【小説】片翼の召喚士-episode037

chapter-2.ナルバ山の遺跡編
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ナルバ山の遺跡編-episode037 【片翼の召喚士】

「うわー…、すっごーい」

 あまり広くない穴の中を小走りに通ってくると、大きく開かれた場所に出て、キュッリッキは思わず声を上げた。見上げる天井は、暗くなっていて見えない。

「空洞の中に、こんな立派な遺跡があるとは」

 ブルニタルも感嘆しきったように、辺りを見回している。

 山に穴を開けて掘り進み、このような広大な空洞を作ったのだろうか。しかし、何のために。

 捕らえられた研究者たちか、あるいはソレル王国兵によってか、照明が随所に設置されているので、広場の中は明るい。そのぶん高い天井が暗くなっていて、どのくらいの高さがあるのか判らなかった。

 厳かな石造りの神殿が、空洞の中の半分を埋めている。惑星ヒイシのいたるところで発見される、遺跡と同じ形のものだ。正面を見ると、長方形の箱のような形をしているのだろう。それ囲むようにして柱が並ぶ周柱式神殿のようだ。

 どんな神が祀られていたのか、それすら判っていないほどの古代の遺物。ブルニタルは独りごちるように呟いていた。

 ブルニタルのスキル〈才能〉は”記憶”である。一度でも目にし、耳にし、口にし、体験したものは二度と忘れない。絶対的な信頼性に基づくもので、この記憶スキル〈才能〉持ちは様々な場所で活躍している。

 しかし何故かブルニタルは、その記憶スキル〈才能〉のスペシャリストであるはずなのに、いつも小さな手帳にメモを取る癖がある。そのことを不思議に思ったキュッリッキが、少し前にツッコんだことがあった。

「いくら記憶スキル〈才能〉があるといっても、動揺していたり感情が昂ぶったり追い詰められると、うまく記憶を辿れないことがあるので、本当に大事なことや重要なことは、メモをとるようにしているんです」

 そう真面目くさって説明してくれたことがある。

 随分デリケートなスキル〈才能〉なんだね、とキュッリッキは苦笑したのだった。

 4人が神殿に見入っていると、キュッリッキの腕の中からフェンリルが飛び出し、奥を目指して駆け出してしまった。

「あれ、フェンリルどこいくの!?」

 驚いたキュッリッキが慌てて追う。気づいたメルヴィンも、キュッリッキを追いかけた。

 広場の奥にはさらに穴があり、そこにフェンリルは飛び込んだ。そしてすぐ出てきてキュッリッキのほうを向くと、フサ、フサ、と尻尾を振った。

「なんか見つけたっぽい」

 穴の手前で止まり、尻尾を振るフェンリルを抱き上げる。

「いいもの見つけたの?」

 目線の高さに抱き上げて問いかけた。

 キュッリッキの目をじっと見て、フェンリルは鼻をひくつかせた。

「誰か居るんだね」

 その様子を後ろで黙って見ていたメルヴィンは、手近にあった篝に入っていた木の棒を取り出し火をつけると、キュッリッキを背後に庇うように立って、先に穴の中に踏み込んだ。穴の中は真っ暗だ。

「先に行きますので、着いてきてくださいね」

「はーい」

 キュッリッキは素直に返事をすると、メルヴィンの背に張り付くようにして進んだ。

 そんなに距離は進まず、直ぐに目的の場所に着いたようで、小さな窖だった。メルヴィンが足元にスッと灯りをかざすと、ひと組の男女が倒れている姿が浮き上がった。

「あれっ?」

 メルヴィンの後ろから顔を出すと、キュッリッキは跳ね上がって驚き、勢い付けて男女に飛びついた。

「ちょっとハドリーとファニーじゃない!! どうしたのよねえ、起きてってばっ!!」

 意識を失ってる2人の胸ぐらを掴んで、逞しくグイッと引き寄せると、容赦のない勢いでブンブン前後に揺さぶる。揺さぶられるたびに、2人の頭がゴチンゴチンと当たって、見ていて痛そうだ。

「リッキーさん、それはちょっと…」

 メルヴィンがやんわりと止めるが、聞く耳持たずで2人をブンブン揺さぶり回したあと、ファニーのほうを乱暴に投げ出し、あいた片手でハドリーの髭面に往復ビンタを叩き込む。手加減なしの容赦なし。狭い窖にビシバシと音が反響する。

「い…いででっ……痛い痛いいい加減にしろコラッ!!」

 さすがに気づいたハドリーが、キュッリッキの手を振りほどこうとして身をもがいた。だが、腕も身体も厳重に縛り上げられていて、身体をクネクネと動かすだけだった。

「気がついたんだね、ハドリー!」

 にぱっと笑顔のキュッリッキを、ハドリーは目を細めて冷ややかに見やり、深々とため息をついた。

「あのな、もうちょっと優しく起こしてくれ…」

「えへへ…ゴメンなの」

 ちっとも反省してないキュッリッキをもう一度睨んで、ハドリーは身体を横に向けて腰を上げる。

「この短剣で縄を切ってくれ。それとファニーを起こしてやらねーと」

「うん」

「オレがやりましょう。これを持っててください、リッキーさん」

 黙って成り行きを見ていたメルヴィンは、灯りをキュッリッキに手渡して、ハドリーの腰にある短剣を引き抜いた。

「これだけ頑丈に縛っていたら、リッキーさんの力じゃ、かえって君を傷つけてしまいそうです」

「うむ、確かに…」

「えー…」

 心外なんだよーと文句を垂れるキュッリッキを無視して、縄から解放されたハドリーは、往復ビンタされた頬を痛そうに撫でる。

 メルヴィンはファニーの縄も切りはずしてやると、そっと抱き起こして、軽く揺すった。

「すまん、ちょっと起こすの待ってくれ」

 ハドリーは素早くメルヴィンの手を抑えて止める。メルヴィンは不思議そうに首をかしげた。

「?」

 ハドリーは軽く肩をすくめる。

「そいつが目を覚ますと猛烈に喧しいから、先に色々話しておきたいことがあるんだ」

「……判りました」

 メルヴィンは頷くと、そのままファニーを抱き上げた。

「外に出ましょうか」

「メルヴィン、キューリさん、どこへ行っていたんですか」

 2人が戻ってくると、ブルニタルが不機嫌そうに迎える。そして人数が増えていることに気づいて、メガネをクイッとかけ直した。

「すみません、ちょっと人を助けたもので」

 メルヴィンは苦笑いして、抱えているファニーを軽く持ち上げ、顔でハドリーを示す。

「アタシの友達が2人、穴の中で縛られてたの!」

 キュッリッキはハドリーの腕を掴んで引き寄せた。その様子を見て、ブルニタルは無言で頷く。眼鏡の奥の目がキラリと光り、ハドリーを値踏みするように観察していた。

 メルヴィンは抱えていたファニーを、近くの壁際にそっと寝かせた。

「リッキーがここにいるってことは、あんたらライオン傭兵団だな」

 ハドリーは淡々とした表情で、ブルニタルと向き合った。失礼な目に文句を言いたい気分だったが、説明の方だ先だ。

「助けてくれて礼を言う。オレたちは、アルケラ研究機関ケレヴィルの調査チーム代表シ・アティウスに雇われた、フリーの傭兵だ」

「代表の人はシ・アティウスというのですか」

「ああ」

「なるほど、話を進めてください」

 ブルニタルがハドリーに先を促す。

「オレたちは普通にエグザイル・システムでアルイールへ飛んで、咎められることもなく、馬車でこの山まできた。研究者たちが調査をはじめて翌日すぐに、ソレル王国の軍人たちがやってきて、問答無用で研究者たちを全員拘束して連れて行っちまった」

「翌日すぐ、ですか…」

「ああ。抵抗もロクにできず、オレたちは縛り上げられて、あの穴の中へ放り込まれてしまった。情けねえけど」

 ハドリーは複雑な表情で、親指で穴をクイッと指す。

 シ・アティウスはここへは何度か来ていて、大掛かりな調査を開始しようと、研究者たちと護衛を引き連れて訪れたようだった。

 調査を開始して半日ほどで、ハドリーはシ・アティウスから封書を渡され、首都アルイールへつかいに出された。封書は指定された人物に手渡した。それから寄り道せず、夜半に戻ってきても、研究者たちは灯りを消さずにずっと遺跡を調べ続けていた。

「その封書が例の報告書ですね」

 経緯を全て聞き終わると、ブルニタルは神妙な顔で考え込んだ。

「ソレル王国の動きが、不審過ぎますねえ……」

 アルケラ研究機関ケレヴィルは、世界的にも有名な組織だ。ハワドウレ皇国が背景についていて、所長は副宰相ベルトルドである。

 シ・アティウスは正式な遺跡の調査許可書を持っていた。その書類にはどれも副宰相のハンコが押してある――シ・アティウスが勝手に押していった――効力のあるものなのだ。それに、ソレル王国はハワドウレ皇国の属国である。表面的には独立国としての体裁をしているが、副宰相ベルトルドが許可をしたのなら、絶対に順守せねばならない。

 それなのに、問答無用で連れ去るとは、何やら雲行きが怪しい話になってきていた。

「エグザイル・システムのようなものが関係しているのでしょう。一度確認してから、ベルトルド氏に報告しなくては」

「ですね。ハドリーさん、この遺跡で見つかったエグザイル・システムのようなもののある場所はどこですか?」

「その神殿の中の最奥にある。オレも研究者の護衛のために一度中に入ったけど、仕掛けやらはなにもなかったな」

「判りました。すみませんが、案内をお願いできますか?」

「了解」

「では、行きましょうみなさん」