【小説】片翼の召喚士-episode032

chapter-2.ナルバ山の遺跡編
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ナルバ山の遺跡編-episode032 【片翼の召喚士】

 政治に携わる人間にとって、スキャンダルは命取りである。まして、他人の妻と浮気をしているのだから、倫理観を問われかねない。

 ベルトルドは独身だが、相手が結婚している事実を知っていて、情事に及んでいるのだから、これは姦通罪だろう。軍で盛大に裁ける。

 ところが。

(……何故に、陛下はきゃつを咎めないんだ…)

 キャラウェイ将軍がまとめた書類には、ベルトルドがこれまで手を出してきた姦通相手の詳細と証言、証拠写真を添えている。内容は捏造ではなく、事実なのだ。

 今回はとくにサイヨンマー伯爵夫人の協力を得ているし、大胆な写真も提供してもらっている。

 皇王の許可が得られれば、即刻裁判を開いて、ベルトルドを要職から排除できるというのに。

 跪いたまま頭の中をグルグルさせているキャラウェイ将軍に、皇王は苦笑を投げかけた。

「キャラウェイよ、はっきり言うとな、ベルトルドの浮気は”いまさら”じゃ」

「……はっ?」

「ベルトルドをこんな立派な女好きにしたのも、全ては社交界のメス豚共じゃよ。学生の頃からベッドに引きずり込んで、女の味を覚えさせて、甘やかしたものだから、浮気もなにも、こやつには”アタリマエ”になっておるんじゃ」

「フッ、テクニックも年々磨かれていったからな」

 ドヤ顔でベルトルドは笑う。

「誰も褒めとりゃせん」

 皇王は溜め息を吐き出しながら、ヤレヤレと首を振る。

「本題に入る。キャラウェイ、お前が必死に奔走していたのは、ワシも知っておる。ブルーベルを蹴落とし、仲間を作り、マルックを抱き込み、サイヨンマー伯夫人に協力を取り付け、ベルトルドを排除しようとしたことも。そして、総帥の地位を欲していることもじゃ」

 キャラウェイ将軍の身体が硬直した。

「お前が悪巧みをしていることをマルックから聞かされておったでな、ブルーベルには申し訳ないが、お前の尻尾を掴むまで、わざと罷免したのじゃ」

「ほほう?」

 皇王の横で腕を組んで立っていたベルトルドは、意外そうな表情を浮かべて、皇王を見下ろした。

「ブルーベルが罷免されれば、ベルトルドが乗り込んでくるのは計算済みじゃ。当然、お前も乗り込んでくるじゃろう」

 キャラウェイ将軍の顔が、スーッと青ざめていく。

「マルックがお前の味方についたのも、サイヨンマー伯夫人が協力に応じたのも、ワシの命令じゃ」

 フフッと皇王は笑うと、厳しい目をキャラウェイ将軍に向けた。

「夢や野望を悪いとは思わぬ。生きる原動力にもなるし、目標にもなる。じゃがの、お前は姑息にやり過ぎた。ブルーベルは才覚と実力を兼ね備え、人柄も申し分ない。ベルトルドは女好きの甘ったれじゃが、もっと若い頃からハワドウレ皇国を支えるほどの逸材。この二人を蹴落として、お前を重用したところで、損失の大きさは計り知れないのじゃ」

 目の前が暗転しそうなほど、キャラウェイ将軍は意識が遠のき始めていた。

「キャラウェイ、ワシのスキル〈才能〉を知っておるか?」

 問われても、もうキャラウェイ将軍に返事をする気力はない。

「サイ《超能力》じゃ。透視というのができるでな、お前の頭を覗かせてもらったぞ」

 丸見えだ。

「世界征服などと、大きすぎる夢は、もう見てはならぬぞ」

「世界征服だとう!?」

 ベルトルドは素っ頓狂な声を上げた。と同時に、侮蔑も顕にキャラウェイ将軍を見据える。

「陳腐すぎて恥ずかしい夢だな。恥ずかしすぎて表を歩けないような夢だぞ貴様!」

「なっ、なんだと小僧!!」

 これにはさすがに、キャラウェイ将軍は立ち直った。幼い頃からいだき続けた、純粋な夢だからだ。それを侮辱されて、黙っているわけにはいかない。

 青ざめていた顔が一気に赤く染まると、今にも蒸気が噴出しそうな勢いで、キャラウェイ将軍は立ち上がった。

「世界征服のどこが悪い! どこが恥ずかしいんだ!! 男なら一度は見る至高の夢である!」

 一歩踏み出し断言するキャラウェイ将軍に、ベルトルドは軽蔑の眼差しを向けた。

「ならば聞く。仮に世界征服が成され、そのあとどうする?」

「は?」

「3惑星全てが貴様のものとなった。世界は貴様を王と仰ぎ見る。さあ、そうして世界をどこへ導く?」

 口をパクッと閉じて、キャラウェイ将軍は目を瞬かせた。

「おそらく世界は類を見ないほど、徹底的に破壊されただろう。焦土と化した大地には廃墟と土くれだけが残され、生き残った人々には衣食住の保証もない。国自体が無くなっているのだから、この先どう生きていくか見当もつかん。希望も見いだせない。戦禍で優秀な人材は損なわれ、それでも国を基礎から作り直さなくてはならない。さあ、貴様はどう立て直していく?」

 ベルトルドの顔を見つめながら、それでもキャラウェイ将軍は口を開くことができずにいる。

 征服したあとのことなど、考えたこともないからだ。

「俺はな、このボケジジイにあらゆる権限を押し付けられ、毎日仕事が山のように押し寄せてくる。本来なら、こんなところで年寄りどものくだらない攻防を見学している暇などないのだ。俺が仕事を遅らせれば、結果的にそのしわ寄せを喰らうのは国民だからな」

 ブルーグレーの瞳が、鋭い光を放つ。そして、射抜くようにしてキャラウェイ将軍の目を見つめた。

「民なくして国は成り立たん。俺らのような偉そうな地位にいる者は、民の代理に過ぎん。暮らしを良くするため、安全で安心な環境を保証してもらうため、それを効率的にできる人間に任せているんだ。男だから、とか、女だから、なんぞ、まったくもって関係ない! 仕事がきっちりこなせて、責任をしっかり取れる者が、その地位に就けばいいだけの話だ。小者のロマンスなんぞが、民を足蹴にしていい道理があるか、馬鹿者!」

 一括され、キャラウェイ将軍はひっくり返った。

「ワイズキュール家が千年前に種族統一国家を作った。しかし、長い年月の間に少しずつ離反するものが現れ、小国が興った。人の数だけ思想も理想も夢もあるだろう。まつろわない人々を無理に繋いだところで、無用な騒乱を招くだけだ。――現在この惑星ヒイシには、ハワドウレ皇国と17の小国、5つの自由都市がある。千年の間にこうなった。判るか? 世界征服なぞしたところで、結局は元に戻るんだ」

 ベルトルドはキャラウェイ将軍の前まで来ると、冷たい目で見下ろした。

「そんなに征服したかったら、囚人たちの中で、くだらない王でも気取るがいい!」

 口から泡を噴き、キャラウェイ将軍は気絶してしまった。

-つづく-