【小説】片翼の召喚士-episode030

chapter-2.ナルバ山の遺跡編
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ナルバ山の遺跡編-episode030 【片翼の召喚士】

 キュッリッキたちを見送ったあと、ベルトルドとアルカネットは書斎へ行った。

 ベルトルドは奥にあるチェアにドカリと座り、長い脚を組む。

「今日くらい、リッキーと一緒に過ごしても問題あるまい。カーティスのやつめ」

「その点は同感です。ですが、リッキーさんの心を慮れば、帰すのが一番ですよ」

「まあ、な…」

 ベルトルドはつまんなさそうに、フンッと鼻を鳴らした。

 ライオン傭兵団の中に、必死に馴染もう、溶け込もうとしている、いじらしい気持ちがヒシヒシと伝わってきた。カーティスから仲間だと言われて、それを嬉しく思って、表情にも喜びがありありと浮かんでいた。

 それを邪魔したいとは思わない。が、キュッリッキと一分一秒でも長く居たい気持ちは、溢れんばかりに身体を蝕んでいる。

「俺は、完全にリッキーに惚れた」

 うっとりと天井を見つめながら、ベルトルドはしっかりと言い放つ。

「おや、奇遇ですね。私もリッキーさんに惚れました」

 書斎の中が、恐ろしい程の静寂に包まれる。そして、目を合わせた途端、二人の間に火花が炸裂した。

「リッキーは、俺のものだ!」

「いいえ、私のものです」

 フゴゴゴゴッと効果音でも流れてきそうな書斎の中で、青い小鳥がピヨッと小さく鳴いた。

 小鳥の鳴き声で二人はハッとすると、軽く咳払いをして場を収めた。

「…そこまで思っているのなら、何故今回の仕事に、リッキーさんを連れて行けなどと言ったんですか? 万が一危険などあったりしたら」

「召喚の力をもっと見たくてな」

 ベルトルドは両手を組んで、背もたれに深々と身を沈める。

「お前も知っての通り、宮廷の召喚スキル〈才能〉持ちどもは、揃いも揃って無能者ばかりだ。リッキーが見せてくれた召喚の片鱗さえも、見せたことがない」

「全くですね。何のために国に召し上げられたのか」

「ああ。――リッキーが他にも、どんな召喚をしてくれるか、その力をどう使うのか、俺は見たいんだ」

 肩に乗る小鳥を人差し指に乗り移らせると、デスクの上に降ろしてやる。小鳥は平らなデスクの上を、チョンチョンと跳ねていた。

「イルマタル帝国がリッキーを放ったらかしにしてくれたお陰で、俺たちの元に引き入れることができた。今回ばかりは感謝しよう」

「彼女の不遇な過去を思えば、感謝まではいきませんが。まあ、ありがとうとだけは言っておきましょうか」

「まあな」

 ベルトルドは苦笑すると、姿勢を正して座り直した。

「アルカネット」

「はい」

「実はな、明日、正式に軍総帥の辞令を押し付けられる」

 アルカネットはキョトンっとして、目の前のベルトルドを見つめる。

「はい?」

「クソジジイの謀略にハマって、軍総帥までもが押し付けられることになったんだ」

「また仕事が増えるのですか…」

 呆れたように言って、アルカネットは溜め息をついた。

「そこで、だ。お前にやってもらいたいものがある」

 そう言って、ベルトルドは無邪気に微笑んだ。

 キュッリッキは草原のような所に立っていた。

 ――どこだろう?

 見上げた真っ青な空は、もこもことした白い雲を泳がせている。まるで、綿菓子のようだと思った。

 そして、誰かに呼ばれた気がして、後ろを振り向いた。

 ――キューリちゃーん。

 ルーファスが笑顔で手を振って、キュッリッキを呼んでいる。

 ――もお、またキューリって呼ぶんだから!

 最近ヴァルトから命名された、キュッリッキのあだ名。それをライオン傭兵団の仲間たちは、好んでキューリと呼ぶ。唯一メルヴィンだけは、リッキーと呼んでくれているのだ。

 ――何度言っても直してくれないんだから、もう…。

 胸中で文句を言いながら、でも、本当はあまり嫌じゃない自分がいることに気づいていた。

 自分の名前は確かに言いづらいと自分でも思う。

 リッキーというあだ名は、友達のハドリーが付けてくれた。初めて自分にあだ名をつけてもらったから、リッキーと呼ばれると嬉しい。それに、ハドリーは大事な友達だ。その友達に付けてもらったあだ名だから、自分が心許せる相手には呼んで欲しい。でも、今のキュッリッキには、新しい仲間が出来た。その仲間が付けてくれたあだ名は、野菜の名前だけど、何となく嬉しいと感じてしまうのだ。

 でも、せめてもうちょっと、違うあだ名を考えて欲しかったのも本音である。

 ――キューリちゃーん。

 ルーファスの声が、一際大きく聞こえてきた。

「キューリじゃないもん!」

 そう叫んで、キュッリッキは目を覚ました。

「…あれ?」

 キュッリッキは何度も目を瞬かせて、そして顔を上げる。

「おーはよっ」

 ニコニコとしたルーファスの顔が見えて、キュッリッキは気まずそうに首をすくめた。

「えと……、アタシ、もしかして、寝ぼけた?」

「うん」

 にんまりと肯定されて、キュッリッキはサッと顔を赤くした。

「夢を見ていたようですねえ。ルーファスの呼ぶ声が、夢に影響したんでしょう」

 クスクスと笑いながら、カーティスが横で見ていた。

(うう……恥ずかしいよぅ…。アタシ、いつの間に寝ちゃったんだろう)

 心の中で重い溜め息をついて、キュッリッキは自分がルーファスに抱っこされていることに気づいた。

「ルーさんありがとう、もうおろして」

「ほいほい」

 ルーファスはしゃがんで、キュッリッキをそっと地面に立たせてやった。キュッリッキの腕の中にいたフェンリルも、自分で地面に飛び降りた。

「重かったでしょ、ごめんね」

「そんなことないよ~。キューリちゃん凄く軽かったから、疲れてもないしね」

 ウィンクされて、キュッリッキは安心したように肩の力を抜いた。

「良い夢でも見ていましたか? 寝顔が幸せそうでしたよ」

 そうカーティスに言われて、夢の内容を説明しようとしたが、キュッリッキは夢の内容を思い出せなかった。

「もう忘れちゃったの」

「それは残念です」

「夢ってそんなモンだよね」

「そうですねえ。――ああ、キューリさんが寝ている間に、ベルトルド卿から小鳥の取り扱いについて質問が来ていました」

「質問?」

「ええ。預かった小鳥は、どうやったらこちらの赤い小鳥と、連絡がつけられるようになるのかと」

 そういえば、何も説明していなかったことを思い出す。

「うンと、小鳥の頭を、指で3回、そっと叩いてあげると通信モードになって、こっちの赤い小鳥の聴いてることを、そのまま伝えてくれるの。ベルトルドさんの方も、言っていることをこっちの子が伝えてくれるよ。通信を切りたい時も、同じように3回叩いてあげて」

「ふむふむ。便利ですねえ、見た目は小鳥なのに。ルーファス」

「うん、ベルトルド様に伝えたよ」

 サイ《超能力》を使えるルーファスが、キュッリッキの言葉をそのまま念話で送信した。

 カーティスは人差し指で、肩に乗る赤い小鳥の頭を、そっと3回叩いてみる。すると、それまで肩の上で時折跳ねたりしていた小鳥が、ピタリと動きを止めて、嘴をパカッと開いた。

〈俺の声が聴こえるか?〉

 突然、小鳥がベルトルドの声を吐き出して、カーティスとルーファスはビクッと身体を仰け反らせた。

「ちゃんと聴こえるよ~、ベルトルドさん」

 二人に代わってキュッリッキが応じると、ベルトルドの嬉しそうな声が返ってきた。

〈リッキー! これでいつでも、リッキーと話ができるな!〉

「うん、そうだね」

 ベルトルドが喜んでいるのが判って、キュッリッキも素直に喜んだ。

(ねえねえカーティス、小鳥をこのまま通信モードにして、アジトに入ろうよ。絶対面白いから)

(いいですねえ。たまには皆の本音を、直接聴かせてあげましょうか)

(ウヒヒ)

 ルーファスとカーティスは、ひっそり念話で悪巧みを囁きあった。

 アジトに到着する前にキュッリッキを起こしたり、小鳥の操作を教わったりしていたので、3人がアジトにようやく帰り着いた頃には、すっかり陽が落ちていた。

 3人は真っ直ぐ食堂へ向かうと、すでに食堂には仲間たちが勢ぞろいしていた。

「おかえりなさい、随分遅かったんですね。もうじき夕飯ですよ」

 メルヴィンが朗らかに3人を出迎えてくれた。

「よお、御大のクソ野郎にどんな件で呼び出しくらったか、気になって気になって、みんな待ちくたびれちまったぜ」

 ビールを飲みながら、ギャリーがむさ苦しい顔をにんまりとさせる。

〈クソは余計だぞ、ギャリー〉

「え?」

 いきなりベルトルドの声がして、ギャリーは仰天してビールを吹き出した。

「お、おい、御大も連れて帰ってきたのか!?」

〈俺は自分の屋敷にいるぞ〉

 笑い含みなベルトルドの声が再びして、血相を変えたギャリーは、立ち上がって周りを見渡す。

「ベルトルド様反応早すぎー。もうちょっと色々言わせたら、面白かったのにな~」

 両手を頭の後ろで組んで、ルーファスがニヤニヤ顔をギャリーに向ける。

 事態が飲み込めない一同に、カーティスは苦笑すると、肩にとまっている小鳥を指差す。

「この小鳥を通じて、ベルトルド卿と音声が繋がっています。もろ筒抜けてますよ、ギャリー」

「お、おい……、マジかよ…」

 酢を飲んだような顔になって、ギャリーは椅子に沈み込んだ。