迷の遺跡編
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混迷の遺跡編-episode050 【片翼の召喚士】

 街灯も道路もない真っ暗な場所を、魔法で作り出された灯りを頼りに、ブルニタルの完璧なナビゲーションで、皆迷わずイソラの町まで到着した。

「さすがブルニタル」

 ゲッソリとギャリーが褒めると、

「このくらいしか役に立ちませんしね」

 そう疲れた顔でブルニタルは応じた。

「後方支援も大事な役割ですよ」

 カーティスはホッとしたように言って振り向いた。

「さて、こっからはお医者様探しです。元気の有り余ってる脳筋組みの皆さん、早速散って探してきてください」

 パンパンッと掌を打ち、カーティスが顎をしゃくる。

「ヘイヘイ」

 ギャリーたちはすぐさま町内に散っていった。

「あたしたちも探しに行こう」

「そうだな」

 ファニーとハドリーも医者探しに加わった。

 2時間ほどの遠足を満喫させられ、魔法使い組みはキュッリッキの生命維持に魔力を全力消費し、ルーファスはキュッリッキを運ぶために集中していて、暇なのは脳筋組みくらいである。

 ケレヴィルの研究者たちはシ・アティウスを除いて、疲れきった顔で座り込んでいた。拘禁されていた精神的疲労もあるだろうし、いきなりの遠足だ。シ・アティウスは静かに、キュッリッキを見つめている。

 大して広くもない町なので、程なくしてすぐに病院が見つかった。見つけてきたのはヴァルトだ。

「たのもーー!! 死にかけのジョシが1人いるから開けろー!!」

 すでに灯の落ちている建物のドアを、ドンドンドンドンッと破壊する勢いでヴァルトは叩く。木製の古びたドアは、力を持て余しているヴァルトの拳に叩き割られる寸前で開かれた。

 何事かとドアを開けた中年の女性は、ガウンの襟元を掻き合せると、やたらと背の高いヴァルトを見上げてギョッと目を剥いた。なにせ、怪物の内蔵や血糊をべったりとその身にかぶっていて、乾いた今は赤黒く変色して異様な姿だったからだ。

 性格とは真逆の美しすぎる顔立ちが、より残酷な姿を耽美化していたが、口を開くと全て台無しにしてしまう男である。

「おばちゃん、早く仲間を診てくれ!!」

「急患かい?」

「うん。かなりヤバイんだ。タブンあともうちょっとで死んじゃうから早くして!」

 ヴァルトは両手を腰に当てると、仁王立ちになって中年の女性を見おろした。この言葉をキュッリッキが聞いたら「勝手に殺すなあ!」と文句を飛ばしそうだ。

 何やらと思ったが、ヴァルトの様子からして重症人がいるのだろう。中年の女性はすぐさまドアを全開にした。

「早く運んでおいで。主人を起こしてくるから」

 ヴァルトは「うん!」と元気よく返事をすると、回れ右して全力で走っていった。

「病院のおばちゃんが開けてくれたから、キューリ運べ、ルー!」

 近所迷惑も甚だしい大声が、通りを挟んだ向こうからいきなり聞こえてきて、ルーファスは額を押さえた。

 元気に両手を交差させながら振り回すヴァルトを見て、ランドンもシビルもため息しか出ない。それでもいち早く病院を見つけてきたのだから、まだマシだったとも言える。

「ま、取り敢えずヴァルトに案内してもらおうか」

 ルーファスはゲッソリ言って、ヴァルトのほうへ向かう。

「そうですね。ちゃんと見つけてきたんだから、褒めてあげないと」

 シビルは肩をすくませながら、後に続いた。

 座り込んでいた研究者たちも、億劫そうに立ち上がり続いた。

「ああそそ、マリオン、脳筋組みたちに連絡を入れておいてください」

「おっけ~い」

 カーティスから言われて、マリオンはすぐさま念話を飛ばす。

「案内よろー」

「おしゃ、着いてこい!」

 先頭に立って、意気揚々と進むヴァルトに、皆ぞろぞろとついていった。

 ヴァルトに案内された病院は、こざっぱりした小さな診療所のような規模だ。木造の建物に、白いペンキを塗ってある。屋根は赤いペンキを塗っていて、可愛らしい建物だった。

 玄関で出迎えてくれた中年の女性は、泣きそうな顔でキュッリッキを覗き込んだ。

「まあまあ、大変」

 中年の女性は、医者の妻兼看護師のマルヤーナと自己紹介した。

 マルヤーナはすぐさまルーファスを処置室に案内する。ルーファスは細心の注意を払い、清潔なベッドの上にキュッリッキをそっと寝かせた。

「運搬完了……」

 そう言うやいなや、ふらりとその場に仰向けにぶっ倒れてしまった。

「大丈夫!?」

「ご心配なく。サイ《超能力》の使いっぱなしで、燃え尽きてるだけですから…」

「まあそうなの、大変だったのねえ」

 そう言いながら、マルヤーナはルーファスの腕を掴むと、自分よりも大きな男をヒョイっと軽々肩に担ぎ上げた。その逞しき光景にシビルがギョッとする。

「入院患者用のベッドが空いているの。寝かせてくるわね」

 にこやかに言い置いて、マルヤーナとルーファスが出て行った。そして入れ替わるようにして、白衣を着た男が眠そうに入ってきた。

「ウリヤスと言います。よろしく」

「夜分遅くにすみません」

「急患ならしかたがないです。そちらのお嬢さんですね」

 ウリヤスはベッドの傍らに立つと、白いものが混じった眉を寄せて唸った。

「血液を調べてすぐ輸血しましょう。マルヤーナ」

 妻の名を叫んで、ウリヤスは棚からすぐに道具を取り出し準備を始めた。

「申し訳ないが、私の腕ではこのお嬢さんを助けるのは無理だ。輸血と点滴をするくらいしか、お役には立てそうもない」

「今こちらに医者が向かっています。たぶん外科専門かと思われます」

「うん。それなら助かるかもしれない。私はこの小さな町でそこそこの病人や怪我人を相手にする程度の医療スキル〈才能〉しか持っていないのでね」

 自分を卑下するわけではない。それが事実なんだといった静かな顔で、キュッリッキを見ていた。医療スキル〈才能〉にも得意不得意分野があり、技術の差も存在するのだ。

「せっかく頼ってくれたのに、大したことも出来ず、すまないね」

「いえ、ありがとうございます」

 シビルは心から頭を下げた。

 マリオンの念話の誘導で、町に散らばっていた脳筋組みも、病院に合流した。

 静かな町の小さな病院内には、幸い誰も入院患者はおらず、いきなりやってきた大勢で賑わっても大丈夫だった。

 キュッリッキの容態は相変わらずだが、医者のもとへ運べた安堵感から、みんなの張り詰めていた緊張の糸が、ぷっつり切れたようだ。

 ヴァルトはマルヤーナを見るなり「風呂入りたい!」と子供のように駄々をこね、住宅と兼用になっている院内をドタバタ走り回って、風呂に駆け込んだ。

 ギャリーとタルコットも、返り血が臭うのに飽き飽きし、一緒に狭い風呂場に押しかけて大騒動だった。

「この狭すぎる空間で翼を広げるな翼を!!」

「お前らが勝手に入り込んできただけじゃないか! とっとと出てけよ!!」

「血を落とさせてくれ…臭いんだ」

 風呂場からギャースカ聞こえてくる賑やかな声に、マルヤーナは面白そうにクスクスと笑い、濡れタオルをみんなに配って歩いていた。

 タオルを受け取り、カーティスが申し訳なさそうに頭を下げる。

「本当にすみません。騒々しい連中で…」

「いいのよ。傭兵さんたちは大変ね」

「ははは…」

 穴があったら入りたい、という気持ちでいっぱいになった。

「あ、ところで、たぶん早朝か朝くらいに、数名追加でお邪魔することになると思います」

「お医者様が向かってらっしゃるんでしたわね。主人から伺ってますわ」

「はい。我々も少し休ませていただいたら、数名残して出ますので。通常営業のお邪魔はしません」

「あら、そんなことは気にしなくていいのよ。穏やかな町ですから、忙しくないの」

「すみません」

 恐縮しっぱなしのカーティスに、マルヤーナは柔らかく微笑んだ。

「細かいサービスはしてあげられないけど、ゆっくり休んでくださいね」

「いえ、ありがとうございます」

 ランドンとシビルは、キュッリッキに付き添い処置室に残っていた。

「僕が回復魔法を続けているよ」

「大丈夫? ランドン」

「これしか取り柄がないから。シビルは今のうちに身体休めてて。あとで交替頼む」

「おっけー。んじゃ、頑張って」

「うん」

 ベッドに横たわるキュッリッキの傍らに座り、ランドンは魔法をかけ続けた。

 ずっと魔法を使い続けるのは、相当の精神力と魔力を消耗する。しかしシビルもカーティスも救出作戦ですでに相当消耗していた。少し休まないと手元が狂いそうだったので、シビルはランドンに全て任せることにした。

 サイ《超能力》を使いっぱなしだったルーファスも、キュッリッキをベッドに寝かせた直後ぶっ倒れてしまった。サイ《超能力》は精神力だけが全てなので、より慎重を期すためにコントロールを強いられ、その前にも念話や戦闘などもこなしていたので、倒れてもしょうがなかった。遠距離念話ほど疲れるものはない、と常々言っているくらいだ。

 一通り大騒ぎが収まると、みんな泥のように眠りに就いた。ヴァルトは元気に起きていて、濡れた頭をマルヤーナに拭いてもらっていたが、ホットミルクをもらって一気に飲み干すと、身体を丸めてすぐに眠ってしまった。

「まあまあ、子供みたいね」

 あまりにも無防備に眠るヴァルトを見て、マルヤーナはくすりと笑った。

 ザカリーは眠ることができず処置室の前まで来ると、遠慮がちに中を覗いた。キュッリッキの容態が気になってしょうがないのだ。

「キューリは大丈夫だよ」

 いきなりランドンに話しかけられ、ザカリーはちょっと驚いてサッと壁に隠れる。

「こっちにきて座りなよ」

 笑い含みに促され、少しためらったあと、中に入って隣の椅子に座った。

 やっとキュッリッキの姿を見ることができて、ザカリーはグッと息を詰める。

 輸血を受けているが、血の気を失った蒼白な面は変わっていない。それでも神殿の中で見たときよりは、多少落ち着いているようにも見えた。

 血で汚れた衣服は脱がされ、痛々しすぎる傷をあわらにし、裸の上に軽くシーツがかけられ眠っている。髪の毛は邪魔にならないよう束ねられ、血で汚れていた毛は丁寧に清められていた。おそらくマルヤーナがしてくれたのだろう。

 回復魔法で痛みが和らいでいるせいなのか、キュッリッキの表情は落ち着いていた。

「酷い傷、だな…」

「肩から胸の傷も酷いけど、背中も凄く大きな痣になってた。あの怪物に殴られたのかもしれない」

 肩にも打撲痕があり、擦り傷もいくつか見られた。

「でもね、ウリヤスさんがきちんと診てくれたけど、内臓類に損傷はないって。それだけは幸いだった。もし内臓類に損傷があったら、もう助からなかったから」

「そうか……」

 ホッとした反面、それでもあんな僅かな時間でこれだけの大怪我を負ったのだ。どれほど怖かっただろうか。痛かっただろうに。それを思うとやりきれなかった。

「ごめんな…」

 独りごちるように、キュッリッキに向けてザカリーは呟いた。

「俺が怒らせなきゃ、神殿に入ることもなかったんだよな」

 あんなふうにからかうんじゃなかった。ほんの些細なことで、こんな事態に発展してしまったのだ。

 そう思えば思うほど、短慮だったと自分を責めた。己を責めることしか出来ないことが余計に悔しい。自らを責めたところで、それは自己満足にしか過ぎない。キュッリッキはいまだ生死の境を彷徨っているのだから。

「キューリは死なない」

 ボソッとした声でランドンは断言する。

「僕が看てるし、こんな大怪我を負ってもこの子は死ななかった。だから大丈夫」

「……」

 いつもは口数の少ないランドンが、慰めるように言った。

 ランドンは常に影に徹して、けしてでしゃばらず仲間を支えてくれる。いざという時どれほど頼りになる男だろうとよく思う。

 回復魔法を使い続けるだけでも大変な苦労なのに、ザカリーのことまで気遣ってくれる。その気持ちが嬉しく、救われる思いだった。

「ありがとな」

 ザカリーは俯いて肩を震わせた。