【小説】片翼の召喚士-episode041

chapter-2.ナルバ山の遺跡編
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ナルバ山の遺跡編-episode041 【片翼の召喚士】

 ヴァルトは巨大な翼を、瞬時に前方で交差させて防御する。無数の砲弾は翼に触れるか触れないかの、スレスレの宙でピタリと止まった。

「返す」

 翼が力強く広がると、砲弾が凄いスピードで打ち返され、前方の銃兵士たちが一斉に吹っ飛んだ。

 腕組をしてその様子を見ていたヴァルトは、ハッと顔を上げた。

「あー…砲弾で倒しちまった」

 ヤッチマッタという表情(かお)で、頬をぽりぽり掻いた。そして前方に人差し指を突きつけると、

「おめーらのせいだかんな!!」

 と大声で怒鳴る。

 あまりの展開に、そして意味不明の言いがかりを受けて、中隊指揮官は鼻白んだ。

「なんなんだあれは…」

 どよめきはいっそう増し、ふいにヴァルトの背後にいた兵士たちが銃を構えた。だがその兵士たちが発砲することはなかった。

 粘り気を帯びた、ズルリと嫌な音をいくつも発し、腰の上の胴がバラバラと床に転がったからだ。

 下半身だけになった死体は勢いよく血を噴射すると、血飛沫を撒き散らしながら、奇妙なバランスでその場に立ち尽くしていた。その惨状を見た周囲の兵士たちから、恐怖に引き攣れたような悲鳴が上がる。

「こっちくんなよ」

 背後に気配を感じ、ヴァルトは不機嫌な声をかける。

「ちゃんと見ていたからな。アレは、カウントに入らない」

「ちぇっ」

 頭髪と身につけているものは全て漆黒。夕闇の中でも妖艶に浮かび上がる白い顔が、ニヤリと美麗な口元に広がった。

 ライオン傭兵団の名物の一つ、美人双璧と言われるタルコットだ。ちなみにもう一人はヴァルトである。

 タルコットは手にしていた真っ黒な大鎌を軽くひとふりすると、ヴァルトと背中合わせに立つ。

「敷地の外と中、どっちがいい?」

「なか」

「では、ボクは外をやる」

「おう」

「あひゃひゃ、死体処理が大変そーだねえ」

 走りながらマリオンがのほほんと呟くと、ギャリーが大笑いした。

「こんだけ動員したソレルが悪いんじゃね」

「まあ…手を出したのはソレル王国側ですしね…」

 シビルがマリオンの腕の中でぼやいた。

 ギャリーとペルラを先頭に、マリオンとシビルがあとに続く。

 先を走るペルラとギャリーが、短剣を使って器用に兵士たちの喉元を裂いて倒していく。

 カーティスら陽動部隊が始めた戦闘の騒ぎに乗じて施設への侵入を果たすため、手薄なところから建物を目指していた。

 3個中隊もいるので、騒ぎの中心から外に向かうほど手薄にはなっていくが、建物を守る兵士たちはその場を動かず警備しているので、見つかれば戦闘をしないわけにはいかない。ヴァルトたちもまだこちらまでは進められていないようだった。

「体力温存しときたいな。マリオン」

 一旦止まると、ギャリーはマリオンを振り返った。

「おっけ~い」

 マリオンの腕からシビルが飛び降りると、腰に下げていた小さな竪琴を取り出す。

「いっくわよ~ん」

 軽く弦をつま弾くと、マリオンを中心にして、目には見えない音の波が、円を描くようにして広がった。すると、周囲に配備されていた兵士たちが呻き声をあげながら、急にバタバタと倒れだした。

 倒れた兵士たちは皆、耳から血を流し白目を剥いている。中には泡をふいている者もいた。

 楽器の音とサイ〈超能力〉を合わせた、広範囲に影響力のある音波攻撃である。

「鼓膜が破れる音波攻撃、もういっちょ~」

 マリオンは更につま弾いた。

 マリオンたちの位置からは見えない箇所にいる兵士たちも、次々と倒れた。

「風がいい具合に吹いてて、音が乗るねえ」

 マリオンはのんびりとした表情で微笑んだ。

「ふぅ……」

 ため息をつくと、シビルは木の杖を下げた。

「確かに凄い攻撃力ですね…。ただ、敵味方おかまいなしに攻撃するのだけは、勘弁して欲しいかもです」

「都合よくわけらんなくってぇ~、ごめんなさぁ~い」

 本人が言うように、力を発する時には判別しながら攻撃はしていない。というより、広範囲に影響する攻撃の場合は、判別できないらしい。それが判っているので、シビルが魔法で仲間たちを防御して無事だった。

「まっ、そのためにシビルがいるわけだしな!」

 ギャリーはシビルの頭をガシガシ撫で回す。帽子が着崩れて、シビルは文句を言いながら小さな手で直す。

「いくぞ」

 辺りに敵の気配がないことを確認して、ペルラは首をクイッと建物に向ける。

「おう」

 倒れた兵士たちを遠慮なく踏みながら、一同は建物に侵入した。

「俺たちは寂しく、仲間の援護射撃」

 ザカリーの独り言に、ランドンが頷くようにして同意した。

 収監施設から1000メートル以上も離れた遺跡の上に座り、ザカリーは巨大な銃を構えていた。その傍らに立ち、ランドンが収監施設の方角に視線を向けている。

 海の彼方に陽が沈んでいく様を眺めながら、喧騒とは隔絶された静かな環境の中に2人は居た。

 現地から遠く離れた場所から、仲間たちを確実に援護する役目を2人は担っている。

 ランドンは魔法スキル〈才能〉の持ち主で、繊細で緻密な魔法を扱うことに最も優れている。今はザカリーの視覚とリンクして、ザカリーよりも的確に、魔法の力で索敵をしていた。

「ヴァルトの南側に狙ってるのがいる」

「らじゃー」

 ザカリーは無造作に銃身の向きをずらせる。この巨大な銃には照準器がついていない。ライフルのような形状をしているが、およそ標準的なサイズを超えている。夕闇の中でも淡い光を浮かび上がらせる銀で出来ていた。

「俺のバーガットちゃんの破壊力は、ちょー凄いんだぜ~」

 ランドンの言った方角を、正確にザカリーは見ていた。

 至近距離で見ているのとは変わらぬくらいの視覚で、1000メートル以上も離れた位置のソレル王国兵を見ている。戦闘の遠隔武器系スキル〈才能〉を持つ者の特徴だった。視覚の距離は自らの意思で調整できる。

 ヴァルトに狙いを定めているソレル王国兵は5名。

「そらよっ」

 ザカリーは銃口を定めて引金を3回連続で引いた。

 銃口からは見えない何かが飛んでいった。目の良いものなら、螺旋を描く僅かな空気の揺らぎが見えただろう。

 一直線に飛んでいった何かは、射線軸にいる3人の頭部を一瞬で貫き、3人から離れて並ぶ2人のソレル王国兵たちの後頭部そのまま貫いた。撃ち抜かれた5人のソレル王国兵は、若干のタイムラグのあと、無残にも頭部が爆ぜた。

 頭を吹き飛ばされたソレル王国兵たちの胴は、ぐらぐらりと左右に揺れると、そのまま平衡を失って木からずり落ちていく。

 それは魔弾と呼ばれる、魔力の塊を弾にしたものだ。魔法使いたちだけが作り出せる特殊なその魔弾を撃ち出せるのが、バーガットと呼ばれる特殊な銃だった。

「ほい、5ちょあがり」

 ザカリーは満足そうにニヤリと笑った。そんなザカリーの様子には頓着せず、ランドンは感情に乏しい表情のまま次を示した。

「東のタルコットのほう」

「おうけい」

 飛んでいってしまったヴァルトの消えた空を見上げ、カーティスとルーファスは呆けた顔のまま肩を落とした。

「これじゃ、オレたちも敵の只中に突っ込まないと、援護できなくね?」

 腰に両手をあてて、ルーファスは空を眺めたままぼやく。一方カーティスは額をおさえて、マジ勘弁といったように頭を振る。

「こうなったら、初めからヴァルトなんてウチには存在しなかった、と記憶を改竄するしかありませんね」

「それか天に帰って星になった、でもいいな」

 タルコットとハーマンは、各々防御をしながら対処できるので自由行動に任せたが、大問題はヴァルトだった。

 とにかく防御をしない猪戦闘をするので、かけた強化魔法の強度がすぐに崩れる。なので自分から離れないようにと言い含めていた矢先に、翼を広げ元気よく飛んでいってしまったのだった。

「面倒ですが、行きましょうか、2人とも…」

 ゲッソリとカーティスに促され、ルーファスとマーゴットは頷いた。

 収監施設の中は外に比べると、驚く程手薄だった。外の守りに集中しすぎて、中の守りはどうでもよかったのか?とギャリーは首をひねる。てっきり兵士たちで通路がびっしり詰まっていると想像していたら、僅かに兵士が点在しているだけだった。

「なあ、魔法のトラップとかあるんじゃねえか?」

 ギャリーの問いかけに、シビルは意識をこらして魔力探索を開始する。マリオンもサイ〈超能力〉で探りを入れたが、とくに反応はない。

 シビルも同じようだった。3個中隊の防御陣を突破して、侵入できる輩がいるとは思わなかったらしい。いささか拍子抜けするが、その分手間が省ける。

「研究者たちはどこだ? ペルラ」

「こっち」

 ペルラの案内で、建物の2階へと向かった。

 開け放たれた小窓から、そよ風とともに騒音と血なまぐささが漂ってくる。シ・アティウス何事かと首を窓の方へと向けた。

「なにやら外が騒がしいな」

「質問にだけ答えろ!!」

 中年の詰問官は手が腫れるんじゃないかと思うほど、何度も何度もテーブルを叩いた。

 学者や研究者といった人種は、軽い脅しですぐビクビクと口を割る。だが皇国の研究者たちは全員、見事に口を割らなかった。大した覚悟だが、それがよりいっそう神経を苛立たせる。

 とくにこの目の前の男は、ゾッとするほど無表情で、顔の筋肉を僅かも動かさない。色のついた眼鏡の奥ので、時折目だけがチラチラと動くのみだった。更に口を開けば無関係なことを言いたいだけ言って、すぐ黙り込む。

 もう一度脅しのつもりで拳を振り上げた瞬間、詰問官の口から「ヒュッ」と息が漏れた。

 何事かと喉に手をあてようとしたが、そう思っただけで手は動かなかった。勢いよくどす黒い血を喉から撒き散らして、絶命したからだ。

「血の色からして、あまり健康とは言えないな」

 倒れゆく詰問官を見ながら、顔色ひとつ変えずに淡々と呟く。返り血が大量にふりかかってきたが、軽く眉をひそめただけだった。

 室内にいた他の兵士たちも、同じように喉を切り裂かれて倒れていった。

「助けにきたぜ」