【小説】片翼の召喚士-episode029

chapter-2.ナルバ山の遺跡編
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ナルバ山の遺跡編-episode029 【片翼の召喚士】

 キュッリッキ、ベルトルド、アルカネットの3人の様子を、離れた位置から見ていたルーファスは、カーティスに小声で話しかける。

「あの通行証…、見せれば即パスの特別製だよね。皇王様のサイン入りの」

「ですねえ。貴族や高官専用のですよ。我々の通行証よりも、セキュリティ度が高いものです」

 カーティスとルーファスは、ヒソヒソと小声で確認し合った。

 ハーメンリンナに入るための通行証には、いくつかの種類がある。キュッリッキが渡されたものには、皇王のサインが入っている。本来上流貴族の中でも特権中の特権を持つ一部の貴族と、宰相や副宰相などの地位にある者しか携帯を許されない、最高ランクの通行証だ。

「キューリちゃんへの愛情を感じる」

「深いですねえ。可哀想に…」

 渡された通行証がそんな凄いものとは、キュッリッキは当然知らないことだろう。

「ですが、本当なら、キューリさんは傭兵などしなくてもいい身分だったはずです」

「だよね。事情は判んないけど、召喚スキル〈才能〉を持ってるのに、なんで放置されてたんだろう」

 召喚スキル〈才能〉を授かった子供は、生国が家族ごと召し上げ、一生安全で裕福な暮らしを約束される。危険と隣り合わせの傭兵など、しなくてもいい身分なのだ。

 ライオン傭兵団でも、そのことが引っかかって、当初仲間たちで議論された。

 召喚スキル〈才能〉を持つ少女を、傭兵として扱っていいものだろうかと。そのことが国にバレた時、何も問題は起こらないか、などだ。

「ベルトルド卿自らスカウトしてきたのだから、彼女の背景事情も全て判っているはずです。それであえて傭兵として扱うのであれば、我々が心配することはないと思っていますが」

「万が一の時は、ベルトルド様に丸なげでいいよね~」

「です」

 召喚スキル〈才能〉を持つ者は、国の保護のもと市井に出てくることはない。珍しいケースではあるが、キュッリッキの存在は貴重だ。問題ごとにならない限り、その力は存分に振るってもらうまでだ。

「さて、もういい時間です。帰らないと」

「ンだね。――キューリちゃん、そろそろ帰ろう~」

「はーい」

 ルーファスに呼ばれて、キュッリッキは笑顔で返事をした。

「もう帰るのか、寂しいな」

「また遊びに来るよ。通行証も作ってもらったし」

「うう…リッキー、本当に本当に、良い子だ!!」

 ベルトルドはガバッとキュッリッキを抱きしめ、これでもかと頬ずりした。

「まったく手が早いんですから! お放しなさい!!」

 アルカネットはベルトルドの首を両手で掴むと、殺す勢いで絞め上げた。

 されるがままのキュッリッキは、どうしていいか判らず、口の端を引きつらせていた。

 帰りはゴンドラではなく、地下へ案内された。

「もう少ししたら、門の近くまでの定期便が来るでしょう」

「ありがとうございます、アルカネットさん」

 カーティスとルーファスが、アルカネットに丁寧に頭を下げる。

「それではリッキーさん、また会いましょうね」

「お土産ありがとう」

 アルカネットはニッコリ微笑むと、キュッリッキの柔らかな頬にキスをした。

「こらー! アルカネット!!」

 ベルトルドが後ろで喚くが、アルカネットは涼しい顔でフッと鼻の先で笑うだけだった。

「い、行こうか、キューリちゃん」

「うん」

 ルーファスに手を引かれ、キュッリッキはベルトルドとアルカネットに、もう片方の手を振った。

「またね~」

 まるで今生の別れのような顔をするベルトルドと、優しい微笑みを称えるアルカネットに見送られ、3人は帰路に着いた。

「ハーメンリンナの地下って、凄いんだねえ~」

 地下は大きな通路が走っていて、天井もとても高くて圧迫感がない。天井も壁も真っ白で、壁と天井の一部が明るい光を放っている。床には毛足の短い絨毯が敷き詰められて、外と全く変わらない明るさに満ちていた。

「地下は全部こんな感じなの?」

「そうだよ~。迷わないように標識もあるし、換気もきちんとされてるから、空気がこもったりせず、臭もしないでしょ」

「うん」

「地上が歩けずゴンドラなもんだから、こうして地下は徒歩で移動できる通路と、乗り物で移動できる通路の、二重構造なんだよ」

「そうなんだあ」

 地上を滑るゴンドラには、着飾った貴婦人や、身なりのいい紳士しか見なかった。しかし地下の通路では、軍服を着た人々と多くすれ違う。

「こっちだよ、キューリちゃん」

 すれ違う人々も珍しげに見ていたキュッリッキを、ルーファスが苦笑気味に手を引っ張る。

 3人は更に地下に降りる。そしてそこも、上の地下通路と変わりなく明るく、床だけは絨毯が敷かれていない、剥き出しの白い床だった。

 軍服を着た人たちが列を作っている最後尾に3人は立つ。

「これから、凄く珍しい乗り物に乗るよ」

 ルーファスが意味深にウィンクすると、キュッリッキは何だろうと目を瞬かせた。

 並んで待つこと数分、突然箱のようなものが、風をまとって静かに現れた。

「!?」

 キュッリッキはビックリして箱を凝視する。

「さあさあ、乗りますよ」

 カーティスに笑い含みに促され、手を引かれるままキュッリッキは箱に乗り込んだ。

 最後にキュッリッキが箱に入ると、箱のドアが勝手に閉まった。

「きゃっ」

 キュッリッキはルーファスにしがみついて、ひとりでに閉じたドアを、訝しげに見る。

 汽車のような形をしているが、先頭がまろやかな楕円形を描いており、床にはレールのようなものは通っていない。なのに、床の上を馬が滑走するくらいのスピードで走り始めた。

 おっかなびっくりな態度を隠しもしないキュッリッキに、カーティスとルーファスは必死に笑いをこらえていた。

 車内は少しも揺れないし、音も静かだ。乗客たちの談笑する声くらいしか、気にならないほどに。

「ねえルーさん、これなんなの?」

 ルーファスにしがみついたまま、キュッリッキは僅かに身体を震わせた。

「ははっ、そんなに怖がらなくていいよ」

「これはリニアと呼ばれる車輛です。地上を滑るゴンドラと、似たようなシステムで動いているそうですよ」

「リ…ニア?」

「ここハーメンリンナはとても広いですから、あちこち移動するためにはとても時間がかかります。なので、徒歩移動できる地下通路と、リニアの走る地下、そして馬車なども乗り入れ出来る地下通路があります」

 そうカーティスに説明されても、キュッリッキにはチンプンカンプンだ。

「世界中のドコを探しても、タブン、こんな凄いモノはハーメンリンナにしかないと思うよ~」

「そうですねえ。電力といったものは、我々の生活圏にはあまり馴染みのないものですが、ハーメンリンナには当たり前のようにあるんですよ。地下通路を照らす明かりも、空気の喚起も、こうしたリニアも。車内、明るいでしょう。これも電力によるものなんです」

「……ほにゃ」

 皇都イララクスの公共施設や、街の一部などには、電力は供給されている。しかし、一般家庭などには、全く無縁のものだ。

「超古代文明の遺産や何やらを、機械工学スキル〈才能〉を持った人たちが、解明して復元したり応用したりして、利用されてるんだよ」

「ふ、ふむり」

 二人に説明されても、キュッリッキの脳内では処理しきれない。表情にありのまま現れているものだから、ルーファスはおかしそうに微笑んだ。

「まあ、ハーメンリンナだけは、別世界、そう覚えておけばいいさ」

(確かに、別世界かも……)

 今度は何が起こるか判らず、キュッリッキはルーファスにしっかりとしがみついて、不安げな視線を辺りに投げかける。

(今日は、いっぱい色んなことがあったかも)

 今まで城壁しか見上げたことがないハーメンリンナに初めて入り、巨大な湖のような地面に、水の上じゃない上を走るゴンドラに乗り、見たこともないような珍しい建物を多く目にした。

 高い城壁の中は暗いと思っていたのに、とても明るくて、でも眩しくはなく、温度も普通で快適だった。

 訪れたベルトルドの屋敷はとても大きくて、まるで宮殿のような印象を持った。

 ベルトルドもアルカネットも、年齢の割に若々しい外見で、それに何だか面白い人たちだ。

 そして、今はリニアと呼ばれる不思議な箱に乗っている。

(色んなことありすぎて、疲れちゃったな…)

 気持ちのいい眠気が、じんわりと身体の奥底から浮き上がってきて、キュッリッキはウトウトとし始めると、ズルリと座り込みそうになった。

「おっと」

 気づいたルーファスが、慌てて抱きとめた。

「眠っちゃったな、キューリちゃん」

「私がおんぶしましょうか」

「いや、オレが抱っこしていくよ」

「そうですか」

「キューリちゃん、すっごく軽いな」

 お姫様抱っこをすると、ルーファスはびっくりしたようにキュッリッキを見た。

「今日は色々あって、疲れたんでしょうね」

 落ちた紙袋を拾い、心配そうに見上げているフェンリルを抱き上げる。そして、キュッリッキの腕の中に置いた。赤い小鳥はカーティスの肩の上に飛び移った。

「夕飯前ですし、帰ったら起こしてあげましょう」

「だね」