【小説】片翼の召喚士-episode028

chapter-2.ナルバ山の遺跡編
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ナルバ山の遺跡編-episode028 【片翼の召喚士】

「仔犬に戻っていいよ、フェンリル」

 フェンリルは目を伏せると、身体は銀色の光に包まれ、萎むように光が収縮すると、そこには仔犬に戻ったフェンリルが座っていた。

 キュリッキはフェンリルを抱き上げると、小さな頭に頬ずりした。

「見事だな…。本当に見事だ」

 ベルトルドはゴクリと唾を飲む。アルカネットたちは、呆けたように固まっていた。

 この世界にはサイ《超能力》や魔法などの、超常の力を扱う者たちがいる。自身もルーファスもサイ《超能力》を使い、アルカネットもカーティスも魔法を使う。そのスキル〈才能〉を持っていなければ、到底扱うことのできない力だ。

 しかし召喚スキル〈才能〉は、それらをも軽く凌駕する素晴らしい力だ。キュッリッキが入団テストで見せた召喚、そしてこのフェンリル。サイ《超能力》や魔法など比べ物にならない。

 スキル〈才能〉とは、この世界に生きる人間たちに、生まれたとき授けられる突出した能力の事を言う。

 人間たちの持つあらゆる能力は、必ず平均水準で止まる。どんなに磨いても、練習しても、絶対その域を超えることができない。

 ある人間が、料理が上手くなりたいと練習を積み重ねる。でも、どんなに練習しても平均水準以上の料理は作れない。その人間が授かったスキル〈才能〉は、音楽系楽器演奏だった。楽器は練習しなくても、最高の音を出し、練習すれば更に素晴らしい音を紡いだ。そこが、スキル〈才能〉の有無を決定づけるのである。

 スキル〈才能〉は一人一つ必ず授けられる。そしてスキル〈才能〉は遺伝しない。稀に親と同じスキル〈才能〉を授かる子供もいるが、それは遺伝ではなく偶然だった。

 こうしたスキル〈才能〉には特殊なものがあり、魔法、サイ《超能力》、機械工学、召喚の4種類を指す。これをレアスキル〈才能〉と呼び、うち、魔法、サイ《超能力》、機械工学は何百人に一人の確率、召喚は一億人に一人の確率でしか生まれてこないと言われていた。そして、召喚スキル〈才能〉のみは、このスキル〈才能〉を授かった子供が現れると、生国が家族ごと召喚スキル〈才能〉を持つ子供を召し上げ、安全で裕福な暮らしを生涯約束する。数があまりにも稀だからだと言う理由で。

 そのため、一般に広く知られる召喚スキル〈才能〉とは、伝説上の神々の住まう世界アルケラから、あらゆるものを召喚して、使役する事。そう伝わっていた。

 伝わっているだけで、実際目にする事ができる機会は、ほぼないのが現状だ。

 このハーメンリンナにも、召喚スキル〈才能〉を持つ者たちが集められている。ベルトルドとアルカネットは、その者たちと面識を得る機会があったが、キュッリッキのような素晴らしい召喚を見せてもらえたことはない。一般に伝わる噂が、ひとり歩きしているだけの、珍しいだけのスキル〈才能〉だとばかり思っていたが、そうではなかった。

「おいで、リッキー」

 ベルトルドに手招きされて、キュッリッキはベルトルドの前に立つ。

「本当に、良い子だリッキー!!」

「きゃっ」

 素早くキュッリッキの身体を抱き寄せ、ベルトルドは自らの膝の上にキュッリッキを座らせた。

「今日は俺と一緒に寝よう、な、リッキー」

「え、えっ」

「何をしているのですかイヤラシイ! 今すぐリッキーさんをお放しなさい!」

 アルカネットが血相を変えてベルトルドの胸ぐらをつかんだ。

「手癖も女癖も悪いんですからあなたという人は!」

「リッキーが誤解をするような言い方をするな!」

「いや、事実な気が…」

「がるるるるる」

「ヒッ」

 ベルトルドに睨まれて、ルーファスは首を引っ込めた。

(えーっと…アタシ、今日はここにお泊まりなのかな?)

 ベルトルドの膝の上にしっかりと座らされたままのキュッリッキは、ベルトルドとアルカネットの喧嘩を間近で見ながら、どうすればいいのか肩をすくめた。

(でもお仕事もらったし、アジト戻ってみんなで相談だよね)

 キュッリッキは延々口喧嘩をするベルトルドとアルカネットを見つめ、ひっそりと溜め息をついた。

「ベルトルド卿、アルカネットさん」

「なんだ」

「なんですか」

 二人に険悪な目を向けられ、カーティスは怯みかけたが、生唾を飲んでグッと踏ん張る。

「キューリさんを放して下さい。我々はアジトに戻って、今回のご依頼を仲間たちと相談しますから」

「おう、貴様らはとっとと帰っていいぞ。だが、リッキーは俺の屋敷にお泊まりだ」

 カーティスには冷たい一瞥、キュッリッキには甘甘な笑顔を向けて、ベルトルドは更にキュッリッキを抱きしめる手に力を込めた。

 ああ、鬱陶しい。という気持ちを込めて、カーティスは露骨すぎる溜め息を、深々と吐き出した。

「ダメです。キューリさんは、正式に我々の仲間です。打ち合わせにも一緒にいないと、後々みんなで困ります」

 キュッリッキは、ハッとなった。

(我々の……仲間…)

 カーティスの言葉が、なぜか胸にくすぐったい。そして、じんわりと沁みるように、嬉しさが足元からこみ上げてきた。

(なんだか、不思議なの)

 嬉しく思ってしまう気持ちが不思議だけど、そんな気持ちになることも、とても嬉しかった。

 気持ちが顔に現れているキュッリッキを見て、ベルトルドはチラリとアルカネットに目配せする。アルカネットも伺うようにキュッリッキの顔を見て、小さく頷いた。

「仕方がないな」

 至極つまらなさそうに言うと、キュッリッキをそっと膝の上から解放する。そして、キュッリッキの顔に優しく手を添えた。

「今日はリッキーと一緒に、お風呂に入って食事して、ベッドでぐっすり眠れると思ったんだが」

「断固阻止します」

「フッ、お前如きに邪魔される俺ではないぞ」

「なんなら、ここでぶっ殺してでも、阻止するという方法もあるのですよ?」

 再び白熱しかかるベルトルドとアルカネットに、キュッリッキは、

「喧嘩しちゃ、ダメなの!」

 そう眉を寄せて、ずいっと身を乗り出した。これには二人共、んぐっと黙り込む。

「お仕事が終わったら、遊びに来るね」

 神妙な顔をしていたキュッリッキは破顔すると、白い歯を見せてニカッと笑った。

 ベルトルドに付き添われて、キュッリッキ、カーティス、ルーファスは玄関ロビーに移動した。

「そだ、ベルトルドさん、この子渡しておくね」

 キュッリッキは両手で大事に持っていた、青い小鳥をベルトルドの肩にとまらせた。

「その子とこっちの子が繋がってるから、遠くにいてもこの子たちを通じて、いつでもお話できるからね」

「おお、それは便利だな。ありがとう、リッキー」

「どういたしまして」

 嬉しそうに微笑むベルトルドに、キュッリッキはニッコリと微笑み返した。

 今回の仕事で、お互いの連絡用に何か欲しいとベルトルドに頼まれ、応接室から玄関ロビーに向かう途中に、召喚したものだった。

 青い小鳥は毛玉のように、ふっくらと丸く膨らんでいる。見た目は冬の季節の中のルリビタキのようだ。ベルトルドの横顔を見つめるつぶらな瞳は、朱を帯びた赤い色をしていた。ベルトルドの肩の上で小さく跳ねながら、収まりのいい位置を探している。

 キュッリッキが手にしている小鳥は、ルリビタキのような容姿だが、羽根の色が桃色がかった赤をしていた。

 赤い小鳥はキュッリッキの手の中から飛び立つと、フェンリルの頭の上に降り立って、脚をかがめて目を閉じた。どうやらそこが、収まりがいいらしい。フェンリルは迷惑そうに鼻を鳴らした。

「サイ《超能力》が使えるんだし、ベルトルド様には必要ないんじゃ?」

 ルーファスが思ったままを口にすると、噛み付きそうな恐怖を孕む目で、ギロリと睨まれた。

「いいじゃないか!」

「ヒイッ」

 ルーファスはカーティスの後ろに隠れた。

「子供じゃないんですから、”いいじゃないか”はないでしょう。もうちょっと言い方があるでしょうに全く」

 大事なものを取ってくると言って下がっていたアルカネットが、小言を口にしながら玄関ロビーに姿を現した。

「お待たせしてすみませんリッキーさん、これをお持ち帰り下さい」

 アルカネットは水色の、やや小さめの紙袋を手渡した。中には明るい色の綺麗な袋とリボンでラッピングされた、焼き菓子やチョコレートが入ってた。

「うわ、ありがとう」

 嬉しそうにキュッリッキが目を輝かせると、アルカネットはニッコリと笑った。

「そして、これもお渡ししておきますね」

 掌に収まるくらいの薄い小さな白い板に、キュッリッキとベルトルドの名前、見知らぬ名と印が押捺されている。縁は金で装飾されてた。

「これはなあに?」

「ハーメンリンナの通行証だ。好きな時に、いつでもハーメンリンナに来れるぞ」

「わ~い」

「この穴に紐などを通して、首にかけられるようにしておくと、なくさずすみますよ」

「はい」

 両手で通行証を持って、キュッリッキは顔を輝かせた。足元に座るフェンリルも、興味深そうに首を伸ばしていた。

「今度いらしたときは、街をご案内して差し上げますからね」

「やった~! 楽しみ!」

 無邪気に喜ぶキュッリッキを見て、アルカネットは更に笑みを深めた。

「俺が案内する!」

「あなたは仕事があるでしょう。山のように、ドッサリと」

「ぐぬぬ…」

 アルカネットに負けじと身を乗り出すが、書類の山を思い出して、ベルトルドはげんなりと肩を落とした。