【小説】片翼の召喚士-episode049

chapter-3.混迷の遺跡編
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混迷の遺跡編-episode049 【片翼の召喚士】

 着替えを済ませたベルトルドは、馬車専用地下通路へと向かう。すでに馬車は待機しており、リュリュが困惑げに出迎えた。

「化粧を落とす寸前だったのよん」

 腕を組んで腰をくねっと曲げる。

 馬車に乗り込みながら、ベルトルドはフンッと鼻を鳴らす。そのあとにリュリュも乗り込んだ。

「念話で伝えた通りだ」

「小娘、かなり危険な状態みたいね。医者はアルカネットが?」

「うん。ヴィヒトリともう1人外科医を連れて行くよう指示しておいた」

「なら信じて待つしかないわね…。ちょっと、ボサッとしてないで早く出しなさいよっ!」

 イラッと怒鳴り、リュリュは組んだ右足で、乱暴に馬車のドアを蹴飛ばす。

「すっ、すみません!」

 外から謝る御者の声が聞こえ、馬車が走り出した。

「寝ぼけてンじゃないわよ、ったく」

 やや大きめの口を、忌々しげに歪めると、チイッと舌打ちした。

「オカマは怒らせるモンじゃないな…」

「ぁあ?」

「ナンデモアリマセン」

 すいーっと目線をずらしつつ、ベルトルドは真顔で言う。

「ンで、どんくらい動かす気?」

「アークラ大将の第二正規部隊とダエヴァ第二部隊、魔法部隊少々を使う」

「判ったわ。編成や指揮はブルーベル将軍とアークラ大将にお任せで、ダエヴァと魔法部隊もブルーベル将軍の指揮下に入ってもらうわね」

「うん」

「それにしても、調査がまだ不十分だけれど、ケレヴィルの連中に手を出してくれちゃったから、堂々と軍を送り込まれても、文句は言えないわねソレル王国」

「ああ、ライオンの連中が無事、シ・アティウスらを救出できたしな」

 腕組をしたベルトルドは、顔を馬車の外へと向ける。

「リッキーの件がなければ、もう少し後になっただろうが…」

「今はとにかく、アルカネットを信じて任せましょ」

「そうだな…」

 髪は生乾きのまま、アルカネットは軍服に身を包み、急いで屋敷を飛び出した。地上のゴンドラも地下の馬車も使わず、魔法で身体を浮かせて宙を飛んだ。

 この男にしては、珍しいほどの慌てぶりである。

「一刻も早く、リッキーさんのもとへ向かわねば…」

 大きく切り裂かれた傷、血の気を感じさせない顔色、ぐったりとした身体。死の息吹を吹きかけられたような、あまりにも酷薄な姿。もう助からないのではと思うほどに、アルカネットの心をかき乱した。

「いえ、絶対に助けてみせます」

 目の前に迫ってきた大病院の建物を見据え、アルカネットは顎を引いた。

 建物の入口前にひらりと舞い降りると、すぐさま大病院へ入る。

「すみません、外来はもう」

「急ぎの用件です。ヴィヒトリ先生を呼んでください」

 呼び止めてきた受付の男に、アルカネットはすぐさま言う。

「ヴィヒトリ先生でしたら、今夜は立て続けにオペをしている真っ最中です」

「なんですって?」

 普段温和な顔が、サッと険しく歪む。受付の男が思わず後ろによろける程だ。

「終わり予定は、何時くらいでしょう?」

「え、えっと」

 受付の男はデスクに駆けていき、医師の予定表を確かめる。

「未明には終わる予定となっています」

 アルカネットは壁掛時計に目を向ける。

 あと数分ほどで、日付が変わろうとしていた。

 顔を僅かに俯かせ、アルカネットは考えるようにしていたが、険しい表情はそのままに受付の男に顔を向けた。

「ヴィヒトリ先生に伝えなさい。大至急の急患が控えています。予定のオペを3時までには終わらせるようにと」

「は、はいっ」

「それとあなたは、この病院でヴィヒトリの次に優秀な外科医に、今すぐここへくるように伝えなさい。これは、副宰相ベルトルド様からの直々の命によるものです。急ぎなさい」

 連絡を取るため、受付の男が逃げていくように走り出す後ろ姿を見つめ、アルカネットはイライラするように、つま先で床を軽く叩く。

「こうしている間にも、容態が……」

 まさかオペをしているヴィヒトリを掻っ攫うわけにもいかず、アルカネットはオペが終わるのを、最大級の忍耐で待たねばならなかった。

 総帥本部に到着したベルトルドを、ブルーベル将軍とラーシュ=オロフ長官が出迎えた。

「こんな遅くに招集をかけてすまんな」

 開口一番2人に詫びると、返事を待たずにベルトルドは建物に入っていった。

「軍とはそういうもの、お気になさらず」

 ベルトルドに続きながら、ブルーベル将軍はにこやかに答えた。これにラーシュ=オロフ長官が無言で頷く。

 24時間体制の総帥本部内には、夜勤の軍人たちが多く詰めており、ベルトルドの行く先々で敬礼が投げかけられた。

 過日キャラウェイ元将軍の不祥事を解決した功労者として、皇王から全軍総帥の地位を下賜されたベルトルドは、国政と軍権を掌握する、並ぶもののない権力者になっていた。それこそ、キャラウェイ元将軍が夢見た、世界征服も夢ではない。

 しかしベルトルドにとって、世界征服とは”恥ずかしい夢”であり、腐敗し堕落しきっているならまだしも、せっかく上手くいっている体制を、個人のちっぽけな夢のために破壊する気など毛頭ないのだ。むしろ「仕事が増えて大迷惑だ!」という心境である。

 執務室に到着した御一行は、部屋の中央に位置する応接ソファに陣取り、協議に入った。

「此度の招集の目的を、教えていただけますかな?」

 やんわりとした口調で、ブルーベル将軍が切り出す。

「将軍はアルケラ研究機関ケレヴィルのことは、ご存知かな?」

「はい。神の世界アルケラに関する、学術的研究やら探求、それ以外にも、超古代文明と呼ばれる1万年前の遺跡調査などにも手を広げている組織でしたね。閣下はそこの所長職も兼任なさっているとか」

「うん」

 ベルトルドは満足そうに頷く。

 軍人というものは、知的方面には疎い者が多い。それが将軍といえど、頭の隅に置いているのは副官の役目と言わんばかりに。

 幸いなことに、ブルーベル将軍はそのあたりの知識も、しっかり頭の隅に留めおいているようだった。

「ソレル王国で、アルケラに関するものが出土したことから、ケレヴィルの連中が調査に乗り出していたのだ。だが、どういうわけかソレル王国が研究者たちにちょっかいを出し始めてな。俺のハンコの押された書類を掲げても、効果ナシときたもんだ」

 それにはラーシュ=オロフが目を丸くした。

「モナルダ大陸の小国の一つでしたね。閣下のご威光が効かないとは、地方の驕りなのでしょうかねえ」

 おやおやといった顔で、ブルーベル将軍は肩を揺らした。それについて、ベルトルドは軽く肩をすくめるにとどまった。

「俺の権威が踏みつけられたところで痛くもないが、今回は研究者どもを不当に拉致、拘禁しおってな。さすがに見過ごすわけにはいかない」

「確かに」

「研究者どもは、俺の子飼いの傭兵団に救出させ、遺跡も抑えてある」

「手回しがよろしいですな」

「フッ。まあ、そんなわけで、将軍には第二正規部隊とラーシュ=オロフのダエヴァ第二部隊、魔法部隊から人員を割いて、首都アルイールを制圧していただきたい。そして、王族も全て捉えて欲しい」

 ブルーベル将軍はつぶらな瞳を瞬かせたが、すぐに恭しく頭を下げた。

「承りました。早速準備に取り掛からせていただきます」

 ベルトルドはブルーベル将軍を見て、僅かに苦笑を浮かべた。

「まだ確証が得られてないので、詳細を話せなくてすまぬ」

「判っております。そのうち、お話くださることですから、今は目の前の作戦に全力を尽くさせていただきますよ」

「うん、頼んだ」

 ブルーベル将軍とラーシュ=オロフ長官は揃って立ち上がると、ベルトルドに敬礼をして執務室を後にした。

 2人が出て行ったあと、ベルトルドは肘掛にもたれてリュリュを見上げる。

「なあ、ブルーベル将軍をどう思う?」

「そうねえ…」

 天井に目を向け、リュリュは少し考える。

「信頼はあるわね。洞察力も優れているし、性格も温厚で良いわ」

「仲間に引き入れようと思っている」

 それについて、リュリュは返事をしなかった。難しそうな表情を浮かべ、グッと口を引き結ぶ。

「恐らく、将軍は乗ってくれるだろう。今回のことが終わったら、話をしてみる」

 そう言って立ち上がると、ベルトルドはデスクへ向かう。

「お茶を淹れてくるわ」

「ああ、頼む」