【小説】片翼の召喚士-episode038

chapter-2.ナルバ山の遺跡編
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ナルバ山の遺跡編-episode038 【片翼の召喚士】

 ブルニタルが率先して神殿に足を踏み入れる。ハドリー、メルヴィン、ガエルが後に続いた。

「ね……え」

 それまで口を挟まずおとなしくしていたキュッリッキが、フェンリルを抱きしめたまま身をこわばらせ、上ずった声で4人を呼び止めた。愛らしいまでの表情が、明らかに沈んで強ばっている。

「あのね…、アタシ、ここで待っててもいい?」

「どうしたんです?」

 不思議そうに目を瞬かせ、ブルニタルは首をかしげる。

「えっと……」

 細い肩が僅かに頼りなげに震えた。

「なんか、神殿に入るの怖い…の」

「灯りも持っていくし、大丈夫ですよ?」

 ブルニタルは呆れたように首をかしげた。それでもキュッリッキは、足がすくんだようにその場から動かず、足元に視線を貼り付けていた。

 なおも言い募ろうとブルニタルが口を開く前に、ハドリーがブルニタルの肩を掴んだ。

「なあ、どうしてもリッキーも連れて行かないとダメなのか?」

「……いえ、とくには」

「なら俺たちだけで行こう。ファニーのやつも目を覚ますかもしれないし、誰もいないんじゃ可哀想だしな」

 キュッリッキがああいう態度に出るときは、きまって何かを敏感に感じ取っていることを、ハドリーは知っている。そして無理強いしないほうがいいことも判っていた。

 ハドリーはいつも見せる、ほんわかした表情をキュッリッキに向けた。

「ファニーが目を覚ましたら、ちゃんと説明してやるんだぞ」

「う、うん」

 ハドリーはキュッリッキに優しく笑んで、3人を促して神殿に入っていった。留守番していられることになり、キュッリッキは心底安堵する。

「よかった…」

 ぽつりと呟き4人を見送ったあと、キュッリッキは寝ているファニーのそばに座り込んで、神殿の入口を怖々見つめた。

「なんでこんなに”怖い”って、思うのかなあ……」

 腕の中のフェンリルも、困ったように鼻を鳴らした。

 神殿の中は極めて単純で、長方形をやや細長くしただけの、箱のような作りをしている。内装も殆どしておらず、石を積み上げ敷き詰めただけの、味気ないものだった。芸術的価値を無理に見出そうとするなら、円筒に削られた石の柱だけだろうか。

「これじゃあ迷いようがありませんね…」

 ブルニタルはややつまらなさそうに、見たままの感想を述べた。もっと好奇心を掻き立てられるものを期待していたのに。

「本当ですね…」

 頷きながらメルヴィンも同意する。入口からただ一直線に歩いてるだけだった。これなら案内は必要ない。ハドリーもそれが判っていて、申し訳なさそうに肩をすくめた。

「あんたらの言ってたエグザイル・システムのようなもの、とやらは、多分それのことだろう」

 ハドリーが前方を指すと、ほのかな灯りにうっそりと浮かんだ先には、祭壇のようなものが見えてきた。

「これがエグザイル・システムのようなもの…ですか?」

 間近で見るそれは、彼らの知っているエグザイル・システムとは、明らかに異なるものだった。

 エグザイル・システムとは、物質転送装置のことを言う。

 半径1メートルほどの黒い石造りの円台座に、短い銀の支柱のようなものが3本立っている。台座の中心にはその惑星の地図が彫り込まれていて、エグザイル・システムが置かれている地に、スイッチのような突起がある。そのスイッチを踏めば、台座に乗っているものは、全てそこに飛ぶようになっていた。

 惑星間を移動する場合は、銀の支柱に触れればよく、支柱はそれぞれ惑星ヒイシ、惑星ペッコ、惑星タピオをあらわしていた。

 惑星間移動では、それぞれの惑星で必ず玄関口となる地に飛ぶ。そこから同じ要領で飛びたい地を選択すれば良い。そして惑星間を移動できる手段は、このエグザイル・システムしかなく、現在宇宙を航行する技術もなければ、空を飛ぶ技術すらない。

 この優れた技術は、現代の技術者では作り出せない。遠い過去、超古代文明と呼ばれる1万年前も昔の人々が、開発した技術と言われていた。

 しかしこれはどう見ても、皆がよく知るエグザイル・システムではない。

「シ・アティウス氏は、何故これを、エグザイル・システムのようなもの、と言ったのでしょうか…」

 ブルニタルは眉間にしわを寄せた。

 半円型の台座に、ガラスなのか水晶なのか、柩のようなケースが立てられている。ケースの中身はなにもなく、台座には地図もなにも掘られていないし、銀の支柱もない。

 シンプルな見た目といい、通常のエグザイル・システムとは似て非なるものだ。

 これ以上見ていても収穫がないと呟き、ブルニタルは軽く首を振った。

「取り敢えずベルトルド氏に、連絡を入れましょうか」

 ブルニタルは肩にとまっている小鳥を自分の指に移らせると、小鳥の頭を優しく3回叩いて呼びかけた。

 小鳥は瞬きもせず沈黙していたが、やがて嘴から尊大溢れる男の声が応じた。

「お忙しいところすみません、ブルニタルです。例のエグザイル・システムのようなものの前に居ます」

〈早いな。こちらの予想では、明日になると踏んでいたのだが〉

 ベルトルドの声が、僅かに驚きを含んでいた。

「キューリさんのお陰で、色々手際よく進みましたから」

〈なるほど。――そこにリッキーは居るか?〉

「いえ、彼女は神殿の外で待機しています。なにやら神殿に入るのを、とても怖がってしまっていて」

〈ほう……?〉

 ベルトルドは考え込んだように沈黙した。

〈……まあ、そばに居ないのでは、声を聞くことも、褒めてやることもできんな。残念だ〉

 たっぷり間を空けたあと、ベルトルドは心底残念そうに呟いた。黙って聞いているブルニタルとメルヴィンの表情が、嫌そうに露骨に歪む。

(何故そこで残念そうに言うんだろう、このひとは…)

(ガキの使いじゃあるまいし)

 各々胸中で本音を吐露する。そして驚きの表情を貼り付けたハドリーも、

(本当に、気に入られてるのかリッキー…)

 胸の内で仰天していた。

〈これだけ早いと、カーティスたちがまだ救出も出来ていないだろう。そこを死守して、奴らが合流するのを待っていろ〉

「判りました」

〈それと〉

「はい」

〈リッキーが嫌がるなら、絶対に無理強いはするなよ〉

「……はい」

 それでベルトルドとの通信は切れた。小鳥は沈黙し、自らブルニタルの肩に戻った。

「副宰相のナマ声、オレ初めて聴いたぜ…」

 緊張を解くように、ハドリーがふぅっと息を吐き出して言う。

「胃が痛くなるので、あまり聴いていたくないんですけどね」

 苦笑しながらメルヴィンが応じた。ガエルも黙って頷く。眼鏡をクイッと手で押し上げて、ブルニタルは彼らを振り向いた。

「神殿から出ましょう。外の様子も気になりますし、ここに居てもしょうがないでしょうから」

「そうしましょう」

 4人は頷いた。

「みんなまだかな~」

 壁にもたれかかって、床で転がったり丸まったりしているフェンリルを構いながら、神殿の入口を見つめる。ファニーは目を覚まさず、話し相手がいなくなって、急激に退屈感に蝕まれつつあった。

 暇つぶしに何か襲ってこないか意識をこらしたが、哨戒に出している綿毛たちは、何も見つけていない。

「つまんない」

 神殿の入口から離れていると、先ほど感じたような、足がすくむほどの怖さはなかった。しかし相変わらず嫌な気配のようなものは、ヒシヒシと感じ続けていた。

 戦場での危険感知とは若干違う。敵意といったようなものでもない。

 ただ、怖いと感じるのだ。

 キュッリッキはそうした勘を、これまで外したことがない。キュッリッキだけが感じる何かが、この神殿にはあるのだろうか。心の中で警鐘は鳴りっぱなしだったが、今はまだ小さい。神殿の中に入らなければ大丈夫だと、キュッリッキには確信があった。

「早くみんな戻ってきたら、気にしなくてもすむのに~」

 ちょっとふくれっ面になってぼやくと、ファニーが身じろぎする気配があった。

「う……ン」

 何度か小さく呻いたあと、ファニーは身体を僅かに揺らし、薄らと目を開いた。

「ファニー起きた!」

 キュッリッキは壁から離れると、ファニーの顔の前に膝を揃えて座り直した。身を乗り出して顔を覗き込む。

「その元気な声は……リッキー?」

「うんっ!」

 嬉しそうにキュッリッキは首を縦に振った。

 ファニーはゆるゆると上体を起こすと、壁にもたれかかって頭を軽く振った。まるで悪夢をみて目が覚めたような、不快感を貼り付けたような表情で辺りを見回す。

「縄切ってくれたんだ、あんがと」

「どーいたしまして。アタシじゃないけど」

「ところで、ハドリーどこいったの?」

「神殿の中だよ」

 そう言って神殿を指す。

「ふうん…?」

「アタシも仕事でここにきたんだけど、仲間を案内するのに神殿入っていったよ」

「あれ~? アンタってば毎日が休日状態だったのに、仕事見つかったんだ?」

 大きな目をさらに大きくして驚くファニーを、キュッリッキは憮然と睨みつけた。

「もうとっくの2週間前に、決まっちゃってるもん!」

「えーーー!! だったらさっさと連絡くれたらいいじゃないのもー!」

「年中無休のファニーがちっとも家に寄り付かないから、ドコにいるか判んなくて連絡も取れないんだってば!」

 怒鳴るように言って、キュッリッキはぷっくりと両頬を膨らませて抗議する。それを見てファニーは誤魔化すように、引き攣りながら手をヒラヒラさせて笑った。

「だ、だってさ、仕事あるうちが華なんだし。お金貯めまくって、中年になったら人生謳歌するって、将来設計があるんだもーん」

「ったくぅ、ギルドの支部いっぱーい掛け持ちしてるでしょ。一回も連絡取れたためしがないんだからあ」

「ごめーーん」

 両手を合わせて謝罪のポーズを作り、ウインクして詫びる。キュッリッキは膨らませた頬のぶんの息を吐き出して、やれやれと天井を仰いだ。

「そんで、仲間とか言ってたけど、またどっかの傭兵団に入ったの?」

「うん。ライオン傭兵団」