【小説】片翼の召喚士-episode032

chapter-2.ナルバ山の遺跡編
この記事は約7分で読めます。

ナルバ山の遺跡編-episode032 【片翼の召喚士】

 食後は、キュッリッキ、メルヴィン、ヴァルトの3人が皿洗いに参加して、大量の洗い物も素早くすんだ。

「ありがとう3人とも。助かったわ」

 にこやかなキリ夫人に、3人はおやすみなさいと挨拶をして、台所を後にした。

「さーて、俺様はトレーニングだぜ!」

 ヴァルトはフンッ!っとその場で力み、談話室のほうへ元気よく向かった。

「オレはカーティスさんの部屋へ」

「アタシお風呂。着替え取ってこなくっちゃ」

 2人は階段のそばで別れ、キュッリッキは自室へ戻るため階段を上がった。

「よ、よお、キューリ」

 2階の階段の踊り場にザカリーがいて、キュッリッキはビクリと固まった。

「ちょっと食後の運動に、散歩にでもいかねーか?」

 ヘラリとした笑顔を貼り付けて、ザカリーは親指でクイッと促す。

 キュッリッキは全身に不愉快感を滲み出し、目を背けると、何も言わずその場を通り過ぎた。

「お、おいっ」

 再度呼び止めるが、キュッリッキは足早に自室に入ってしまった。

「お怒り、まだ解けねえか…」

 はぁ…、とその場に情けない溜息を吐き出し、ガシガシッと頭を掻いた。

 後ろ手にドアを閉め、キュッリッキはムッとした顔のまま、自分の足の先を睨みつけた。

 ザカリーから声をかけられる度、翼のこと、アイオン族であることをバラされるんじゃないかと、不安で押しつぶされそうになる。

「ザカリー、記憶喪失になっちゃえばいいのに…」

 物騒なことを呟いて、キュッリッキはベッドに俯せに倒れる。ベッドがギシッと音をたてた。

 片翼であること、アイオン族であることは、ライオンの皆には絶対に知られたくない。ヴァルトは同族で、すでに知っていた。知られていたのは気分がイイものではなかったが、幸いヴァルトは本国の連中とは違って、キュッリッキに同情している。

 ザカリーは信用できない。アイオン族ではなくヴィプネン族だから、片翼であることがどんなことか、絶対理解できない。だから、きっと平然と言いふらす事ができるに決まっている。

「今回のお仕事、ザカリーと一緒の班には、絶対なりたくないの」

 ベッドの上に跳び乗ってきたフェンリルに、キュッリッキは沈んだ声で呟く。

 心に大きな傷となっている片翼を見たザカリーが、近くにいるだけで、心が落ち着かなくなり不安に苛まれる。たとえ仕事であっても、一緒にいるのは嫌だった。

 フェンリルがキュッリッキの頬を、慰めるようにペロリと舐めた。

「ありがとうフェンリル」

 フェンリルはもう一度ペロリと舐めると、キュッリッキの顎の下に頭を入れて、丸くなって目を閉じた。

 柔らかな毛先に刺激されてこそばゆかったが、灯りのついていない暗い部屋の中で、キュッリッキはじっと俯せのままでいた。

 コンコン、とドアを叩く音がして、キュッリッキは頭を上げた。

「誰かな…? どうぞー」

 ベッドから起き上がると同時に、ドアが開いてシビルが顔を出した。

「寝ちゃってたかな? ゴメン、カーティスさんが会議室に呼んでるよ」

「んーん、寝てないから大丈夫。なんの用事かな」

 キュッリッキはワンピースのシワを手ではたいて直し、シビルと共に部屋を出た。

「用件は判んないんですけど、仕事に関することで、なにか聞きたいことでもあるんじゃないですかね~」

 そう言って、シビルは黒い鼻をヒクヒクさせる。

 歩くときはフサフサの尻尾をユラユラさせるので、ついつい目がいってしまう。

 タヌキのトゥーリ族の彼女は、キュッリッキよりも背が低い。見た目の可愛らしさと相まって、キュッリッキはシビルが大好きだ。

 正確には、可愛い動物なども好きなのだ。ファンシーで可愛いものに目がないくらいに。可愛いもの好きのキュッリッキにとって、シビルと一緒にいると心が和んでしまう。

「んじゃ、私は部屋に戻るので」

「判った~。おやすみなさい」

「おやすみ~」

 小さな手を振って、シビルは自室に入っていった。

 キュッリッキは階段を下りて、談話室の奥にある会議室のドアをノックした。

「入ってください」

 カーティスの声がして、キュッリッキはドアを開ける。

 さほど広い部屋ではなかった。メンバーの自室より、多少広いくらいで、ビッシリと難しそうな本が詰まった本棚が壁に並び、世界地図のポスターやメモ書きの紙がピンで留められ、部屋の中央に質素な応接テーブルセットが置かれていた。

「急に呼び出してすみません。いくつか聞いておきたいことがあって」

 カーティスが手振りで小さな椅子を指す。そこに座れということだろう。キュッリッキは素直にその椅子に座った。

 応接ソファには、カーティス、メルヴィン、ブルニタルが座っていた。もう一つ空いている所には、ダンボール箱がいくつか占拠している。

「我々は、召喚スキル〈才能〉を持った人と面識がありません。なので、世間一般に伝わっている召喚スキル〈才能〉のこと以外は、まるで知らないんです。キューリさんの入団は、我々にとって新し選択を増やしてくれました。それで、どんな使い方が出来るか、知識を蓄えておきたいんです」

「ほむ」

「ではブルニタルのほうから、色々質問がありますので、教えてください」

 キュッリッキはコクリと頷いた。

 ネコのトゥーリ族であるブルニタルは、三毛猫の外見をしている。そして、赤いフレームの着いたメガネをかけていた。普通の人間のように、耳が左右顔の横にあるわけではないので、フレームの先っちょがぐるりと伸びていて、頭上の耳に引っ掛けていた。

「色々聴きますので、お答えください」

 メガネのフレームを上に押し上げながら、ブルニタルはメモ帳を開いく。

「まず、どんな風に召喚というものをするのか、具体的に教えてください」

「具体的、かあ」

「魔法とは違うものだと聞いていますが、何か儀式的なことをするのなら、それをする場所やタイミングが必要になるでしょう。道具や何ならも揃えないとですし。なので、具体的に知っておきたいのです」

 なるほど、と呟いて、キュッリッキは納得した。

 ブルニタルはライオン傭兵団の軍師的役割も担っている。それで色々知っておきたいのだ。

「じゃあ、実際に召喚してみせるね」

 キュッリッキは座り直し、ひたと前方に視線を向けた。

「召喚はね、アルケラっていう神様たちの世界からしか、呼び出すことはできないの。呼び出せるのは、アルケラに住んでいる全ての住人たち。名もない不思議な生き物から、偉い神様まで全部」

「なんと…」

 ブルニタルはペンを走らせ、一言一句漏らさず書き留める。

「そして、まずは、この目でアルケラを視る」

 キュッリッキは人差し指で、自分の目を指差す。黄緑色の瞳には、虹色の光彩の微粒子が常にまとわりついている。普段はあまり気にならないが、今は光彩が強い光を放ち始め、3人は身を乗り出し見入った。

「アルケラの至るところを視て、目的に合う子達を探すの。アタシが何を呼び出したいかある程度ハッキリしてると、勝手に向こうからアタシを見つけてくれたりするんだよ」

「ほうほう」

 次第に光が強まり、キュッリッキは手を前方へと伸ばした。

「目的の子が見つかると、その子とアタシが目を合わせる。こちらへ招き寄せるためには、絶対に目を合わせる必要があるのね。目のない子もいるんだけど、そういうときは、気持ちを合わせるの。んで、目が合ったら、おいでって声をかけてあげると、次元を超えてこちらへとやってくる」

 突然、室内の空気に振動が走った。

「なんですか…」

 ちょうど3人が向かい合って挟んでいるテーブルの上に、透明な波紋が広がり、目にも見えてくる。

「おいで」

 すると、波紋の中心から、2羽の小鳥が飛び出してきて、部屋の中をパタパタ飛び回り始めた。黄色と黄緑色の小鳥である。そして、カーティスの肩にとまっていた赤い小鳥も、嬉しそうにピーピー鳴きながら、2羽の小鳥に続く。

「こっちへいらっしゃい!」

 キュッリッキがちょっと怒ったように言うと、黄色と黄緑色の小鳥はキュッリッキの頭の上に留まり、赤い小鳥はカーティスの肩に戻った。

「もう、いたずらっ子なんだから」

 しょうがないわね、とキュッリッキは肩をすくめた。小鳥たちは反省の色なく、嬉しそうに鳴いた。

「これが召喚だよ」

 キュッリッキはブルニタルに顔を向けるが、ブルニタルは固まっていた。

「魔法よりアクションが地味だから、呆れちゃった?」

 小首を傾げて残念そうに言うと、ブルニタルはハッとなって瞬きした。

「い、いえ、そんなことはありません。――初めて見たものですから、驚きと感動で硬直しちゃいました」

「ホントですね…。以前ソープワート戦で呼び出していた大きなものから、こんな小鳥まで、様々なんですね」

 ソープワート戦のときの召喚は、ルーファスが中継してくれたものを念話で見ただけだったが、こうして直接見ると感動してしまう。メルヴィンは感極まって、顔をほころばせた。

「場所はどこでも大丈夫だし、暗くても平気。ただ、目隠しされちゃうとダメだけど、手足が縛られたりしてても大丈夫だよ」

「素晴らしいです」

 メモ帳にびっしり書きながら、ブルニタルは何度も大きく頷いた。